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呆然と右手の掌を見つめるディンの元に、少し離れた所から一連の状況を見守っていた面々が、駆け付けた。
真っ先に辿り着いたのは、思いがけぬことになった採取の展開を、食い入るように見入っていたカーレルだった。
不可思議な光の膜が収まるや否や、すぐに行動に移った彼は、脇目もふらず、ディンの足元に置かれた採取箱に飛びついた。
「良かった、ああ、本当に良かった……! 採取は成功、成功です! ……成功ですが、よもやあのような状況になるなどとは、思いもよらず……あれでは、いざという時に、別の方法など取りようがないではありませんか?! 採取が成功して、本当に、本当に良かった……。 ああ、これで、リサ、アーレル、ロッテ、父上、母上、皆……皆が、助かるのです」
ひしと採取箱を抱きしめるカーレルは、薄茶色の瞳に、うっすらと涙を浮かべていた。
「あの、もしかして、カーレルさんは――?」
カーレルの様子に思うところがあったシャールが、おずおずと切り出すと、
「ええ、取り乱してしまい、申し訳ありません。実は、私は杜の都エメルディアの出身でして、……今回の件には、家族、親族、友人その他大勢の者が巻き込まれました。なので、この採取は、何としても成功させ、彼らを助けたかったのです」
初めて明かされるカーレルの事情に、ディンと双子は声を失った。
そこへ、導師がのんびりと声をかける。
「して、もう行かれるのじゃな?」
確信のこもったその声に、カーレルは迷いなく、頷いた。
「はい。こちらの準備は全て整っています。後は、この採取箱を持っていくだけ……」
カーレルは、大切そうに箱を抱え込む。
「『プレケス』を緑の塔へ運ぶ仕事は、どうか私にお任せください。この身に代えましても、必ず無事に届けます」
誓いのようなカーレルの言葉に、導師とディン、キールとシャールは頷いた。
同じ頃、ヴィーネの伯父リチャードは、シリウスからの内密の手紙を受け取っていた。
その手紙には、ヴィーネを今後無期限に借り受けることと、ヴィーネが成人するまでのあと数か月の後見人を、シリウスが引き継ぐ旨が書かれていた。
なお、後見人を引き継ぐにあたり、今までヴィーネに費やした費用等は、そちらに損失が出ぬよう全て支払う用意があるので、これらのことについては、他言無用、かつ揉め事が起こらぬようくれぐれも留意すること、等々そこには、細かな取り決めが抜かりなく散りばめられていた。
それを一読したリチャードは、重要書類が仕舞ってある机の奥から、大切に取ってあった妹からの手紙を取り出す。
そして、躊躇うことなく、火をつけ、煙管用の皿の上に置いた。
リチャードは、手紙が燃え上がるのを見ながら、呟く。
「リア、……私の役目は、終わりのようだな。あの公爵が後ろについたとあれば、もはや誰にもヴィーネは手出しされまい。このまま、ヴィーネは無事成人し、自らの道を切り開いて行くだろう……君の望んだ通りに」
(――いや、そうではないな。役目どころか、……今回は、最初から最後まで、妹親子に恩を受け通しだったのだ)
リチャードは、胸の中で静かに反芻する。
(リアは、ずっと私に対して、深い負い目を感じていたのだな……そして、今回、それを清算したのだ)
リチャードは、妹の手紙を読み、最初にヴィーネを見たときから、確信があった。
ヴィーネがルルスへ来たのは、リチャードのためだ。各地で生ずる変異から、リチャードとその家族、そして大きな目で見れば、生活基盤であるルルス周辺の全てを守るため――
それを悟りながらも、リチャードはヴィーネを自分の庇護下へ置くことを止めた。
本当は、妹の娘を歓迎し、慈しみたかった。妹との思い出を語り、何不自由なく暮らせるよう、見守りたかった。
その望みの中で、唯一叶ったのは、見守ることのみ――
例えアルフェール家の婿養子として、現在持て囃されていたとしても、ここルルスでリチャードには、絶対的な権力はない。そして、リチャードの庇護に惹かれて集まってくる人種に、碌な者はいないのだ。また何処かの隙をつかれて、リーシアの二の舞にさせる可能性など、断じて残すことは出来なかった。
リチャードは、初めてヴィーネに会い、その格好を見て、自分の助力はむしろ足かせになりかねないことだ、と理解した。
けれども、それを理解し手出しはしないと心に決めても、リチャードは、ヴィーネが普通の人々との生活に不慣れなことを、ずっと案じていた。
どんなに気丈で聡くても、人の表裏を感じ取るには、ある程度の経験は必要なのだから。
