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最終章王立才華魔法学園 願いと絆と後悔と
第14話勇者と魔王
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☆☆☆
「話したいこと?話すことなんてないでしょう?私は魔王であなたが勇者である事実。争うのにそれ以上の理由が必要かしら?」
エピフィルムは心底可笑しそうにくすくすと笑う。親しい相手に向けるものではない壁を感じる笑み。目の奥が笑っていないという表現がよく似合う笑みだ。
きっと俺も、前世、魔族に同じことを言われても同じ笑みを浮かべていたと思う。
言っていることは痛い程分かるのだ。魔族と人族の戦争は古くから続いている。お互いがお互いを完璧に屈服させるまで終わらない負の連鎖が俺たちの世代、俺たちの心に根付いている。
人族も魔族も、どんな英傑であっても止めることが出来ない戦いの螺旋。
分からない筈がない。あの時代を、あの世界で生きていたのなら、故に理解できなかった。
「…もう、俺たちは争う必要がないんだ。」
魔族のいないこの世界で、人族として生まれた俺たちにとって、前世の因縁も古くから続く怨嗟もなにも意味をなさない。
この世界で生きていくうえで、俺たちを縛る楔は存在しない。
そう簡単に、割り切れなくても、割り切って生きていくしか俺達には道がない。
「お前が前世の使命を今もまだ胸に抱いていたとしても、否が応でも、前を向いて生きるしかないんだ。」
「使命?
…ふふっ、可笑しなことを言うのね。
いえ、そうね。知らないのよね。
あなたたちは魔族の成り立ちを。」
「ああ、知らない。だが、知らなくても、知っていても俺の言葉は変わらない。こんなことを言ってしまえば、無責任に取られるかもしれないが、人族と魔族が争った理由なんて俺達には関係ないだろ。
勿論、あの戦争が原因で大切な人を亡くしたこともあると思う。でも、どこかで誰かが、武器を置かないとこの戦いは終わらないんだ。」
「戦争に参加した当事者の言葉とは思えない。
いえ、戦争の当事者だから出る言葉なのかしら?
…どちらでもいいけど、あなたの言葉は的外れもいい所だわ。」
「なに?」
「だって私、戦争を始めた当事者だもの」
思考が一瞬止まる。
何を言っているのか意味が、よく分からなかった。
戦争は俺が生まれてくるよりも前、ずっと昔の話だ。数百年でも足りない。数千年前の御伽噺。当時の文献も殆どが焼失し、『突如、魔族と亜人が世界に現れた』という文言以外は何も残っていない。いくら魔王だとしても生きている筈がない。魔族の寿命がそれ程までに長いなんて聞いたこともない。
☆☆☆
「納得いかないという顔ね?」
「…当たり前だろ?戦争が始まったのが何時の話か分かってるのか?」
「それこそ、愚問よ。勇者。私はあの世界の殆どの魔法を納め、開発にも携わった魔法の支配者。不老長寿の魔法だって、当然作ったわよ。
あなた達に勝つためにね」
「…そこまでして、なんで人類に敵対する。
魔族の本能なのか?それともやむにやまれぬ事情があったのか?」
「…敵意もなく、害意もない、か。このまま殺しあってもねぇ」
エピフィルムは顎に手を当てて、暫く考え込む。戦いを辞めるかどうか、考えている訳ではない。本来なら話す必要もないと考え、斬り捨てていたこと、魔族と亜人の成り立ちについて話すかどうか、考えていた。
同情されたいなんて考えていない。敵意も害意も大いに結構。だが、自分たちのことを同情してほしくはない。同情とは自分たちへの侮辱。寄り添う姿勢など邪魔なだけだ。
戦う意思のない勇者を殺す。それもいいが、自分たちへ理解を示そうとしているのが、この上なく不快だった。
同情とまでいかなくても、その感情は気分のいいものではない。
「いいわ。話してあげる。魔族の成り立ち。いえ、魔族と亜人の成り立ちについて」
「魔族と亜人の?」
「そう、魔族と亜人。
可笑しなことはないでしょう?殆ど失伝しているとはいえ、魔族と亜人の出現時期が全く同じなことくらいは知っているでしょ」
「ああ、知っている。知っているが。」
魔族と、亜人とでは種族的な特徴が全くと言っていい程違う。
亜人は友好的なうえ、人に近い姿をしている。それに比べて、魔族は――、
「魔族は人とはかけ離れた姿をしているから、一緒くたにするのに引っかかりを覚えてしまう、かしら」
「…」
「いいのよ。私たち、魔族は望んであの姿になった。牛や鳥、犬。本来の姿に近いものに」
「本来の姿」
「そう、かつて地球。私たちの住んでいた星に一柱の神が舞い降りた。まぁ、舞い降りた、なんて言い方をするのはどうかと思うけれどね。
全身を槍に刺され、天界から下界である地球に封印された神。」
「封印された?神?
