元勇者、悪役令嬢になる

白米サイコー

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最終章王立才華魔法学園 願いと絆と後悔と

第十話妖花の誘惑

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 ☆☆☆

 入学日、滅茶苦茶泣いている生徒がいたから、声を掛けた。
 話をしたら、少しすっきりした表情で去って行ったが、その数十分後、再度酷い顔で学園を走っていたから、声を掛けた。
 放課後、入学間もないこの時期にこの頻度で情緒が乱れる状況。初めて会った時に話していたルームメイトと結局上手くいかなかったのだろうと辺りをつけて、俺の部屋に来るように言った。
 俺は別に何も間違ったことはしていないだろう。
 ただ、そのことがきっかけとなったのか、ただ単純に突っかかる話題があればよかったのか定かではないが、目の前にはリンデンさんが立っていた。
 丁度、Fクラスの扉の前だ。

「(なんだ?)何かしら?」
「昨日、プラティーを自分の寮に招き入れたそうじゃない。」
「(ああ)それがどうかした?」
「何を企んでるの?」

 企んでる?俺が悪心を持ってプラティーさんを部屋に上げたと思っているのだろうか?もしそうならそれは誤解だ。

「(いや、泣いている子がいたから、保護しただけだ)
 企んでいる?只の善意よ。泣いている人がいれば気に掛けるのが人間でしょう?
 それにしても一体誰が泣かせたのかしら?」
「ッ!」
「(もしかして…)
 はっ、呆れた。
 自分で傷つて、私の所に来たから気になったの?」
「違っ。私は只、あの子が心配なだけ!」
「(それなら、大丈夫だ。少し俺に預けてくれないか?)
 心配ねぇ。あなたのそのお節介な心配があの子の成長を阻害しているように見えるけど?」
「そ、そんな筈ない!私があの子にとって一番いい未来を指し示してあげているの!
 私があの子のことを一番良く分かっているんだから、当然でしょう!!」
「(それは違う)
 あの子のことを一番良く分かっているのはあの子自身よ。それにあなたがいなくたってあの子は、プラティーは自分の意思で自分のすべきことを考えて、実行に移せる。
 ずっと近くで見ていたのに、あなたはそんなことも分からないの?
 結果ばかりに目が言ってあの子が何を考えて、何をしようとしてるのかって考えたことある?それが考えられないうちはあなたをプラティーに合わせることは出来ない。
 寮長にも了承は取っているわ」

 口は悪いが、俺の言いたいことはこの体が全て伝えてくれた。
 これに関しては申し訳ないとは、正直思うことが出来ない。リンデンさんにとって少し酷な話ではあるが、彼女の存在はプラティーさんの自主性を育むうえでハッキリ言って邪魔になる。

 けれど、彼女にも彼女のプライドがあるし、彼女なりにプラティーさんを大切に思っていたことも事実なのだろう。後ろから殺気が飛んできた。

「土の精霊よ!我が魔力を贄とし、顕現せよ!
 鍛え抜かれた鋼を我が手に!全てを受け入れ、全てを貫く大地の牙は担い手たる我が目前を切り開く!《鋼弾》」

 背を向けた俺に対し、人差し指よりも一回り大きい異物が飛来する。
 風を切る音とさっきの詠唱?の内容から察するに金属の弾丸と言った所だろう。

 俺は常時使っている〈強化〉の魔法の出力を上げる。先程よりも感覚が鋭敏になり、大気が水のように纏わりつく。周りの動きが珊瑚のように硬直し、その中で自分だけがゆっくりとだが動くことが出来た。
 後ろを振り向けば、弾丸が回転しながらこちらへと迫ってきている。このままでは服に穴が空いてしまう。代えがない訳ではないが、態と制服を駄目にしたい訳でもない。
 人差し指、中指、親指の三本で弾丸を抓む。
 竜巻のようにぐるぐると回転しているため、弾丸が指で擦れ、変な臭いが漂う。
 恐らく、摩擦で手に付着している雑菌の活動が活発になり、汗に含まれるタンパク質などを分解した結果だろう。
 俺の嗅覚が鋭敏になっているから分かる微細な変化。
 それでも少し嫌な気持ちにはなった。
 制服に穴が空くよりはまぁ、まだいいが。

「(気は済んだかな?)
 野蛮なのね。あなた。
 正論を言われ、返す言葉が無くなったからと言って、暴力に訴えるなんて…。
 言っておきますが、あなたをプラティーに合わせる気はないわ。
 分かったら、さっさと立ち去りなさい」
「う、うそ…」

