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久しぶりにルルスに戻って来た導師達一行は、しっかりと休養を取って二日後にフォンス家に集まることを約し、一先ず解散となった。
それから、住み慣れた我が家に戻ったディンは、しかし、帰ってからもずっと浮かない顔をしていた。
何故なら、ディンは緑の塔を旅立って以来、頭の中がヴィーネのことで一杯だったからだ。
ディンの頭の中では、絶えず、ぐるぐるとシリウスがヴィーネに接し触れた場面が回っている。
冷たい美貌を緩ませ、ヴィーネに笑いかけるシリウス。
三人で飛ばされ、自分とヴィーネが気を失っている隙に、ヴィーネを抱きしめていたシリウス。
その二人の距離の近さに狼狽え、ヴィーネのためにした自分の訴えを、暴言でもってあっさりと流したシリウス。
そうして、自分達の見送りの際――シリウスのヴィーネに対する眼差し、態度は明らかに変わっていた。
「うわあああああぁぁぁ」
あまりのやりきれなさに、自分の部屋で大声を出し、ディンは寝台の上でじたばたともがく。
その気配を察した隣の部屋の四男は、びくっと身体を震わせ、すぐさま家族会議へ参加すべく部屋を抜け出した。
翌朝、元気だけが取り柄と思われている傭兵一家の末弟のディンが、旅から帰ってからはずっと萎れた様子で、今日もご飯を一膳しか食べないのを見た家族は、慄いた。
「あいつ、何か悪い病でも拾って来たんじゃないのか……?」
「気持ち悪い、何かため息、吐いてるぞ」
「やばい、あいつに取り付くような病なら、俺達なんていちころだぞ……!」
心配しているようで、していないような妙なひそひそ話が、至る所で飛び交っている。
そんな中、ディンがついに意を決したように、父エドアルドへ話しかけた。
「親父、話がある」
おおーっっ、と声にならないどよめきが、その状況を固唾を呑んで見守る、兄達から上がった。
「分かった。聞いてやるから、こっちへ来い!」
素知らぬ顔をしながらも、実は密かに末っ子を案じていたエドアルドは、すぐに自分の部屋へディンを連れて行く。
そしてその後を、即座に気配と足音を消して、兄達も追った。
そのことを感じ取ったエドアルドは内心ため息を吐いたが、自分のことで手一杯のディンは、全く兄達の行動に気がついてはいない。
「それで? 話とは、何だ」
エドアルドが話を促すと、ディンは顔を上げ、思いつめた表情で一気に話す。
「親父、頼む! アルフェール家の、リチャード様の姪のヴィーネと、俺との縁談話を進めてくれ! お願いだ!」
「……は?」
予想外の嘆願に固まるエドアルドだったが、必死なディンはなおも畳みかける。
「だから、リチャード様に、ヴィーとの婚約を申し込んでくれ!」
やっと状況を理解したディンの父は、眼光鋭く息子を見据え、無言を貫く。
父親の沈黙に何かを感じ取り、無意識にも防御の体勢を整えたディンだったが、間髪置かず炸裂した、父の拳の速さには敵わなかった……。耐えきれず、部屋の隅まで吹っ飛ぶ。
「この、大馬鹿者が……! 大事な自分の嫁くらい、自分で連れてこんでどうするっ?!」
エドアルドは丸太のような両腕を戦慄かせながら、思いっきり怒鳴った。
しかし、鬼神のようなその姿にもめげず、ディンはなおも言い募る。
「だけど、此処ルルスでは、成人前の結婚の約束には、親か後見人の了承が必須だろう?!」
こちらの剣幕にも一歩も引かず、必死な様子のディンを見て、エドアルドは少し態度を和らげた。
「如何にも、……その通りだ。と、いうことは、お前、ディン。そのヴィーネというリチャード様の姪っことお前は、もう将来の約束を交わし合っているんだな?」
「え?」
虚をつかれた風のディンに、焦れたようにエドアルドは問い詰める。
「だーかーらー、ヴィーネ嬢は、お前との結婚を了承しておるのだな?!」
「あ、いや、……それはまだ、話し合ったことはない、……だけどっ、ヴィーが嫌がる筈はない、だろう、と……」
しどろもどろと、段々小さくなっていく声で、それでも懸命に説得を諦めないディンに、間髪置かず、もう一度拳が炸裂する。
「愚か者! 本人の意向を確かめもせずに、何を血迷っとるかっ! 例えルルスの風習がどうであれ、本人抜きで勝手に婚約話を進めるような奴は、男の風上にもおけぬわっ! そういう話は、見事女子の心を射止めてから、持って来い!」
今度は、流石にすぐには立ち上がれないディンをさっさと見捨てて、エドアルドはどすどすと部屋を出て行った。
同時に、息を潜めて隣の部屋の様子を窺っていた兄達は、一様に大きく息を吐き、天を仰いだ。
