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「ああ、ご苦労だったな、ロッド。もう下がっても良いぞ」
シリウスの天幕に着くや否や、早々に人払いをしたシリウスに、ヴィーネは内心ため息を吐いた。
(二人っきりは、ちょっと苦手かな……)
ロッドが天幕から外へ出た途端、約束通り眼鏡を外す――下からは、ヴィーネの青く輝く瞳が現れた。
それだけでも、ヴィーネに自覚がないが、印象はかなり変化した。
「――約束を覚えてくれているようで、何よりだ。私はきちんと人の眼を見て、話す主義でね」
実はただヴィーネの青い瞳を見たいだけのシリウスだったが、最初、巧みに誘導し、二人だけの時は眼鏡を外すことをヴィーネに了承させた。
律儀に約束を守ろうとするヴィーネを見て、シリウスは小さく笑みをこぼす――
(あの美貌を隠すとは、――ルルスという土地柄を鑑みるに煩わしい問題を避けるには、正しい選択だったともいえる。が、それにしても、惜しいとは思った。……しかし、ほとんど素顔を自分しか知らず、実際にこの青い瞳に見つめられるのも自分だけ、というこの状態もまたこれはこれで)
機嫌が良さそうにくっくと笑うシリウスを、ヴィーネは怪訝そうに見つめる。
初めて覗き見た森でヴィーネの青い瞳に囚われてから、惹かれている自覚はあった。
今は大変な状況下であることも重々承知であったが、何事も一石二鳥を狙う質のシリウスは、今回も問題解決とヴィーネの二つを狙っていた。
ヴィーネの変装を容認奨励して、虫がつかぬよう他の騎士達を牽制しつつも、さりげなく道中も接触を計っていたが、そもそも心に余裕がなく、ただでさえ人間関係ましてや恋愛感情に疎いヴィーネに、シリウスの気持ちが分かる筈もなかった。
今はヴィーネの持てる力全てを持って、問題解決に立ち向かわねばならないことを心得ているシリウスにとって、心を揺らすほど強く出られないのは辛いところだった。
(まあ、いい。全てが片付いてから、ゆっくり口説くとしよう。……出来れば、信頼を得て、もっとヴィーネに近づき、私こそが道中彼女を支えていきたかったが……)
ヴィーネの心の安定が、自分ではなく導師と少年少女達によって保たれているのを、シリウスは少し歯がゆい思いで見守っていた。
(ヴィーネが彼らに向ける真っすぐな信頼と親愛を羨ましく、そして好ましく思う。だが、彼らは、私とヴィーネとの仲を進展させるには、――邪魔だな。特に、ヴィーネにまとわりついているディンとかいう少年に至っては、殊更邪魔に思われるが、……ヴィーネの心を安定させるためならば、仕方あるまい。事実、導師らは、とても役に立った)
一転して、ため息を吐いたシリウスに、ヴィーネは問う。
「――何かお話があったのでは?」
シリウスは、軽く頭を振って心を切り替えた。
「そうだな。――ヴィーネ、道中、母君とは接触出来たのか?」
ヴィーネは唇を噛みしめた。
「いいえ。……話が出来たのは、ルルスを旅立った日のみ、です。ただ珠を通して、母の気配が僅かですが感じられます」
ヴィーネはあれから、絶えず珠を握りしめ、祈りを捧げていた。
「残酷なことを訊くが、――それが珠に残存された気配かどうかの見分けはつくのか?」
「はっきりとは……けれど、わたしは信じています。それに、どのみち緑の塔へは行かなければなりません」
「それもそうだな。今は信じて、先に進むしかあるまい」
そこで言葉を切り、シリウスは真剣な表情でヴィーネを見つめた。
「――先程、一足先に緑の都を探りにやった部下達が戻った。……どうやら、少し前から都中で、原因不明で突然倒れる病が広がっているらしい」
はっと息を呑んだヴィーネに、シリウスは頷いた。
「どうも末期的状態らしいな。もはや、手当たり次第だ。此処が崩れたら、本当に後がない。何処まで広がるか、分からない――ただよく分からないのが、昏睡状態になった病人は、次々緑の塔が引き取っているそうだ。……塔の機能は停止している筈なんだが……。そして、そのまま塔から戻った病人はいない、が、亡くなってもいないそうだ」
一体、何が起こっているのか、と肩を竦めたシリウスは、考え込んでいるヴィーネを促した。
「考えても、今は分かるまい。ただ、情報として、渡しておく――とにかく、明日になれば、分かることだ。今夜は十分に休め。明日は、日の出と共に出発する」
頷き、ヴィーネは静かに天幕を後にした。
夜空を見上げると、相変わらず辺りは異様な雰囲気に満ちていたが、星はいつも通り瞬いていた。
(明日――明日には、緑の塔に着く。母様、どうかあと少し、頑張って……!)
