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第一部 翠河の国の姫、押しが強すぎる
第十二話 距離感、ゼロ
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昼過ぎから降り始めた雨が、豪雨になるにはさほど時間は掛からなかった。
次第に足元も悪くなり、姫君の馬車が視察地へ到着したのは日も落ちてからで、泥濘に嵌ってしまった。
御者が踏み台を準備する前に馬車の扉が開き、翠瑤姫が両手を差し伸べられる。
「千隼、私を抱き上げて降ろしなさい」
そのような不敬を行うことなど、できるはずもない。差し出された手を取る代わりに泥の中に跪き、膝を差し出した。靴が水溜りに浸かる不快さも、姫君のためであれば些細なことだ。
「私を踏み台にして、お通りください」
***
「お化け役は、言い出しっぺの町上郁朗がいいと思いまーす。……白いし、細長いし」
文化祭の係決めで、堤怜桜ことレオキングが余計な事を言い出しやがった。嫌だが、人権、もとい拒否権は俺にはない。
俺に恨みは……あるんだろうな。みんなの王子様、周藤智哉が最近俺にべったりだし、思う所あるにきまってる。厄介なことに。
白いし細長いは余計だが、表現力抜群だな。
色白でヒョロい自覚はある。身長も平均より高い。確かにその通りだ。
俺以外のお化け役は立候補した奴とジャンケンで負けた奴。男子数人が教室の隅に並べられ、仮装させられていく。
「はい、メイク隊入るよー。まず眉毛整えたらなんとかなるっしょ」
「痛い」
「我慢しろ、男だろ」
レオキング筆頭のギャル軍団が、俺の眉毛を毛抜きで抜き始めた。地味に痛い。
髭は剃ってきておいて良かった。
「町上、色白いね。ファンデの色、もうワントーン上げよか」
「髭が青いから、顎と鼻の下は濃いめに塗ってー」
「町上くん、なで肩だから着物似合うわ」
「背が高いから、おはしょりつくれないよ。足首出ちゃうけど、いい?」
「タオルもっと持ってきて、細すぎるから補正!」
茶道部華道部に和服の着付けができる女子がいたので、本格的着付けが始まっていた。人材揃いすぎだろ、このクラス。
最後に黒髪ロングヘアのウィッグを被せられて、出来上がり。
落武者、狼男、ミイラ男、吸血鬼が並ぶ中で、俺は何故か和服の女装だった。衣装は古着屋で調達したらしい、本物だ。
誰の陰謀だろうか。四谷怪談のお岩さんか? 番町皿屋敷のお菊さんか?
「……町上、すげえな?」
「おう。なんかこう……未亡人感?」
「俺、イケそうな気がする」
なんだかよく分からないが、男子の視線が痛い。
誠なんか、何かブツブツ言いながら目を見開いて凝視してくる。どうせ似合わない、キモメンが出来上がったんだ。だから嫌だったんだ。
ダンス部の練習で、智哉が不在でよかった。こんな姿、見られたくない。
そして迎える本番当日。
幸いなことに、仮装姿は本番の文化祭まで、智哉に見られることはなかった。
「郁朗氏の女装を見たなら、智哉氏が危険でござる。あまりの美しさに、心臓が止まってしまうでござるよ」
誠が智哉に色々吹き込んでるが、美しいとか皮肉が過ぎるだろ。現実を知って失望されたら、どうするんだ。ハードルを上げるのはやめてくれ。
ほら、俺の姿を見た智哉が言葉を失ってる。
「……綺麗だ」
「…………はい?」
「誰にも見せたくない」
イケメンが頬を紅潮させて、ポカンと口を開けている。その顔こそ、他人に見せたらイケナイものでは?
――よし、一先ず逃げよう。
踵を返して、待機場所に駆け込もうとしたが、和服の動きにくさを忘れていた。足が開かず、縺れて転びかけたところを、後ろから抱き留められた。何故かそのまま抱き上げられ、お姫様抱っこの状態になる。
「あの、智哉? 大丈夫だから下ろしてくれないか?」
「嫌だ。千隼が抱いてくれないから、だろう?」
「な、何言ってんだ?」
急に智哉の瞳が翠に煌めいて見えた。――翠瑶姫?
「それより、掴まり方とか体重の掛け方が、慣れてないか?」
「まあ、慣れてるっちゃ慣れてるな」
幼少期、体が小さくて軽いので、抱っこの実験台にされていた、苦い思い出が蘇る。
当時の俺は、落とされないようにするのに必死だった。
「誰にだ?」
顔を逸らすと、なんともタイミング良く、昔散々俺をオモチャにしてくれたガキ大将、怜桜と目が合う。
『バラシタラコロス』口パクと笑顔で脅された。まあ、今のギャルイメージを崩したくないんだろう。俺もまだ死にたくない。
「覚えてない。忘れた」
「思い出すまで離さない」
何なんだ、一体!
「人目の多いところで、この体勢はちょっと……」
「じゃあ、人気のないところへ行こう」
「待て待て待て待て!」
俺を抱えたまま、廊下へ出ていこうとするのを必死に止めた。
この混沌とした状態も長く続けられないので、個人名は伏せて洗いざらい白状した。
幼稚園の頃、同じ組の子供らに抱っこの練習台にされていた事まで説明して、やっと智哉から解放された。
「俺が初めてじゃなかったのか」
声がちょっと怖い。
本当に何なんだ、今日の智哉は?
