緑の塔とレオナ

岬野葉々

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「ヴィー、今日は何時にも増して、爆睡してるね……」

「ああ、身動きひとつしない」

「何かね、今日リチャード様のお屋敷に、王都での偉い人が来るんだって……」

「そうそう、公爵様だっけ?」

「――何しに来るんだ? こんなにヴィー、疲れ切って……可哀想だろ!」

 二人の少年、少女の三人組が授業中なのにも関わらず、すやすや眠るヴィーネを窺いつつ、ひそひそ声で話していた。

「くっそ! いつもヴィーがくたくたになるまで、こき使いやがって――! リチャード様は話の分かる人という評判だけど、姪には冷たいんだな」

 がっかりだ、と言わんばかりに両手を振った体格の良い少年は、そのまま苛立たし気に焦げ茶色の髪をがしがしとかき回した。

「そう怒るなよ、ディン。ただ気がついていないだけかもしれないよ」

「そうよ。……ひょっとしたら、あの性悪女のせいかもしれないわ」

 どこか顔立ちの似た、色彩だけはまるで違う美少年と美少女が交互に訴えた。

「キール、シャール。お前ら、双子だけあって、流石に気が合うな」

 どこかずれたところに感心している少年ディンに、双子らは呆れた。

「でも、ヴィーは何も言わないところが……」

「うん。……不憫ね」

 微動だにせず、ひたすら寝続けるヴィーネを、そっと三人で気遣わし気に見遣る。

「まさか、あのアルフェール家の縁者をこんな風に心配することになろうとは……」

「うん。――全然思わなかったわ、最初は」

「アルフェール家も何も関係ない! ヴィーは、ヴィーだろ?!」

 そう、ディンは初めからそういう立場を貫いていたね、と苦笑して互いを見合う双子。
 いつしか、三人はそれぞれにヴィーネに出会った頃を思い返していた――




 最初、リチャードの姪がこの学び舎に通う情報が出回ったとき、大変な騒ぎが起こったものだ。
 なぜなら、アルフェール家の子息子女達は優秀で有名であり、中でも長女マリアーナは絶世の美少女と名高く、巧妙な手口でこの学び舎に君臨していたからだ。

 絶えず多くの讃美者、崇拝者の取り巻きを引き連れたマリアーナは、ここでは絶対的な影響力を持っていた。
 将来、玉の輿間違いなし、と言われるその美貌に媚び諂う者は多く、マリアーナは何でも自分の好きなように出来た。

 そのマリアーナの一つ下の従妹がマリアーナと入れ違いにこの学び舎に通うようになるというのだ。
 まだ子どもの学び舎とはいえ、ルルスにおいては上流階級に属する家庭の子ども達が多く集う学び舎のこと、様々な思惑が飛び交っていた。

 学び舎に通うようになって以来ずっとマリアーナの取り巻きに加わる気もなく、むしろ冷ややかで批判的なキール、シャール、ディンの三人組は、学び舎の他の子ども達から疎外されていた。
 それも遠くからマリアーナが手を回したものと、三人は確信していた。
 いろいろな嫌がらせも多々受けた。

 当時の学び舎の師達も、長いものに巻かれ、生徒に手心を加える者が多く、反マリアーナ派と見なされていた三人組への風当たりは、相当厳しかった。
 そんな師達の言うことを素直に聞くのも癪で、本来優秀である三人は、わざと適当に学問をこなしていた。

 学び舎で学び始めてから、そろそろ三年たったその頃――三人組はもうここで吸収するべきものは何もないと見切りをつけ始めていたちょうどその頃――マリアーナがこの学び舎から新たに花嫁学校へ行くことになったのだ。

 そして、入れ違いに従妹が来るという。
 三人は内心うんざりしながらも、まあいっそその従妹を見定めてから辞めてやるか、と開き直り、右往左往する周囲を皮肉気に見守っていた――


 風向きが違う、と感じたのは、マリアーナの言動を見てのこと。
 マリアーナは、従妹のことを決して誉めず、むしろ、「血が繋がっているとは思えない程、不器量な娘」だとか「田舎丸出しで可哀想な程無教養な娘」だとか、機会あることに貶しまくっていた。

 それにより、従妹が明らかにマリアーナ側の人間ではないことが分かり、周りの熱も冷めつつあった。

 その反応に、かえってディン達三人は、逆に楽しみになってきたくらいだったが……

 それでも、利用価値がなくても、絶世の美少女とされるマリアーナと同じ血筋の少女だ。
 その少女の容貌を密かに楽しみにしている者も、まだ多くいた。

 それを見越してのことか、ある日マリアーナは吐き捨てるように、周りの者に言ったのだ。

「ああ、あの子は、うちの館へ来てから、朝から晩まで端女のように働いているわ。両親もいなくなった、養い子だもの、当然でしょう? 何でも、母親が先月亡くなったとか――それにしてもとろくさく、教養もないので、どうしようもないとよく女中頭がこぼしているわ。ふふっ。容姿も、とびっきりみっともないの。この学び舎に来るのも、少しでも教養をつけるように、というお父様のお情け以外の何ものでもないわ。――だから、二度とこのわたしの、従妹扱いをしないでね」

 あまりの無慈悲な物言いに、たまたまその言葉が耳に入った三人は、絶句した……。

「あの、性悪根性悪最低冷血女!」

 元々気は強いが姉御肌で、情け深いシャールは怒り狂った。

「仮にも喪中にある、気の毒なしかも従妹に向かって、あの物言いってあるっ?!」

「あそこまでいくと、もはや救いようがないな」とキール。

「美醜も面の皮一枚のことだろ? なあ、あんな顔の皮一枚のことで、何で皆あそこまでちやほやするんだ?」

 心底不思議そうなディンに、キールはきっぱり言い切った。

「いや? あれは、百枚くらいあるんじゃないか? 如何にも、面の皮が厚そうだ」

 そこで、双子たちは意味ありげにディンを見た。

「お前、早く見限って良かったな」

 キールのからかいを含んだその物言いに、ディンは苦々しく口を曲げた。

「もう、そのことは、忘れてくれよ」

 それから、優しく微笑んだ。

「あの花のおかげだな……」

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