ちょっと、まて、何の話だ?どういうことだ?」
「そのままよ。嘗て地球に神が落ちてきて、封印された。他の神々の手によってね。他の神々は言ったわ。封印した神は天界も下界も破壊しようとした悪神であると、故にこの封印解いてはならぬ。ってね」
「さっきから、お前の話している内容はなんなんだ。本当に魔族と関係のある話なのか?」
「ええ、そうよ。悪神が封印されたことで地球の大気成分は変化した。
悪神の力が世界に満ち、世界そのものの在り方を変えた。
物理法則とは別の法則で成り立つ魔法。
動物が知性ある生物、魔族、亜人に変わり、畑から肉や魚が取れるようになった。
後は、モンスターね。魔力の集合体の怪物。一説では悪神の怒りの化身なんて言われてたっけ?
もう随分と昔の話だけど」
「動物が…」
「そう、亜人や魔族になった」
アイリスにも漸く、少しだけ話が見えてくる。
人に近い姿となった人間に友好的な動物、亜人。
人に攻撃的な態度を取る元の姿に近い姿の魔族。
「私たち魔族はね。人に虐げられてきた。
方法は様々。事情は皆違う。けれど、人を心の底から憎んでいた。だから、人間を一人残らず殺そうと思ったの。」
「そんなこと不可能だ!人類が一体何人いると思ってる?
全員を根絶やしにするなんてこの世から草木を全て焼き払うのと同じことだ」
「出来るわよ。
だって、地球には天界も下界も滅ぼそうとした悪神が封印されているのよ?人類の領域に封印された神が」
「…ッ!
それをして何になる。魔族にも虐げれていたことを知らない世代だっているだろう?
それなのに…そいつらも全員殺そうとしていたのか?」
「?ええ、そうよ。
だって、消えないのよ。
人間に殴られた記憶が、蹴られた記憶が、罵倒された記憶が、餌も貰えずに飢えて飢えて、自分の糞にすらかぶりついた記憶が!!消えないの!
人になった今も、いえ、人になった今だからこそ、全身がおぞましい何かに作り替えられて…全身を掻きむしっても搔きむしっても、汚いの。ねぇ、どうすればいいかしら」
要領を得ない嘆き。エピフィルムは包帯を緩めて素肌を晒す。無数の搔き傷が露わになる。アイリスもリンデンもプラティーも息を呑む。
そんな中、エピフィルムはがりがりと自分の皮膚を掻き始める。血が出ても、流血なんて気にせずに、否、流血も、そこから見える肉も全てが汚いというようにがりがりと掻き続ける。
「なんの悪夢かと思ったわ。
この世で最もおぞましい生物である人に生まれ変わるなんて…でも、数年前、勇者。
あなたを見つけたわ。
記憶は引き継いでいないかったし、私の呪いでとんでもなく愉快なことになっていたけど、間違いなくあなただった。
この世界に生まれ変わった時、私に人類を滅ぼす力なんて欠片も残っていなかったけれど、人類の希望にして代表者、あなたさえ殺せればそれでいいと思えたわ。」
「お前の苦しみは…すまない。理解できない。
それでも、矛を、矛を納めることは本当にできなかったのか?」
「出来る訳ないじゃない。亜人の手を振り払い、人類との戦争に明け暮れた日から私の道は一つだけ。
同情はいらないわ」
「俺は、お前のために死んではやれない。
漸く、他人の気持ちが分かってきたんだ。いい所もあれば悪い所もあるって分かったんだ。
だから、俺は皆が笑顔になる選択肢を取りたい」
「笑顔に?
