緑の塔とレオナ

岬野葉々

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「まったく! 一体何をしていたら、これほど帰るのが遅くなるのやら……」

 何て嘆かわしい、と全身で表現しながら、ヴィーネを叱責するザーフェの眼は意地悪くぎらぎらと光っていた。
 経験上、こうなったザーフェの説教は、果てしなく長くしつこい。
 ヴィーネは神妙な表情を取り繕い、視線を落とし、なるべくこれ以上ザーフェの気に障らぬよう心掛ける。


 ヴィーネの伯父リチャードが婿養子として入ったアルフェール家は、この地を治める領主に匹敵するほどの権力を持つ。
 古くから商人の街として、独自の文化・価値観を育んできたルルスにおいて、アルフェールの一族は名門中の名門。そして、ザーフェの一族は、代々アルフェール家に仕えてきたという自負がある。

 ザーフェにとって、ヴィーネは突然主家にやってきた厄介者だ。
 たとえリチャードの姪だろうと、アルフェールの血をひかぬヴィーネは忠誠心を捧げるに値しないし、ましてや外見も中身も利用価値一つないどうしようもない娘。どう扱おうと問題ない――これが、アルフェール家の下女をまとめる女中頭ザーフェの認識だった。

 事実、ザーフェを窘めることの出来る唯一の人であるリチャードは、ザーフェが姪のヴィーネを下女同然に扱っても何も言わない。
 それが、やはり旦那様は妹から厄介者を押し付けられたのだ、というザーフェの考えをさらに強固なものとしていた。


「いくら旦那様の姪とはいえ、両親のいないお前はただ旦那様方――アルフェール家の慈悲にすがるのみ。恩を受けてばかりで少しはお役に立とうという殊勝な心掛けはないものかねぇ。ただの使い走りさえ満足に出来ないのなら、他に一体どんな仕事があるものやら。ただでさえ、不器用で鈍くさく、何も取り柄のないお前では、仕事を作るのさえ一苦労だわ」

 毎回ねちねちと孤児同然と言わずにはいられないザーフェの心根に、眉を顰めそうになるのをヴィーネはぐっと堪えた。
 
 どうせザーフェは日頃の鬱憤をすべてヴィーネにぶつけて発散させるのだ。
 反応するだけ、莫迦らしい。

 それでも反抗的な眼の光が見えぬよう、一見反省して項垂れたように、さらに視線を下げる。

 もっとも、ヴィーネ本来の美貌を隠すための偏光魔法がかかった大きな丸い眼鏡に阻まれて、そもそもそんな眼差しがザーフェに分かる筈もなかったのだが。


 長丁場を覚悟して、こっそり体勢を整えるヴィーネ。

 傍目には分からぬよう、小言を左から右へと受け流しつつ、心は別のことを考える。
 親元を離れたこの二年で身に付けた技だ。

(あと半年――母様、わたし、頑張ります。母様との約束を、全部守ってみせるから。
 だから、母様、安心して。そして、どうか早く元気になって――)

 いつしか、ここルルスへ来ることとなった発端を思い出していた。

 

 
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