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第6章「軽量鉄骨の代替品」
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ヴァイスベルク伯爵家での仕事は、三週間で終わった。
雨漏りの原因は、屋根と壁の接合部の防水処理の不備だった。建吾は、グライフェンベルク城で使ったのと同じ方法——松脂と獣脂の混合塗料——で修繕を行い、さらに排水路の改善も提案した。
伯爵は、建吾の仕事ぶりに感嘆し、約束通りの報酬を支払った。その半分は、リーゼロッテの元へ送られた。
仕事の評判は、思った以上に早く広まった。
ヴァイスベルクから戻る途中、すでに二つの領地から依頼が来ていた。一つは城の壁の修繕、もう一つは新しい塔の建設相談。
建吾は、両方を引き受けた。
そして、ある日の夜。
グライフェンベルク城に戻った建吾は、リーゼロッテから重要な報告を受けた。
「ミスリル鉱山の調査が完了しました」
リーゼロッテは、一枚の報告書を建吾に渡した。
「ケンゴ様がおっしゃっていた、軽量で強い金属。確かに、あの廃坑にはまだ相当量のミスリル鉱脈が残っているようです」
建吾は、報告書に目を通した。
ミスリル——この世界に存在する魔法金属だ。鉄よりも軽く、鉄よりも硬い。錆びにくく、加工も比較的容易。
まさに、LGS材の代替として理想的な素材だった。
問題は、採掘だ。
「魔物が巣くっているんだったな」
「はい。十年前に、大型の魔獣が住み着いて以来、採掘は中断されています」
「討伐はできないのか」
「父は何度か試みましたが、失敗しました。洞窟内での戦いは難しく、被害ばかりが増えて……」
リーゼロッテの声が、わずかに沈んだ。父を失った記憶が、蘇っているのだろう。
「……すまない。余計なことを聞いた」
「いえ、大丈夫です」
リーゼロッテは、気を取り直すように顔を上げた。
「ケンゴ様、一つ提案があります」
「何だ」
「鉱山の入り口だけでも、整備できないでしょうか。深部には入れなくても、入り口付近に残っている鉱石だけでも採掘できれば……」
建吾は考え込んだ。
入り口付近の採掘。確かに、それなら魔物と直接対峙するリスクは低い。しかし、採掘量は限られる。
だが、何もしないよりはましだ。
「見に行こう」
「え?」
「鉱山を、直接見に行く。現場を見ないと、何ができるかわからない」
リーゼロッテは、一瞬驚いた顔をした。それから、力強く頷いた。
「わかりました。私も同行します」
◇ ◇ ◇
鉱山は、城から半日の距離にあった。
山の斜面に口を開けた洞窟。周囲には、十年前まで使われていた採掘施設の残骸が散乱している。
建吾は、洞窟の入り口に立ち、内部を観察した。
暗い。だが、少し奥に進むと、壁が微かに光っているのが見えた。
「あれがミスリル鉱石だ」
案内役の老鍛冶師——グスタフという名だ——が説明した。
「魔力を帯びた鉱石は、ああやって光る。あの光が強いほど、純度が高い」
「入り口近くにも、かなりの量があるな」
「ああ。昔は、もっと奥まで掘り進んでいたが……今は、あそこまでが限界だ」
グスタフが指差した先、洞窟が大きく曲がる場所に、粗末なバリケードが築かれていた。
「あの先に、魔獣がいる」
「何という魔獣だ」
「岩蜥蜴(ロックリザード)だ。岩を食って生きる奴でな。鱗が岩のように硬くて、剣が通らん」
建吾は、バリケードを見つめながら考えた。
洞窟の構造。魔獣の習性。採掘可能な範囲。
現場代理人の仕事は、問題を分析し、解決策を見つけることだ。この場合の問題は、魔獣を排除せずにミスリルを採掘する方法を見つけること。
「バリケードの手前まで、どのくらいの距離がある」
「五十歩くらいだろう」
「その範囲に、採掘できる鉱石はあるか」
「ある。壁面のあちこちに露出している」
「なら、方法はある」