悪神を蘇らせてくれたら直ぐにでも私は笑顔になるわよ?」
「それは無理だ、と思う」
「はぁ?何を言っているの?」
エピフィルムは困惑する。ここにきて勇者の言っている意味が分からなくなった。元から、反吐の出る理想論を口にしていたが、それとは根本的に異なる、意味不明な発言。
違う?一体何が違うのか、自分は人類を仮に世界と心中する形になっても滅ぼしたい。今更、実は心の何処かで人類や、同胞を慮って踏ん切りがつかないとでも思っているのだろうか?
もしそう思っているのなら、お門違いもいい所だ。エピフィルムにそのような半端な気持ち、とうにない。捨て去った、というのとも違う。魔族になった瞬間から無かったし、長い時間の中で育まれていったということもない。
エピフィルムの中にあるのは人類への復讐心と今は亡き最初の同胞への仲間意識だけ。それも復讐という名の感情によって結ばれた仲間たちだ。
「私に情を期待しても無駄よ?」
「そう、かもな。
俺が言いたかったのもそういうことじゃないんだ。ただ、俺にはその悪神がそもそも悪い神様には思えなかったってだけだ」
「はぁ?会ったこともないのに何を言っているの?」
「会ったことは確かにない。
でも、その神様のお陰で、俺たちは魔法が使えるようになったし、肉は畑で取れるようになった。動物は人と同等の思考が出来るようになった。
悪い神様とは俺には思えない。だからお前の望みは叶わない」
「でも、モンスターは生まれた。
それに、他の神々は悪神だって言っているのよ?」
「プロメテウスって神様を知ってるか?神話の話だが、人に火を与えた結果、大神の怒りをかった話だ。
そういう話なんじゃないかな?
他の神様が悪いって言っても人間からすれば悪い神様じゃなかったのかも。
モンスターだって、ただ単純に予想外に生まれてしまっただけかもしれない」
「…はぁ、まぁ、そうかもね。その可能性もあるかもね。私からしてももう詮無き事よ。
悪神を復活させる手立てももうないのだしね」
そういうと、エピフィルムは自身とアイリスへとそれぞれ手を向けた。
手の先から、氷の刃が生成される。鋭く、人の皮膚など簡単に貫ける刃だ。
右手を自分の首に当て、左手をアイリスへと向ける。
まるで、自身を人質にするように、否、実際に自分を人質にしているのだ。
「さて、あなたが真っ直ぐ、私の下に向かわなければ、私は自身の首を掻ききるわ。
私のカウントダウンに従わない場合もね。
態々、こんな私にお優しくも寄り添ってくれた勇者様がまさか見捨てたりなんてしないわよね?」
にたりと、厭らしく笑うエピフィルム。
実際この戦略は今のアイリス相手には非常に有効だった。
エピフィルムを殺したくないというアイリスの心情面は勿論、現在のアイリスは呪いを焼き払う前よりは動けるものの、全快からは程遠い。
真正面から突っ込めばエピフィルムの氷の刃に貫かれて絶命するのは火を見るよりも明らかだった。
エピフィルムが自分の命惜しさに思いとどまってくれればそれに越したことはない。
越したことはないが、命惜しさに思いとどまれる人間なら戦争を続け、数千年も戦い続けるなんて不可能だろう。
むしろ、数千年の長い戦争によって人間への憎悪はより深く、濃く、エピフィルムの脳にこびりついているのだろう。
先程の問答からアイリスにはそう思えてならない。
「3」
エピフィルムがカウントダウンを始める。
3秒。もう考えている時間もない。
アイリスは駆け出す。エピフィルムを殺すわけにはいかない。
手の先の氷の刃が延び、こちらに迫ってくる。
「2」
両手で氷の刃を受け止める。
〈強化〉を使うが、氷の刃は皮膚を通り越して肉に突き刺さる。
