60 / 62
49 戴冠式への誘(いざな)い
しおりを挟む「……それでは、セリ様達は今はレーベン王国にお住まいなのですな」
聖国の教皇猊下は今日もセリの為に、教皇にと捧げられた貴重な果物を用意してセリとライナーを出迎えた。
「……今、7割くらいはレーベン王国ですね。まだサンタナ帝国の冒険者は我々が抜けたら厳しい状況ですので、時々ダンジョンの間引きをしつつ若手の成長を待ってる状態です」
ライナーはそう答えた。サンタナ帝国のダンジョンはここ数年はライナー達が主戦力だった。いきなり抜ける事は出来なかったのだ。
「でもイルージャの街もとても好きなので、時々は帰ろうと皆で話してるんです」
そんなセリはもう17歳。花も綻ぶような美しい娘となった。もう『13歳の少年』設定は難しいだろう。
「……ふむ。レーベン王国では新しき国王陛下が立たれる事になったとか。これからは開かれた国にされるのでしょうな。各国に『魔法大国』から戴冠式の招待状が届いたと大きな話題になっておりますぞ」
そういう教皇の所にも勿論招待状は届いた。
……しかし聖国からレーベン王国の王都までは軽く見積もって片道20日はかかる。年齢的にも少し辛いところだ。
「ええ。クリストフ陛下はこれからは少しずつ世界と交流を持っていこうと仰っていました。
あ、教皇さまはお忙しいでしょうから、私と一緒に『転移』で来てくださいますか?」
セリは教皇は旅の道中の人々との交流も大切にしていると知ってはいるが、そうは言ってももう70代半ばの教皇。しかも忙しい立場で往復約一月半もの強行軍はさせたくない。
「出来れば、是非教皇さまには来ていただきたいのです。レーベン王国の変わる様を。
……先日、全ての罪の裁判を終えた前国王夫妻が処刑されました。流石にあの大災害を引き起こした罰は幽閉などでは収まらなくて……」
セリはそう言って辛そうに俯いた。
つい最近やっと全ての裁判が終わり、国王夫妻を始め王妃の実家や縁戚のマイザー伯爵などの罪がほぼ全て暴かれ、そして処刑された。それまでの横領などの犯罪もあったが、何よりもあの大災害の原因を作った彼等は多くの人々の恨みを負いながら処刑されたのだった。
国王夫妻の子であるクリストフの悩みや苦しみはどれ程のものであったか。世間にはその息子であるクリストフへの譲位もどうかと言う者もいたが、国王夫妻やその罪に対するクリストフの毅然とした態度、そして何より心ある貴族達が彼の後押しをした事が大きかった。
それらを思い出し落ち込むセリの手をライナーは優しく自分のそれで包み込む。
そんな2人に教皇は苦笑し咳払いをした。
「ゴホンッ……。ええ、伺いましょうぞ。それに私がセリ様の『転移』で共に皆の前に現れれば、他の国々もレーベン王国のその魔法力の高さに驚きましょう」
なんといっても『転移』は今はもはやお伽話の伝説の魔法。そんな魔法を目の前で見せられれば他国はレーベン王国への手出しは考えられないだろう。
しかしその時初めてセリは、教皇を『転移』させる事が一種の宣伝や牽制になる事に気付く。
「ッ教皇さま! 御免なさい。そういう事になってしまうのですよね。私が考えなしでした……」
謝るセリに教皇は優しく微笑んだ。
「……良いのですよ。何よりセリ様は私の体調を考えてくださったのでしょう? それに最初に申し上げましたが、私はセリ様の魔法を見せていただけるならばこのような事はお安い御用なのですよ」
そう言って教皇はセリにウィンクをした。
「教皇さま……。ありがとうございます」
セリはそう言って教皇に微笑んだ。
教皇も微笑み頷いた。
そして暫く3人は色んな話をして、そろそろ2人が帰ろうと立った際、教皇はライナーを見て言った。
「……ライナー。『例の件』だが、承知した」
それを聞いたライナーは嬉しそうに頷いた。セリは『ん?』と2人を交互に見る。
「……男同士の話だ」
「これで以前のライナーの墓への悪戯は帳消しという事なのですよ」
ライナーと教皇の訳の分からない言葉に戸惑いつつ、決して口を割ろうとしない2人に少し拗ねてしまったセリなのだった。
◇
レーベン王国戴冠式当日の朝。
あの大災害から3年半。王都の街は美しくすっかり復興した。
街や畑も徐々に持ち直し、人々の暮らしも徐々良くなりつつある。行き交う人々の表情も明るい。
少し王都を離れればまだ傷跡の残る場所もあるが、何箇所かは敢えて残し『大災害の傷跡』として保存していく事になっている。……あの悲劇を、忘れない為に。
そうして王宮では朝早くからたくさんの人々が集まり大変な忙しさだった。
そんな中、新国王クリストフの側近であるハインツ ラングレー新侯爵、その侯爵家の持っていた爵位の一つのシュミット伯爵に決まったセリーナとライナー、そしてダリル、アレンも何かと忙しい。
そしてセリーナはクリストフにくれぐれも! と本番前の最後の注意をしていた。
「クリストフ陛下。戴冠式が終わりましたら、王宮のベランダからご婚約者のサンドラ様と一緒に仲良く手を振ってください。この間のパーティーの時のような事では絶対ダメですからね!?」
クリストフはこの度目出たく婚約した。お相手はクリストフの曽祖父の妹王女が嫁いだ先の公爵家の娘の嫁ぎ先の伯爵家の孫娘……、である。御歳15歳のご令嬢は伯爵家の令嬢という事で今まで候補に入っていなかったが、他の高位貴族の候補が三年半前の大災害で悉く亡くなった事とサンドラ嬢の魔力が意外に高かった事から選ばれた。
……が、クリストフは21歳でサンドラ嬢は15
歳。そして最近婚約がまとまったばかりの2人の距離はまだまだ開いていて、ついこの間のパーティーでもぎごちなさが目立った。
そのパーティーでセリーナをまだ知らない貴族がしつこく声をかけ、ライナーに撃退され更にその後に2人の仲睦まじさを周囲に見せつけてしまったのとは正反対だった。
「……しかし私は今まで婚約者も居なかったし、サンドラ嬢はまだ学生である。距離感が掴めないのだ……」
最近はすっかり国王としての威厳が出て来たのに、この話になるとクリストフは弱り果てた顔をした。
そこにクリストフの側近であるセリーナの兄ハインツが進言する。
「陛下。……簡単な事ですよ。ライナー殿を真似れば良いのです。ライナー殿がいつもセリーナにするように見つめ手を取り2人の世界に入れば良いのです」
「ッ! そうか、成る程……!」
クリストフはハッとそれに気付き、大きく納得した。
「!? ちょっと、ハインツ兄様! なんて事言ってるんですか! ……私達は、そんな……!」
セリーナは真っ赤になって兄に言うが、その兄は大きくため息を吐く。