 呆然と立ち尽くしているリンデンさんを無視し、Fクラスの扉を閉める。
 どうせ、これ以上話したとしても平行線だ。彼女に必要なのは言葉ではなく、俯瞰して自身のことを見つめる時間なのだ。

 ☆☆☆

 Fクラスの前。
 アイリスに諭され、逆上し、実力行使に出たリンデンは今、深い絶望の海を漂っていた。
 今までの自分のプラティーに対する態度。
 それを否定され、あまつさえ後先考えずに全力で放った自慢の魔法を指の三本で止められた。
 それも至近距離、後ろを向いていた筈なのに、だ。

(あり得ない。あり得ない。)

 そう唱えながらも、心のどこかで、本当にあり得ないだろうか?と思う自分がいる。プラティーのことを勝手に決めつけ、可能性を閉ざしていたのではないか、と心のどこかで考える自分がいる。
 プラティーを傷つける言葉を口にしてしまった自分よりも、アイリスの下にいた方が…

「あ、あり得ない。そんな筈ない」

 自分はあの子のことを
『あの子のことを一番知っているのはあの子自身よ』

(で、でも、二番目に知っているのは私、そう、私、よね)

 それに自分はこの学年の中でもトップの成績で入学した秀才。
 あんな魔法も碌に使えない口先ばかりの公爵令嬢とは違う。
 リンデンは自分に必死に言い聞かせる。
 
 同時に先程の一幕を思い出してしまう。

 たった三本の指で自分の渾身の魔法を封殺したアイリスの姿。魔力の起こりは感じなかったが、それはつまり、他の人間が魔法を使ってアイリスを守ったという訳でもない、ということ。
 彼女がどのような絡繰りでリンデンの魔法を止めたのか、リンデンには見当もつかないが、あれがアイリス・コリアンダーの実力ということ。
 奇跡とは魔法、超常とは魔力。それこそが真理、それこそが常識のブルーム王国において規格外の存在。

(いや!そんな筈ない)

 アイリス・コリアンダーはちっぽけな我儘令嬢だ。
 世界に混沌を招く怪物でも、世界を良き方に導く救世主でもない。

(でも、)

 如何なる方法か分からなくても、リンデンの長きにわたる弛まぬ努力よりもアイリス・コリアンダーが高みにいるのは事実。
 実力も、思想も、自分よりも正しくて、そんな相手と一緒にいればプラティーは今よりも…

(違う。違う。違う。)

 首を横に振る。

「きゃっ、ちょっとちゃんと前を向いてください!」
「え?」

 思考の沼に嵌っていたため、リンデン自身気が付かなかったが、何時の間にかFクラスから離れた廊下の真ん中にリンデンは立っていた。
 負け犬が尻尾を巻いて逃げるように自分も逃げてきたのか、と心の中で自身を嘲る。
 同時に今は目の前の女子生徒に謝罪を伝えなければいけないとも思った。

「ごめんなさい!少し、考え事をしていて…」
「考え事?

 ってあら、あなたもしかして、リンデンさん?」
「え、私のことをご存知なのですか?」
「当然よ。Aクラスの生徒が連日に渡ってFクラスの生徒に絡んでいるって有名よ?」
「そ、そうだったんですね」
「でも、相手はあのコリアンダー令嬢なのでしょう?」
「ええ、まぁ」
「コリアンダー令嬢と言えば最近では一般生徒を連れ込んだって話もあるわよね。
 
 心配よねぇ」
「そう、ですね」
「寮長は何をしているのかしら?って、寮長といえど公爵家には逆らえなかったのね。
 貴族社会ですし、仕方ないのかしら」
(確かに、そうか…寮長も逆らえなかっただけかも…)
「聞いてくださる。私、この通り皮膚が弱いのだけど…」

 目の前にいる生徒。リンデンの不注意で尻餅をついてしまった少女が、制服の袖を捲る。
 腕が包帯でぐるぐる巻きにされている。良く見ると足も同じだ。包帯でぐるぐる巻き。顔色は良く、端正でありながも表情がころころと変わるさまは生きる気力に溢れているように見えたが、実際は体が弱いのだろうか?