エピフィルムは心底楽しそうに笑っている。自身に向けた氷の刃が首元に食い込んでいるのに気が付いているのだろうか?気が付いたうえで気にしていないのだろうか?エピフィルムならそちらの方があり得そうだ。
実際、ここでエピフィルムがエピフィルム自身に向けた刃を離したのなら、まだやりようはあった。
「1」
ここまでくると、いくらアイリスと言えど打開は不可能。
今のアイリスにはという枕詞はつくが。
「ぜ」
「風の精霊よ!」
アイリスと、エピフィルムの意識の外。突風が吹き荒れる。
プラティーではない。リンデンでもない。
ならば一体誰が、二人の意識が風を起こした主に向けられる。
エピフィルムの氷の刃を打ち砕き、アイリスを間一髪のところで救った人間を探す。
二人の視線の先。そこにいたのは――、
「ノエル!?」
「偶には私の勘も役に立つのですね。」
風の魔法を使った人間、アイリスの専属使用人であるノエルはニッコリと笑みを浮かべるとアイリスの前に立った。
アイリスをエピフィルムから守るように。
「…驚いたわ。勇者。貴方のことだから手紙の指示通り一人で来ると思っていたのだけど…。
場所をメイドに伝えていたの?」
「いや、伝えていない」
アイリスの言葉を受け、目を見開いたのはエピフィルム。
場所を伝えていない状態で来られる所ではない。
ここは森の奥深く。エピフィルムたちの場所は少し開けているが、間違って迷い込むような場所で待ち受けてなどいない。
探知魔法にも警戒して、それ相応の対策も講じていた。
どんな絡繰りを使って、この場所を暴いたというのか。
「後学のために、ここを突き止めた方法を教えてもらえないかしら?」
「勘です。なんとなく、ここにお嬢様がいるような気がしたんです」
馬鹿馬鹿しい。
勘などで見つけられてたまるか、そう思うものの、同時にこうも思えてしまった。
「呪いが思いから生まれるなら、誰かの祈りが超常を起こすこともあるのかもしれないわね。」
自分で言っていて、反吐が出そうになる。
出そうになるが、理屈としては可笑しくないと冷静に思う自分もいる。呪いに、憎悪に匹敵する思いとは一体どれ程のものか、それを勘定に入れないのであれば、だが。
色々と、思う所はある。全て関係ないと思う自分もいる。
どんな状況であっても、自分は勇者を殺すだけだと、そう叫ぶエピフィルム。憎悪が祈り何てもので邪魔されてなるものかと怒号を上げるエピフィルム。心の中で怨嗟が、負の大合唱が始まる。
実行に移せない大合唱。負け犬の遠吠えが何度も何度も脳の中で反芻される。
どうやら自分はここまでらしいと、エピフィルムは悟っていた。どれだけ心の中で憎悪を増幅させても、勇者を殺した呪いのせいで呪術もまともに使えない。頼りの魔法も、メイドの風魔法に邪魔される。
先程の風魔法で形成が変わったのだ。体が全くと言っていい程動かない。完全に拘束されて魔法も妨害される。
基礎的な魔法だが、今のエピフィルムにはこの魔法を解く術がない。それに、メイドの魔法の上から、アイリスが更に拘束を強化している。
「ここまで、ね」
エピフィルムは項垂れる。彼女に出来ることは残されていなかった。
「話したいこと?話すことなんてないでしょう?私は魔王であなたが勇者である事実。争うのにそれ以上の理由が必要かしら?」
エピフィルムは心底可笑しそうにくすくすと笑う。親しい相手に向けるものではない壁を感じる笑み。目の奥が笑っていないという表現がよく似合う笑みだ。
きっと俺も、前世、魔族に同じことを言われても同じ笑みを浮かべていたと思う。
言っていることは痛い程分かるのだ。魔族と人族の戦争は古くから続いている。お互いがお互いを完璧に屈服させるまで終わらない負の連鎖が俺たちの世代、俺たちの心に根付いている。
人族も魔族も、どんな英傑であっても止めることが出来ない戦いの螺旋。