恐らく本来の自分を押し隠し、リチャード一家に奉仕する一方だったヴィーネは、しかし、リチャードの心配をよそに、学び舎ではかけがえのない友を得て、広範囲の視野を持つ者へと、一回りも二回りも大きな成長を遂げた。公爵の目に留まる程に――
妹リーシアの手紙が最後まで灰になったのを、見届けたリチャードは、安堵の声を漏らした。
「……これを使う羽目に陥らなくて、幸いだった」
その手紙の内容は、ほとんど脅迫に近かった。
それは、兄リチャードに何か遭った時のため、若しくは、リチャードがどうにもならない程、追い詰められた時のために、リーシアが用意したもの――
曰く、ヴィーネが成人するまでは、衣食住、全てを保障すること。
生命と精神の自由を保障すること――例えば、娘ヴィーネの意志に反して、婚約等の条件を押し付ける、又は、肉体的に傷を負わせる、等々は以ての外である。
これらが守られる以上、生命の賢者リーシア=レオナが対価の魔法でもって、リチャード一家を守護することを誓う。
なお、この契約が破られた時は、リチャード一家とその繋がりのある一族、そして、破られる直接の原因全てに報復を行う――――といったものだ。
対価の魔法は、血の繋がりのある者程、強力に作用する。
この手紙を開示した場合、余程のことがない限り、ヴィーネへの手出しは控えられただろう。
出さぬことによって、得られるものの方が、遥かに大きい。
計算高い商人体質の一族にとって、そのことが分からぬ筈はなかった。
これは、リーシアがリチャードに託した、ヴィーネを俗世から守る切り札の一つだった――
リチャードは、知っていた。
毎夜、外へ出かけるヴィーネのことを。
そして、日毎に強まる、自らを取り巻く緑の守護の力を――
(――リア、君はヴィーネにも、守護の魔法を使わせたね? 君は対価の魔法を、そして、ヴィーネには守護の魔法を――よくもまあ、このような鉄壁の防御陣を完成させたものだ……)
リチャードは目を細め、窓から空を見上げた。
「さて、今度はこちらから公爵へと、返書をしたためねばな」
リチャードは返書に、シリウスの後見人の提案に対する了承と、ヴィーネと最初に交わした契約書を取り出して、さらさらと写し取り、費用無用の意を書き付けた。
対価は既に、ヴィーネ自身の二年間の労働によって、支払われているのだ、と。
間違っても、費用を盾に、今度はシリウスの籠に入れられ、ヴィーネの翼を折られぬように――
そして、想い願う――最愛の妹リーシアとその娘ヴィーネの幸せを。
真っ先に辿り着いたのは、思いがけぬことになった採取の展開を、食い入るように見入っていたカーレルだった。
不可思議な光の膜が収まるや否や、すぐに行動に移った彼は、脇目もふらず、ディンの足元に置かれた採取箱に飛びついた。
「良かった、ああ、本当に良かった……! 採取は成功、成功です! ……成功ですが、よもやあのような状況になるなどとは、思いもよらず……あれでは、いざという時に、別の方法など取りようがないではありませんか?! 採取が成功して、本当に、本当に良かった……。 ああ、これで、リサ、アーレル、ロッテ、父上、母上、皆……皆が、助かるのです」
ひしと採取箱を抱きしめるカーレルは、薄茶色の瞳に、うっすらと涙を浮かべていた。
「あの、もしかして、カーレルさんは――?」
カーレルの様子に思うところがあったシャールが、おずおずと切り出すと、
「ええ、取り乱してしまい、申し訳ありません。実は、私は杜の都エメルディアの出身でして、……今回の件には、家族、親族、友人その他大勢の者が巻き込まれました。なので、この採取は、何としても成功させ、彼らを助けたかったのです」
初めて明かされるカーレルの事情に、ディンと双子は声を失った。
そこへ、導師がのんびりと声をかける。
「して、もう行かれるのじゃな?」
確信のこもったその声に、カーレルは迷いなく、頷いた。
「はい。こちらの準備は全て整っています。後は、この採取箱を持っていくだけ……」
カーレルは、大切そうに箱を抱え込む。
「『プレケス』を緑の塔へ運ぶ仕事は、どうか私にお任せください。この身に代えましても、必ず無事に届けます」
誓いのようなカーレルの言葉に、導師とディン、キールとシャールは頷いた。
同じ頃、ヴィーネの伯父リチャードは、シリウスからの内密の手紙を受け取っていた。
その手紙には、ヴィーネを今後無期限に借り受けることと、ヴィーネが成人するまでのあと数か月の後見人を、シリウスが引き継ぐ旨が書かれていた。
なお、後見人を引き継ぐにあたり、今までヴィーネに費やした費用等は、そちらに損失が出ぬよう全て支払う用意があるので、これらのことについては、他言無用、かつ揉め事が起こらぬようくれぐれも留意すること、等々そこには、細かな取り決めが抜かりなく散りばめられていた。