「……ああ、そうなのだろうな。お前たちは全く意識する事もなくまだ婚約者のいない私の前でイチャイチャしているのだな。……全く、タチの悪い……」
そうブチブチと言い出したハインツにセリーナが言い返そうとしていると、クリストフから待てが入った。
「お前たち、ここで兄妹ケンカはやめてくれ。まあ、とりあえず私はサンドラ嬢に対してライナー殿の様に熱く振る舞う事にする。……それでは、楽しみにしていてくれ!」
そう言って颯爽と戴冠式へと向かう堂々とした国王としてのクリストフの後ろ姿を、ハインツとセリーナの兄妹は眩しそうに見送った。
36
あなたにおすすめの小説
【完結】魔女令嬢はただ静かに生きていたいだけ
⚪︎
恋愛
公爵家の令嬢として傲慢に育った十歳の少女、エマ・ルソーネは、ちょっとした事故により前世の記憶を思い出し、今世が乙女ゲームの世界であることに気付く。しかも自分は、魔女の血を引く最低最悪の悪役令嬢だった。
待っているのはオールデスエンド。回避すべく動くも、何故だが攻略対象たちとの接点は増えるばかりで、あれよあれよという間に物語の筋書き通り、魔法研究機関に入所することになってしまう。
ひたすら静かに過ごすことに努めるエマを、研究所に集った癖のある者たちの脅威が襲う。日々の苦悩に、エマの胃痛はとどまる所を知らない……
【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと
淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品)
※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。
原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。
よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。
王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。
どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。
家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。
1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。
2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる)
3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。
4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。
5.お父様と弟の問題を解決する。
それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc.
リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。
ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう?
たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。
これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。
【注意点】
恋愛要素は弱め。
設定はかなりゆるめに作っています。
1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。
2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。
【完結】ど近眼悪役令嬢に転生しました。言っておきますが、眼鏡は顔の一部ですから!
As-me.com
恋愛
完結しました。
説明しよう。私ことアリアーティア・ローランスは超絶ど近眼の悪役令嬢である……。
気が付いたらファンタジー系ライトノベル≪君の瞳に恋したボク≫の悪役令嬢に転生していたアリアーティア。
原作悪役令嬢には、超絶ど近眼なのにそれを隠して奮闘していたがあらゆることが裏目に出てしまい最後はお約束のように酷い断罪をされる結末が待っていた。
えぇぇぇっ?!それって私の未来なの?!
腹黒最低王子の婚約者になるのも、訳ありヒロインをいじめた罪で死刑になるのも、絶体に嫌だ!
私の視力と明るい未来を守るため、瓶底眼鏡を離さないんだから!
眼鏡は顔の一部です!
※この話は短編≪ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!≫の連載版です。
基本のストーリーはそのままですが、後半が他サイトに掲載しているのとは少し違うバージョンになりますのでタイトルも変えてあります。
途中まで恋愛タグは迷子です。
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
元アラサー転生令嬢と拗らせた貴公子たち
せいめ
恋愛
侯爵令嬢のアンネマリーは流行り病で生死を彷徨った際に、前世の記憶を思い出す。前世では地球の日本という国で、婚活に勤しむアラサー女子の杏奈であった自分を。
病から回復し、今まで家や家族の為に我慢し、貴族令嬢らしく過ごしてきたことがバカらしくなる。
また、自分を蔑ろにする婚約者の存在を疑問に感じる。
「あんな奴と結婚なんて無理だわー。」
無事に婚約を解消し、自分らしく生きていこうとしたところであったが、不慮の事故で亡くなってしまう。
そして、死んだはずのアンネマリーは、また違う人物にまた生まれ変わる。アンネマリーの記憶は殆ど無く、杏奈の記憶が強く残った状態で。
生まれ変わったのは、アンネマリーが亡くなってすぐ、アンネマリーの従姉妹のマリーベルとしてだった。
マリーベルはアンネマリーの記憶がほぼ無いので気付かないが、見た目だけでなく言動や所作がアンネマリーにとても似ていることで、かつての家族や親族、友人が興味を持つようになる。
「従姉妹だし、多少は似ていたっておかしくないじゃない。」
三度目の人生はどうなる⁈
まずはアンネマリー編から。
誤字脱字、お許しください。
素人のご都合主義の小説です。申し訳ありません。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる