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45 クリストフの決意 その弐
しおりを挟む「なんだとッ!?」
「なんですって!!」
国王と王妃がクリストフを睨む。
クリストフはチラリとハインツを見て頷いてから彼等を見た。
……自分達は恋愛結婚だと笑っていた両親。今の彼等の顔はあの時と正反対で憎しみで歪んでいる。
自分にとっては大切な両親。……しかし、これまでも国王と王妃という立場にありながら矮小な罪を犯し続け、そしてとうとう彼らは余りにも大き過ぎる罪を犯した。国民の命を守るという為政者として一番重要な責務を放棄……いや、自らその事態を起こしたのだ。
……その罪を明らかにし厳しく裁かねば、このレーベン王国を守っていく事は出来ない。
……私はこの国のただ1人の王子として、彼らを裁きこの国を守る責務がある。
しかし彼等を断罪し罪に問いたいけれど、彼等はこの国の国王夫妻。彼らにこの場はこれまでと言われればたとえ自分が王太子といえど立場的に彼等を罰する事が出来ない。……だから。
「……う?」
「……あぁ」
突然、国王夫妻は唸った後そのまま崩れ落ちるように椅子に座った。
「父上、母上。いかがなさいましたか? 御気分が優れないのであれば、そのまま座ってお聞きください。……この後の審議は私が進めさせていただきます」
国王夫妻はそのまま動けず、椅子に座った状態で力なくクリストフを見上げた。
……そして、貴族達もクリストフを見つめ次の言葉を待つ。
「国王夫妻はしばらくはこのままお座りいただいたまま話を聞いていただくのがいいだろう。
……それでは、陛下がこのような状態であるので私が陛下の代理をする事とする。皆の者、異議のある者は申し出よ!」
クリストフは国王夫妻が言葉を発せぬのを見た後に皆に素早く採決をとった。
「「異議、有りませぬ!」」
一部の王妃派の者は不服そうな者はいたものの、国王が何も言わないこの流れで異議を出せる者など居なかった。
「……感謝する。それでは王太子であるこのクリストフがこの場を取り仕切る事とする!
先程の国王と王妃の事である。彼等は自分の欲に目が眩み数々の罪を犯してきたが、その最たるものは国を司る王として最も大切な『民の安全』を守る事を怠った事だ。……そして彼等の愚かな行動こそがこの国に破滅をもたらす程の災害を引き起こしたのだ。これは、決して許される事ではない!」
貴族達は頷きながらその続きを待った。
「……よって、国王夫妻には直ちに引責辞任していただく。しかし、その罪はその後正当な裁判で全てを詳らかにしなければならない。……それ程の、大きな罪である」
国王夫妻はクリストフの言葉に目をこれでもかという程大きく見開いた。そして怨嗟の目でたった1人の我が子を見る。
そんな両親の視線をひしひしと感じながらも、クリストフは広間にいる貴族達に堂々と向かい立った。この揺るがぬ決意を皆に認めさせる為に。
そんな中、ハインツ ラングレーは一人胸を張って皆の前に立つクリストフの側に寄った。
……ハインツもあの災害の起こった一年半前から辛く苦しい時を生きて来た。そして半年前に姉や妹の真実を知った時からはこのクリストフと共に更に苦しい時を耐えて生きてきたのだ。
セリーナと再会してからはハインツはまだ救われたが、このクリストフは更に苦しい立場となっている。ハインツは共に苦楽を共にしたクリストフを助けたかった。そしてこれからもクリストフを支えこのレーベン王国を守っていきたいと決意している。
そんな兄ハインツのクリストフへの信頼と忠誠、そしてクリストフの国を思う心はセリも強く感じた。
セリはふと視線を感じ横を見ると、ライナーが優しく自分を見つめていた。そしてダリルとアレンも。……そして4人は頷き合った。
4人はゆっくりとクリストフの側に立つハインツの元まで行き、彼等の味方である事を示した。
貴族達は、その様子をじっと見ていた。
……彼等の心も決まっていた。
クリストフは、ハインツやセリーナ達のその行動に胸が熱くなるのを感じた。
……そう、私は一人ではない。心強い、仲間達がいる。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……大いなる罪を犯した国王と王妃を貴族牢へといれ裁きにかける事、そして私が国王代理としてここにいる心ある者達とこの後の国の協議をしていくことに異議のある者は申し出よ!」
「「……御座いませぬ!!」」
国王達の罪がここまで明らかになっていては、国王派の者でさえ誰も何も言えるものではない。
そして国王と王妃の子であるクリストフがここまでの覚悟をしてその罪を断罪しているのだ。まだ若いクリストフが身を切る思いで親である国王と王妃の罪を問うているのは貴族達もひしひしと感じていた。
更にはこのレーベン王国で一番魔力が強く代々筆頭魔法使いの座についてきたラングレー侯爵家のハインツ。そしてかつては魔力ナシと言われながらも本来の巨大な魔力に目覚めたセリーナと明らかに力の強い仲間たちもクリストフの味方についた。
