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番外編

アランについて 〜ジャン コベール

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 本編では登場しなかった、コベール子爵家嫡男でレテシィアのいとこであり義兄のジャン コベールのお話です。


ーーーーー



「コベール? ……ああ! アランの身内か!」


 ……私が学園に入って名乗ると先生方にまず言われたセリフだ。


「アランは本当に優秀なヤツだった……。頭の回転も速いしあのアランの甥ならお前もさぞかし出来るヤツなんだろうな」


 そう言って勝手に私に期待する。


 ジャン コベール。……私はずっと8歳上の叔父アランと比べられてきた。
 

 私は叔父アランとは歳の離れた兄弟のように可愛がられて育った。幼い頃私はこの優しい叔父が大好きだった。いや、本当はずっとこの叔父が好きだ。

 ……いうならば、学園の頃に余りにも優秀すぎる叔父と比べられた為に少し嫉妬してしまったのである。それくらい、叔父アランは勉学に秀で周りからも注目される人物だったようだ。



 叔父は私が小さい頃よく勉強を教えてくれた。そして色んな話をしたが、特に帝国関係の話が多かったように思う。

「ヴォール帝国はとても偉大で、今のマリアンヌ陛下のご治世は父皇帝が広げた帝国の版図を安定させ戦後疲れた人々の暮らしは皆上向き……」

 叔父は、ヴォール帝国に非常に強い憧れを持っていた。その為に勉学に励み、叔父の元に行くといつも難しい本を読んでいたような記憶がある。


「ジャン。私は外交官の試験に受かり、しかもその任地はヴォール帝国に決まったのだ。学園を卒業して暫くすれば帝国に向かうが、お祖父様達と兄上達を頼んだぞ」

 優秀だった叔父は難関の外交官試験に見事合格し、希望していたヴォール帝国への赴任が決まった。私がまだ10歳の頃だ。


 叔父には婚約者は居ない。叔父は次男で継ぐ爵位がないにも関わらず、その優秀さから沢山の縁談や良い条件の婿入りの話もあったと聞くが、それらを全て断っていた。


「ジャンにだけは話しておこう。……実は私には心に決めた方がいる。その方は帝国の貴族なのだが……。私は帝国でなんとか身を立て、彼女を迎え入れたいのだ」

 叔父は、幼い頃に出会った家名も分からぬ帝国の貴族令嬢と将来の約束をしたというのだ。

「でもアラン叔父上。……帝国の貴族令嬢が、我が国の貴族と結婚などしてくれるのでしょうか?」

 幼い私でも分かる程、ヴォール帝国は大きな存在だった。

「……分からない。しかし、私は彼女と約束した。例え無理であっても、私が彼女を想って帝国まで来た事実だけでも分かってもらえれば……それで良い」

 叔父は哀しげに笑った。

 ……ああ、叔父は叶わぬ恋の清算にいくのだ。
 それ程までに愛する人が出来るというのは、なんと切なくも素晴らしい事なのだろう。

 まだ子供だった私だが、叔父の強い想いを感じたのだった。……コベール子爵家の男は代々一途だった。



 そして叔父がヴォール帝国に赴任し数年が経ったある日、コベール子爵家に帰った祖父が何やら父と興奮気味に話をしていた。

「お祖父様? どうされたのですか?」

「おお、ジャンよ……。ヴォール帝国の皇太子殿下が急死された。今帝国内も我が王国内も大変な騒ぎだ」

「皇太子殿下? ご容態が悪かったのはマリアンヌ陛下だったのでは?」

 間違いかと思い聞き直すと、

「そうなのだ……、マリアンヌ陛下の容態がお悪い中皇太子殿下が急死されたのだ! 皇太子殿下には皇子が2人いるが母が違う。……帝国はこれから荒れる。……おお、アランは大丈夫であろうか」

