元勇者、悪役令嬢になる

白米サイコー

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最終章王立才華魔法学園 願いと絆と後悔と

第13話絆の証明

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☆☆☆

 死神の誘惑。アイリス・コリアンダーを消せば全てが上手く回る。
 本当はそんな単純な話ではない。普段のリンデン・ビバーナムであれば考えるまでもなく分かること。
 今のリンデンにはそれが分からなかった。靄がかかったように回らない思考。
 誰も止める人間のいない状況。何よりも弱ったアイリス・コリアンダーがいるという現状。道を踏み外すには十分な要素が揃っていた。

 たった一つ、たった一つ何かが違えば踏みとどまることが出来た過ち。
 リンデンを止めてくれる人間は――いた。
 一人だけ、いた。

「ダメぇぇぇぇぇぇ!!」

 リンデン自身の手で眠らされていた筈のプラティーがリンデンの前に立ちはだかる。
 愛する妹を傷つける訳にはいかない。回らない頭でも、自分にとって本当に大切なもの。守りたかったもの、一緒にいたかったもの、欲しかったもの、分かっていたのだ。
 不明瞭な視界の中で、目指すべき道すら分からなくなっても、心の中に突き刺さるようにリンデンを支え続けてきた芯が今もまだリンデンの心と体を突き動かしている。

「ぷ、プラティー」
「だ、ダメですよ。そこから先は戻れなくなっちゃいますよ」
「で、でも、殺さないと、殺さないと、私の手から全部!!零れ落ちちゃう。大切に思ってたもの、守りたかったもの、欲しかったもの全部!全部!」
「零れ落ちたのなら、一緒に拾いましょう。二人でなら拾い上げられます。」
「む、無理よ!拾えるわけない。」
「私が、頼りないからですか?
 もし、そうなら、ずっとずっと成長して見せます。
 他の人よりも不器用で要領も悪いですが、努力することは人一倍得意なんです。
 いえ、リンデンさんの力になれると考えると無限に力が湧いてくるんです。」

 震えた声で後ろに後ずさるリンデン。以前とは正反対の構図。
 怒られることを恐れた子供のように、いや、それよりも、見捨てられることを恐れる子供のように、失望されることを恐れる子供のように表情を歪ませ、手を震わせている。
 頭を抱え、蹲り、現実から目を逸らそうとしている。

 子供のように、寒さに震えるように丸まるリンデンの手をプラティーは両手で包み込んだ。

「大丈夫。大丈夫です。」
「う、嘘よ。だって、だって、プラティーだって、きっとアイリスの下に行って帰って来てくれないんだわ」
「帰ってきます。私が一番居たい場所はリンデンさんの隣です。」
「嘘、嘘よ。だって、プラティーはアイリスの所に行ったもの」
「…そうですね。でも今リンデンさんの目の前にいます」
「それだって!…あの子。アイリスを助けたいからでしょう」

 下を向き、決してプラティーに視線を合わせようとしないリンデンは血を吐くように、表情を思い切り歪ませる。身体的な苦痛が全身を駆け巡っている訳ではない。痛い所なんて一つもない。肉体だけ見れば今のリンデンは絶好調と言えないまでも、心配する外傷は存在しない。痛みに顔を歪めることなんてあり得ない。
 実際に、痛みを感じているリンデンと目の前に立ちリンデンの表情を見つめているプラティー以外はそう答えるだろう。

 プラティーはリンデンの顔を持ち上げる。本来ならプラティーの方がリンデンよりも頭一つ分身長が低く、持ち上げるまでもない体格さ。下を向いていてもプラティーの姿を捉えられる。
 今のリンデンには足元と、そこから伸びる影しか見えていない。

 精神的な、心に負った傷が、人と、最愛の妹と顔を合わせることを拒否していた。
 今の彼女からすればプラティーの存在は塩と同じだった。そう錯覚していた。

「リンデンさん。聞いてください。」
「ッい、いや!」

『愛想が尽きた』、『一緒にいたくない』そんな言葉が次の瞬間にはプラティーの口から飛び出てくるのではないか、不安が鎌首をもたげる。リンデンは反射的にプラティーを突き飛ばす。二人の間には体格差がある。反射的なものだったとしてもプラティーを転ばせるには十分な威力を伴っていた。