建吾は、洞窟の入り口に戻った。
リーゼロッテと護衛の兵士たちが、待っていた。
「どうでしたか、ケンゴ様」
「採掘はできる。ただし、条件がある」
「条件……とは」
「音を立てずに採掘する方法を考える必要がある。普通に鶴嘴で掘れば、音が洞窟内に響く。魔獣を刺激する」
グスタフが、横から口を挟んだ。
「音を立てずに鉱石を掘るなんて、無理だ」
「普通のやり方では、な」
建吾は、洞窟の壁を見つめた。
岩盤。その中に走る、ミスリル鉱石の脈。
「熱で割る方法はないか」
「熱?」
「岩を熱して、水をかける。急激な温度変化で、岩は割れる。音は、鶴嘴で叩くよりずっと小さい」
グスタフの目が、わずかに見開かれた。
「そんな方法があるのか……」
「やったことがあるわけじゃない。だが、原理的には可能なはずだ」
建吾は、この世界での最初の大きな問題に直面していた。
元の世界の知識は、そのまま使えるわけではない。電動工具も、重機も、ここには存在しない。
だが、原理は同じだ。
熱膨張と収縮。応力の集中。材料の特性。
これらの知識を、この世界の道具と材料で再現する方法を考えればいい。
「火の魔法を使える者はいるか」
リーゼロッテが答えた。
「城に一人、火の魔法を扱える魔法使いがいます。ただ、あまり強くはないですが……」
「強くなくていい。狙った場所を、一定時間加熱できればいい」
「それなら、できると思います」
「よし。その魔法使いを連れてこい。それと、水と、耐熱の手袋が必要だ」
◇ ◇ ◇
翌日、実験が行われた。
火の魔法使い——中年の女性で、名をマルタという——は、最初は何をさせられるのかわからず困惑していた。
建吾は、洞窟の入り口近く、ミスリル鉱石が露出している壁面を指差した。
「ここを、三十センチ四方くらいの範囲で、できるだけ熱してくれ」
「熱する……ですか?」
「そうだ。赤く光るくらいまで」
マルタは首を傾げながらも、指示に従った。
彼女の手から、炎が噴き出す。それを、壁面に向けて放射する。
岩が、徐々に赤く変色していく。
「そのまま続けてくれ。もう少しだ」
一分ほど加熱を続けると、岩は鈍い赤色に輝いていた。
「よし、止めてくれ」
マルタが炎を止める。
建吾は、すかさず水の入った桶を持ち上げ、熱した岩に水をかけた。
ジュウウウウ……!
轟音と共に、蒸気が噴き出す。
そして——
パキッ。
岩に、亀裂が走った。
「おお……」
グスタフが、感嘆の声を漏らした。
建吾は、亀裂に沿って軽く叩いた。すると、岩の一部がゴロリと剥がれ落ちた。
その中に、キラキラと光るミスリル鉱石が含まれていた。
「これで、鶴嘴で叩くより遥かに静かに採掘できる」
「す、すごい……」
マルタは、自分の魔法がこんな使い方をされるとは思ってもいなかったようだ。
「私の火の魔法が、こんなことに役立つなんて……」
「魔法は、使い方次第だ。戦いだけが用途じゃない」
建吾は、剥がれた岩を拾い上げた。
中に含まれるミスリル鉱石は、拳一つ分ほどの大きさがあった。
「これだけあれば、下地材を何本か作れる」
グスタフが近づいてきて、鉱石を受け取った。
「この量なら……確かに、下地材を作れる。だが、量産するには、もっと大量の鉱石が必要だぞ」
「わかっている。だから、採掘を続ける」
建吾は、洞窟の奥を見つめた。
バリケードの向こう、暗闇の中に、魔獣が潜んでいる。
いつかは、あの奥まで採掘を広げなければならない。しかし、今は無理だ。
今できることは、入り口付近の鉱石を、できるだけ効率よく採掘すること。そして、採掘した鉱石で、新しい建築技術を確立すること。
それが、この世界での建吾の最初の大きな目標になった。
◇ ◇ ◇
採掘作業は、三週間続いた。
その間、建吾は採掘だけでなく、ミスリルの加工方法についても研究を進めた。
グスタフの工房で、鍛冶の技術を学ぶ。ミスリルは、鉄よりも融点が高く、加工には特殊な技術が必要だった。