食欲しかないと思われていた、あの末弟を血迷わせた、天晴な少女を見に行こう、とはた迷惑にも行動力溢れる兄達が盛り上がるのは、また後日のことであった……。
それから、住み慣れた我が家に戻ったディンは、しかし、帰ってからもずっと浮かない顔をしていた。
何故なら、ディンは緑の塔を旅立って以来、頭の中がヴィーネのことで一杯だったからだ。
ディンの頭の中では、絶えず、ぐるぐるとシリウスがヴィーネに接し触れた場面が回っている。
冷たい美貌を緩ませ、ヴィーネに笑いかけるシリウス。
三人で飛ばされ、自分とヴィーネが気を失っている隙に、ヴィーネを抱きしめていたシリウス。
その二人の距離の近さに狼狽え、ヴィーネのためにした自分の訴えを、暴言でもってあっさりと流したシリウス。
そうして、自分達の見送りの際――シリウスのヴィーネに対する眼差し、態度は明らかに変わっていた。
「うわあああああぁぁぁ」
あまりのやりきれなさに、自分の部屋で大声を出し、ディンは寝台の上でじたばたともがく。
その気配を察した隣の部屋の四男は、びくっと身体を震わせ、すぐさま家族会議へ参加すべく部屋を抜け出した。
翌朝、元気だけが取り柄と思われている傭兵一家の末弟のディンが、旅から帰ってからはずっと萎れた様子で、今日もご飯を一膳しか食べないのを見た家族は、慄いた。
「あいつ、何か悪い病でも拾って来たんじゃないのか……?」
「気持ち悪い、何かため息、吐いてるぞ」
「やばい、あいつに取り付くような病なら、俺達なんていちころだぞ……!」
心配しているようで、していないような妙なひそひそ話が、至る所で飛び交っている。
そんな中、ディンがついに意を決したように、父エドアルドへ話しかけた。
「親父、話がある」
おおーっっ、と声にならないどよめきが、その状況を固唾を呑んで見守る、兄達から上がった。
「分かった。聞いてやるから、こっちへ来い!」
素知らぬ顔をしながらも、実は密かに末っ子を案じていたエドアルドは、すぐに自分の部屋へディンを連れて行く。
そしてその後を、即座に気配と足音を消して、兄達も追った。
そのことを感じ取ったエドアルドは内心ため息を吐いたが、自分のことで手一杯のディンは、全く兄達の行動に気がついてはいない。
「それで? 話とは、何だ」
エドアルドが話を促すと、ディンは顔を上げ、思いつめた表情で一気に話す。
「親父、頼む! アルフェール家の、リチャード様の姪のヴィーネと、俺との縁談話を進めてくれ! お願いだ!」
「……は?」
予想外の嘆願に固まるエドアルドだったが、必死なディンはなおも畳みかける。
「だから、リチャード様に、ヴィーとの婚約を申し込んでくれ!」
やっと状況を理解したディンの父は、眼光鋭く息子を見据え、無言を貫く。
父親の沈黙に何かを感じ取り、無意識にも防御の体勢を整えたディンだったが、間髪置かず炸裂した、父の拳の速さには敵わなかった……。耐えきれず、部屋の隅まで吹っ飛ぶ。
「この、大馬鹿者が……! 大事な自分の嫁くらい、自分で連れてこんでどうするっ?!」
エドアルドは丸太のような両腕を戦慄かせながら、思いっきり怒鳴った。
しかし、鬼神のようなその姿にもめげず、ディンはなおも言い募る。
「だけど、此処ルルスでは、成人前の結婚の約束には、親か後見人の了承が必須だろう?!」
こちらの剣幕にも一歩も引かず、必死な様子のディンを見て、エドアルドは少し態度を和らげた。
「如何にも、……その通りだ。と、いうことは、お前、ディン。そのヴィーネというリチャード様の姪っことお前は、もう将来の約束を交わし合っているんだな?」
「え?」
虚をつかれた風のディンに、焦れたようにエドアルドは問い詰める。
「だーかーらー、ヴィーネ嬢は、お前との結婚を了承しておるのだな?!」
「あ、いや、……それはまだ、話し合ったことはない、……だけどっ、ヴィーが嫌がる筈はない、だろう、と……」
しどろもどろと、段々小さくなっていく声で、それでも懸命に説得を諦めないディンに、間髪置かず、もう一度拳が炸裂する。
「愚か者! 本人の意向を確かめもせずに、何を血迷っとるかっ! 例えルルスの風習がどうであれ、本人抜きで勝手に婚約話を進めるような奴は、男の風上にもおけぬわっ! そういう話は、見事女子の心を射止めてから、持って来い!」
今度は、流石にすぐには立ち上がれないディンをさっさと見捨てて、エドアルドはどすどすと部屋を出て行った。
同時に、息を潜めて隣の部屋の様子を窺っていた兄達は、一様に大きく息を吐き、天を仰いだ。
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