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ルルスより薬草が届いてから、約半月後――
ヴィーネは、リアスが母リーシアのために整えた、癒しの間に来ていた。
ヴィーネ自身が回復した後は、時間の許す限り、母を見舞っていたヴィーネだったが、それも今日で終わる。
「――母様。わたしは今日、風の都フィーンに向けて、旅立ちます」
母と自分とを区切る透明の壁に、ヴィーネはそっと右手を添わせる。
その右手首には、緑に輝く二つの珠が連なった腕輪がはめられていた。
「本当は、ずっと母様の側にいたい気持ちもあるの……。だけど、レオナの名に恥じぬよう、精一杯レオナとして生きる、と決めたから――」
目を閉じれば、強大な、けれどもあどけない純粋な星々の思念の声が蘇る――あの子達の信頼に応えるためにも、立ち止まってはいられない、とヴィーネは強く思う。
「母様、わたしはこれから、六つの塔を回り、六つの古の封印を解きます。そして、この世界と星々が健全に関わり合っていける繋がりを保てるように、力を尽くします。……それを成し遂げるまで、どれ程の時間がかかるのか、分からないけど」
ヴィーネは、母に抱きつくように、両手を広げ、壁に額を当てる。
「わたしも、母様に約束するね。全てが終わったら、会いにくるから――だから、競争ね? 母様が早いか、わたしが早いか、の……ずっと、母様を待ってるし、母様も、……待ってて?」
そこで、ヴィーネは身を起こし、腕輪の珠を想いを込めて、大切そうに触れる。その瞬間、珠は淡く輝いた。
すると、リーシアの首元でも、同じく緑の珠が光る。ヴィーネは、それを見て、微笑んだ。
(どこにいても、母様のことを想っているから……)
「では、母様。行ってきます」
ヴィーネはリーシアに声をかけ、踵を返して、癒しの間から出ていく――
扉の外には、リアスがヴィーネを待っていた。
「もう、行くのか?」
声をかけられたヴィーネは、頷く。
「……今まで、ありがとうございました。母を、どうかよろしくお願いします」
頭を下げるヴィーネに、リアスは応える。
「言われずとも、……良い。リーシアのことは、気にするな。この私に、任せておけ。……だが、ちょくちょく此処へは顔を見せに来い。全てが終わったら、などと気を張るな。自分のやりたいようにやり、疲れたら休め。所詮人など、自分の好きなように生きてこそだ」
思いがけないリアスの言葉にヴィーネが目を見開くと、
「別に、立ち聞きしたわけではないぞ! ……偶々、聞こえたのだ」
少し居心地の悪そうに、リアスが呟く。
ヴィーネを想ってのその言葉に、ヴィーネは心が温かくなった。
「ありがとう! 分かりました。……では、それを励みに、頑張りますね。――行ってきます!」
満面の笑顔で手を振るヴィーネに、リアスは「……だから、気を張りすぎるな、と言っている。程々で良いのだ」と、ぶつぶつ言いながらも、手を振り返し、ヴィーネを見送っていた。
「挨拶は、済んだのか?」
塔の外では、出立の準備を整えたシリウスと騎士達が、ヴィーネを待っていた。
「はい。お待たせしました」
ヴィーネは軽やかに駆け寄っていく。
その姿は、ルルスに居た時と同じ。後見人はリチャードからシリウスに変更されたとはいえ、シリウスの忠告を受け、成人までは念のため、今まで通りの変装をしようと、決めたからだ。
けれども、ヴィーネの表情は明るい。動作も能力ももう隠す必要はない。自由だ。
塔の外は、賑やかな声が飛び交っていた。
来た時の澱んだ荒れた空気は、もはや微塵も感じられない。
緑の塔の隣の学校は、治療院として開放され、塔から療養する患者達が次々と搬送されており、看病する家族や都に戻って来た人々で、辺りは賑わっている。
どの人々の顔も、明るく希望に満ちていた。
目を細め、ヴィーネを見守っていたシリウスが口を開く。
「これから向かう風の都フィーンは、我がウェントゥス公爵家のお膝元だ。私自身、風の塔にも属しているからな。先ずは、風の塔から、が妥当だな――さあ、行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げるヴィーネに、シリウスを含めた顔馴染みの騎士たちは顔をほころばせる。
そして、ヴィーネは栗毛の馬に乗り、真っすぐに前を向いて進みだす――
一行は風の都の、風の塔を目指して出発した。
同じ頃、遠く離れたルルスでは、ディンとキール、シャールが導師の家を目指して走っていた。
「導師様! 学び舎を去られるって、本当ですか?」
扉を蹴破る勢いで、導師の家に飛び込んできた三人を見て、導師は頷いた。
「ああ、そうじゃよ。耳が早いのう。古の星が現れ、世界が激動するこの時に、餓鬼どもなどに付き合って、悠長に教えとる場合ではないからの」