 尻餅をつくプラティー。我に返り、プラティーに駆け寄ろうとするリンデン。その足は中々前に進まない。
 罪悪感と、プラティーに対する恐怖が、拒絶される恐怖が、リンデンの歩みを遅くする。
 影法師はリンデンの所まで到達しているのに、何故実際の自分はこうも情けないのか、上手くいかないのか、泣きそうになる。

 そんな最中、伸びる影の先に一枚の栞が落ちているのが目に入った。突き飛ばした際にプラティーのポケットから落ちてしまったもののようだ。

 …リンデンが知る限り、あんな代物プラティーは持っていなかった。では何処で手に入れたのか、十中八九アイリスから貰ったものなのだろう…。

「それ、やっぱりアイリスとの絆の証?」
「え?」

 指を指し、プラティーに問う。
 プラティーもリンデンの指の先を負うと、急いで、手で拾い上げて、大事そうに抱きしめる。

 …あそこまで大切そうに扱うということはそれだけ、アイリスのことが、アイリスの存在がプラティーの中で大きくなっているのだろう。
 自分の居場所なんて、本当は無かったのだ。

「この栞、押し花なんです」

 …確かに、綺麗な花が二輪。
 アイリスとプラティアの花、だろうか?

「…やっぱり知らなかったんですね。リンデンさん勉強熱心だけど、アイリスさんを見返そうとするあまり、学園の教科ばかり勉強してましたもんね。この花はリンデンとプラティアの花なんですよ?」
「リンデンと、プラティアの花?」
「はい。プラティアの花言葉は物事に動じない。そしてリンデンの花言葉は相思相愛、です。」

 知らなかった。
 リンデンは父と母から貰ったこの名前を誇りに思っていたし、気に入ってもいた。
 ただ、物心ついたころ、アイリスと出会った日から、アイリスを見返すこと、ビバーナム商会の誇りを取り戻すことに躍起になり、それ以外の者が良く見えなくなっていた。視野が狭くなっていた。

「そんな素敵な花言葉だったのね。」
「はい、そして私たちの花で作られたこの栞の意味は『何があっても、ずっと仲良し』です。
 私が作りました。」
「押し花を、それとも花言葉を?」
「両方です。」
「両方」

 栞を、プラティーが作った手作りの栞を手渡される。自然と膝から崩れ落ちていた。力が抜けた。安心、しているのだろうか?本当に救えない。他人の優しさに甘えて。卑しくずるい女だと自己嫌悪に陥る。

 それでも、嬉しいという言葉には嘘はつけなかった。
 ジッと見る。可愛く、よくできた栞だ。リンデンが既に勉強したところに栞を挟んでいるのを知っていたのだろう。
 良い贈り物だ。

 ぽたぽたと、栞に水滴が落ちる。
 何故だろう。リンデンは自然と空を見上げた。
 空は見えなかった。けれど、温かくリンデンを包み込む太陽をリンデンは確かに見た。

「リンデンさん」
「なに?」
「私はリンデンさんの隣に立ちたいです。
 後ろでは無くて、隣に」
「…どういうこと?」
「妹のような存在じゃなくて、リンデンさんが立ち止まった時に寄り添えるように、倒れそうなときは隣で支えられる存在に。リンデンさんが悩んだときにリンデンさんの直ぐそばで一緒に悩みたいんです。」
「そうだったのね。私は無理やりあなたを妹という型に嵌めていたのね。独りよがりに」
「それは、私が頼りなかったのも原因です。」
「でも私はあなたを傷つける言葉を使った。あなたを追い詰める行動を取った。
 只で許されていいことじゃない。あなたの優しさに甘えて曖昧にしていいことじゃない。本当は分かっていたの。分かっていたから、怖かったの。あなたの心が離れていくんじゃないかって……プラティー…ごめんなさい。ごめんなさい。」

 泣きじゃくりながら謝るリンデンをプラティーは抱きしめる。二人の体格差は今だけは逆転している。胸に顔を埋めるリンデンを抱え、抱きしめる手で頭を撫でる。

「確かに傷つきました。
 傷つきましたが、友達を一度も傷つけたことのない人間なんていないと思うんです。
 だって、友達って喧嘩するものでしょう?」
「で、でも…」
「ごめんなさいは、もう聞きました。
 だから、これで仲直りです」

