緑の塔とレオナ

岬野葉々

文字の大きさ
67 / 69

66 

しおりを挟む
 翌日、フォンス家に現れたディンを見て、キールとシャールは驚いた。

「どうした? ……その頬の青あざ」

「親父にやられた」

「どうしてまた、そんなことになったの?」

 心配する二人に、ディンは頬に手を当てて、仏頂面になる。

「……ヴィーとの婚約話を進めて欲しい、と頼んだら、やられた」

 目を皿のように大きく見開き、絶句した双子は、次の瞬間、大声で笑いだした。

「いきなり、何やってるんだよ? それっ、在り得ない……!」

「そうよ、何焦ってるの? ……それに、ディン、あんなにルルスの婚約の風習、嫌ってたくせに! くくっ」

 そのまま、二人ともに笑い続けて、止まらない。

「だけどっ、――この旅で俺は自覚したんだ。ヴィーとは、ずっと一緒にいたい。だから、……」

 ディンの傷ついた表情を見て、双子は態度を改めた。

「悪かった。悪かったよ、もう笑わない……けど、それにしてもお前、突っ走りすぎだろう?」

「そうよ! ……挙句の果てに、こんな痣まで作っちゃって。ヴィーが知ったら、心配するわよ?」

 けれども、シャールが言い終わった途端、「あああぁぁ……!」と奇声を発しながら、カーレルが走り寄ってきた。

「デ、ディンさん、その傷は?! どうされたのですか?!」

 カーレルの凄い形相に押されながらも、ディンは軽く手を振り、「大丈夫だ。軽い打ち身だけだから」と、全く気にしない。

 しかし、それどころではないカーレルは、その場でぶつぶつと「もう何日か採取を延期すべきか、いや何日必要なのか?」と考えながら口に出していると、ディンはきっぱりと「必要ない。今から採取しよう」と、言い切る。

 双子はカーレルの『プレケス』採取における意気込みを知っていたが、ディンの体調に影響はないとみて、その場では口を閉じ、ディンに従った。

 やがて、導師も合流し、皆連れ立って、キールとシャールの案内のもと、『プレケス』のところへと移動した。

 そして、手順通りディンを花の近くへ残し、その他の者は少し遠ざかって採取を見守る。

 ディンはこれから行う採取に向けて、大きく深呼吸をして、軽く目を閉じて集中する――頭の中で響くのは、ヴィーネの声。

 想いを、どうか忘れないで。
 どうかその子、ううん、その花を摘む前に、きちんとその想いを告げてあげて欲しいの。
 ――そして、花を摘み終わった後には、この石を根元に埋めてあげて。

 ディンは、ヴィーネからもらった緑石の欠片を、懐から取り出して握りしめ、目を開き『プレケス』に向き直った。

 目の前には、鮮やかで美しい橙色の八輪の花が風に揺れている。

 それを見て、ディンは五年前の出来事を思い出す――初めて抱えた美しい少女への淡い想いと葛藤、失望、そしてかけがえのない友情。どれもみな、今の自分になるために、必要不可欠なものだ。
 そして、そのきっかけとなった花に、様々なことを気付かせ、教えてくれた花に、ディンは感謝している。

 シャールとキールのおかげで、毎年見事な花が少しずつ増えていくのが、嬉しかった――まるで、それが友情の証のようで。
 シャールとキールが、花を大切にするたび、自分も大切に想われているのが分かったから――
 
 自分もキールとシャールが大切だし、その絆のように想える花が大切だ。

 けれども、……どうしても、今、花の力を必要としている人々がいて――どうか、自分にそれを与えて欲しい。
 花のおかげで人を見る目が磨かれ、今度こそ間違いないと確信出来る、大切な少女にも出会えたんだ。
 大事で愛しい、俺の想い人。彼女のためにも――

 ディンは、その溢れる想いのまま、花達に告げる。
 自分の想いを言葉にして、想いの全てを吐き出していく――
 すると、気付けば、ディンは花達と共に、緑と茶の混じる淡い光の中に立っていた。

「な、何だ? これは、一体……?」

 狼狽えるディンに、鈴の鳴るような声が応える。
 
(緑の子の、石のおかげ。やっと僕達、話せるね)

 怪訝そうに花を見つめるディンに、八輪の花はきらきらと光った。

(いいよ、分かった。花はあげる。……ただし、七輪だけ)

「いいのか?! ありがとう、本当に、ありがとう!」

 突然の会話に内心驚いたディンだったが、すぐに喜びの感情が勝り、素直に身体全体で喜びを露わにするディンに、八輪の花はさやさやと騒めいた。まるで、笑っているかのように――

 ディンは緑の塔で叩き込まれた採取の手順で、慎重に花を採取していく。
 一輪、一輪を大切に、丁寧に、想いを込めて――この花は、塔で待つ者達にとって、命綱そのものなのだから……。

 やがて、七輪全てを銀の癒し手が持たせた、特殊な箱に収めたディンは、ヴィーネにもらった緑石の欠片を、今度は丁寧に感謝を込めて根元へ埋める。

「ありがとな。……ヴィーにもらった石、埋めていく。また、会いにくるから。ちゃんと、その後の報告もする」

 一輪を残し、特徴的な葉のみになってしまった『プレケス』を見て、ディンは少し切なくなった。

(大丈夫だよ? ……本当なら、あの時、僕は消えちゃうかも知れなかったんだ。でも、君は、僕を身体全体で庇ってくれて――こんな温かい場所へ連れて来てくれたんだ。そして、今、緑の子の石もくれて、だから、…………ちょっと、待ってて?)

「いいけど、……何だ?」

 ディンの問う間に、残った一輪が橙の光に包まれる。

(手、出して? この光の下に)

 言われるままに手を出すと、光の下から透明な雫のような形の実が現れ、ころんとディンの右手に転がって来た。

(種、あげる。またね――)

 ディンが右手の種の重みを感じるのと同時に、辺りは通常に戻った。

「え?! 種って」

 慌てて、ディンが右手を見ると、種は影も形も無くなっていた。
 しかし、その掌には、まるで種そのものの、雫のような紋様がいつの間にか刻まれていた――





 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜

加瀬 一葉
ファンタジー
 王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。  実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?  過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

処理中です...