しかし、建吾はあることに気づいた。
ミスリルは、魔力を通しやすい。
火の魔法で加熱すると、普通の炉よりもずっと効率よく熱が伝わる。つまり、魔法を使えば、ミスリルの加工は意外と容易なのだ。
「LGS材に相当するものを作りたい」
建吾は、グスタフに説明した。
「薄くて、長くて、強い金属の板だ。これを組み合わせて、壁や天井の骨組みを作る」
「骨組み……?」
「今まで、この世界では壁を作るのに石を積むか、木を組むかしかなかった。だが、金属の骨組みを使えば、もっと薄くて、もっと軽い壁が作れる」
グスタフは、首を傾げた。
「壁が薄くて軽いと、何かいいことがあるのか」
「ある。まず、材料費が減る。石を大量に積む必要がなくなるからな。次に、工期が短くなる。軽いから、運びやすいし、組み立ても早い」
「ふむ……」
「さらに、空間を自由に区切れるようになる。石壁は一度積んだら動かせないが、金属の骨組みなら、後から配置を変えることもできる」
グスタフの目に、理解の光が宿り始めた。
「なるほど……それは確かに、便利かもしれんな」
「だから、こういう形の部材を作りたい」
建吾は、紙に図を描いた。
コの字型の断面を持つ、長い金属材。これがスタッドだ。
同じくコの字型だが、やや幅広の金属材。これがランナーだ。
この二つを組み合わせれば、壁の骨組みが作れる。
「こんな形に加工できるか」
グスタフは、図面を見つめ、しばらく考え込んだ。
「……できる。が、手間がかかる。一本一本、手で叩いて形を作らねばならん」
「それでいい。最初は少量でいい。まず、技術を確立することが大事だ」
グスタフは頷いた。
「わかった。やってみよう」
◇ ◇ ◇
一ヶ月後。
グライフェンベルク城の工房に、この世界で初めての「LGS材」が並んでいた。
コの字型断面の、細長いミスリル合金材。元の世界のLGSと比べると、加工精度は低い。厚みにもムラがある。
だが、使えないわけではない。
建吾は、一本を手に取り、その重さを確かめた。
軽い。そして、硬い。指で弾くと、金属特有の澄んだ音が響く。
「いい出来だ」
「そうか? まだまだ改良の余地があると思うがな」
グスタフは、謙遜しながらも、満足げな表情を浮かべていた。
「これを使って、壁の骨組みを作る」
建吾は、城の一室——北東塔の修繕が完了した後、試験的な施工を行うことになっていた部屋——に向かった。
リーゼロッテと、職人たちが待っていた。
「これから、新しい工法を実演する」
建吾は、ミスリル製のランナーを手に取った。
「まず、床と天井にこれを固定する。これが、壁の上下の枠になる」
床に引いた墨の線に沿って、ランナーを置く。それを、特殊な金具で固定する。
「次に、スタッドを立てる」
コの字型のスタッドを、上下のランナーの間に差し込む。軽く叩くと、カチリと嵌まった。
「この作業を繰り返すことで、壁の骨組みができる」
建吾は、次々とスタッドを立てていった。一本、二本、三本……
わずか十分で、壁一面分の骨組みが完成した。
職人たちは、唖然とした顔でその光景を見ていた。
「これは……」
ヘルマンが、信じられないという表情で呟いた。
「石を積むより、ずっと早い」
「そうだ。そして、この骨組みの上に板を貼れば、壁が完成する」
建吾は、別に用意していた板——木の板に薄く漆喰を塗ったもの——を骨組みに当てた。
釘で固定する。
壁が、あっという間に出来上がった。
「こんなことが……可能なのか」
リーゼロッテは、完成した壁を見つめながら呟いた。
「これなら、城の修繕が、ずっと早く終わりますね」
「ああ。そして、新しい建物も、ずっと早く建てられる」
建吾は、自分が作った壁を見つめた。
元の世界の技術を、この世界の材料で再現した。完璧ではないが、第一歩としては十分だ。
これが、この世界を変える始まりになる。
建吾は、そう確信していた。
