悪役令嬢、婚約破棄に即答する、この王子〇〇すぎて私が悪女に見えるだけでは?

恋の箱庭

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「エリオット。……貴様、自分が何をしたか分かっているのか?」


王城の謁見の間。
重苦しい空気が支配する中、玉座に座る国王の怒声が響いた。

その場に呼び出されたのは四名。
青ざめて震えるエリオット第二王子。
キョロキョロと天井のシャンデリアを数えているミナ。
そして、涼しい顔で控える宰相サイラスと、その妻チェルシーだ。


「ち、父上……いえ、陛下! 誤解です! 俺はただ、国を良くしようと……愛と平和のために……!」


「黙れ」


国王の一喝で、エリオットは「ひぃっ」と縮み上がった。
国王は手元の分厚いファイルを放り投げた。
それは、サイラスとチェルシーが作成した『王太子による損失報告書(暫定版)』だ。


「愛と平和だと? この数字を見ろ! 貴様が『税制改革』と称して減税した穴埋めに、どれだけの国費が投入されたと思っている! さらに、執務室の書類停滞による経済損失、隣国への失礼な態度による外交リスク……!」


国王はこめかみを押さえた。


「極め付けは、有能な婚約者であったチェルシー嬢を追放し、代わりに……その、ピンク色の何かを横に置いたことだ」


「ピンク色の何かじゃないですぅ! ミナですぅ! 将来の王妃です!」


ミナが元気に自己紹介するが、国王は「頭が痛い」と呻いて視線を逸らした。
そして、チェルシーの方へ向き直る。


「……チェルシー嬢。いや、今はヴァーミリオン公爵夫人か。久しいな」


「拝謁の栄に浴し恐悦至極に存じます、陛下。本日は『王太子殿下の進退に関するリスク評価会議』とお聞きして参上しました」


チェルシーは完璧な礼をとる。
国王は苦笑した。


「相変わらずだな。……単刀直入に聞こう。我が国の宰相サイラスの妻となった今、客観的に見て、エリオットに王太子の資質はあるか?」


その質問に、エリオットが縋るような目をチェルシーに向けた。
(頼むチェルシー! 昔のよしみで庇ってくれ! 『まだ見込みはあります』と言ってくれ!)

チェルシーは眼鏡(心の目)をクイッと上げ、即答した。


「ありません。数値で申し上げますと、殿下の能力値(スペック)は王太子の要求水準の二割にも達しておりません。さらに学習能力の欠如、責任転嫁の癖、現実逃避のスキルだけが突出しています。経営コンサルタントの視点から言えば、『即刻リストラ対象』です」


「ぐはっ!」


エリオットは吐血(精神的)した。
チェルシーに情などない。あるのは冷徹な事実(ファクト)のみ。


「……やはりそうか」


国王は重く頷いた。


「余も薄々気づいていた。だが、親の欲目か、いつかは成長すると信じていたのだ。……だが、もう限界だ」


国王は玉座から立ち上がり、厳かに宣言した。


「エリオット。貴様を廃嫡とする」


「は、はいしゃく……?」


「王位継承権の剥奪だ! 貴様ごときに国は任せられん! よって、王籍を抜き、平民として追放する!」


「そ、そんなぁぁぁ! 嫌だぁぁぁ! 俺は王子だぞ! 選ばれし者だぞ!」


エリオットが床に転がって駄々をこねる。
二十歳を超えた大人の男の姿ではない。

ミナが「えーっ、エリオット様、ただの人になっちゃうんですか? じゃあパン屋さんは決定ですね!」と拍手しているのが、さらに悲哀を誘う。


「……陛下。少々お待ちを」


そこで、サイラスが手を挙げた。
国王が眉をひそめる。


「なんだサイラス。貴様も情けをかけるつもりか? 貴様が一番被害を受けているはずだが」


「いえ。情けではありません。……ただ、『追放』は非効率ではないかと」


サイラスの隣で、チェルシーも頷いた。


「同感です、陛下。殿下を平民として野に放つのはリスクが高すぎます。彼には生活能力が皆無です。三日で野垂れ死ぬか、あるいは詐欺師に騙されて借金を作り、元王族の名を語って国に迷惑をかける可能性が九九・九%です」