そのまま、鼻歌混じりで旅に出そうな導師の姿に、三人は一気に青ざめる。
「そ、そんな……ヴィーもまだルルスに戻ってないのに」
「ううん? ヴィーネは当分、いや、恐らく此処には戻ってこんぞ?」
あっさり大変なことを言った賢者は、「さて、そろそろわしも行こうかの」と呟きながら、家中を戸締りして回る。
「待ってください! どういうことですか?」
すごい勢いでついて回り、問い詰める三人に、導師は邪魔に感じたのか、大声を出した。
「だーかーらー、何故、ヴィーネがルルスに戻る必要があるのじゃ?! まだやらねばならぬことが、山積みじゃというのに! わしもこれから、手伝いに行くのじゃ!」
胸を張った導師を見て、ディンの目の色が変わった。
「俺達を、置いていく気か?! 愛弟子だって、言ったよな?」
事の次第を飲み込んだ、双子も黙ってはいない。
「知ったからには、黙って行かせませんよ? さあ、これからの日程を一緒に詰めようではありませんか」
「薬草を手に入れた手柄は、わたし達三人のおかげよ! 今更、蚊帳の外には、させないわっ! ――旅の間、毎日、美味しいご飯を作ってあげるから!」
瞬く間に、大変な騒ぎになった。
それは、導師が根負けして、叫ぶまで続く。
「分かった、分かった! じゃが、親御殿の了承が得られなかったら、わしは知らんぞっ!」
その言葉に、自分の親の攻略法を知る三人は、してやったりと微笑んだ。
導師の家の樹々を通して、何となくその騒動を見守っていた森の大樹は、穏やかに呟いた。
「ヴィーナは再び、またとない旅の道連れを得られそうだな……」
大樹の太い根元には、ヴィーネから贈られた珠が、しっかりと抱え込まれている――そこから伝わってくる温かい波動に、大樹は遥か昔、この地に若木だった自分を植えた古のレオナのことを思い出した。
「レオナ、其方の心と力を受け継ぐ者達は、本当に強くしなやかで優しい。星々も、そして、この世界も――」
――当り前よ! この私の子孫なのだから。そして、私が愛しくて守りたいと願った星と世界なのだから……!
何処か遠くで、あの頃の少女の声がしたように感じた――
『緑の塔とレオナ』(完)
*『緑の塔とレオナ』の緑の塔編の本編は、完結しました。
物語を読んでくださった方、全てに感謝します。
有難うございました。
ヴィーネは、リアスが母リーシアのために整えた、癒しの間に来ていた。
ヴィーネ自身が回復した後は、時間の許す限り、母を見舞っていたヴィーネだったが、それも今日で終わる。
「――母様。わたしは今日、風の都フィーンに向けて、旅立ちます」
母と自分とを区切る透明の壁に、ヴィーネはそっと右手を添わせる。
その右手首には、緑に輝く二つの珠が連なった腕輪がはめられていた。
「本当は、ずっと母様の側にいたい気持ちもあるの……。だけど、レオナの名に恥じぬよう、精一杯レオナとして生きる、と決めたから――」
目を閉じれば、強大な、けれどもあどけない純粋な星々の思念の声が蘇る――あの子達の信頼に応えるためにも、立ち止まってはいられない、とヴィーネは強く思う。
「母様、わたしはこれから、六つの塔を回り、六つの古の封印を解きます。そして、この世界と星々が健全に関わり合っていける繋がりを保てるように、力を尽くします。……それを成し遂げるまで、どれ程の時間がかかるのか、分からないけど」
ヴィーネは、母に抱きつくように、両手を広げ、壁に額を当てる。
「わたしも、母様に約束するね。全てが終わったら、会いにくるから――だから、競争ね? 母様が早いか、わたしが早いか、の……ずっと、母様を待ってるし、母様も、……待ってて?」
そこで、ヴィーネは身を起こし、腕輪の珠を想いを込めて、大切そうに触れる。その瞬間、珠は淡く輝いた。
すると、リーシアの首元でも、同じく緑の珠が光る。ヴィーネは、それを見て、微笑んだ。
(どこにいても、母様のことを想っているから……)
「では、母様。行ってきます」
ヴィーネはリーシアに声をかけ、踵を返して、癒しの間から出ていく――
扉の外には、リアスがヴィーネを待っていた。
「もう、行くのか?」
声をかけられたヴィーネは、頷く。
「……今まで、ありがとうございました。母を、どうかよろしくお願いします」
頭を下げるヴィーネに、リアスは応える。
「言われずとも、……良い。リーシアのことは、気にするな。この私に、任せておけ。……だが、ちょくちょく此処へは顔を見せに来い。全てが終わったら、などと気を張るな。自分のやりたいようにやり、疲れたら休め。所詮人など、自分の好きなように生きてこそだ」
思いがけないリアスの言葉にヴィーネが目を見開くと、