雨漏りの原因は、屋根と壁の接合部の防水処理の不備だった。建吾は、グライフェンベルク城で使ったのと同じ方法——松脂と獣脂の混合塗料——で修繕を行い、さらに排水路の改善も提案した。
伯爵は、建吾の仕事ぶりに感嘆し、約束通りの報酬を支払った。その半分は、リーゼロッテの元へ送られた。
仕事の評判は、思った以上に早く広まった。
ヴァイスベルクから戻る途中、すでに二つの領地から依頼が来ていた。一つは城の壁の修繕、もう一つは新しい塔の建設相談。
建吾は、両方を引き受けた。
そして、ある日の夜。
グライフェンベルク城に戻った建吾は、リーゼロッテから重要な報告を受けた。
「ミスリル鉱山の調査が完了しました」
リーゼロッテは、一枚の報告書を建吾に渡した。
「ケンゴ様がおっしゃっていた、軽量で強い金属。確かに、あの廃坑にはまだ相当量のミスリル鉱脈が残っているようです」
建吾は、報告書に目を通した。
ミスリル——この世界に存在する魔法金属だ。鉄よりも軽く、鉄よりも硬い。錆びにくく、加工も比較的容易。
まさに、LGS材の代替として理想的な素材だった。
問題は、採掘だ。
「魔物が巣くっているんだったな」
「はい。十年前に、大型の魔獣が住み着いて以来、採掘は中断されています」
「討伐はできないのか」
「父は何度か試みましたが、失敗しました。洞窟内での戦いは難しく、被害ばかりが増えて……」
リーゼロッテの声が、わずかに沈んだ。父を失った記憶が、蘇っているのだろう。
「……すまない。余計なことを聞いた」
「いえ、大丈夫です」
リーゼロッテは、気を取り直すように顔を上げた。
「ケンゴ様、一つ提案があります」
「何だ」
「鉱山の入り口だけでも、整備できないでしょうか。深部には入れなくても、入り口付近に残っている鉱石だけでも採掘できれば……」
建吾は考え込んだ。
入り口付近の採掘。確かに、それなら魔物と直接対峙するリスクは低い。しかし、採掘量は限られる。
だが、何もしないよりはましだ。
「見に行こう」
「え?」
「鉱山を、直接見に行く。現場を見ないと、何ができるかわからない」
リーゼロッテは、一瞬驚いた顔をした。それから、力強く頷いた。
「わかりました。私も同行します」
◇ ◇ ◇
鉱山は、城から半日の距離にあった。
山の斜面に口を開けた洞窟。周囲には、十年前まで使われていた採掘施設の残骸が散乱している。
建吾は、洞窟の入り口に立ち、内部を観察した。
暗い。だが、少し奥に進むと、壁が微かに光っているのが見えた。
「あれがミスリル鉱石だ」
案内役の老鍛冶師——グスタフという名だ——が説明した。
「魔力を帯びた鉱石は、ああやって光る。あの光が強いほど、純度が高い」
「入り口近くにも、かなりの量があるな」
「ああ。昔は、もっと奥まで掘り進んでいたが……今は、あそこまでが限界だ」
グスタフが指差した先、洞窟が大きく曲がる場所に、粗末なバリケードが築かれていた。
「あの先に、魔獣がいる」
「何という魔獣だ」
「岩蜥蜴(ロックリザード)だ。岩を食って生きる奴でな。鱗が岩のように硬くて、剣が通らん」
建吾は、バリケードを見つめながら考えた。
洞窟の構造。魔獣の習性。採掘可能な範囲。
現場代理人の仕事は、問題を分析し、解決策を見つけることだ。この場合の問題は、魔獣を排除せずにミスリルを採掘する方法を見つけること。
「バリケードの手前まで、どのくらいの距離がある」
「五十歩くらいだろう」
「その範囲に、採掘できる鉱石はあるか」
「ある。壁面のあちこちに露出している」
「なら、方法はある」
建吾は、洞窟の入り口に戻った。
リーゼロッテと護衛の兵士たちが、待っていた。
「どうでしたか、ケンゴ様」
「採掘はできる。ただし、条件がある」
「条件……とは」
「音を立てずに採掘する方法を考える必要がある。普通に鶴嘴で掘れば、音が洞窟内に響く。魔獣を刺激する」
グスタフが、横から口を挟んだ。