「……む。確かに」


「ですので、廃嫡は賛成ですが、追放ではなく『有効活用』あるいは『厳重な管理下での再教育』を提案します」


チェルシーの言葉に、エリオットがパァッと顔を輝かせた。


「チェ、チェルシー! やっぱり俺のことを見捨てないでくれるんだな!」


「勘違いしないでください。不法投棄は法律で禁じられているから言っているだけです」


「ゴミ扱い!?」


チェルシーは無視して続ける。


「陛下。殿下には『王族としての矜持』や『実務能力』はありませんが、一つだけ突出した才能があります」


「才能? このバカ息子にか?」


「はい。『愛され力』……いえ、『いじられ耐性』とでも言うべきでしょうか。彼がどれだけ失敗しても、周囲は『またか』と呆れつつも、笑って済ませてしまう奇妙な空気を生み出します。これはある種の道化(ピエロ)としての才能です」


「褒められてる気がしないぞ!?」


「そこで提案です。殿下を北の僻地……ではなく、新設する『王立アミューズメントパーク(仮)』の園長、兼マスコットキャラクターとして就任させてはいかがでしょうか?」


「……マスコット?」


「はい。着ぐるみを着て、子供たちに風船を配り、笑顔を振りまく。実務は全て優秀な副園長(監視役)が行い、殿下はただ『そこにいて笑われる』だけの存在になるのです。これなら彼の承認欲求も満たされ、国も平和になります」


謁見の間が静まり返った。
全員が想像した。
パンダの着ぐるみを着て、子供に追い回される元王子の姿を。


「……適材適所だな」


サイラスがボソッと呟く。


「……悪くない案だ」


国王もニヤリと笑った。


「エリオットよ。聞いたか? お前の新しい職場だ」


「い、嫌だぁ! 俺は王になりたいんだ! パンダになんかなりたくない!」


「選ぶ権利はない! 廃嫡されてのたれ死ぬか、パンダとして生きるか、二つに一つだ!」


「うぅぅ……パンダ……」


エリオットは泣き崩れた。
ミナが「パンダさん! 可愛いですね! 私、飼育員やります!」と立候補し、なぜかセットでの就職が決定しそうになる。


だが、ここでチェルシーが釘を刺した。


「ただし、これには条件があります。今後半年間、殿下が真面目に下働きをし、借金を完済し、少しでも更生の兆しが見えた場合のみの救済措置です。……もし再びサイラス様に迷惑をかけたり、国益を損なう行動をとれば……」


チェルシーは懐から、例の「剪定バサミ」を取り出した(なぜ持っているのかは謎だ)。


「その時は、物理的に『去勢』して、本当に無害な愛玩動物になってもらいます」


「ヒィィィッ!!」


エリオットは股間を押さえて縮み上がった。
チェルシーの目は笑っていない。
この女はやる。絶対にやる。


「……というわけで、陛下。半年間の執行猶予と、監視付きの労働刑を提案します」


「うむ。採用だ。……さすがはチェルシー。余の悩みを見事に解決してくれた」


国王は満足げに頷いた。
こうして、エリオット王子の「廃嫡」はほぼ決定事項となり、半年間の「地獄の更生プログラム」がスタートすることになった。


帰り道。
馬車の中で、サイラスはチェルシーの手を握りながら言った。


「……君は甘いな、チェルシー」


「甘い? どこがですか? かなり厳しい条件を課しましたが」


「本当に嫌なら、完全に追放して終わらせることもできただろう。……パンダとはいえ、生きる道を残してやったのは、君の元婚約者への最後の情けか?」


サイラスの声に、ほんの少し嫉妬の色が混じる。
チェルシーはきょとんとして、そして小さく笑った。


「違いますよ、サイラス。……単純な損得計算です」


「損得?」


「殿下を追放して行方不明にされると、将来的に彼が『悲劇の王子』として反乱分子に担ぎ上げられるリスクがあります。それよりは、監視の届く場所で『面白おかしいパンダ』として飼い殺しにする方が、国家の安全保障上、最もコストが低いのです」


「……」


サイラスは絶句した。
情けなどではなかった。
徹頭徹尾、リスク管理の塊だった。


「……君を敵に回さなくて本当によかったよ」


「ふふ。味方でいれば、これほど頼もしい存在はいませんよ? ……あなた」


チェルシーはサイラスの肩に頭を預けた。
その仕草は自然で、以前のような「業務報告」の硬さはない。

廃嫡騒動を経て、チェルシーの「宰相夫人」としての地位は盤石となり、同時に「国一番の猛獣使い(王子使い)」としての悪名も轟くことになったのである。
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