緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 我に返った時には、ヴィーネの眼鏡はシリウスの手の中にあった。

(いけない、わたしの瞳――……)

 慌てて隠そうとした手を、またもや捕まれる。
 ヴィーネは両手を取り押さえられた格好で、シリウスに顔を覗き込まれた。

 絡み合う、二人の視線――――その時、シリウスの周りに集う風達が、口々に話し出した。

(シヴァ、駄目!)(らんぼう、だめ!)(ようやく見つけた、緑の子)(もっと、やさしく)

 シリウスは少し苦笑し、そっと片方は離したが、もう一方の腕はやさしく、けれど決して離さぬよう掴んだままにする。

 乱れた茶色の髪のむこうに、強い意志を持ったあの青い瞳があった。
 そして何より、手に触れたところから感じる眩しい緑の力――

「やっと、見つけた。――髪は、染めてあるのか?」

 低く問われたその言葉に、ヴィーネは愕然とする。

(この人は、何? 何故、確信をもってそんなことを問うの?)

「手を、手を離してください!」

 混乱しつつも訴えるヴィーネに、シリウスは首を振った。

「悪いけど、逃げられる危険は冒せない。もう時間がないんだ。――私と共に緑の塔へ旅立つ約束をしてくれたら、手を離そう」

 奇しくも母と同じ言葉を告げた青年に、ヴィーネは尋ねた。

「では、その前に一つだけ、教えて。……あなたは、風の者?」

「ああ、そうだ。私の名は、シリウス=ヴァン・ウェントゥス。このリュミエール王国を支える現公爵であり、風の賢者ヴァンの力と名を受け継ぐ者。……先程聞いた通り、馴染みの精霊はシヴァとも呼ぶな」

 最後の言葉を肩をすくめて告げたシリウスに、ヴィーネは身体の力を少し抜いた。

 ヴィーネを慕う精霊達が、ヴィーネを古の緑の賢者レオナと絡めてヴィーナと呼ぶように、シリウスもまた風の賢者ヴァンと絡めてシヴァと呼ばれているのだろう。

 精霊達は、独特の風習を持つ――古の七人の賢者の後継者達に捧げる愛称もその一つ――彼は、本物だ。

「疑うのならば、……見るか?」

 眼差しに揶揄いの色をのせて、胸元を肌蹴ようとするシリウスに対し、ヴィーネは首を振る。
 恐らく、彼の賢者の紋も胸に刻まれているのだろう。

「その必要はないでしょう。――わたしの名は、」

 言いかけて、止まる。
 脳裏に響くのは、安易に賢者の名を、そして能力を人に明かすな、という母の忠告。
 けれども、……軽く目を伏せて、考える。

(母様は、――風の者と共に緑の塔へ、と。彼は、わたしが母様以外に会った、初めての同胞ともいえる存在――古の七人の賢者の志を解し、受け継ぐ者……同じ賢者の名を受け継ぐ者同士だ。――信じよう)

 心を決めたヴィーネは、目を開き、真っすぐにシリウスを見つめて名乗る。

「わたしの名は、ヴィーネ=レオナ・エレサール。緑の、生命の賢者レオナの力と名を受け継ぐ者。……精霊達は、ヴィーナと呼びます」

 シリウスは頷いた。ためらいもなく、ヴィーネが賢者の紋を持つ者と認めた様子だ。

「それで? 緑の塔へは、一緒に旅立ってくれるのか?」

「ええ。――ただし、わたしには、わたしの事情があります。一刻を争って旅立ち、緑の塔を目指さなければならない事情が……」

 思いがけないヴィーネの言葉に、シリウスは驚いたが、同時に安堵した。

「それは、こちらにとっても願ったりな展開だ」

 そのまま、ヴィーネの腕を離さずに踵を返す。

「では、早速今すぐにでも旅立とう。こちらの事情と君の事情は、旅すがら話せば良い」

 シリウスに、館の方へ引きずられそうになったヴィーネは、慌てた。

「待って! 待ってください! 腕を、腕を離して! 旅立つ前に、どうしてもしなければならないことが……!」

「一刻を争うと、君は言った。……実は、こちらもだ」

 シリウスの頭に、崩壊間近な緑の塔と、荒廃しつつある国の現状が浮かぶ――時間がないのは、こちらの方だ。

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