「彼女!コリアンダー令嬢が包帯の下を見て気持ち悪いって言ったの!
 大分昔の話ではあるけれど、それが私凄く悲しかったわ」
「そうですか」
「ええ、それに元々は彼女が包帯の下を見たいと言ったのよ?」
「それは、酷いですね」
「本当よ。それに彼女。きっと私のことも覚えていないわ」

 確かに、とリンデンは思った。
 アイリスはリンデンのことも覚えていなかったのだ。あれだけ、酷いことをしたのにリンデンの父のことも。
 日常的に他の人を傷つけている証拠だと言える。

「連れ込まれた生徒さん。本当に心配だわ。
 ねぇ、あなたもそうは思わない?」
「…ええ、そうですね。」
「それなら。私と協力して、コリアンダー嬢を懲らしめない?」
「懲らしめる、ですか?」
「ええ、そうよ。だってあのコリアンダー令嬢のことですもの。きっと、生徒さんを助けただけだとまた悪さをする機会を窺うだけだわ。ちゃんと懲らしめてもうしませんって気持ちにさせないと。」
「そう、かも、ですね」
「そうよそうよ。日常的に酷いことをしている人ですもの。むしろ、ちゃんと懲らしめないと、プラティーさんを横取りされた恨みで、リンデンさんもプラティーさんもすっごい酷い目に遭っちゃうかも」
「酷い目に…」
「そうよ。あなたのことも覚えてなかったんですもの。ビバーナム商会とあなたの父上にあんなに酷いことを言った人を信用しちゃ駄目じゃない」
「…そう、そうですよね!
 プラティーは私と一緒の方が絶対幸せ!アイリスと一緒にいても不幸になるだけ!
 だから、アイリスも懲らしめないと」
「ええ、二人で頑張りましょ?」

 アイリスへの怒りからか、プラティーへの心配からか、頭がくらくらとする。
 色々と考えはあった筈なのに、その考えが無理やり引き出しの中に隠されたかの如く、思い浮かべることが出来ない。頭全体にぼんやりと靄が掛かっているようにも感じた。
 そんな中でもスッと頭に入り、浸透したもの、それは少女の甘い囁きだった。
 
 リンデンは少女の顔を見る。
 端正に整った顔。
 ピンク色の瞳。白い髪。
 人相の良い笑顔。

「そういえば、名前なんでしたっけ?」
「ああ、言ってなかったわね。私はエピフィルム・カリカルパ。
 カリカルパ公爵の一人娘」
「公爵!?」
「そうよ。コリアンダー令嬢と同じ。公爵家。ずっと昔だけど、王族の血を継いだこの貴族社会でもトップに位置する人間。
 優れた魔法の実力を持つあなたと公爵家の私が手を組めば怖いものなんてない。そうは思わない?」
「そうですね!」
「そうよ。コリアンダー令嬢なんて怖くない。
 一緒にプラティーさんを助け出しましょ」
「はい!」

 公爵家が力を貸してくれるのなら、心強い。
 アイリス・コリアンダーの怖い所は地位の高さ。それだけだ。
 地位が高いから、寮長もプラティーの件で口出しが出来なかった。地位が高いから父様もあんなに酷いことを言われても耐えるしかなかった。
 地位が高いから、プラティーも私に何も言えずに、私の下を離れざるを得なかった。
 そうだ。良く考えれば、アイリスとプラティーが初め、隠れるようにコソコソ噴水の前で話していたのも、アイリスが無理やり話しに付き合わせていただけじゃないか?
 そうか、そうだ。全部。アイリスのせいだ。

「そうよ。全部、アイリスのせいよ。だからリンデン?あなたは何にも悪くない。」
「はい!」
「ああ、そういえば最後に言っておくことがあったわ。」
「なんですか?」
「仮に、あなたがアイリスとの戦いを放棄しても、私の邪魔だけはしないでね?」

 両手を合わせ、小首を傾げながら可愛らしくお願い、いやおねだりをするエピフィルム。妖精のような容姿に心が乱されなかったと言えば嘘になるが、リンデンにはそれよりも聞き捨てならないことがあった。

「私が、アイリス相手に戦いを放棄って、私の実力を疑っているんですか?」
「そういう訳ではないわ。ただ、あなたがアイリスと和解するかもしれないでしょう?」
「そんなのあり得ません!」
「そうね。そうかもね。でもリンデン。お願い。私の邪魔だけはしないでね」

 表情も仕草も先程と変わっていない。
 変わったのは世界の方。そう錯覚するほど、肌が粟立ち、理解できない寒気に襲われる。
 自然と人形のように自分の首が縦に振られていた。振られていることに後から気づいた。

「いい子ね。じゃあ、頑張りましょう」
「…はい」

 エピフィルムから差し出された手をリンデンは握る。
 エピフィルムの手は温かい。先程の寒気が嘘のように心が温まったような気がする。
 この人についていかなければと、じんわりと溶けていく思考の中、その確固たる決意だけが自分の体を動かしていた。
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