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(どうしたの? ヴィーナ。昨夜は来なかったと思えば、こんな早朝に……)
まだ完全に夜明けを迎えていない時間帯なので、森の樹々の思念は少し眠たげで小さい。
「うん。いろいろとね、あってね……」
いろいろと愚痴りたいのだが、残念ながら、話す時間も気力も体力も残っていない。
ヴィーネは頭の中で、素早くこれからの算段を考える。
(この、公爵襲来の騒動が収まるまで、どれだけ予想外に時間を取られるか、分からない……。朝食の準備まで、あと一刻半の猶予といったところか。……今日はもう、どうせ眠れないな。それなら、今から念のため、髪を染めなおしておこうか)
よろめきながら、髪の染料を煮詰める用意をしていく。
大樹から少し離れた泉のほとりに、手際よく火を熾し、材料を火にかける。
(出来上がるまでに、前の染料を落としておこう。眠気さましに、禊もしちゃえ)
そのまま、ためらいもなく衣服を脱ぎ捨てて、泉へと飛び込んだ。
しばらくすると、生来の月光のような美しく淡い金の髪が浮かび上がった。
ヴィーネは泉から上がり、肩から衣服を軽く羽織ったまま、大樹の元へ歩み寄る。
そして、胸の上で揺れる珠を大事そうにそっと握り、軽く目を瞑った。
――約束してね、ヴィー。
今の母様が在るのは、兄様の、伯父様のおかげなの……。
ルルスで何があろうと、一日を無事に過ごすことが出来たら、それだけで
その都度、毎日伯父とその家族に感謝の念を込めて、守護歌を捧げてね。
――はい、母様。
目を開き、教わった通りに朗々と歌い始める。
そして、いつものように心の中で、伯父とその家族の名前を唱えた。
(ヴィーネ=レオナの名において、リチャード伯父様とその家族、ステファーナ、ロシアン、アンソニー、マリアーナ、ルシアーナに感謝の意を込めて、守護の祝福を与える――)
大樹を中心に、ヴィーネの生み出した輝きが、ゆっくりと広がってゆく――
その瞬間、森から離れた領主の城に滞在し、寝台に横たわっていた銀髪の青年――シリウスが、跳ね起きた。
(かかった――!!)
急ぎ床に風紋文字を描きながら、懐に入れていた水晶を取り出す。
硝子のように透明だったそれは、しかし今は淡い緑色に輝いている。
シリウスはそれを握りしめ、意識を集中していく――
最初に視えたのは、緑の輝き――昨日、森で感じたものと同じもの。
やがて、徐々に映像が結ばれていく――
緑の輝きに呼応するようにそびえたつ、巨大な大樹。
これは、昨日、初めに飛び込んで行った場所に在った、圧倒的な存在感を放つもの。
そして、その大樹の前に佇む人影に、より意識を集中させる。
はじめに認識出来たのは、顔の周りを波打つ、美しい光のような金の髪だった。
次は、確かな意志をもって輝く、青い、青い、海のような瞳――その強い眼差しに、思わず意識をすべて持っていかれ、心に未だ感じたことのない衝撃を受けた。
探し求めた彼の者は、あまりにも華奢で小柄な、とても美しい少女だった……。
そのことに、しばし呆然とする。
やがて、少女が大切そうに握りしめているものに、意識が向いた。
(何だ? 私は何に意識が引っ掛かった? ……何を握っている? 珠か――?)
注意を払えば、その珠からも、緑の波動を感じ取れる。
もっとよく探ってみよう、と意識を伸ばした瞬間、眩しい暁の光が差し込んだ。
日の出だ――認識した途端、何も感じ取れなくなる。
鮮明に視えていた映像も、もはや何も視えない。
(ちっ、媒介にしていた、石を封じられたのか?)
