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第7章「鉱山と鍛冶ギルド」
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ミスリル製LGS材の試作から二週間。
建吾の前に、新たな問題が立ちはだかっていた。
「採掘量が足りない」
工房で、建吾はグスタフと向かい合っていた。
机の上には、これまでに採掘したミスリル鉱石と、加工済みのLGS材が並んでいる。数は、両手で数えられる程度だ。
「入り口付近の鉱石は、ほぼ掘り尽くした」
グスタフが渋い顔で言った。
「これ以上採るには、奥に進むしかない。だが、あの岩蜥蜴がいる限り……」
建吾は、腕を組んで考え込んだ。
グライフェンベルク城の修繕は、順調に進んでいる。北東塔の構造補強は完了し、主塔の壁の亀裂も半分ほど修復が終わった。だが、ミスリル製LGS材を使った新工法を本格的に展開するには、まだまだ材料が足りない。
「討伐は、やはり難しいか」
「ああ。あの魔獣は岩を食って生きている。体の八割が岩と同じ硬さだ。普通の剣では傷一つ付かん」
「魔法は?」
「火も水も効かん。岩の魔獣だからな」
建吾は、鉱山の構造を思い出していた。
入り口から五十歩ほどでバリケード。その先に、岩蜥蜴が棲む領域。さらに奥に、豊富なミスリル鉱脈がある。
正面から戦って勝てないなら、別の方法を考える。
現場代理人の仕事は、問題に直面したとき、正面突破以外の解決策を見つけることだ。
「鉱山の構造について、もっと詳しく知りたい」
「どういうことだ?」
「入り口以外に、坑道に通じる穴はないのか。換気用の竪穴とか、別の入り口とか」
グスタフは、しばらく考え込んだ。
「……あるかもしれん。昔の図面が残っていれば」
「探してくれ」
◇ ◇ ◇
三日後。
グスタフが、古びた羊皮紙を持ってきた。
「あったぞ。百五十年前の、鉱山の図面だ」
建吾は図面を広げ、じっくりと眺めた。
主坑道は、山の斜面から水平に掘り進んでいる。その奥で、いくつかの支坑道に分岐。さらに、垂直方向に掘られた竪穴が数本。
そして——
「これは何だ」
建吾は、図面の一点を指差した。
主坑道とは別に、山の反対側から斜めに掘られた坑道がある。点線で描かれており、現在は使われていないことを示している。
「ああ、これか。昔の排水坑道だ。鉱山の底に溜まる水を、山の反対側に流すために掘られた」
「今は使われていないのか」
「五十年以上前に廃止された。途中で崩落して、通れなくなったと聞いている」
建吾は、図面を見つめながら計算した。
排水坑道の入り口は、山の反対側。主坑道からは見えない位置だ。岩蜥蜴が棲んでいるのは主坑道の奥だから、排水坑道側からアプローチすれば、魔獣と遭遇せずに済むかもしれない。
問題は、崩落箇所だ。
「その崩落箇所を、確認しに行きたい」
「本気か? 危険だぞ」
「危険は承知だ。だが、見てみないとわからない」
◇ ◇ ◇
翌日、建吾は数人の職人と共に、山の反対側へ向かった。
排水坑道の入り口は、崖の下にあった。草木に覆われ、長年放置されていたことがわかる。
入り口を塞いでいた木の板を取り除き、中に入る。
松明の光が、湿った坑道を照らし出した。
壁面は、岩盤を直接掘り抜いた構造だ。支保工(トンネルを支える木組み)は腐りかけており、所々で崩落している。
百メートルほど進んだところで、大規模な崩落に行き当たった。
天井と壁が崩れ、瓦礫が坑道を完全に塞いでいる。
「これは……」
同行していた職人の一人が、呟いた。
