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第一部:本編

10:理由

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「ここで話すのもなんだし、客間にでも行こう。こっちだ」

 僕が静かな屋敷に耳をすませているとヘルトさんがそう言って歩き出す。

 人気の無い玄関ホールを歩き、玄関ホールの奥にある扉をヘルトさんが開けた。

「入れ」

 開けた扉の先を顎で示され、指示されるままに部屋へ入る。

 そこは、僕が買われた来客用の部屋と同じような配置で机と長椅子が置かれており、その下にはやはり質の良さそうな絨毯が敷かれていた。

 それを見て、部屋に入ったもののどうすればいいかわからず、絨毯の縁に触れない位置で立ちすくむ。

「立ってないで、座っていいんだぞ」

 扉を閉めて、先に長椅子へと座ったヘルトさんが困ったように笑う。

 座る……座る……? どこに? 椅子に座るのは、はばかられるし、床に? でも、絨毯に座るのもおこがましい……。

「エルツ」

 どこに座ればいいか、わからなくなってぐるぐると考え込んでいたら名前が呼ばれる。

「は、い……」
「俺は、お前を奴隷扱いするつもりはない。普通に、俺の前の椅子に座っていい」

 柔らかく、落ち着いた声でヘルトさんが僕を諭すように言う。

 彼は、村で僕を撫でてくれた時と変わらないのに……奴隷として躾られた僕には、その言葉に従うのが正しいと思いながらも、主人と同じように椅子に座る事にどこか抵抗を感じた。

「エルツ」

 ヘルトさんが優しく僕を呼ぶ。その声に導かれるように棒のようになった足をなんとか動かして、刺繍の施された絨毯に一歩踏み出す。

 絨毯の毛が僕の体重で沈むのを感じながら歩き、長椅子の側へ持っていた鞄を置くとヘルトさんの正面に向かい合うように長椅子へと座った。

「いい子だ」

 柔らかく笑うヘルトさんに安堵しながらも、向かい合う事、同じように椅子に座っていると言う事実に落ち着かなくなる。

「座ったところで……いくつか聞きたいことがあるんだが……若い男を売りに出すほど村は切羽詰まってるのか?」

 柔らかく笑っていたヘルトさんの表情が真面目なものに変わる。

 僕のような非力な男でも、村に取っては大事な労働力だ。

 例え、害獣が倒せなくても、仕事はあることにはある。

 もちろん、それは子供も女性も同じ。

 成人して若者が村から一人立ちする事はあっても奴隷として売ることは滅多に無かった。

 なぜなら、奴隷になったら一生奴隷のままだから。

 僕に刻まれた刻印は、消す術がなく。それがある限り奴隷として扱われるからだった。

 だから、普通は売りに出さない。奴隷として売られるのは、村が飢饉になったり、なにか事件が起きた時くらいしか考えられない事だった。

「いえ……村はいつも通りです。僕が売られた時は、豊作と呼べるくらいでした」
「そうか……」

 僕の答えにヘルトさんは安堵したように表情を緩める。

「じゃあ、なんでお前は奴隷になったんだ? お前自身の借金か?」

 いぶかしげな表情を浮かべながら問いかけてきたヘルトさん。あの村で、身を売るほどの借金を作る事なんてあり得るか? と、言ったような顔だった。 

「いいえ……」
「じゃあ、盗賊にでも捕まった?」

 僕の答えに新たな問いをヘルトさんが問いかけてきて、僕は首を横に振る。

「……家族に売られたんです。兄さんの奥さんが、僕を嫌ったから」

 ぽつりと溢した僕の言葉にヘルトさんは、目を見開いた。
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