分からない筈がない。あの時代を、あの世界で生きていたのなら、故に理解できなかった。
「…もう、俺たちは争う必要がないんだ。」
魔族のいないこの世界で、人族として生まれた俺たちにとって、前世の因縁も古くから続く怨嗟もなにも意味をなさない。
この世界で生きていくうえで、俺たちを縛る楔は存在しない。
そう簡単に、割り切れなくても、割り切って生きていくしか俺達には道がない。
「お前が前世の使命を今もまだ胸に抱いていたとしても、否が応でも、前を向いて生きるしかないんだ。」
「使命?
…ふふっ、可笑しなことを言うのね。
いえ、そうね。知らないのよね。
あなたたちは魔族の成り立ちを。」
「ああ、知らない。だが、知らなくても、知っていても俺の言葉は変わらない。こんなことを言ってしまえば、無責任に取られるかもしれないが、人族と魔族が争った理由なんて俺達には関係ないだろ。
勿論、あの戦争が原因で大切な人を亡くしたこともあると思う。でも、どこかで誰かが、武器を置かないとこの戦いは終わらないんだ。」
「戦争に参加した当事者の言葉とは思えない。
いえ、戦争の当事者だから出る言葉なのかしら?
…どちらでもいいけど、あなたの言葉は的外れもいい所だわ。」
「なに?」
「だって私、戦争を始めた当事者だもの」
思考が一瞬止まる。
何を言っているのか意味が、よく分からなかった。
戦争は俺が生まれてくるよりも前、ずっと昔の話だ。数百年でも足りない。数千年前の御伽噺。当時の文献も殆どが焼失し、『突如、魔族と亜人が世界に現れた』という文言以外は何も残っていない。いくら魔王だとしても生きている筈がない。魔族の寿命がそれ程までに長いなんて聞いたこともない。
☆☆☆
「納得いかないという顔ね?」
「…当たり前だろ?戦争が始まったのが何時の話か分かってるのか?」
「それこそ、愚問よ。勇者。私はあの世界の殆どの魔法を納め、開発にも携わった魔法の支配者。不老長寿の魔法だって、当然作ったわよ。
あなた達に勝つためにね」
「…そこまでして、なんで人類に敵対する。
魔族の本能なのか?それともやむにやまれぬ事情があったのか?」
「…敵意もなく、害意もない、か。このまま殺しあってもねぇ」
エピフィルムは顎に手を当てて、暫く考え込む。戦いを辞めるかどうか、考えている訳ではない。本来なら話す必要もないと考え、斬り捨てていたこと、魔族と亜人の成り立ちについて話すかどうか、考えていた。
同情されたいなんて考えていない。敵意も害意も大いに結構。だが、自分たちのことを同情してほしくはない。同情とは自分たちへの侮辱。寄り添う姿勢など邪魔なだけだ。
戦う意思のない勇者を殺す。それもいいが、自分たちへ理解を示そうとしているのが、この上なく不快だった。
同情とまでいかなくても、その感情は気分のいいものではない。
「いいわ。話してあげる。魔族の成り立ち。いえ、魔族と亜人の成り立ちについて」
「魔族と亜人の?」
「そう、魔族と亜人。
可笑しなことはないでしょう?殆ど失伝しているとはいえ、魔族と亜人の出現時期が全く同じなことくらいは知っているでしょ」
「ああ、知っている。知っているが。」
魔族と、亜人とでは種族的な特徴が全くと言っていい程違う。
亜人は友好的なうえ、人に近い姿をしている。それに比べて、魔族は――、
「魔族は人とはかけ離れた姿をしているから、一緒くたにするのに引っかかりを覚えてしまう、かしら」
「…」
「いいのよ。私たち、魔族は望んであの姿になった。牛や鳥、犬。本来の姿に近いものに」
「本来の姿」
「そう、かつて地球。私たちの住んでいた星に一柱の神が舞い降りた。まぁ、舞い降りた、なんて言い方をするのはどうかと思うけれどね。
全身を槍に刺され、天界から下界である地球に封印された神。」
「封印された?神?
