緑の塔とレオナ

岬野葉々

文字の大きさ
16 / 69

15

しおりを挟む
(どうしたの? ヴィーナ。昨夜は来なかったと思えば、こんな早朝に……)

 まだ完全に夜明けを迎えていない時間帯なので、森の樹々の思念は少し眠たげで小さい。

「うん。いろいろとね、あってね……」

 いろいろと愚痴りたいのだが、残念ながら、話す時間も気力も体力も残っていない。
 ヴィーネは頭の中で、素早くこれからの算段を考える。

(この、公爵襲来の騒動が収まるまで、どれだけ予想外に時間を取られるか、分からない……。朝食の準備まで、あと一刻半の猶予といったところか。……今日はもう、どうせ眠れないな。それなら、今から念のため、髪を染めなおしておこうか)

 よろめきながら、髪の染料を煮詰める用意をしていく。
 大樹から少し離れた泉のほとりに、手際よく火を熾し、材料を火にかける。

(出来上がるまでに、前の染料を落としておこう。眠気さましに、禊もしちゃえ)

 そのまま、ためらいもなく衣服を脱ぎ捨てて、泉へと飛び込んだ。

 しばらくすると、生来の月光のような美しく淡い金の髪が浮かび上がった。
 ヴィーネは泉から上がり、肩から衣服を軽く羽織ったまま、大樹の元へ歩み寄る。
 そして、胸の上で揺れる珠を大事そうにそっと握り、軽く目を瞑った。

――約束してね、ヴィー。
  今の母様が在るのは、兄様の、伯父様のおかげなの……。
  ルルスで何があろうと、一日を無事に過ごすことが出来たら、それだけで
  その都度、毎日伯父とその家族に感謝の念を込めて、守護歌を捧げてね。

――はい、母様。

 目を開き、教わった通りに朗々と歌い始める。
 そして、いつものように心の中で、伯父とその家族の名前を唱えた。

(ヴィーネ=レオナの名において、リチャード伯父様とその家族、ステファーナ、ロシアン、アンソニー、マリアーナ、ルシアーナに感謝の意を込めて、守護の祝福を与える――)

 大樹を中心に、ヴィーネの生み出した輝きが、ゆっくりと広がってゆく――




 その瞬間、森から離れた領主の城に滞在し、寝台に横たわっていた銀髪の青年――シリウスが、跳ね起きた。

(かかった――!!)

 急ぎ床に風紋文字を描きながら、懐に入れていた水晶を取り出す。
 硝子のように透明だったそれは、しかし今は淡い緑色に輝いている。
 シリウスはそれを握りしめ、意識を集中していく――

 最初に視えたのは、緑の輝き――昨日、森で感じたものと同じもの。
 やがて、徐々に映像が結ばれていく――
 緑の輝きに呼応するようにそびえたつ、巨大な大樹。
 これは、昨日、初めに飛び込んで行った場所に在った、圧倒的な存在感を放つもの。
 そして、その大樹の前に佇む人影に、より意識を集中させる。

 はじめに認識出来たのは、顔の周りを波打つ、美しい光のような金の髪だった。
 次は、確かな意志をもって輝く、青い、青い、海のような瞳――その強い眼差しに、思わず意識をすべて持っていかれ、心に未だ感じたことのない衝撃を受けた。

 探し求めた彼の者は、あまりにも華奢で小柄な、とても美しい少女だった……。
 そのことに、しばし呆然とする。

 やがて、少女が大切そうに握りしめているものに、意識が向いた。

(何だ? 私は何に意識が引っ掛かった? ……何を握っている? 珠か――?)

 注意を払えば、その珠からも、緑の波動を感じ取れる。
 もっとよく探ってみよう、と意識を伸ばした瞬間、眩しい暁の光が差し込んだ。

 日の出だ――認識した途端、何も感じ取れなくなる。
 鮮明に視えていた映像も、もはや何も視えない。

(ちっ、媒介にしていた、石を封じられたのか?)

 昨日、彼の者を探索している間に、森の辺り一面に媒介石を仕掛けておいたのだ。

 シリウスは、風の賢者ヴァンの名を継ぐ者。風の力をその身に宿している。
 予め仕掛けてさえいれば、離れた場所でも風の波動を媒介石に仲介させることで、いくらでも探ることが可能だ。
 ――媒介石さえ、封じられなければ。

(厄介な。もう、この手は通じないだろう……)

 内心悔しがるも、さっさと心を切り替える。

(まぁ、いい。彼の者の姿を捉えた。それだけでも、大収穫だ)

 待っていろ、とシリウスは不敵な笑みを浮かべた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...