万歳!国外追放?まあ、なんて素敵なのでしょう!

恋の箱庭

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王宮の客間の一室で、リリアーヌは黙々と荷物をまとめていた。
かつてあれほど執着していたセドリック王子の肖像画も、今はただの「苦労の記録」にしか見えない。
そこに、ノックもそこそこにアニエスが元気よく入ってきた。

「まあ! リリアーヌ様、なんてスピーディーなパッキングですの! これぞまさに、一流の旅人にのみ許される『秒速の旅支度』ですわね!」

リリアーヌは、アニエスの顔を見た瞬間、反射的に肩を震わせた。
だが、もう怒りも憎しみも湧いてこない。ただ、悟りのような虚脱感があるだけだった。

「……アニエス様。私、もう決めたんです。実家へ帰りますわ。……あ、いえ、『自主的な国外退去』とでも呼びましょうか」

「まあ! 『故郷への凱旋ツアー』ですのね! なんて素敵な決断でしょう! お父様が仰っていましたわ、『時には原点回帰して、泥にまみれることも必要だ』って。まさに今のリリアーヌ様にぴったりのテーマですわ!」

「泥にまみれるって……。まあ、田舎の男爵領ですから、確かに泥だらけかもしれませんわね。……ふふっ、あんなに必死に王妃の座を狙っていたのが、今では馬鹿らしく思えてきましたわ」

リリアーヌは自嘲気味に笑った。
アニエスの純粋すぎる毒気に当てられ続け、彼女の中の「悪女」としてのエネルギーは完全に枯渇してしまったのだ。

「そんなことありませんわ! リリアーヌ様は、私に『お外での発声練習』や『栄養満点の紫ジュース』、それに『三つ子のワンちゃん』との触れ合いなど、たくさんの楽しい思い出をくださったではありませんか!」

「……それを『楽しい思い出』と呼べるのは、世界中で貴女だけですわよ、アニエス様」

リリアーヌは荷物の中から、一本の古いペンを取り出した。

「これ、差し上げますわ。……私をここまでボロボロに……いえ、スッキリさせてくれたお礼です。これからは、そのペンで新しい『ハッピーな脚本』でもお書きなさいな」

「まあ! 『友情のバトンタッチ・セレモニー』ですのね! 大切にいたしますわ。このペンで、リリアーヌ様が田舎で美味しいジャガイモを育てる物語を執筆しますわね!」

「……ジャガイモ……。まあ、悪くないかもしれませんわね。……あ、殿下」

部屋の入り口に、セドリックが複雑な表情で立っていた。

「……リリアーヌ。本当に行くのか」

「ええ。セドリック様。……私、気づきましたの。私には、貴方という高い壁を超えるよりも、実家の庭に咲く名もなき花を愛でる方が向いているのだと。……アニエス様、この方をしっかり『調教』……いえ、教育してあげてくださいましね」

「まあ、リリアーヌ様ったら! 『教育』だなんて、私、まだまだ新米のガードマンですのに。でも、殿下が噴水を詰まらせないように、しっかり見張っておきますわ!」

セドリックは、自分を「教育対象」として扱う二人の女性を交互に見て、深くため息をついた。

「……リリアーヌ。……すまなかったな。私も、君を正しく導くことができなかった」

「いいえ。……おかげで、人生には『絶対に勝てない相手』がいるという、貴重な経験をさせていただきましたわ。……さようなら、皆様。アニエス様、最後にあれをやってくださらない?」

アニエスは待っていましたとばかりに、背筋を伸ばし、華麗な指差しポーズを決めた。

「もちろんですわ! リリアーヌ様、行ってらっしゃいませ! おーっほっほっほ!! これぞ、未来への高笑いですわよ!」

「……ふふっ。……あーっほっほっほ……。……やっぱり私には、まだ腹筋が足りませんわね」

リリアーヌは小さく笑い、晴れやかな顔で部屋を後にした。
かつて王宮を騒がせた「悲劇のヒロイン」は、一人の「少し気が強いだけの令嬢」に戻り、軽やかな足取りで馬車へと乗り込んでいった。

「……行ってしまいましたわね、セドリック殿下」

「……ああ。……あいつも、少しは大人になったということか。……アニエス、君のおかげで、この国からまた一つ、不穏な空気が消えたようだぞ」

「あら、何のことかしら? 私はただ、リリアーヌ様の『新しい冒険』を応援しただけですわ。……さあ、殿下! お見送りの後は、景気づけに王宮の廊下を全力疾走する『友情の反復横跳び』をしましょう!」

「……それは、遠慮しておこう。……だが、そうだな。……少しだけ、走りたくなってきたかもしれない」

セドリックは、アニエスの眩しい笑顔を見つめながら、ようやく自分自身の心も、リリアーヌと同じように「浄化」され始めていることを感じていた。

こうして、王宮の嵐の火種であったリリアーヌは、アニエスの天然パワーによって完全に「更生(脱落)」し、実家へと凱旋していったのである。
残されたアニエスの周囲には、さらなる「ハッピー」と、それに振り回される王子たちの溜息が満ち溢れていた。
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