悪役令嬢、婚約破棄に即答する、この王子〇〇すぎて私が悪女に見えるだけでは?

恋の箱庭

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「連れて行け!」


国王の命により、エリオット元王子が衛兵に引きずられていく。
「嫌だぁぁ! パンダは嫌だぁぁ!」という情けない絶叫が遠ざかり、重厚な扉が閉まると、大広間には重苦しい沈黙が降りた。

貴族たちは顔を見合わせた。
王子の乱入、まさかの廃嫡、そしてパンダへの再就職。
あまりの急展開に、誰もが言葉を失っていたのだ。

その沈黙を破ったのは、コツ、コツという硬質な足音だった。

サイラス・ヴァーミリオン宰相が、フロアの中央へと歩み出る。
その隣には、いつものように無表情のチェルシーが控えている。


「諸君」


サイラスの低い声が、広間の隅々まで響き渡った。
マイク(拡声の魔道具)など使っていない。
だが、その声には有無を言わせぬ「圧」があった。


「先ほどの騒劇について、改めて説明する必要はないだろう。エリオット殿下……いや、エリオット氏は、その無能さと度重なる不祥事により、王族としての資格を喪失した」


貴族たちがゴクリと喉を鳴らす。
サイラスは鋭い視線で会場を見渡した。


「だが、彼が最後に喚き散らした『妄言』についてだけは、訂正しておく必要がある。……『チェルシーが国を乗っ取ろうとしている魔女だ』という件についてだ」


会場に緊張が走る。
確かに、チェルシーの異常な有能さを恐れる者は少なからずいたからだ。

サイラスは、隣に立つチェルシーの肩を抱き寄せた。


「彼女は魔女ではない。……強いて言うなら『救世主』だ」


「きゅう……せいしゅ?」


誰かが呟く。
サイラスは淡々と続けた。


「彼女が我が家に嫁いでからの数ヶ月、この国の行政コストは二割削減され、逆に税収は一五%向上した。滞っていた公共事業は再開され、無駄な会議は半減した。……これらは全て、彼女の計算と立案によるものだ」


サイラスは懐から一枚の紙を取り出した。
それは、チェルシーの功績をまとめたリストだ。


「彼女がいなければ、今頃この国はエリオット氏の放漫財政により破綻していただろう。彼女は国を『乗っ取った』のではない。『支えた』のだ。……誰よりも冷徹に、そして誰よりも献身的に」


サイラスの言葉には、熱がこもっていた。
普段の事務的な報告とは違う。
妻への誇りと、深い愛情が滲み出ていた。


「彼女こそが、この国の新たな『頭脳』だ。彼女の思考は、我々の想像を遥かに超える速度で未来を見通している。……その彼女を『魔女』と呼び、石を投げようとする者がいるなら、私が許さない」


サイラスは一歩前に出た。
その瞬間、会場の空気がビリビリと震えた。
殺気だ。
歴戦の騎士ですら震え上がるほどの、純粋な闘争心。


「今後、私の妻に対する誹謗中傷、あるいは根拠のない噂を流す者がいれば、私が相手になる。……言論で戦いたいなら論破しよう。法で戦いたいなら法廷で潰そう。そして」


サイラスは腰に佩いた儀礼用の剣に手をかけた。
ジャリッ、と金属が擦れる音がする。


「武力で挑みたいなら、いつでも剣を抜く。……覚悟のある者だけが前に出ろ」


シーン……。


物音一つしない。
誰も動けない。
国のナンバー2である宰相が、公衆の面前で「妻のために全員ぶっ飛ばす」と宣言したのだ。
その迫力と愛の重さに、貴族たちは圧倒され、そしてひれ伏した。


「……異論はないようだな」


サイラスは満足げに頷き、剣から手を離した。
そして、チェルシーに向き直り、いつもの穏やかな(しかし独占欲に満ちた)表情に戻った。


「……どうだ、チェルシー。これで雑音は消えたはずだ」


チェルシーは、少しだけ困ったように眉を下げた。


「……閣下。演説の効果(インパクト)は絶大でしたが、少々やりすぎです。これでは貴族たちが萎縮してしまい、健全な議論が阻害される恐れがあります」


「構わん。君を否定する議論など、最初から不健全だ」


「それに……『私の相手になる』という発言。あれは独占禁止法に抵触する可能性があります。市場(社交界)における自由な競争を阻害しています」


「フッ。……愛に独占禁止法は適用されない」


サイラスは堂々と言い放った。
チェルシーはため息をつきつつも、頬が熱くなるのを抑えられなかった。


「……非合理的な理屈です。ですが……」


チェルシーはサイラスの袖を軽く引いた。


「……悪い気分ではありません。セキュリティ(守られている感)が強固だと、安心して業務に専念できますので」


「そうか。ならよかった」


二人が見つめ合う。
その姿を見て、国王がパンパンと手を叩いた。


「よし! これにて一件落着だ! サイラス、チェルシーよ、今後ともこの国を頼むぞ! ……あとの細かいことは、若い二人で勝手にやってくれ!」


「御意」
「承知いたしました」


会場からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
それは恐怖からくるもの半分、そして「この最強夫婦には絶対に逆らってはいけない」という生存本能からくる敬意が半分だった。

こうして、チェルシーへの「悪女疑惑」は完全に払拭され、代わりに「宰相閣下の聖域(サンクチュアリ)」という、誰も手出しできない絶対的な称号が確立されたのである。


帰り際。
チェルシーはこっそりとサイラスに耳打ちした。


「……閣下。先ほどの『武力行使』の件ですが」


「なんだ? 撤回はせんぞ」


「いえ。もし本当に決闘になった場合、閣下の剣術スキルでは勝率九割ですが、怪我のリスクがあります。……ですので、私が開発した『携帯用スタンガン(魔導式)』をお持ちください」


「……スタンガン?」


「はい。一撃で相手を無力化できます。効率的です」


サイラスは苦笑し、妻の頭を撫でた。


「……君には敵わないな。分かった、お守りとして持っておこう」


どこまでも実利的な妻と、それを溺愛する夫。
二人の治世(と夫婦生活)は、これから長く、平和に、そして効率的に続いていくことになるだろう。
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