緑の塔とレオナ

岬野葉々

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「初めまして、ヴィーネ。事情は、リア――妹から手紙をもらって、知っている。君の父上は、九年前から行方不明な上、今回リアまで病に倒れたそうだね。……リアの休養の間だけ君を預かって欲しいとのことだが、残念ながら親権をこちらに譲渡しないままでは、利に聡い家内の親戚が黙ってはいないだろう。事情も分からずに、母親にずっと付き合うのが当然だとか、困ったときだけ図々しいだとか、ごちゃごちゃ言う者も現れ、いつの間にかあれらの都合の良いように物事を運んでいるかもしれない――――昔のことを執念深く覚えている者もいるだろうし、ね」

 何を言われるのか、と身構えるヴィーネに、初めて会ったリチャード伯父は、安心させるように少し表情を緩め、優しく続けた。

「その恰好を見れば、リアと君が何を考えているか、分かるよ。確かに、君を利用しようとする人々を制するには、有効な方法だ。また、人と対話するのに不慣れな君にとって、人の表と裏を見分ける手段としても、役立つだろう。ただし、その反面、ここルルスではかなり風当たりは厳しくなるよ。君にその覚悟はあるのか?」

 リチャードは問いかけながら、そっとため息を吐いた。

「身寄りのなくなった姪の、成人までの後見人ならば、誰も何も言わないだろう。未成年に対する親族の援助は、国にも推奨されていることだし、ルルスでは慣習として身寄りのない子供の後見人となった場合、世話をする代わり実子同様、後見人の財産と見なされるからね。――そうなると、君は後見人たる私に、15歳の成人まで将来を握られることにもなるよ?」

 リチャードはヴィーネの決意を試すような言葉を吐き、母と同じ翠の瞳で見据えた。

 ヴィーネは、唇を噛みしめる――自分の未来は自分のもの。例え恩ある伯父にだとて、握られたくはない。だけど――――

「わたしは、母様の信じている伯父様を信じます」

 生まれて初めて会った伯父を信じ切ることは、まだ出来ない。けれど、ここルルスへ、と願った母様のことなら、信じられる。
 だって、約束したもの。必ず、迎えに来てくれるって。そして、わたしはそれまで頑張るって。

 ヴィーネの決意を感じ取ったのか、不意にリチャードは笑い出した。

「試して悪かったね。……その決意があれば、大丈夫だろう。――約束しよう。君が今の君、アルフェール家の親族にとって、つけ入る隙をみせない無価値な君のままなら、私は決して君の未来に関与しない、と。ただし、世話をする代わりに、この家では使用人として働いてもらうよ。今、ここで契約書を作っておこうか。それで、貸し借りはなし。衣食住の対価は、君の労働で賄われた、と。その方がより安全だろう」

 それから、打って変わって真面目な顔でヴィーネに問う。

「私は君を擁護することは、出来ない。受け入れるだけだ。……君に目をかけていることが分かったら、人目を避けようとする君達親子の努力が台無しになる。私に対して君を利用しようとする人も出てくるだろうし、アルフェール家の親族から、余計な手出しをされる可能性もある。どのみち、私のご機嫌を窺うような輩は、碌なものがいまい……。そんな生活が待っていると分かっても、まだ私と一緒にルルスで暮らす気なのかな?」

 こっくりと大きく頷いたヴィーネを見て、リチャードは目を細めた。

「では、ルルスへようこそ――――これを最後に、私と君が二人だけで、直接対話することはないだろう。私は、君に対して無関心を貫く。……ただ、心の中では、君達親子の幸せを祈っている」

 お辞儀をして、退出しようとするヴィーネの耳に、リチャードの微かな声が届いた。

「君は、私の末娘、ルシィの良い話し相手になるだろう――」



 リチャード伯父の予測通りに、ルシアーナとはすぐに打ち解けあい、まるで仲の良い姉妹のような関係になれた。
 風当たりが強いのは、暮らし始めてからすぐに身に染みたが、ヴィーネはルルスを出ようとは思わなかった。
 母との約束があったし、外見や背景で人を判別しない、一握りの大切な人達もできた。
 母の言葉や森の御方達も、ヴィーネを支えてくれた。

 昼は館の雑事に追われ、夜はこっそり館を抜け出して、導師様や森の御方のところへ行く――多忙を極める生活の中で、リチャードは確かに表向き無関心を貫いた。それでも、人を介して、ふとその気遣いがヴィーネに届く瞬間がある――

 元々ヴィーネは伯父に対して何かをしてもらいたい、という欲求はない。
 母からくれぐれも、と頼まれているし、母の身代わりになってもらったという、感謝の思いがあるだけだ。

 それでも、いつか伯父と人目を避けることなく、存分に語り合ってみたい、と思っている。

 わたしが成人して、ルルスとは関わりがなくなったら……いつかきっと――
 

 
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