昨日、彼の者を探索している間に、森の辺り一面に媒介石を仕掛けておいたのだ。
シリウスは、風の賢者ヴァンの名を継ぐ者。風の力をその身に宿している。
予め仕掛けてさえいれば、離れた場所でも風の波動を媒介石に仲介させることで、いくらでも探ることが可能だ。
――媒介石さえ、封じられなければ。
(厄介な。もう、この手は通じないだろう……)
内心悔しがるも、さっさと心を切り替える。
(まぁ、いい。彼の者の姿を捉えた。それだけでも、大収穫だ)
待っていろ、とシリウスは不敵な笑みを浮かべた。
まだ完全に夜明けを迎えていない時間帯なので、森の樹々の思念は少し眠たげで小さい。
「うん。いろいろとね、あってね……」
いろいろと愚痴りたいのだが、残念ながら、話す時間も気力も体力も残っていない。
ヴィーネは頭の中で、素早くこれからの算段を考える。
(この、公爵襲来の騒動が収まるまで、どれだけ予想外に時間を取られるか、分からない……。朝食の準備まで、あと一刻半の猶予といったところか。……今日はもう、どうせ眠れないな。それなら、今から念のため、髪を染めなおしておこうか)
よろめきながら、髪の染料を煮詰める用意をしていく。
大樹から少し離れた泉のほとりに、手際よく火を熾し、材料を火にかける。
(出来上がるまでに、前の染料を落としておこう。眠気さましに、禊もしちゃえ)
そのまま、ためらいもなく衣服を脱ぎ捨てて、泉へと飛び込んだ。
しばらくすると、生来の月光のような美しく淡い金の髪が浮かび上がった。
ヴィーネは泉から上がり、肩から衣服を軽く羽織ったまま、大樹の元へ歩み寄る。
そして、胸の上で揺れる珠を大事そうにそっと握り、軽く目を瞑った。
――約束してね、ヴィー。
今の母様が在るのは、兄様の、伯父様のおかげなの……。
ルルスで何があろうと、一日を無事に過ごすことが出来たら、それだけで
その都度、毎日伯父とその家族に感謝の念を込めて、守護歌を捧げてね。
――はい、母様。
目を開き、教わった通りに朗々と歌い始める。
そして、いつものように心の中で、伯父とその家族の名前を唱えた。
(ヴィーネ=レオナの名において、リチャード伯父様とその家族、ステファーナ、ロシアン、アンソニー、マリアーナ、ルシアーナに感謝の意を込めて、守護の祝福を与える――)
大樹を中心に、ヴィーネの生み出した輝きが、ゆっくりと広がってゆく――
その瞬間、森から離れた領主の城に滞在し、寝台に横たわっていた銀髪の青年――シリウスが、跳ね起きた。
(かかった――!!)
急ぎ床に風紋文字を描きながら、懐に入れていた水晶を取り出す。
硝子のように透明だったそれは、しかし今は淡い緑色に輝いている。
シリウスはそれを握りしめ、意識を集中していく――
最初に視えたのは、緑の輝き――昨日、森で感じたものと同じもの。
やがて、徐々に映像が結ばれていく――
緑の輝きに呼応するようにそびえたつ、巨大な大樹。
これは、昨日、初めに飛び込んで行った場所に在った、圧倒的な存在感を放つもの。
そして、その大樹の前に佇む人影に、より意識を集中させる。
はじめに認識出来たのは、顔の周りを波打つ、美しい光のような金の髪だった。
次は、確かな意志をもって輝く、青い、青い、海のような瞳――その強い眼差しに、思わず意識をすべて持っていかれ、心に未だ感じたことのない衝撃を受けた。
探し求めた彼の者は、あまりにも華奢で小柄な、とても美しい少女だった……。
そのことに、しばし呆然とする。
やがて、少女が大切そうに握りしめているものに、意識が向いた。
(何だ? 私は何に意識が引っ掛かった? ……何を握っている? 珠か――?)
注意を払えば、その珠からも、緑の波動を感じ取れる。
もっとよく探ってみよう、と意識を伸ばした瞬間、眩しい暁の光が差し込んだ。
日の出だ――認識した途端、何も感じ取れなくなる。
鮮明に視えていた映像も、もはや何も視えない。
(ちっ、媒介にしていた、石を封じられたのか?)
昨日、彼の者を探索している間に、森の辺り一面に媒介石を仕掛けておいたのだ。
シリウスは、風の賢者ヴァンの名を継ぐ者。風の力をその身に宿している。
予め仕掛けてさえいれば、離れた場所でも風の波動を媒介石に仲介させることで、いくらでも探ることが可能だ。
――媒介石さえ、封じられなければ。
(厄介な。もう、この手は通じないだろう……)
内心悔しがるも、さっさと心を切り替える。
(まぁ、いい。彼の者の姿を捉えた。それだけでも、大収穫だ)
待っていろ、とシリウスは不敵な笑みを浮かべた。
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