 その言葉にリンデンの頭の靄が晴れていく。心が軽くなり、自分の立っている場所が見えてくる。
 あと少しで自分が取り返しのつかない奈落の底に落ちていたことに気が付く。

「プラティー」
「なんですか?ごめんなさいはもういいですよ?」
「…ありがとう」
「はい、どういたしまして」

 歪に回っていた歯車は一人の令嬢の手で壊された。一度はばらばらになった歯車と歯車はまた出会い、今度こそ二度と壊れないように噛みあい、回りだした。

 ☆☆☆

 
 パチパチと手を叩く音が聞こえてくる。
 エピフィルム・カリカルパが手を叩いているのだ。

「お涙頂戴の三文劇をありがとう。つまらな過ぎて途中で帰ろうか迷ってしまったわ。」
「エピフィルム、様」
「無理に様付けしなくても結構よ。リンデンさん」

 リンデンとプラティーの隣を通り、アイリスの前へと進むエピフィルム。
 彼女にリンデンは待ったをかけた。

「エピフィルム様。おやめくだ――、」

 ズキリ、と胸が痛む。声が喉に詰まったように出てこない。空気だけが無駄に漏れていく。
 手を動かそうとするが、何故だか手も動かなかった。
 体が見えない釘で打ち付けられたように動かすことが出来ない。

「契約でしょ?私の邪魔をしないって」

 その言葉で漸く理解する。いや、理屈を理解している訳ではないが、直観として、あの言葉が、今の状況を生み出しているということは分かった。

「ま、予想通りというか、こんな気はしていたのよね。
 この手でアイリスを、勇者を殺せると考えれば良かったのかもしれないけど。
 勇者を人類の手で殺させるって計画はおじゃんになってしまったわ。
 でも、邪魔者はいなくなった。」
「ああ、そうだな。なんせこれは――、」

「「俺(わたし)とお前(あなた)の因縁なんだから」」

 

 エピフィルムはこの時、間違いなく慢心していた。
 アイリス・コリアンダーに恨みを持つ者を扇動し、呪いを使わせ弱体化させた。
 プラティーとリンデンは未だにこちらの手の内にある。下手な抵抗も試みることが出来ない。

 故に、自らの勝利は揺るがないと、勇者の底力を忘れ、戦いの土俵に上がることを放棄していた。一方的に蹂躙するものだと自身の存在を定義していた。

 プラティーとリンデンのやり取りを余裕綽々に観覧し、勇者の存在を意識から外していた。勇者に打開の時間を与えてしまった。

「〈炎〉+〈増殖〉+〈整形〉+〈神秘付与〉
 聖炎」

 勇者が自らの体を火であぶる。只の火ではない。呪いを焼き殺す浄化の炎。白き炎が勇者の体を内から清める。当然体に纏わり憑く呪いはそう簡単に消えてはくれない。体に、魂に付着した膿を取り除くために、魂と体ごと傷つけていく。
 それを勇者は無理やり〈増殖〉、〈整形〉〈神秘付与〉の魔法で修復していく。
 痛くないはずはない。魂にすら、届きうる呪いもある。
 それらを清めていくのだ。

 人間の精神力では到底不可能。
 しかし、不可能を可能にする人類の希望。ゆえに勇者。

「…化け物め」

 エピフィルムは顔を歪めながら、呪いが浄化されていくのを見ていることしか出来ない。全盛期であれば、追撃も可能だが、今のエピフィルムにはこの世界の魔法、それも年相応のものしか扱えない。

(唯一の幸運は私の呪いは祓えていないことね)

 炎から出てきたアイリスを見ながら、エピフィルムが魔力を滾らせる。前の世界の魔力ではない。この世界での魔力を。

「あなたが何をしようと地に這いつくばらせてあげる。」
「俺はお前と話がしたい。魔王」
「話したいこと?話すことなんてないでしょう?私は魔王であなたが勇者である事実。争うのにそれ以上の理由が必要かしら?」
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