……貴族達は、ただ静かにその頭を下げた。
◇
「……クリストフ殿下!」
王宮の大広間での重く長かった時間が終わり、国王と王妃のとりあえず処遇を決め解散となった後。
兄ハインツと共に執務室に向かうクリストフにセリは呼びかけた。
「……セリーナ嬢」
クリストフは振り向き、かつて心惹かれた愛しい女性を見た。
セリはクリストフの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「……殿下。今回とてもお辛い決断をさせてしまい、申し訳ございません。そして我が侯爵家にもご配慮いただきありがとうございました」
クリストフはセリの美しい紫の瞳を優しく見つめながら答えた。
「……セリーナ嬢の、……あなた方の協力のお陰で、我がレーベン王国はやっと前に進む事が出来そうです。あの報告を聞いた時は驚きましたが、あのままであったならおそらくいつかは一年半前と同じ事が起き今度こそ取り返しのつかない事態になっていたでしょう」
……遡る事一ヶ月前。
クリストフ達が世界の教皇猊下との会合から失意の中帰って一月程経った頃。最近すっかり心許せる仲となっていたハインツ ラングレーより会わせたい者がいると言われ、ラングレー侯爵家を訪れた。
……そこには。
教皇の元に『孫娘』として居たはずのセリーナ嬢がいたのである。その仲間だという3人も後ろに居たのだが、初めクリストフにはセリーナ嬢しか見えていなかった。
やはりセリーナ嬢は自分を憎からず想ってくれていてこうして会いにきてくれたのかと、一瞬クリストフはそう思い喜んだ。……が。
「お久しぶりです。クリストフ殿下。私はラングレー侯爵家の末娘セリーナです。……今日は私の大切な方達を紹介します」
セリーナ嬢にそう言われ紹介されたその3人の内の1人は、確か先日の教皇との会合にも同席していた赤髪の騎士だった。
そしてそのセリーナ嬢の他人行儀な話し方で、自分を恋しく想って来てくれたのではない、と嫌でも分かってしまった。
少し……いやかなりガッカリしながらも、やはり愛しい女性から目が離せずにいると、隣からゴホン……と咳払いが。見ると、セリーナの兄であるハインツだった。
「殿下。今日は彼等はこの国を調査した結果を報告に来たのです。……勝手ながら、私が彼等にこの国の調査の許可を与えました。罰ならば後で受ける覚悟は出来ております。ですがまずはその調査結果をご覧になっていただきたいのです」
ハインツはクリストフのセリーナ嬢への想いから目を覚まさせ、今回の目的について話し出した。
『調査』。……この国の、なかなか手を出せない闇の部分の調査をした、という事だ。
このレーベン王国の暗部とも言うべき、国王と王妃の身内の癒着。皆薄々分かっていながらも手を出せずにいた『闇』。
クリストフはハインツより渡されたその書類に目をやった。そして読んでいくと……。
「……ハインツ。これは……! このダンジョンの調査結果は……。という事は、一年半前の災害は……」
クリストフはそう言ってハインツを見ると、彼は黙って頷いた。
クリストフは何やら嫌な汗をかきながらその報告書の続きを読んだ。
「これは……、あの一年半前のあの大災害自体が、『人災』であったと? そしてその原因は……、いやそもそもはこれはもしや王家の?」
クリストフは余りの報告書の内容に少し混乱し手を頭にやり宙を見た。
「……そうです。あれはダンジョンの管理不足から起きた事態。つまりそれを引き起こしたのはマイザー伯爵家と王家。……国王陛下と王妃殿下の『真実の愛』から全ては始まっているのです」
セリーナがその美しい瞳でクリストフを見つめて言った。
……ああ、『真実の愛』ならばセリーナ嬢と自分の中にあれば良かったのに。
クリストフはそう少し現実逃避をしつつも、この恐ろしい調査結果に知らず震えていた。
「……貴女達の言いたい事は分かった。しかし事が事だけにはいそうですかと信じる訳にもいかない。こちらでも裏付けを取るがそれでも構わないか」
目の前の事をすぐさま信じ飛びつくような、同じ過ちは繰り返さない。しっかりと自分で納得出来るまで調査をする。セリーナ嬢との出会いの時の失敗で学んだ事だ。
……それに、この調査結果次第でこれからレーベン王国が大変な事態に発展しかねないのだ。
「それは勿論です。……十分に調査なさってください」
そう言ってセリーナ嬢は微笑んだ。
……クリストフの心が揺れる。セリーナ嬢の微笑みにときめいてしまった事が半分と、おそらく一年半前の自分の失態を繰り返さなかった事を安心されたのだ、とそう気付いたからだ。
「分かりました。ではしっかりと見極めさせていただきます。……もう、同じ過ちは繰り返しませんから」
クリストフはそうその場にいた人間に誓った。
そこからのクリストフ側の調査でセリーナ達の報告が全て事実と分かった。そして再びラングレー侯爵邸にて同じメンバーが集まり、これからの事を話し合い協力体制をとったのであった。
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