ちょっと、まて、何の話だ?どういうことだ?」
「そのままよ。嘗て地球に神が落ちてきて、封印された。他の神々の手によってね。他の神々は言ったわ。封印した神は天界も下界も破壊しようとした悪神であると、故にこの封印解いてはならぬ。ってね」
「さっきから、お前の話している内容はなんなんだ。本当に魔族と関係のある話なのか?」
「ええ、そうよ。悪神が封印されたことで地球の大気成分は変化した。
悪神の力が世界に満ち、世界そのものの在り方を変えた。
物理法則とは別の法則で成り立つ魔法。
動物が知性ある生物、魔族、亜人に変わり、畑から肉や魚が取れるようになった。
後は、モンスターね。魔力の集合体の怪物。一説では悪神の怒りの化身なんて言われてたっけ?
もう随分と昔の話だけど」
「動物が…」
「そう、亜人や魔族になった」
アイリスにも漸く、少しだけ話が見えてくる。
人に近い姿となった人間に友好的な動物、亜人。
人に攻撃的な態度を取る元の姿に近い姿の魔族。
「私たち魔族はね。人に虐げられてきた。
方法は様々。事情は皆違う。けれど、人を心の底から憎んでいた。だから、人間を一人残らず殺そうと思ったの。」
「そんなこと不可能だ!人類が一体何人いると思ってる?
全員を根絶やしにするなんてこの世から草木を全て焼き払うのと同じことだ」
「出来るわよ。
だって、地球には天界も下界も滅ぼそうとした悪神が封印されているのよ?人類の領域に封印された神が」
「…ッ!
それをして何になる。魔族にも虐げれていたことを知らない世代だっているだろう?
それなのに…そいつらも全員殺そうとしていたのか?」
「?ええ、そうよ。
だって、消えないのよ。
人間に殴られた記憶が、蹴られた記憶が、罵倒された記憶が、餌も貰えずに飢えて飢えて、自分の糞にすらかぶりついた記憶が!!消えないの!
人になった今も、いえ、人になった今だからこそ、全身がおぞましい何かに作り替えられて…全身を掻きむしっても搔きむしっても、汚いの。ねぇ、どうすればいいかしら」
要領を得ない嘆き。エピフィルムは包帯を緩めて素肌を晒す。無数の搔き傷が露わになる。アイリスもリンデンもプラティーも息を呑む。
そんな中、エピフィルムはがりがりと自分の皮膚を掻き始める。血が出ても、流血なんて気にせずに、否、流血も、そこから見える肉も全てが汚いというようにがりがりと掻き続ける。
「なんの悪夢かと思ったわ。
この世で最もおぞましい生物である人に生まれ変わるなんて…でも、数年前、勇者。
あなたを見つけたわ。
記憶は引き継いでいないかったし、私の呪いでとんでもなく愉快なことになっていたけど、間違いなくあなただった。
この世界に生まれ変わった時、私に人類を滅ぼす力なんて欠片も残っていなかったけれど、人類の希望にして代表者、あなたさえ殺せればそれでいいと思えたわ。」
「お前の苦しみは…すまない。理解できない。
それでも、矛を、矛を納めることは本当にできなかったのか?」
「出来る訳ないじゃない。亜人の手を振り払い、人類との戦争に明け暮れた日から私の道は一つだけ。
同情はいらないわ」
「俺は、お前のために死んではやれない。
漸く、他人の気持ちが分かってきたんだ。いい所もあれば悪い所もあるって分かったんだ。
だから、俺は皆が笑顔になる選択肢を取りたい」
「笑顔に?
