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再会の約束
しおりを挟む「……構わない。しかもさっきは花凛がほとんど自分で収めたんだから」
佑磨は花凛の顔を優しく見ながらそう言った。
「でも隼人の『黒い霧』を祓ってくれたのは佑磨さんだわ。……私、彼の救い方が分からなかったもの。それに人があんな風に闇に呑まれるなんて……。以前の『黒い霧』ももしかして元は人だったの?」
「今この世にいる『妖』は人の心の闇から生まれる事が多いがあんな風に人から変異する事もあると聞く。……まあ俺もそこまで詳しい訳じゃない」
花凛はコクリと頷いた。
「あの光の矢のようなモノは、人に対して使っても大丈夫なのね」
「今回は彼は変異したばかりだから『闇』だけを祓えて彼は助かった。だけどあまりにも長く闇と同化した者は難しいかもしれない。しかしああなってしまえばその人を救えなくても攻撃しない訳にはいかない。
……前回の『妖』も、心の闇から生まれたのか元は人なのかは分からないままだ」
「そう、なんですね……。じゃあ隼人は運が良かったんですね。すぐに祓われて助かったんですから」
「そういう事になる。……あの男の事が気になるのか。
……まだ、好きなのか?」
花凛はドキリとする。……でも多分、もう大丈夫。隼人への想いは恋愛的な『好き』とは違うものになっている。
「うーん……。もうそういう好きとは違うと思います。さっきも彼に言った通り、彼と私はいわば縁がなかったんですよ。
……ただ友人ではありますし気にはなりますね。それにこれから同じような事になった人が居たら救えるかもしれないですから」
「……そうだな。
花凛。俺はあの『黒い霧』のようなものを祓う事がこの力を持つ者の責務だと思っている。この力は誰もが持っているものじゃないからな。そしてアレに対抗するには仲間が必要なんだ」
……仲間……。
「……佑磨さんの周りには同じ仲間は居ないんですか?」
「……少ないな。『都市伝説』の通りだとするなら仲間になれる者は少ないと分かるだろう? しかもとある一族の血を引いていなければならないとくれば」
……つまりは『30歳純潔』でいられる人はそう多くは居ない、という事ね。しかもそれは鞍馬の始祖様の血を引いている事が第一条件なのだから。
「……そうですね。そうなろうとするには『強い意志』と何より……『運』というものも必要ですものね」
意思云々関係なく、不幸な事で純潔を失う事はある。
花凛は恋愛運は無かったが、その点は運が良かったのだと思っている。
「…………そうだ。だからそういう意味では仲間は多くはない。……俺は花凛に仲間になって欲しいと思っている」
佑磨はその美しい目で花凛を見つめた。
花凛はその瞳に引き込まれそうになるけれど、まだ確認しなければならないことがあると気を引き締めた。
「……あの、もう一つ教えて欲しいです。
あの『黒い霧』は……『30歳純潔』そして……そのとある一族の血を引く人を狙っていた、という事よね? 『妖』って、狙いを付けた人を襲うものなの? それに佑磨さんはどうしてあの場に現れる事が出来たの?」
『黒い霧』は新たな魔法使いを目覚めさせない為に『29歳純潔』の鞍馬一族の血を引く人を明らかに狙っていたということだろう。
しかしどうやって『黒い霧』はそのターゲットを見つけ、佑磨もそれを知る事が出来たのか。
「……俺の知る限り『妖』が特定の人間を狙う事は珍しいが無かった訳ではない。そして今回は被害者の法則性があったから、俺達はそのとある一族で該当すると思われる者を探して守っていた。しかし四六時中側には居られないし殆どの者は間に合わなかった……。
それから花凛の時に会った女性にはあれから別の仲間が守りにつき、無事に30歳の誕生日を迎えた」
「本当ですか! ……良かったです。あの後事件は起きてないみたいだから大丈夫だとは思ったんですけど心配で。
そうだ、どうしてあれから事件は起きなくなったんですか? あの一体を倒したらもう居なくなったという事なんですか?」
花凛の前で佑磨が祓って以来、現れなくなった『黒い霧』。
居なくなったのならいいのだけれど、なんだか妙に気になる。
「……何故だかは分からない。あれ以外の所にも『妖』は現れているし当然『妖』はあの一体だけではない。……しかしあの2、3ヶ月だけは『29歳独身』の該当者が狙われて続けていたんだ。それまでも当然だが該当する者はいたのに、何故かあの時期だけ」
「……あの時期だけ? あの時期に何かあったんでしょうか? 『妖』が活発になる時期だったとか? ……もしくはその時期に目覚める予定の人が沢山いたか彼らに邪魔な人物が居たのかしら?」
花凛はそう言いながら、『ああそういえば自分も少し前に30歳なったんだった』と思い出す。
そして佑磨も花凛をジッと見て言った。
「……おそらくはそういう事なんだろうな。奴らにとって脅威になりそうな誰かを狙ったんだ」
……『脅威』になりそうな?
