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確固たる意志を持って歩き出したシリウスを見て、ヴィーネは焦った。
「待って! ――ほんの少しでいい、時間をください。あなたも出発の準備があるでしょう? わたしもです!」
「成程。君の言い分は分かった。――だが、こちらの準備は、部下にやらせれば事足りる」
シリウスがさっと片手を上げると、視界の隅で黒ずくめの騎士が跪き、去って行くのが分かった。
(――あれは、ガイ?)
「大丈夫。彼も君の秘密を守る。誰にも今の出来事を話したりはしない。出立の準備も最速で滞りなく整えるだろう。――ならば、私は君の準備を手伝おう」
「無理です! ――わたしには、今から緑の路を通って、行かなければならないところがあります。緑の路は、レオナの名を持つ者しか通ることは出来ません。あなたはわたしと其処へは行けないし、言い争う時間が惜しいだけ……!」
「……緑の路だと? しかし、やってみなければ、分からないだろう? ……よし、分かった。とにかく、行けるところまで同行する」
シリウスが妥協して腕を離した途端、ヴィーネは走り出した。
「頑固な人ですね。レオナの名にかけて、約束します。出来るだけ、早く戻ります」
すぐ傍の欅の樹に抱きついたヴィーネは、そう言い残して、消えた。
気配はもはや何処にもない――呆然として、辺りを見渡したシリウスだったが、すぐに立ち直った。
(――成程な。こうやって移動していたのか……。このような方法は、聞いたことがない。どうやら、まだいろいろと奥の手がありそうだ。……名にかけて、戻ることを約束しておいてもらって良かった。もはや逃げられることは、あるまい。――仕方がない。こちらの出立の用意を整えておくか。万全を期して、彼女を待とう)
シリウスは、足早に館へ戻って行った。
「ヴィーネや、緑の塔へ向かうのかい?」
導師は、ヴィーネが庭に現れるなり、尋ねた。
「導師様、何故それを――?」
「星がな、語ってくれたのじゃよ。……それで、いつ、ルルスを発つのじゃ?」
「緑の御方との話が済み次第です。――導師様は、何を御存じなのですか? 母様は、母は病の治療を受けていたのではなかったの……?」
導師は、ヴィーネを愛し気に見た。
「そのことは、おいおい話してやろう。森の御方が説明して下さるかもしれんが……。ヴィーネ、わしも緑の塔まで同行するぞ」
ヴィーネの開きかけた口を制するように、導師は重ねて言った。
「実はもう、準備万端じゃ。きっとこの老いぼれでも、何かの役に立とう――ところでヴィーネ、眼鏡をどうしたのじゃ?」
はっと瞳に手をやったヴィーネは、眼鏡をシリウスに取られたままだったのを思い出した。
「良い、良い。そら、これをやろう」
手に渡されたものを見て、ヴィーネは驚いた。
ヴィーネの使っていた眼鏡と同じ物――
「わしだってな、これくらいの魔法具は作れるのじゃ。館に戻ったとき、困るじゃろう? 持っていけ――また、後でな、ヴィーネや」
いつもどこかとぼけて、……そして、温かい導師様――ヴィーネの胸は、一杯になった。
そのまま、ぎゅっと導師に抱きついて、礼を言う。
「――ありがとう、いつもありがとうございます、導師様」
導師はふむふむとどこか曖昧に相槌を打ちながら、ヴィーネの青い瞳を覗き込んだ。
「――……カイの、父君と同じ瞳じゃな」
どこか懐かしそうに、そして寂しそうに呟いた導師は、そのままヴィーネを守護樹へと導き、見送った。
ヴィーネは導師に深く頭を下げ、感謝の意を示してから、願う。
(わたしを、森の御方のところへ――!)
そうして、ヴィーネが行ってしまったのを確認してから、導師はまたもや呟いた。
「そう、わしらは非常に役に立つ――なあ、ディン、キール、シャールや」
同じく、ヴィーネと共に緑の塔へと旅立つことに同意した、三人の愛弟子達の名を――――
(さあ、今からあやつらと落ち合って、後れを取らぬように出立せねば……!)
