34 / 69
33
しおりを挟む
同じ頃、屋敷の庭をうろうろしている怪しげな人影があった――
端正な顔立ちに黒い髪、黒い瞳、浅黒い肌、黒装束の、闇に溶け込むような青年、ガイ。
彼は物音一つ立てず、影のように移動しているが、実際心の中は迷いに満ちていた……。
(宴の音楽は、まだ聞こえる――だが、この時間では、もはや碌な食べ物にはありつけまい……)
きゅるきゅると空腹を訴える腹を押さえ、溜息をつきながら、なおも考える。
(疲れたな……。一日中駆け通しで主の命を片付けてきたのだが、……今から宴に行ったとしても、悪目立ちして恰好の獲物認識されるだけだな。こうなったら、飯は諦めて少し休むとしようか)
方針が固まったところで、ふっと同僚のロッドの顔を思い出した。
(あいつ、ちゃんと主の望む情報集めは出来たのか?)
自分が出立する直前まで、必死に自分の任務と代わろうと足掻いていたロッドの形相も思い出し、苦笑する。
(あそこまで、裏表のある行動が苦手な奴も貴族階級では珍しいな。人の裏側を見抜くのは得意だが、しかし残念ながら、自分の思っていることも筒抜けだ。まあその分本音で付き合えるし、裏切りもないと安心できるのだが……。そこをあの気難しい主に気に入られたか? ……奴は顔に全部出るからな。確かに面白いし、主の苛立ちも紛れよう。 ――気の毒に)
今日一日の疲労と取り留めのないことを考えていたせいで、滅多にないことだが、こちらに近づいてくるヴィーネの気配にガイは気づかなかった。
ヴィーネもまた、これまでの疲労と空腹を感じつつ、これからの段取りを頭で考えながら、非常食である御馳走の詰まった籠を大切に抱え、猛スピードで庭を横切っていた。
(いつまた仕事の招集がかかるか分からない。今のうちに腹ごしらえをして、母様との約束を果たさなくては……)
守護の魔法を使うには、大樹の統べる森へ行かねばならない。
しかし、この庭の樹から一気に大樹のところまで跳ぶことは出来なかった――
何故なら、樹々にも格というものがあり、このルルスの街から森の大樹のところまで跳ぶことの出来る樹は、導師の家にしかない。
だから、行きは必ず導師の家経由となった。
導師の指導の下に学ぶことも多いヴィーネにとって、これは好都合だったが、昨日今日のように時間的に追い詰められた状況だと、いささか辛い。
逆に帰りは、樹海を統べる王者ともいえる大樹にとって、ルルス程度の距離であればどの樹にも路を開くことは容易いので、直帰可能だ。
(うう……。導師様、また星の観測とかなさってたりするのかな? 流石に二夜連続素通りはまずい……のかな?)
昨夜の導師への仕打ちを思い返していたヴィーネは、これまた珍しいことに、接近するガイの気配に気づかなかった。
斯くして、二人は庭の小道の角を曲がった途端、互いに衝突することとなる――
ヴィーネとぶつかったガイは、衝撃に驚愕しながらも咄嗟に身構え剣の柄を握る。が、しかし、小道に転がったヴィーネを見て、すぐに駆け寄った。
「大丈夫か?! ――すまなかった。考え事をしていて、気がつかなかった」
「こちらこそ、すみません。……お怪我はありませんか?」
「――それは、こちらの台詞だろう? 本当にすまなかった……」
互いの無事を確かめ合い、ほっとした後、ヴィーネの荷物を拾おうと籠に手を伸ばしたガイは、籠からはみ出した御馳走を見て、思わず唾を飲み込んだ。
そして、食べ物を認識した腹の虫も盛大に喚き立てる……。
「……もしかして、お腹が空いてます?」
何事も単刀直入のヴィーネは、上流階級の作法など無視して尋ねた。
空腹の辛さは、現在進行形で自分にもよく分かる……。
「……良かったら、一緒にこれを食べませんか? ちょうど夜食用に持ってきたところなので」
端正な顔立ちに黒い髪、黒い瞳、浅黒い肌、黒装束の、闇に溶け込むような青年、ガイ。
彼は物音一つ立てず、影のように移動しているが、実際心の中は迷いに満ちていた……。
(宴の音楽は、まだ聞こえる――だが、この時間では、もはや碌な食べ物にはありつけまい……)
きゅるきゅると空腹を訴える腹を押さえ、溜息をつきながら、なおも考える。
(疲れたな……。一日中駆け通しで主の命を片付けてきたのだが、……今から宴に行ったとしても、悪目立ちして恰好の獲物認識されるだけだな。こうなったら、飯は諦めて少し休むとしようか)
方針が固まったところで、ふっと同僚のロッドの顔を思い出した。
(あいつ、ちゃんと主の望む情報集めは出来たのか?)