「別に、立ち聞きしたわけではないぞ! ……偶々、聞こえたのだ」
少し居心地の悪そうに、リアスが呟く。
ヴィーネを想ってのその言葉に、ヴィーネは心が温かくなった。
「ありがとう! 分かりました。……では、それを励みに、頑張りますね。――行ってきます!」
満面の笑顔で手を振るヴィーネに、リアスは「……だから、気を張りすぎるな、と言っている。程々で良いのだ」と、ぶつぶつ言いながらも、手を振り返し、ヴィーネを見送っていた。
「挨拶は、済んだのか?」
塔の外では、出立の準備を整えたシリウスと騎士達が、ヴィーネを待っていた。
「はい。お待たせしました」
ヴィーネは軽やかに駆け寄っていく。
その姿は、ルルスに居た時と同じ。後見人はリチャードからシリウスに変更されたとはいえ、シリウスの忠告を受け、成人までは念のため、今まで通りの変装をしようと、決めたからだ。
けれども、ヴィーネの表情は明るい。動作も能力ももう隠す必要はない。自由だ。
塔の外は、賑やかな声が飛び交っていた。
来た時の澱んだ荒れた空気は、もはや微塵も感じられない。
緑の塔の隣の学校は、治療院として開放され、塔から療養する患者達が次々と搬送されており、看病する家族や都に戻って来た人々で、辺りは賑わっている。
どの人々の顔も、明るく希望に満ちていた。
目を細め、ヴィーネを見守っていたシリウスが口を開く。
「これから向かう風の都フィーンは、我がウェントゥス公爵家のお膝元だ。私自身、風の塔にも属しているからな。先ずは、風の塔から、が妥当だな――さあ、行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
礼儀正しく頭を下げるヴィーネに、シリウスを含めた顔馴染みの騎士たちは顔をほころばせる。
そして、ヴィーネは栗毛の馬に乗り、真っすぐに前を向いて進みだす――
一行は風の都の、風の塔を目指して出発した。
同じ頃、遠く離れたルルスでは、ディンとキール、シャールが導師の家を目指して走っていた。
「導師様! 学び舎を去られるって、本当ですか?」
扉を蹴破る勢いで、導師の家に飛び込んできた三人を見て、導師は頷いた。
「ああ、そうじゃよ。耳が早いのう。古の星が現れ、世界が激動するこの時に、餓鬼どもなどに付き合って、悠長に教えとる場合ではないからの」
そのまま、鼻歌混じりで旅に出そうな導師の姿に、三人は一気に青ざめる。
「そ、そんな……ヴィーもまだルルスに戻ってないのに」
「ううん? ヴィーネは当分、いや、恐らく此処には戻ってこんぞ?」
あっさり大変なことを言った賢者は、「さて、そろそろわしも行こうかの」と呟きながら、家中を戸締りして回る。
「待ってください! どういうことですか?」
すごい勢いでついて回り、問い詰める三人に、導師は邪魔に感じたのか、大声を出した。
「だーかーらー、何故、ヴィーネがルルスに戻る必要があるのじゃ?! まだやらねばならぬことが、山積みじゃというのに! わしもこれから、手伝いに行くのじゃ!」
胸を張った導師を見て、ディンの目の色が変わった。
「俺達を、置いていく気か?! 愛弟子だって、言ったよな?」
事の次第を飲み込んだ、双子も黙ってはいない。
「知ったからには、黙って行かせませんよ? さあ、これからの日程を一緒に詰めようではありませんか」
「薬草を手に入れた手柄は、わたし達三人のおかげよ! 今更、蚊帳の外には、させないわっ! ――旅の間、毎日、美味しいご飯を作ってあげるから!」
瞬く間に、大変な騒ぎになった。
それは、導師が根負けして、叫ぶまで続く。
「分かった、分かった! じゃが、親御殿の了承が得られなかったら、わしは知らんぞっ!」
その言葉に、自分の親の攻略法を知る三人は、してやったりと微笑んだ。
導師の家の樹々を通して、何となくその騒動を見守っていた森の大樹は、穏やかに呟いた。
「ヴィーナは再び、またとない旅の道連れを得られそうだな……」
大樹の太い根元には、ヴィーネから贈られた珠が、しっかりと抱え込まれている――そこから伝わってくる温かい波動に、大樹は遥か昔、この地に若木だった自分を植えた古のレオナのことを思い出した。
「レオナ、其方の心と力を受け継ぐ者達は、本当に強くしなやかで優しい。星々も、そして、この世界も――」
――当り前よ! この私の子孫なのだから。そして、私が愛しくて守りたいと願った星と世界なのだから……!
何処か遠くで、あの頃の少女の声がしたように感じた――
『緑の塔とレオナ』(完)
*『緑の塔とレオナ』の緑の塔編の本編は、完結しました。
物語を読んでくださった方、全てに感謝します。
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