悪神を蘇らせてくれたら直ぐにでも私は笑顔になるわよ?」
「それは無理だ、と思う」
「はぁ?何を言っているの?」
エピフィルムは困惑する。ここにきて勇者の言っている意味が分からなくなった。元から、反吐の出る理想論を口にしていたが、それとは根本的に異なる、意味不明な発言。
違う?一体何が違うのか、自分は人類を仮に世界と心中する形になっても滅ぼしたい。今更、実は心の何処かで人類や、同胞を慮って踏ん切りがつかないとでも思っているのだろうか?
もしそう思っているのなら、お門違いもいい所だ。エピフィルムにそのような半端な気持ち、とうにない。捨て去った、というのとも違う。魔族になった瞬間から無かったし、長い時間の中で育まれていったということもない。
エピフィルムの中にあるのは人類への復讐心と今は亡き最初の同胞への仲間意識だけ。それも復讐という名の感情によって結ばれた仲間たちだ。
「私に情を期待しても無駄よ?」
「そう、かもな。
俺が言いたかったのもそういうことじゃないんだ。ただ、俺にはその悪神がそもそも悪い神様には思えなかったってだけだ」
「はぁ?会ったこともないのに何を言っているの?」
「会ったことは確かにない。
でも、その神様のお陰で、俺たちは魔法が使えるようになったし、肉は畑で取れるようになった。動物は人と同等の思考が出来るようになった。
悪い神様とは俺には思えない。だからお前の望みは叶わない」
「でも、モンスターは生まれた。
それに、他の神々は悪神だって言っているのよ?」
「プロメテウスって神様を知ってるか?神話の話だが、人に火を与えた結果、大神の怒りをかった話だ。
そういう話なんじゃないかな?
他の神様が悪いって言っても人間からすれば悪い神様じゃなかったのかも。
モンスターだって、ただ単純に予想外に生まれてしまっただけかもしれない」
「…はぁ、まぁ、そうかもね。その可能性もあるかもね。私からしてももう詮無き事よ。
悪神を復活させる手立てももうないのだしね」
そういうと、エピフィルムは自身とアイリスへとそれぞれ手を向けた。
手の先から、氷の刃が生成される。鋭く、人の皮膚など簡単に貫ける刃だ。
右手を自分の首に当て、左手をアイリスへと向ける。
まるで、自身を人質にするように、否、実際に自分を人質にしているのだ。
「さて、あなたが真っ直ぐ、私の下に向かわなければ、私は自身の首を掻ききるわ。
私のカウントダウンに従わない場合もね。
態々、こんな私にお優しくも寄り添ってくれた勇者様がまさか見捨てたりなんてしないわよね?」
にたりと、厭らしく笑うエピフィルム。
実際この戦略は今のアイリス相手には非常に有効だった。
エピフィルムを殺したくないというアイリスの心情面は勿論、現在のアイリスは呪いを焼き払う前よりは動けるものの、全快からは程遠い。
真正面から突っ込めばエピフィルムの氷の刃に貫かれて絶命するのは火を見るよりも明らかだった。
エピフィルムが自分の命惜しさに思いとどまってくれればそれに越したことはない。
越したことはないが、命惜しさに思いとどまれる人間なら戦争を続け、数千年も戦い続けるなんて不可能だろう。
むしろ、数千年の長い戦争によって人間への憎悪はより深く、濃く、エピフィルムの脳にこびりついているのだろう。
先程の問答からアイリスにはそう思えてならない。
「3」
エピフィルムがカウントダウンを始める。
3秒。もう考えている時間もない。
アイリスは駆け出す。エピフィルムを殺すわけにはいかない。