自分が出立する直前まで、必死に自分の任務と代わろうと足掻いていたロッドの形相も思い出し、苦笑する。
(あそこまで、裏表のある行動が苦手な奴も貴族階級では珍しいな。人の裏側を見抜くのは得意だが、しかし残念ながら、自分の思っていることも筒抜けだ。まあその分本音で付き合えるし、裏切りもないと安心できるのだが……。そこをあの気難しい主に気に入られたか? ……奴は顔に全部出るからな。確かに面白いし、主の苛立ちも紛れよう。 ――気の毒に)
今日一日の疲労と取り留めのないことを考えていたせいで、滅多にないことだが、こちらに近づいてくるヴィーネの気配にガイは気づかなかった。
ヴィーネもまた、これまでの疲労と空腹を感じつつ、これからの段取りを頭で考えながら、非常食である御馳走の詰まった籠を大切に抱え、猛スピードで庭を横切っていた。
(いつまた仕事の招集がかかるか分からない。今のうちに腹ごしらえをして、母様との約束を果たさなくては……)
守護の魔法を使うには、大樹の統べる森へ行かねばならない。
しかし、この庭の樹から一気に大樹のところまで跳ぶことは出来なかった――
何故なら、樹々にも格というものがあり、このルルスの街から森の大樹のところまで跳ぶことの出来る樹は、導師の家にしかない。
だから、行きは必ず導師の家経由となった。
導師の指導の下に学ぶことも多いヴィーネにとって、これは好都合だったが、昨日今日のように時間的に追い詰められた状況だと、いささか辛い。
逆に帰りは、樹海を統べる王者ともいえる大樹にとって、ルルス程度の距離であればどの樹にも路を開くことは容易いので、直帰可能だ。
(うう……。導師様、また星の観測とかなさってたりするのかな? 流石に二夜連続素通りはまずい……のかな?)
昨夜の導師への仕打ちを思い返していたヴィーネは、これまた珍しいことに、接近するガイの気配に気づかなかった。
斯くして、二人は庭の小道の角を曲がった途端、互いに衝突することとなる――
ヴィーネとぶつかったガイは、衝撃に驚愕しながらも咄嗟に身構え剣の柄を握る。が、しかし、小道に転がったヴィーネを見て、すぐに駆け寄った。
「大丈夫か?! ――すまなかった。考え事をしていて、気がつかなかった」
「こちらこそ、すみません。……お怪我はありませんか?」
「――それは、こちらの台詞だろう? 本当にすまなかった……」
互いの無事を確かめ合い、ほっとした後、ヴィーネの荷物を拾おうと籠に手を伸ばしたガイは、籠からはみ出した御馳走を見て、思わず唾を飲み込んだ。
そして、食べ物を認識した腹の虫も盛大に喚き立てる……。
「……もしかして、お腹が空いてます?」
何事も単刀直入のヴィーネは、上流階級の作法など無視して尋ねた。
空腹の辛さは、現在進行形で自分にもよく分かる……。
「……良かったら、一緒にこれを食べませんか? ちょうど夜食用に持ってきたところなので」
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜
加瀬 一葉
ファンタジー
王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。
実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?
過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる