緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 部下の嘆きや怯えも知らず、シリウスは一人客室で思考の底へと沈んでいた。

 あの時捉えた、と確信したのに、彼の者はあの森から跡形もなく消えていた……

 眉をひそめる。

 彼の者が成した輝きはそのままに、気配、痕跡が一瞬で消えた――あの後、自分はあの辺り一帯をくまなく探索したのだ。
 なのに、何も見つからなかった。
 そんなことが、可能だろうか?

 自らの有能さを自負している青年にとって、それは屈辱だった。

 それに、あの歌声――まるで、少女のような高く澄んだ声だった。
 あれほどの緑の力を持つ者が、未だ年若い少女ということが、在り得るだろうか?

 少しの間、考えて首を振る。

 在り得ない。しかし、先入観を持つことは、禁物だ。
 よし、初心に戻ろう。
 自分を王都から引っ張り出し、主から命を下されることになったそもそもの発端を、もう一度最初からさらうべきだ。

 自分の勘が告げている。
 今まで手にした情報の中で、有益な何かを見落としている――

 目を閉じて、集中する――彼は、一度見聞きしたことは決して忘れないという、特異な才能の持ち主だった。
 煩雑な情報をいったん意識の底に沈め、好きな時に取り出すことが出来、またそれを多角的に思考、検証出来る稀有なる才能、それが遺憾なく発揮されていく――


 
 ここ数年の変異の始まりとされる、緑の塔の危機――緑の塔の崩壊は、この国、いや世界に深刻な損傷を与えると推測された。
 故に、主だった各塔や王都の上層部は、打開できぬ事態に際し、徐々に焦燥を強めてきた。
 民の不安を煽らぬよう、彼らは情報の規制を行ってはいた。
 しかし、緑の塔を筆頭に、七つの塔の乱れの影響は、既に各地に広がっていた――

 かつてない奇妙な自然現象、魑魅魍魎の類の跋扈、そして人心の乱れによる争いごとが多発していったのだ。

 格段に増えた騎士団の出動要請に応えるため、あの日も各団を呼び集めて訓練していた。

 そして、……不意に襲われた竜巻、大地の揺れによって、多くの人命が失われた――

 その時、見たのだ。
 二人の下級騎士を守る、強大な緑の輝きを――

 今、思い返しても、分かる。
 あれは決して、未熟な年若い術者の魔法ではない。
 強大な力を持とうとも、ただ単純に強く思いを重ねただけでは、ああはなるまい。
 繊細で複雑な、見事な守りの魔法――それと、今日森で聞こえた少女のような歌声が一致しない。

 どういうことだ? 別人なのか?
 もしや、複数の使い手がこの地に――?

 歌声と共に森の緑の輝きを思い出した途端、さらなる違和感に気がつく。

 同質の力、けれど守りの陣が違う――?

 突然、閃きが降ってくる。

 対価の魔法だ! 二人の下級騎士を守っていたのは、対価の魔法によるものに違いない!

 かなり変則的な、見たことのない形態をとっているが、間違いがない。
 森での輝きを見たからこそ、分かる。何という、幸運!

 対価の魔法は、同じ血脈に属する程、絶大な効果を発揮するという。
 ならば、少なくても使い手の一人は、あの二人の下級騎士の身内――血のつながりがある者の可能性が高い……!

 災害の後、二人の下級騎士の身元を徹底的に調べた。
 二人は兄弟で、商人の街ルルスのかなり裕福な一族の出だという。
 さりげなく、力ある魔術師についての質問もした。
 身内、知り合い、二人が覚えている限りの情報を求めた。
 しかし、彼らは何も知らなかった。

 不思議なことに、彼らには守りの魔法を受けている自覚が全くない。
 となれば、裕福だという一族がこっそりと、誰かに守護を願い出たのだと思った。
 その力ある誰かを探し出すために、表向きは視察という名目でルルスへ向かうことに決めた。

 見当をつけ情報を集めるために、二人に部下を張り付かせ、逐一報告させていたが、使い手と同じ血筋の可能性が浮かび上がった今、当初のように部下に任せておくわけにはいかない。
 あの二人の血筋を徹底的に洗い直し、少しでも時間を有効に使うには、自分が直接身内に会って確かめた方が早い。
 
 使い手の正体が何であれ、何人であれ、事態の突破口となり得るひとりだけは、何としてももぎ取るのだ。

「ロッド! 例の二人を連れてこい!」

 扉の外で控えている筈の側近に命ずると、瞬く間に気配が遠ざかった。


――シリウスの命に、機敏に身を翻し、直ちに駆けだしていく赤毛の青年ロッド。彼は主の関心が例の二人に移ったことを知り、密かに安堵の涙を流していた。

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