 普段取り乱すことのあまり無い祖父がかなり興奮していた。……いや、祖母も両親もこの事態に騒然としていた。小さな王国の小さな子爵家に激震が走ったのだった。


 ……しかし、それはまだほんの始まりであったのだ。



 その時期からアラン叔父からの手紙は少なくなり、その後女帝マリアンヌが亡くなり次の皇帝が第一皇子と決まってからは、手紙は一切来なくなってしまった。



 ……それから半年程が経った頃。


「ジャンぼっちゃま! アラン様が……叔父上様がお戻りになったそうでございますよ!」

 その頃、コベール子爵家では祖父母は王都に私達家族は領地で暮らしていた。もう少しして私が王立学園に入学する年齢になったら入れ替わる予定だった。

 侍従から興奮気味に聞いた私は慌てて父が対応している応接間に向かった。

「……ジャン! 入って良いと言っていないぞ」

 いつもの調子でノックをし返事を待たずに扉を開けた私に父は苦笑し言った。
 私は小さく謝った後、父の正面に居る人を見て思わず笑顔になった。

「……叔父上!」

「ジャン。……大きくなったな」

 そこには別れた時より大人びて少しやつれた叔父が居た。しかし、その青い瞳には強い意志が込められていた。そして、その隣には……。

 
「彼女は……私の妻だ。名をヴィオレという。事情があって私はこの地で妻と密やかに暮らす事を兄上に許された。出来るだけこの地に迷惑をかけないようにするので、ジャンもよろしく頼む」

 そう言って叔父は隣にいる美しい女性を紹介した。

 ヴィオレと紹介されたその女性は、身なりはともかく身のこなしが明らかに平民では無かった。……確実に、貴族だ。しかもかなり高位の帝国の貴族令嬢だろう。

 まだ13歳だった私にも分かったのだ。おそらくは父にも分かっただろうし、この女性がかなり深い事情を抱えているだろう事も分かった。

 しかし、今まで結婚など全く興味のない様子だった真面目な叔父があれ程の憧れを持ってなった外交官の地位を捨ててまで一緒になりたいというのだ。
 父も、そして祖父母も叔父アランとヴィオレとの結婚を認めこのコベール家の領地で暮らす事を許した。


 そして、私は昔叔父に聞かされた『結婚の約束をした帝国の貴族令嬢』の話を思い出していた。


 叔父アランが子供の頃に出会ってからずっと一途に想い続けた、難関の外交官となってまで再会を望んだ帝国貴族の令嬢。

 妻を愛し慈しむ叔父の表情を見て、私は確信したのだ。叔父は想い続けた恋を成就させたのだ、と……。


 ◇


「……お義兄様?」


 私を覗き込む、叔父アランの妻ヴィオレと同じ深く美しい紫の瞳。


 
 ……あれから数年後に叔父アランは事故で亡くなり、その妻ヴィオレと幼い娘レティシアは姿を消した。

 そして数年後、我が父が母を亡くしたレティシアを引き取る事にした。そしてその際『愛人の娘』とした事は、我が子爵家と近しい人達に大きな驚きをもたらした。

 その時には私も愛する妻と結婚しており、その事で少し揉める事もあったが、大国ヴォール帝国が相手である事情を話すと妻も納得してくれた。


 その後周囲の噂をなんとか躱しつつ、私は従兄弟であり今は妹となったレティシアと初めて会った。
 
 叔父の唯1人愛した妻との一人娘。そしてその瞳は妻ヴィオレと同じ深く美しい紫で、顔立ちは叔父によく似ていた。間違いなく、2人の娘。

「私が、君の兄ジャンだ。……よろしく、レティシア」

「……こちらこそ、よろしくお願いします。……あの、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません……」

 そう言って哀しげにその紫の瞳を伏せる、まだたった14歳のレティシアを見た。

 両親を亡くし、そして帝国に追われる立場だった母を持つこの哀れないとこを、父や母と共に守っていかねばと決意したのだった。


 ……そしてあっという間に月日は流れ、レティシアが王立学園に通いもうすぐ卒業という時期になった。レティシアは卒業後は優秀な者しかなれない王立農業研究所に就職が決まっていた。さすがはあのアラン叔父の娘、と私は誇らしい思いでいた。

 そんな中、ランゴーニュ王国では何やらおかしな『予言』がまことしやかに囁かれていた。

『我が国の王太子リオネル殿下が、浮気をし筆頭公爵家令嬢の婚約者に冤罪をかけ婚約破棄をする』というもの。

「……お聞きになられましたか、父上。最近王都で囁かれる不穏な『予言』を」

 私は毎年この時期に領地に帰ってくる父に、最近の貴族の最大の関心事とも言われる公爵令嬢の『予言』の話題を振った。

「ああ、あの噂か。……ここまで人々に騒がれているのにまさか本当に殿下が『婚約破棄』などされる訳はあるまい。公爵令嬢は今まで数々の未来を当ててきたそうだが、流石に今回は当たるはずがないだろう」
 