「どれくらいの長さだ?」
建吾は、瓦礫の山を見つめながら計算した。
崩落の規模。瓦礫の量。坑道の断面積。
「十メートルから十五メートルくらいだろう。……掘り抜けないことはない」
「掘り抜く?」
「そうだ。ここを掘り抜けば、主坑道の奥——ミスリル鉱脈のすぐ近く——に出られる」
職人たちは、顔を見合わせた。
「だが、そんな工事をしたら、莫大な費用がかかるぞ」
「費用は、ミスリルを採掘すれば回収できる」
「そうは言っても……」
職人たちは、乗り気ではなさそうだった。
建吾は、彼らの心理を理解していた。これは、彼らにとって未知の領域だ。坑道の修復は、彼らの専門外。しかも、危険を伴う。
「俺がやる」
建吾は言った。
「俺が設計し、俺が指揮を取る。お前たちは、俺の指示に従ってくれればいい」
職人たちは、まだ迷っているようだった。
その時、後ろから声が聞こえた。
「面白そうじゃないか」
振り返ると、一人の男が立っていた。
低い身長。がっしりとした体格。豊かな髭。そして、鍛冶師特有の、火傷の跡が残る腕。
ドワーフだ。
「誰だ」
「ゴルドだ。王都から来た。ミスリルの加工技術を学びに来たんだが……こっちの方が面白そうだな」
ゴルドは、崩落した瓦礫を見つめ、にやりと笑った。
「坑道を掘り抜く? いいじゃないか。久しぶりに、腕が鳴る仕事だ」
◇ ◇ ◇
ゴルドは、王都の鍛冶ギルドに所属するドワーフの石工だった。
ドワーフは、この世界では山岳地帯に住む種族で、採掘と鍛冶の技術に長けている。ゴルドは、その中でも特に腕の立つ職人として知られていた。
「噂を聞いてな」
グライフェンベルク城に戻る道すがら、ゴルドは建吾に話しかけてきた。
「辺境で、変わった技術を持つ人間がいると。ミスリルを薄く加工して、壁の骨組みに使っているとか」
「ああ。軽量鉄骨工法と呼んでいる」
「軽量……鉄骨? ケッタイな名前だな」
「元いた世界では、一般的な工法だった」
ゴルドは、鋭い目で建吾を見た。
「お前、ただ者じゃないな。どこから来た」
「遠い場所からだ」
「ふん。まあいい。技術は本物のようだしな」
ゴルドは、ぶっきらぼうに言った。
「俺も、その技術を学びたい。代わりに、坑道掘りを手伝ってやる」
「取引か」
「ああ。悪くない取引だろう?」
建吾は、ゴルドの申し出を受け入れた。
坑道の修復には、専門的な技術が必要だ。ドワーフの協力は、願ってもないことだった。
◇ ◇ ◇
坑道修復工事は、翌週から始まった。
まず、崩落箇所の調査。瓦礫の量と、崩落の原因を特定する。
原因は、支保工の腐食だった。長年の湿気で木材が腐り、天井を支えきれなくなって崩落した。
「支保工を、ミスリル合金で作り直す」
建吾は、工事計画を説明した。
「ミスリルは腐らない。一度設置すれば、百年以上持つ」
「だが、ミスリルは高価だぞ」
グスタフが、懸念を示した。
「支保工に使うほどの量を、どうやって調達する」
「入り口付近の採掘で得たミスリルを使う。足りなければ、途中で追加で採掘する」
「自転車操業みたいなもんだな」
ゴルドが、面白そうに言った。
「掘りながら、材料を作り、材料で坑道を補強しながら、また掘る。なかなか度胸のある計画だ」
「問題があるか?」
「いいや。俺は好きだぜ、こういうやり方」
工事は、一歩ずつ進んだ。
まず、崩落箇所の手前に、頑丈な支保工を設置する。これが、作業中の安全を確保する。
次に、瓦礫を少しずつ取り除きながら、前進する。取り除いた瓦礫は、後方に運び出す。
そして、空いたスペースに、ミスリル合金製の支保工を設置する。