手の先の氷の刃が延び、こちらに迫ってくる。
「2」
両手で氷の刃を受け止める。
〈強化〉を使うが、氷の刃は皮膚を通り越して肉に突き刺さる。
エピフィルムは心底楽しそうに笑っている。自身に向けた氷の刃が首元に食い込んでいるのに気が付いているのだろうか?気が付いたうえで気にしていないのだろうか?エピフィルムならそちらの方があり得そうだ。
実際、ここでエピフィルムがエピフィルム自身に向けた刃を離したのなら、まだやりようはあった。
「1」
ここまでくると、いくらアイリスと言えど打開は不可能。
今のアイリスにはという枕詞はつくが。
「ぜ」
「風の精霊よ!」
アイリスと、エピフィルムの意識の外。突風が吹き荒れる。
プラティーではない。リンデンでもない。
ならば一体誰が、二人の意識が風を起こした主に向けられる。
エピフィルムの氷の刃を打ち砕き、アイリスを間一髪のところで救った人間を探す。
二人の視線の先。そこにいたのは――、
「ノエル!?」
「偶には私の勘も役に立つのですね。」
風の魔法を使った人間、アイリスの専属使用人であるノエルはニッコリと笑みを浮かべるとアイリスの前に立った。
アイリスをエピフィルムから守るように。
「…驚いたわ。勇者。貴方のことだから手紙の指示通り一人で来ると思っていたのだけど…。
場所をメイドに伝えていたの?」
「いや、伝えていない」
アイリスの言葉を受け、目を見開いたのはエピフィルム。
場所を伝えていない状態で来られる所ではない。
ここは森の奥深く。エピフィルムたちの場所は少し開けているが、間違って迷い込むような場所で待ち受けてなどいない。
探知魔法にも警戒して、それ相応の対策も講じていた。
どんな絡繰りを使って、この場所を暴いたというのか。
「後学のために、ここを突き止めた方法を教えてもらえないかしら?」
「勘です。なんとなく、ここにお嬢様がいるような気がしたんです」
馬鹿馬鹿しい。
勘などで見つけられてたまるか、そう思うものの、同時にこうも思えてしまった。
「呪いが思いから生まれるなら、誰かの祈りが超常を起こすこともあるのかもしれないわね。」
自分で言っていて、反吐が出そうになる。
出そうになるが、理屈としては可笑しくないと冷静に思う自分もいる。呪いに、憎悪に匹敵する思いとは一体どれ程のものか、それを勘定に入れないのであれば、だが。
色々と、思う所はある。全て関係ないと思う自分もいる。
どんな状況であっても、自分は勇者を殺すだけだと、そう叫ぶエピフィルム。憎悪が祈り何てもので邪魔されてなるものかと怒号を上げるエピフィルム。心の中で怨嗟が、負の大合唱が始まる。
実行に移せない大合唱。負け犬の遠吠えが何度も何度も脳の中で反芻される。
どうやら自分はここまでらしいと、エピフィルムは悟っていた。どれだけ心の中で憎悪を増幅させても、勇者を殺した呪いのせいで呪術もまともに使えない。頼りの魔法も、メイドの風魔法に邪魔される。
先程の風魔法で形成が変わったのだ。体が全くと言っていい程動かない。完全に拘束されて魔法も妨害される。
基礎的な魔法だが、今のエピフィルムにはこの魔法を解く術がない。それに、メイドの魔法の上から、アイリスが更に拘束を強化している。
「ここまで、ね」
エピフィルムは項垂れる。彼女に出来ることは残されていなかった。
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