導師は、足取り軽く、屋敷を飛び出していった……。
「待って! ――ほんの少しでいい、時間をください。あなたも出発の準備があるでしょう? わたしもです!」
「成程。君の言い分は分かった。――だが、こちらの準備は、部下にやらせれば事足りる」
シリウスがさっと片手を上げると、視界の隅で黒ずくめの騎士が跪き、去って行くのが分かった。
(――あれは、ガイ?)
「大丈夫。彼も君の秘密を守る。誰にも今の出来事を話したりはしない。出立の準備も最速で滞りなく整えるだろう。――ならば、私は君の準備を手伝おう」
「無理です! ――わたしには、今から緑の路を通って、行かなければならないところがあります。緑の路は、レオナの名を持つ者しか通ることは出来ません。あなたはわたしと其処へは行けないし、言い争う時間が惜しいだけ……!」
「……緑の路だと? しかし、やってみなければ、分からないだろう? ……よし、分かった。とにかく、行けるところまで同行する」
シリウスが妥協して腕を離した途端、ヴィーネは走り出した。
「頑固な人ですね。レオナの名にかけて、約束します。出来るだけ、早く戻ります」
すぐ傍の欅の樹に抱きついたヴィーネは、そう言い残して、消えた。
気配はもはや何処にもない――呆然として、辺りを見渡したシリウスだったが、すぐに立ち直った。
(――成程な。こうやって移動していたのか……。このような方法は、聞いたことがない。どうやら、まだいろいろと奥の手がありそうだ。……名にかけて、戻ることを約束しておいてもらって良かった。もはや逃げられることは、あるまい。――仕方がない。こちらの出立の用意を整えておくか。万全を期して、彼女を待とう)
シリウスは、足早に館へ戻って行った。
「ヴィーネや、緑の塔へ向かうのかい?」
導師は、ヴィーネが庭に現れるなり、尋ねた。
「導師様、何故それを――?」
「星がな、語ってくれたのじゃよ。……それで、いつ、ルルスを発つのじゃ?」
「緑の御方との話が済み次第です。――導師様は、何を御存じなのですか? 母様は、母は病の治療を受けていたのではなかったの……?」
導師は、ヴィーネを愛し気に見た。
「そのことは、おいおい話してやろう。森の御方が説明して下さるかもしれんが……。ヴィーネ、わしも緑の塔まで同行するぞ」
ヴィーネの開きかけた口を制するように、導師は重ねて言った。
「実はもう、準備万端じゃ。きっとこの老いぼれでも、何かの役に立とう――ところでヴィーネ、眼鏡をどうしたのじゃ?」
はっと瞳に手をやったヴィーネは、眼鏡をシリウスに取られたままだったのを思い出した。
「良い、良い。そら、これをやろう」
手に渡されたものを見て、ヴィーネは驚いた。
ヴィーネの使っていた眼鏡と同じ物――
「わしだってな、これくらいの魔法具は作れるのじゃ。館に戻ったとき、困るじゃろう? 持っていけ――また、後でな、ヴィーネや」
いつもどこかとぼけて、……そして、温かい導師様――ヴィーネの胸は、一杯になった。
そのまま、ぎゅっと導師に抱きついて、礼を言う。
「――ありがとう、いつもありがとうございます、導師様」
導師はふむふむとどこか曖昧に相槌を打ちながら、ヴィーネの青い瞳を覗き込んだ。
「――……カイの、父君と同じ瞳じゃな」
どこか懐かしそうに、そして寂しそうに呟いた導師は、そのままヴィーネを守護樹へと導き、見送った。
ヴィーネは導師に深く頭を下げ、感謝の意を示してから、願う。
(わたしを、森の御方のところへ――!)
そうして、ヴィーネが行ってしまったのを確認してから、導師はまたもや呟いた。
「そう、わしらは非常に役に立つ――なあ、ディン、キール、シャールや」
同じく、ヴィーネと共に緑の塔へと旅立つことに同意した、三人の愛弟子達の名を――――
(さあ、今からあやつらと落ち合って、後れを取らぬように出立せねば……!)
導師は、足取り軽く、屋敷を飛び出していった……。
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