一日に進める距離は、わずか一メートル。だが、確実に前進していった。
◇ ◇ ◇
工事が始まって二週間。
問題が発生した。
「鍛冶ギルドの連中が来ている」
リーゼロッテが、険しい顔で報告してきた。
「採掘権について、話があるそうです」
建吾は、嫌な予感がした。
鍛冶ギルド——この世界の金属加工業者の組合だ。ミスリルの採掘と加工は、本来、彼らの独占事業とされていた。
グライフェンベルク領の鉱山は、十年前から放棄されていたため、ギルドの管理下にはなかった。だが、採掘が再開されたとなれば、話は別だ。
「会おう」
建吾は、リーゼロッテと共に、ギルドの使者と面会した。
使者は、三人の男たちだった。いずれも、高級そうな服を身につけている。
先頭の男が、横柄な態度で口を開いた。
「私は、鍛冶ギルド王都支部の代表、ハインリヒだ。この地のミスリル採掘について、話がある」
「聞こう」
「単刀直入に言う。ミスリルの採掘権は、鍛冶ギルドに属する。貴殿らの採掘は、違法行為だ」
リーゼロッテの顔色が変わった。
「違法……ですか? しかし、この鉱山は我が領地内にあり、十年以上放棄されていました」
「放棄されていたのは事実だ。だが、採掘権自体は消滅していない。鉱山の採掘権は、王国法により、鍛冶ギルドに永久に帰属する」
建吾は、内心で舌打ちした。
予想していた展開だ。利権が絡めば、必ずこういう連中が現れる。
「何が望みだ」
「採掘の即時停止。そして、既に採掘されたミスリルの引き渡し」
無茶な要求だった。ここまでの作業に費やした時間と労力を、すべて無駄にしろというのだ。
「断る」
建吾は、はっきりと言った。
「我々は、正当な手続きを経て採掘を行っている。グライフェンベルク辺境伯家の許可も得ている」
「辺境伯家の許可など、ギルドの権利には及ばない」
「そうか。では、王に直接訴えればいい。我々は、王の裁定が出るまで、採掘を続ける」
ハインリヒの顔が、怒りで赤くなった。
「……後悔することになるぞ」
「脅しか」
「警告だ」
ハインリヒたちは、捨て台詞を残して去っていった。
◇ ◇ ◇
その夜。
建吾は、リーゼロッテと対策を協議した。
「ギルドは、本気で妨害してくるだろう」
「はい。彼らの政治力は侮れません。王に働きかけて、採掘停止命令を出させる可能性があります」
「その前に、既成事実を作る必要がある」
「既成事実?」
「坑道を掘り抜き、大量のミスリルを採掘する。そして、その技術的価値を証明する。そうすれば、ギルドも簡単には手を出せなくなる」
リーゼロッテは、考え込んだ。
「ケンゴ様。一つ、提案があります」
「何だ」
「ギルドとの対立を避ける方法が、あるかもしれません」
「……聞こう」
「ケンゴ様の技術を、ギルドと共有するのです」
建吾は、眉をひそめた。
「技術を渡せと?」
「いいえ。共有です。ギルドに技術を教える代わりに、採掘権を認めてもらう。お互いに利益のある取引にするのです」
建吾は、しばらく黙って考えた。
技術の独占にこだわるのは、ビジネスとしては正しいかもしれない。だが、この世界での建吾の目的は、金儲けではない。
建築技術を広め、人々の生活を良くする。それが、建吾がこの世界でやりたいことだ。
そのためには、ギルドを敵に回すより、味方にした方がいい。
「……わかった。交渉してみよう」
リーゼロッテの顔が、ほっとしたように緩んだ。
「ありがとうございます、ケンゴ様」
「ただし、条件がある」
「条件……ですか?」
「技術を教えるのは、実際に現場で働く職人だけだ。ギルドの幹部連中には、教えない」
「なぜですか?」
