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行ってきます!

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「美月ちゃん、はい。これ、どうぞ」

 玄関で祖母に差し出されたお弁当とお茶を美月は受け取り、大切そうにカバンにしまう。
 ついでに、美月はざっとカバンの中に目を通して、持ち物チェックをする。

 今日のテスト諸々の説明が入った封筒、よし。
 筆記用具、よし。定期券とお財布、よし。
 スキマ時間活用の英単語帳、数学問題集、よし!

 美月は軽く頷き、にっこりと笑って手を振った。

「じゃあ、おばあちゃん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!少しでも、早く帰れると良いわね。……気を付けてね」

 変わらない、いつもの朝のやり取りを祖母と交わし、美月はバス停へ向かって歩き出した。
 隣にはもちろん、嬉しそうに尻尾を振るクロの姿がある。


「おお~い、みっちゃん!今から学校か~?」
「きいさん!おはようございます。昨日は卵をありがとう~!」
「なんの、なんの。またな~」
「美月ちゃん、おはよう~!」
「おはようございます!あ、昨日はありがとうございました~!」
「いいの、いいの、気にしないで~!気をつけて行っといで~!」

 山の人達の朝は早い。美月達星野家と同様に。
 朝、いつも美月はバス停まで下る三十分の内に、何度もこういった会話を交わしていく。そして、時に――

「美月ちゃん、美月ちゃん!ちょっと……」
「何ですか?わっ!美味しそうな、イチゴ~」
「朝、採れたてよ?おやつに持っていきな~!」

といった、棚ぼたもある。美月は小袋に入ったイチゴを手に、にっこにこである。
 
 しかし、何かに気付いたかのようにあっと美月は小さく呟き、クロとイチゴを見比べた途端、

「大丈夫だよ?それは、美月ちゃんの分さ。珠子さんの所には、後でちゃ~んと別に届けるからね?……クロは食べられるかどうか。そもそも、犬はイチゴを食べるのかい?」
「あ、ありがとうございます!潤子さん!……これ、学校で頂きますね!」
「ああ、ああ、良いってことよ。気を付けてな」

 美月の姿が見えなくなるまで手を振ってくれる隣人達に、美月もまた何度も振り返り、手を振り返しながら、歩いて行くのだった。



「あ、バスが来たね。クロ、今日もお見送り、ありがとう!……クロも気をつけて帰ってね?わたしが帰るまで、おばあちゃんをよろしく」

 ウォン、とクロが返事をして尻尾を振っているうちに、バスが目の前に停まる。
 美月は最後にもう一度だけクロの頭を撫でてから、バスに乗り込んだ。

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