次第に足元も悪くなり、姫君の馬車が視察地へ到着したのは日も落ちてからで、泥濘に嵌ってしまった。
御者が踏み台を準備する前に馬車の扉が開き、翠瑤姫が両手を差し伸べられる。
「千隼、私を抱き上げて降ろしなさい」
そのような不敬を行うことなど、できるはずもない。差し出された手を取る代わりに泥の中に跪き、膝を差し出した。靴が水溜りに浸かる不快さも、姫君のためであれば些細なことだ。
「私を踏み台にして、お通りください」
***
「お化け役は、言い出しっぺの町上郁朗がいいと思いまーす。……白いし、細長いし」
文化祭の係決めで、堤怜桜ことレオキングが余計な事を言い出しやがった。嫌だが、人権、もとい拒否権は俺にはない。
俺に恨みは……あるんだろうな。みんなの王子様、周藤智哉が最近俺にべったりだし、思う所あるにきまってる。厄介なことに。
白いし細長いは余計だが、表現力抜群だな。
色白でヒョロい自覚はある。身長も平均より高い。確かにその通りだ。
俺以外のお化け役は立候補した奴とジャンケンで負けた奴。男子数人が教室の隅に並べられ、仮装させられていく。
「はい、メイク隊入るよー。まず眉毛整えたらなんとかなるっしょ」
「痛い」
「我慢しろ、男だろ」
レオキング筆頭のギャル軍団が、俺の眉毛を毛抜きで抜き始めた。地味に痛い。
髭は剃ってきておいて良かった。
「町上、色白いね。ファンデの色、もうワントーン上げよか」
「髭が青いから、顎と鼻の下は濃いめに塗ってー」
「町上くん、なで肩だから着物似合うわ」
「背が高いから、おはしょりつくれないよ。足首出ちゃうけど、いい?」
「タオルもっと持ってきて、細すぎるから補正!」
茶道部華道部に和服の着付けができる女子がいたので、本格的着付けが始まっていた。人材揃いすぎだろ、このクラス。
最後に黒髪ロングヘアのウィッグを被せられて、出来上がり。
落武者、狼男、ミイラ男、吸血鬼が並ぶ中で、俺は何故か和服の女装だった。衣装は古着屋で調達したらしい、本物だ。
誰の陰謀だろうか。四谷怪談のお岩さんか? 番町皿屋敷のお菊さんか?
「……町上、すげえな?」
「おう。なんかこう……未亡人感?」
「俺、イケそうな気がする」
なんだかよく分からないが、男子の視線が痛い。
誠なんか、何かブツブツ言いながら目を見開いて凝視してくる。どうせ似合わない、キモメンが出来上がったんだ。だから嫌だったんだ。
ダンス部の練習で、智哉が不在でよかった。こんな姿、見られたくない。
そして迎える本番当日。
幸いなことに、仮装姿は本番の文化祭まで、智哉に見られることはなかった。
「郁朗氏の女装を見たなら、智哉氏が危険でござる。あまりの美しさに、心臓が止まってしまうでござるよ」
誠が智哉に色々吹き込んでるが、美しいとか皮肉が過ぎるだろ。現実を知って失望されたら、どうするんだ。ハードルを上げるのはやめてくれ。
ほら、俺の姿を見た智哉が言葉を失ってる。
「……綺麗だ」
「…………はい?」
「誰にも見せたくない」
イケメンが頬を紅潮させて、ポカンと口を開けている。その顔こそ、他人に見せたらイケナイものでは?
――よし、一先ず逃げよう。
踵を返して、待機場所に駆け込もうとしたが、和服の動きにくさを忘れていた。足が開かず、縺れて転びかけたところを、後ろから抱き留められた。何故かそのまま抱き上げられ、お姫様抱っこの状態になる。
「あの、智哉? 大丈夫だから下ろしてくれないか?」
「嫌だ。千隼が抱いてくれないから、だろう?」
「な、何言ってんだ?」
急に智哉の瞳が翠に煌めいて見えた。――翠瑶姫?
「それより、掴まり方とか体重の掛け方が、慣れてないか?」
「まあ、慣れてるっちゃ慣れてるな」
幼少期、体が小さくて軽いので、抱っこの実験台にされていた、苦い思い出が蘇る。
当時の俺は、落とされないようにするのに必死だった。
「誰にだ?」
顔を逸らすと、なんともタイミング良く、昔散々俺をオモチャにしてくれたガキ大将、怜桜と目が合う。
『バラシタラコロス』口パクと笑顔で脅された。まあ、今のギャルイメージを崩したくないんだろう。俺もまだ死にたくない。
「覚えてない。忘れた」
「思い出すまで離さない」
何なんだ、一体!
「人目の多いところで、この体勢はちょっと……」
「じゃあ、人気のないところへ行こう」
「待て待て待て待て!」
俺を抱えたまま、廊下へ出ていこうとするのを必死に止めた。
この混沌とした状態も長く続けられないので、個人名は伏せて洗いざらい白状した。
幼稚園の頃、同じ組の子供らに抱っこの練習台にされていた事まで説明して、やっと智哉から解放された。
「俺が初めてじゃなかったのか」
声がちょっと怖い。
本当に何なんだ、今日の智哉は?
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