「音を立てずに鉱石を掘るなんて、無理だ」
「普通のやり方では、な」
建吾は、洞窟の壁を見つめた。
岩盤。その中に走る、ミスリル鉱石の脈。
「熱で割る方法はないか」
「熱?」
「岩を熱して、水をかける。急激な温度変化で、岩は割れる。音は、鶴嘴で叩くよりずっと小さい」
グスタフの目が、わずかに見開かれた。
「そんな方法があるのか……」
「やったことがあるわけじゃない。だが、原理的には可能なはずだ」
建吾は、この世界での最初の大きな問題に直面していた。
元の世界の知識は、そのまま使えるわけではない。電動工具も、重機も、ここには存在しない。
だが、原理は同じだ。
熱膨張と収縮。応力の集中。材料の特性。
これらの知識を、この世界の道具と材料で再現する方法を考えればいい。
「火の魔法を使える者はいるか」
リーゼロッテが答えた。
「城に一人、火の魔法を扱える魔法使いがいます。ただ、あまり強くはないですが……」
「強くなくていい。狙った場所を、一定時間加熱できればいい」
「それなら、できると思います」
「よし。その魔法使いを連れてこい。それと、水と、耐熱の手袋が必要だ」
◇ ◇ ◇
翌日、実験が行われた。
火の魔法使い——中年の女性で、名をマルタという——は、最初は何をさせられるのかわからず困惑していた。
建吾は、洞窟の入り口近く、ミスリル鉱石が露出している壁面を指差した。
「ここを、三十センチ四方くらいの範囲で、できるだけ熱してくれ」
「熱する……ですか?」
「そうだ。赤く光るくらいまで」
マルタは首を傾げながらも、指示に従った。
彼女の手から、炎が噴き出す。それを、壁面に向けて放射する。
岩が、徐々に赤く変色していく。
「そのまま続けてくれ。もう少しだ」
一分ほど加熱を続けると、岩は鈍い赤色に輝いていた。
「よし、止めてくれ」
マルタが炎を止める。
建吾は、すかさず水の入った桶を持ち上げ、熱した岩に水をかけた。
ジュウウウウ……!
轟音と共に、蒸気が噴き出す。
そして——
パキッ。
岩に、亀裂が走った。
「おお……」
グスタフが、感嘆の声を漏らした。
建吾は、亀裂に沿って軽く叩いた。すると、岩の一部がゴロリと剥がれ落ちた。
その中に、キラキラと光るミスリル鉱石が含まれていた。
「これで、鶴嘴で叩くより遥かに静かに採掘できる」
「す、すごい……」
マルタは、自分の魔法がこんな使い方をされるとは思ってもいなかったようだ。
「私の火の魔法が、こんなことに役立つなんて……」
「魔法は、使い方次第だ。戦いだけが用途じゃない」
建吾は、剥がれた岩を拾い上げた。
中に含まれるミスリル鉱石は、拳一つ分ほどの大きさがあった。
「これだけあれば、下地材を何本か作れる」
グスタフが近づいてきて、鉱石を受け取った。
「この量なら……確かに、下地材を作れる。だが、量産するには、もっと大量の鉱石が必要だぞ」
「わかっている。だから、採掘を続ける」
建吾は、洞窟の奥を見つめた。
バリケードの向こう、暗闇の中に、魔獣が潜んでいる。
いつかは、あの奥まで採掘を広げなければならない。しかし、今は無理だ。
今できることは、入り口付近の鉱石を、できるだけ効率よく採掘すること。そして、採掘した鉱石で、新しい建築技術を確立すること。
それが、この世界での建吾の最初の大きな目標になった。
◇ ◇ ◇
採掘作業は、三週間続いた。
その間、建吾は採掘だけでなく、ミスリルの加工方法についても研究を進めた。
グスタフの工房で、鍛冶の技術を学ぶ。ミスリルは、鉄よりも融点が高く、加工には特殊な技術が必要だった。
しかし、建吾はあることに気づいた。
ミスリルは、魔力を通しやすい。
火の魔法で加熱すると、普通の炉よりもずっと効率よく熱が伝わる。つまり、魔法を使えば、ミスリルの加工は意外と容易なのだ。
「LGS材に相当するものを作りたい」
建吾は、グスタフに説明した。