「でもこの『力』って受け継がれた血筋だけのものであって急に力が上がった人が現れる訳ではないですよね? 代が変わる毎に確実に血は薄くなって力は弱まっていくはずだし、いったい何に脅威を感じたんだろう……」
花凛は思わずそう言って考えかけてから、ハッとして前を見た。佑磨はジッと花凛を見ていた。
「……やはり、お前は『鞍馬一族』の者なんだな」
佑磨にそう指摘されて、『受け継がれた血』とか一族っぽい事を口走ってしまった事に気が付く。
いやでも、八千代様からは『出来るだけすっとぼけな』と言われている!
「えー。『一族』ってなんですかー。全然分かりませんー」
「……花凛。今更とぼけようとしても無駄だ。ここまで来たら腹を括れ。それにお前の演技は嘘くさ過ぎる。……とって食おうって訳じゃないし、悪いようにはしない」
そう言われて、花凛は西園寺咲良の事を思い出す。
……結構、悪いようにされたわよねぇ?
「……でも、貴方の仲間はどう思うか分からないでしょう? それにあの……もしかして佑磨さんって……西園寺さんと、何か関係ありますか?」
……もうここまで来たら色々聞いてしまえ。
それに世の中にそんなにたくさん鞍馬一族がいる訳じゃない。三郎太先生も、『ハグレ鞍馬』はすぐに数代前の西家から出た人と言い当てた。外に出てもそれなりの力を振るえる程の血筋は限られてくるんだろう。代が変わり血が薄まれば、力は段々と小さくなるのだから。
そうなれば、力の認識が出来ている西園寺咲良さんや社長はそれなりの血筋。そして光の矢で妖を祓えるほどの魔法を使える佑磨さんも同じ一族である可能性はかなり高い。
佑磨さんは『西園寺』という名が出て少し驚いたようだったけれど、やがて納得したように頷いた。
「……やはり、花凛が『ウエストロジステクス』にいる『鞍馬』だったか。
───俺は『西園寺 佑磨』。西園寺グループの一族の人間だ」
……やっぱり。
「……咲良さんの、お兄さん?」
「いや、いとこだ。咲良は父の弟の子なんだ。
……花凛。会社で色々と迷惑をかけたそうで済まなかった」
佑磨は真剣な顔でそう謝罪し頭を下げた。
「え。佑磨さん?」
佑磨の突然の謝罪に花凛が驚いていると、佑磨は更に言葉を続けた。
「……話は聞いている。さっきの男と付き合いかけていたのに、咲良に横恋慕されたんだよな。『鞍馬一族』だと思われる花凛の純潔を守る為とはいえ、2人の心を踏み躙る行いだった。本当に申し訳なかった。……先程の男性にも悪い事をしたな」
……ざわり。
花凛は何かざらついた気持ちになる。
……ああ。やっぱり私はあの時の事が許せないでいたんだな。
隼人の事はもう吹っ切れたと思う。けれど繋がりかけた2人の気持ちを乱暴に引きちぎられて、その後もその傷に塩を擦り付けるような彼らに対して怒りを覚えていたんだわ。
「……私、あの事はどこかまだしこりが残っていて……。佑磨さんが悪い訳ではないのは分かってるんだけど、仲間になれるかと言われると難しいかな。勿論また被害者が出るのは嫌だし協力出来ることはしたいけれど」
花凛は今の正直な気持ちを話した。
するとそれを聞いた佑磨はゆっくりと頷いた。
「花凛が納得出来る形で構わない。花凛に酷い事をして更に無理な願いをしているのはこちらだからな。
俺も普段は仕事があるからすぐに動くのは難しいが、何かあれば連絡してくれ」
2人の中でそんな緩やかな協定? が結ばれて今回の食事会を無事に終えた。
いや、初めに隼人の突入と『黒い霧』に呑まれる騒動があったりして『無事』とは言い難いかもしれないが……。
とりあえず2人は和やかに店を出ようとして……お会計で揉める事になった。
「……あの、佑磨さん? 今回は前のお礼に私から誘った訳ですし、支払いはこちらがします」
「そんな訳にはいかない。色々迷惑をかけているし、俺も花凛と食事をしたかったんだから」
暫くその応酬を続けた後、彼は言った。
「……次に俺に払わせてくれるのなら、今回はご馳走になる。また、お互い来週の都合のいい日を決めよう」
そう言って、やっと佑磨さんは折れてくれて私はお店のお会計を済ました。
私は彼にお礼をする事が出来てその時は満足したのだけれど……。後でハタと気付く。
……えーと……。来週、また会うの?
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