緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 ヴィーネにとって、人生とは、自分自身で切り開くもの。
 大家族には縁がないし、自分の意志を封じられ一族郎党に駒のように扱われるのには、嫌悪感が酷くて自分には無理だ。

 今はただ、妹のようにも思えるルシィのことが心配だった。
 けれど、この聡明さがあれば――たとえ今は幼く軽んぜられようとも、きっとこの子も自分で自分の望む道を歩いていける、と信じられる。

 それに、とヴィーネは思う。

 たぶん、その利発さを、聡明さを――末娘を伯父は愛している。
 そして、恐らく、次男のアンソニーも……

 ルシィが成長するにつれ、その分ルシィの本質は光輝くだろう――今は味方の数が少なくても、ルシィを理解し愛しんでくれる人は、きっともっと増えていく――

(うん、そうよね。不当な扱いには腹が立つけど、思えば変に今から目を付けられるよりも、まだましだ。ここ、ルルスは未成年者にとって、怖いとこなんだから――そして、仮に横やりが入ったとしても、大丈夫。伯父様はきっと愛娘を守り抜く)

 思考が落ち着き、ようやくほっとしたヴィーネは、ゆっくりと伸びをする。
 見れば、お互いの作業は終わっていた。

「とても、綺麗に仕上がったね。本当に、見事なお守り――」

 心からの賛辞に、ルシアーナは嬉しそうに微笑む。

「本当? ……お兄様、喜んでくれるかな?」

 どちらの、と名指しをしないその心に、ヴィーネの胸はかすかに痛む。
 アンソニーが喜ぶのは、分かり切ったことなのだ。

 本当に、見る目のない、困った長男! こんなに可愛く慕ってくれる妹がいて、何が不満なの?!

 若干怒りつつも、ヴィーネは力強く頷いた。

「もちろん! さあ、次は焼き菓子でも作って、贈り物に添えよう?」

 明るく誘い、仲良く二人で厨房へ出かけていった。





 一方、目と鼻の先で探し求めていた緑の使い手を逃したシリウスは、道中非常に機嫌が悪かった。

 緑の使い手の捜索に時間を費やした分、予定より遅くルルス一帯を含む東部を治める領主の城へ到着した後、領主への挨拶が終わるや否や、早々に用意されていた客室へと退出するシリウス。

 主の状態が分かるだけ長く付き合っている者は、首を竦めてなるべく近寄らぬようにしていた。

 そんな中、哀れな子羊が一匹……。

「く……何でよりによって、こんな日に側仕えの当番が回ってくるんだよ! 何かに呪われているとしか、思えない――いや、これから主自らの手で呪われるのか……」

 心底自らの不運を嘆いている赤毛の青年ロッドは、心の嘆きを吐露せずにはいられなかった。
 長年従者を勤めているロッドは、幸か不幸か自らの主が見かけ通りの人物ではないことを大変よく知っていた。

 輝くような銀の髪に紫の瞳――如何にも大貴族らしく、甘く整った顔立ちの裏には、決して一筋縄ではいかない人並み外れた優れた頭脳を隠し持ち、素直なロッドには想像も出来ない程性格が悪い……。

 不愉快な思いをした時ほど、にこやかに物柔らかに接し、相手が油断した隙をついて、ぐさり、だ。

 また能力においても、天井知らず――広範囲に深く身に付けられた知識は言うに及ばず、だ。
 何といっても、王国随一の難易度を誇るエヴリ王立学校の免状を、通わずして試験のみで与えられた程なのだ。
 しかし、このことを知る者は殆どいない。
 別に自分だって、特に知りたいとも思っていなかったのだが……。
 だから、冗談ではなく、主は自分に呪をかけることが可能なくらい、魔術に精通していることが分かっていた。

 こんな時に、もし何か失態を仕出かしたら――

 実戦の時には感じたことのない、冷たい嫌な汗が背中を伝う。

 だ、誰か、何とかして……どうか、俺と代わってくれっっ!

 脳裏に、この事態を知ったとき、あっさりと「骨は拾ってやる。成仏しろよ……」と言い捨てて去って行った奴の顔が浮かぶ――

 くそっ、あいつより先にくたばってたまるか!
 いつか必ず同じ目に遭わせて、高笑いしてやる。

 



 
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