「薄くて、長くて、強い金属の板だ。これを組み合わせて、壁や天井の骨組みを作る」
「骨組み……?」
「今まで、この世界では壁を作るのに石を積むか、木を組むかしかなかった。だが、金属の骨組みを使えば、もっと薄くて、もっと軽い壁が作れる」
グスタフは、首を傾げた。
「壁が薄くて軽いと、何かいいことがあるのか」
「ある。まず、材料費が減る。石を大量に積む必要がなくなるからな。次に、工期が短くなる。軽いから、運びやすいし、組み立ても早い」
「ふむ……」
「さらに、空間を自由に区切れるようになる。石壁は一度積んだら動かせないが、金属の骨組みなら、後から配置を変えることもできる」
グスタフの目に、理解の光が宿り始めた。
「なるほど……それは確かに、便利かもしれんな」
「だから、こういう形の部材を作りたい」
建吾は、紙に図を描いた。
コの字型の断面を持つ、長い金属材。これがスタッドだ。
同じくコの字型だが、やや幅広の金属材。これがランナーだ。
この二つを組み合わせれば、壁の骨組みが作れる。
「こんな形に加工できるか」
グスタフは、図面を見つめ、しばらく考え込んだ。
「……できる。が、手間がかかる。一本一本、手で叩いて形を作らねばならん」
「それでいい。最初は少量でいい。まず、技術を確立することが大事だ」
グスタフは頷いた。
「わかった。やってみよう」
◇ ◇ ◇
一ヶ月後。
グライフェンベルク城の工房に、この世界で初めての「LGS材」が並んでいた。
コの字型断面の、細長いミスリル合金材。元の世界のLGSと比べると、加工精度は低い。厚みにもムラがある。
だが、使えないわけではない。
建吾は、一本を手に取り、その重さを確かめた。
軽い。そして、硬い。指で弾くと、金属特有の澄んだ音が響く。
「いい出来だ」
「そうか? まだまだ改良の余地があると思うがな」
グスタフは、謙遜しながらも、満足げな表情を浮かべていた。
「これを使って、壁の骨組みを作る」
建吾は、城の一室——北東塔の修繕が完了した後、試験的な施工を行うことになっていた部屋——に向かった。
リーゼロッテと、職人たちが待っていた。
「これから、新しい工法を実演する」
建吾は、ミスリル製のランナーを手に取った。
「まず、床と天井にこれを固定する。これが、壁の上下の枠になる」
床に引いた墨の線に沿って、ランナーを置く。それを、特殊な金具で固定する。
「次に、スタッドを立てる」
コの字型のスタッドを、上下のランナーの間に差し込む。軽く叩くと、カチリと嵌まった。
「この作業を繰り返すことで、壁の骨組みができる」
建吾は、次々とスタッドを立てていった。一本、二本、三本……
わずか十分で、壁一面分の骨組みが完成した。
職人たちは、唖然とした顔でその光景を見ていた。
「これは……」
ヘルマンが、信じられないという表情で呟いた。
「石を積むより、ずっと早い」
「そうだ。そして、この骨組みの上に板を貼れば、壁が完成する」
建吾は、別に用意していた板——木の板に薄く漆喰を塗ったもの——を骨組みに当てた。
釘で固定する。
壁が、あっという間に出来上がった。
「こんなことが……可能なのか」
リーゼロッテは、完成した壁を見つめながら呟いた。
「これなら、城の修繕が、ずっと早く終わりますね」
「ああ。そして、新しい建物も、ずっと早く建てられる」
建吾は、自分が作った壁を見つめた。
元の世界の技術を、この世界の材料で再現した。完璧ではないが、第一歩としては十分だ。
これが、この世界を変える始まりになる。
建吾は、そう確信していた。
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これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
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