 父も書き物をしながら呆れた顔で言った。今の時期のコベール子爵家はとても忙しいのだ。

 私も帳簿を確認しつつ他人事のように話をしていたが、まさかそれからすぐに母から早馬の手紙が届けられ父が急遽王都に戻る事になろうとは。

 そして…… 、そこからの急転直下、レティシアがその公爵令嬢の『予言』に巻き込まれ、更にその王太子に求婚され、帝国のクライスラー公爵の養女になろうとは。

 領地にいた私は次から次へと知らされる王都にいる父や母からの手紙に驚かされていた。


 そして、最終的にレティシアはヴォール帝国の皇女の娘と判明した。

 ヴォール帝国皇帝から父宛の直筆の礼状を見せられた時、私は妻と共に思わず倒れ込んだのだった……。




 ◇


「……という訳で、叔父アランはヴィオレ様……、ヴァイオレット様と子供の頃結婚の約束をしていたようだった。叔父は子供の頃出会ったという帝国の貴族、本当は皇女様だった訳だが、その方に再び会う為に努力し帝国の外交官となった。まだ子供だった甥の私に叔父はその話をしてくれたのだ」


 帝国の姪と正式に認定され、その立場は『皇女』に準ずるものとするとヴォール帝国皇帝よりお墨付きを貰い、そしてランゴーニュ王国のゴタゴタを片付けたリオネル王太子殿下と結婚の決まった妹、レティシアに私は彼女の父であり我が叔父アランの昔語りをしていた。

 ランゴーニュ王国の王太子と1週間後に結婚するレティシアと私達コベール子爵家の家族は王宮で家族の語らいの為に集まっていた。
 コベール子爵である両親もその話に驚いていた。


「それは本当か、ジャン。……確かにアランは子供の頃領地の帝国沿いにある別邸に入り浸っていた。あの頃のアランはヤンチャで……。そしてある時期から急に真面目になり勉学に励み出したのだ。それがヴィオレ……ヴァイオレット皇女と出会ったからだったという事なのか……」


 父はそう言った後、少し感動した様子だった。大切な弟が子供の頃恋に落ち、その恋を叶える為に努力をし結果それが実っていたという事なのだから。


 そして驚いたのは彼らの娘であるレティシアも同じだった。暫く呆然としていたが、泣き笑いのような顔で話し出した。


「……それは、伯父様が……皇帝陛下が仰っていた予想と、ほぼ同じだわ。
……お母様も幼い頃行った王国との国境沿いの保養地で少年『アラン』と出会い、婚約の約束をしたと言っていたそうなの……」


 父と私は驚きレティシアの顔を食い入るように見た。


「保養地から帰った後のお母様は、『アラン』が口癖だったそうよ。学園に通うようになって男性に愛を囁かれても、『愛する人がいる』と断っていたそうなの。
……陛下はお父様の名前が『アラン』だと知って、もしやと思われたそうよ。その保養地はコベール家の領地とも接していたから。陛下も、お母様が愛する者と一緒になれたのだと思いたい。……そう仰っていたわ」


 レティシアは瞳を潤ませてそう言った。


 ヴァイオレット皇女も。そしてアランも2人とも幼い頃の恋を胸に抱いていた。

 しかし大帝国の皇女と小さな王国の一貴族。……本来は決して結ばれるはずのなかった恋。


 ……それがなんの因果か、あの帝位争いに巻き込まれた不幸の中で2人は再び出会う事が出来たのだ。


 これは、まさしく『運命の恋』、だったのだろう。


 少なくともこの場に居る私達は、皇女がレティシアと幸せに暮らしていた事を知っている。……その夫、アランを深く愛していた事も。


 私達は、様々な不幸に巻き込まれ運命に翻弄されつつも、真実の愛を見つけた2人は幸せを掴んでいたのだと、そう思った。


 ◇


 それから暫くして、『ジャン コベール』宛に帝国の豪華な品々とジークベルト皇帝陛下からの直筆の礼状が届いた。
 レティシアが皇帝に伝えたのだろう。……が、私は自分宛に届いた本来はあり得ない皇帝からの手紙に驚愕し、恐縮しきりだった。



 そして我がコベール子爵家には、父ロジェ コベールとジャン コベール宛に届いた2通の大国ヴォール帝国皇帝直筆の書状が家宝として大切に保管されたのだった。





 《完》





最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!


 
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