それを一読したリチャードは、重要書類が仕舞ってある机の奥から、大切に取ってあった妹からの手紙を取り出す。
そして、躊躇うことなく、火をつけ、煙管用の皿の上に置いた。
リチャードは、手紙が燃え上がるのを見ながら、呟く。
「リア、……私の役目は、終わりのようだな。あの公爵が後ろについたとあれば、もはや誰にもヴィーネは手出しされまい。このまま、ヴィーネは無事成人し、自らの道を切り開いて行くだろう……君の望んだ通りに」
(――いや、そうではないな。役目どころか、……今回は、最初から最後まで、妹親子に恩を受け通しだったのだ)
リチャードは、胸の中で静かに反芻する。
(リアは、ずっと私に対して、深い負い目を感じていたのだな……そして、今回、それを清算したのだ)
リチャードは、妹の手紙を読み、最初にヴィーネを見たときから、確信があった。
ヴィーネがルルスへ来たのは、リチャードのためだ。各地で生ずる変異から、リチャードとその家族、そして大きな目で見れば、生活基盤であるルルス周辺の全てを守るため――
それを悟りながらも、リチャードはヴィーネを自分の庇護下へ置くことを止めた。
本当は、妹の娘を歓迎し、慈しみたかった。妹との思い出を語り、何不自由なく暮らせるよう、見守りたかった。
その望みの中で、唯一叶ったのは、見守ることのみ――
例えアルフェール家の婿養子として、現在持て囃されていたとしても、ここルルスでリチャードには、絶対的な権力はない。そして、リチャードの庇護に惹かれて集まってくる人種に、碌な者はいないのだ。また何処かの隙をつかれて、リーシアの二の舞にさせる可能性など、断じて残すことは出来なかった。
リチャードは、初めてヴィーネに会い、その格好を見て、自分の助力はむしろ足かせになりかねないことだ、と理解した。
けれども、それを理解し手出しはしないと心に決めても、リチャードは、ヴィーネが普通の人々との生活に不慣れなことを、ずっと案じていた。
どんなに気丈で聡くても、人の表裏を感じ取るには、ある程度の経験は必要なのだから。
恐らく本来の自分を押し隠し、リチャード一家に奉仕する一方だったヴィーネは、しかし、リチャードの心配をよそに、学び舎ではかけがえのない友を得て、広範囲の視野を持つ者へと、一回りも二回りも大きな成長を遂げた。公爵の目に留まる程に――
妹リーシアの手紙が最後まで灰になったのを、見届けたリチャードは、安堵の声を漏らした。
「……これを使う羽目に陥らなくて、幸いだった」
その手紙の内容は、ほとんど脅迫に近かった。
それは、兄リチャードに何か遭った時のため、若しくは、リチャードがどうにもならない程、追い詰められた時のために、リーシアが用意したもの――
曰く、ヴィーネが成人するまでは、衣食住、全てを保障すること。
生命と精神の自由を保障すること――例えば、娘ヴィーネの意志に反して、婚約等の条件を押し付ける、又は、肉体的に傷を負わせる、等々は以ての外である。
これらが守られる以上、生命の賢者リーシア=レオナが対価の魔法でもって、リチャード一家を守護することを誓う。
なお、この契約が破られた時は、リチャード一家とその繋がりのある一族、そして、破られる直接の原因全てに報復を行う――――といったものだ。
対価の魔法は、血の繋がりのある者程、強力に作用する。
この手紙を開示した場合、余程のことがない限り、ヴィーネへの手出しは控えられただろう。
出さぬことによって、得られるものの方が、遥かに大きい。
計算高い商人体質の一族にとって、そのことが分からぬ筈はなかった。
これは、リーシアがリチャードに託した、ヴィーネを俗世から守る切り札の一つだった――
リチャードは、知っていた。
毎夜、外へ出かけるヴィーネのことを。
そして、日毎に強まる、自らを取り巻く緑の守護の力を――
(――リア、君はヴィーネにも、守護の魔法を使わせたね? 君は対価の魔法を、そして、ヴィーネには守護の魔法を――よくもまあ、このような鉄壁の防御陣を完成させたものだ……)
リチャードは目を細め、窓から空を見上げた。
「さて、今度はこちらから公爵へと、返書をしたためねばな」
リチャードは返書に、シリウスの後見人の提案に対する了承と、ヴィーネと最初に交わした契約書を取り出して、さらさらと写し取り、費用無用の意を書き付けた。
対価は既に、ヴィーネ自身の二年間の労働によって、支払われているのだ、と。
間違っても、費用を盾に、今度はシリウスの籠に入れられ、ヴィーネの翼を折られぬように――
そして、想い願う――最愛の妹リーシアとその娘ヴィーネの幸せを。
応援ありがとうございます!
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