珠を握りしめて、目を閉じて祈る。
ヴィーネの祈りと共に、辺りには緑の輝きが広がっていった――
シリウスの天幕に着くや否や、早々に人払いをしたシリウスに、ヴィーネは内心ため息を吐いた。
(二人っきりは、ちょっと苦手かな……)
ロッドが天幕から外へ出た途端、約束通り眼鏡を外す――下からは、ヴィーネの青く輝く瞳が現れた。
それだけでも、ヴィーネに自覚がないが、印象はかなり変化した。
「――約束を覚えてくれているようで、何よりだ。私はきちんと人の眼を見て、話す主義でね」
実はただヴィーネの青い瞳を見たいだけのシリウスだったが、最初、巧みに誘導し、二人だけの時は眼鏡を外すことをヴィーネに了承させた。
律儀に約束を守ろうとするヴィーネを見て、シリウスは小さく笑みをこぼす――
(あの美貌を隠すとは、――ルルスという土地柄を鑑みるに煩わしい問題を避けるには、正しい選択だったともいえる。が、それにしても、惜しいとは思った。……しかし、ほとんど素顔を自分しか知らず、実際にこの青い瞳に見つめられるのも自分だけ、というこの状態もまたこれはこれで)
機嫌が良さそうにくっくと笑うシリウスを、ヴィーネは怪訝そうに見つめる。
初めて覗き見た森でヴィーネの青い瞳に囚われてから、惹かれている自覚はあった。
今は大変な状況下であることも重々承知であったが、何事も一石二鳥を狙う質のシリウスは、今回も問題解決とヴィーネの二つを狙っていた。
ヴィーネの変装を容認奨励して、虫がつかぬよう他の騎士達を牽制しつつも、さりげなく道中も接触を計っていたが、そもそも心に余裕がなく、ただでさえ人間関係ましてや恋愛感情に疎いヴィーネに、シリウスの気持ちが分かる筈もなかった。
今はヴィーネの持てる力全てを持って、問題解決に立ち向かわねばならないことを心得ているシリウスにとって、心を揺らすほど強く出られないのは辛いところだった。
(まあ、いい。全てが片付いてから、ゆっくり口説くとしよう。……出来れば、信頼を得て、もっとヴィーネに近づき、私こそが道中彼女を支えていきたかったが……)
ヴィーネの心の安定が、自分ではなく導師と少年少女達によって保たれているのを、シリウスは少し歯がゆい思いで見守っていた。
(ヴィーネが彼らに向ける真っすぐな信頼と親愛を羨ましく、そして好ましく思う。だが、彼らは、私とヴィーネとの仲を進展させるには、――邪魔だな。特に、ヴィーネにまとわりついているディンとかいう少年に至っては、殊更邪魔に思われるが、……ヴィーネの心を安定させるためならば、仕方あるまい。事実、導師らは、とても役に立った)
一転して、ため息を吐いたシリウスに、ヴィーネは問う。
「――何かお話があったのでは?」
シリウスは、軽く頭を振って心を切り替えた。
「そうだな。――ヴィーネ、道中、母君とは接触出来たのか?」
ヴィーネは唇を噛みしめた。
「いいえ。……話が出来たのは、ルルスを旅立った日のみ、です。ただ珠を通して、母の気配が僅かですが感じられます」
ヴィーネはあれから、絶えず珠を握りしめ、祈りを捧げていた。
「残酷なことを訊くが、――それが珠に残存された気配かどうかの見分けはつくのか?」
「はっきりとは……けれど、わたしは信じています。それに、どのみち緑の塔へは行かなければなりません」
「それもそうだな。今は信じて、先に進むしかあるまい」
そこで言葉を切り、シリウスは真剣な表情でヴィーネを見つめた。
「――先程、一足先に緑の都を探りにやった部下達が戻った。……どうやら、少し前から都中で、原因不明で突然倒れる病が広がっているらしい」
はっと息を呑んだヴィーネに、シリウスは頷いた。
「どうも末期的状態らしいな。もはや、手当たり次第だ。此処が崩れたら、本当に後がない。何処まで広がるか、分からない――ただよく分からないのが、昏睡状態になった病人は、次々緑の塔が引き取っているそうだ。……塔の機能は停止している筈なんだが……。そして、そのまま塔から戻った病人はいない、が、亡くなってもいないそうだ」
一体、何が起こっているのか、と肩を竦めたシリウスは、考え込んでいるヴィーネを促した。
「考えても、今は分かるまい。ただ、情報として、渡しておく――とにかく、明日になれば、分かることだ。今夜は十分に休め。明日は、日の出と共に出発する」
頷き、ヴィーネは静かに天幕を後にした。
夜空を見上げると、相変わらず辺りは異様な雰囲気に満ちていたが、星はいつも通り瞬いていた。
(明日――明日には、緑の塔に着く。母様、どうかあと少し、頑張って……!)
珠を握りしめて、目を閉じて祈る。
ヴィーネの祈りと共に、辺りには緑の輝きが広がっていった――
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