「技術は、手を動かす人間のものだ。机の上で金勘定をしている連中には、教えても意味がない」
リーゼロッテは、建吾の言葉をじっと聞いていた。
それから、小さく笑った。
「ケンゴ様は、本当に職人なのですね」
「ああ。俺は、ただの内装工だ」
◇ ◇ ◇
一週間後。
再び、鍛冶ギルドとの交渉が行われた。
今度は、建吾の方から条件を提示した。
ミスリル加工の新技術を、ギルド所属の職人に教える。その代わり、グライフェンベルク領でのミスリル採掘権を認める。さらに、採掘されたミスリルの三割を、ギルドに納める。
ハインリヒは、最初は渋い顔をしていた。
しかし、建吾がミスリル製LGS材の実物を見せ、その加工方法を説明すると、彼の表情が変わった。
「これは……」
「ミスリルを、従来の十分の一の厚さで加工する技術だ。重量あたりの価値が、飛躍的に上がる」
ハインリヒは、LGS材を手に取り、しげしげと眺めた。
「確かに……これは画期的だ」
「この技術を、ギルドの職人に教える。ただし、条件がある」
「条件?」
「俺が直接教える。俺の現場で、俺のやり方で。机の上で教えるつもりはない」
ハインリヒは、しばらく考え込んだ。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう。その条件を、受け入れる」
交渉は、成立した。
ギルドからは、十人の職人がグライフェンベルク領に派遣されることになった。彼らは、坑道の修復工事に参加しながら、ミスリル加工の技術を学ぶ。
建吾の技術が、少しずつ広がっていく。
それは、この世界を変える第一歩だった。
建吾の前に、新たな問題が立ちはだかっていた。
「採掘量が足りない」
工房で、建吾はグスタフと向かい合っていた。
机の上には、これまでに採掘したミスリル鉱石と、加工済みのLGS材が並んでいる。数は、両手で数えられる程度だ。
「入り口付近の鉱石は、ほぼ掘り尽くした」
グスタフが渋い顔で言った。
「これ以上採るには、奥に進むしかない。だが、あの岩蜥蜴がいる限り……」
建吾は、腕を組んで考え込んだ。
グライフェンベルク城の修繕は、順調に進んでいる。北東塔の構造補強は完了し、主塔の壁の亀裂も半分ほど修復が終わった。だが、ミスリル製LGS材を使った新工法を本格的に展開するには、まだまだ材料が足りない。
「討伐は、やはり難しいか」
「ああ。あの魔獣は岩を食って生きている。体の八割が岩と同じ硬さだ。普通の剣では傷一つ付かん」
「魔法は?」
「火も水も効かん。岩の魔獣だからな」
建吾は、鉱山の構造を思い出していた。
入り口から五十歩ほどでバリケード。その先に、岩蜥蜴が棲む領域。さらに奥に、豊富なミスリル鉱脈がある。
正面から戦って勝てないなら、別の方法を考える。
現場代理人の仕事は、問題に直面したとき、正面突破以外の解決策を見つけることだ。
「鉱山の構造について、もっと詳しく知りたい」
「どういうことだ?」
「入り口以外に、坑道に通じる穴はないのか。換気用の竪穴とか、別の入り口とか」
グスタフは、しばらく考え込んだ。
「……あるかもしれん。昔の図面が残っていれば」
「探してくれ」
◇ ◇ ◇
三日後。
グスタフが、古びた羊皮紙を持ってきた。
「あったぞ。百五十年前の、鉱山の図面だ」
建吾は図面を広げ、じっくりと眺めた。
主坑道は、山の斜面から水平に掘り進んでいる。その奥で、いくつかの支坑道に分岐。さらに、垂直方向に掘られた竪穴が数本。
そして——
「これは何だ」
建吾は、図面の一点を指差した。
主坑道とは別に、山の反対側から斜めに掘られた坑道がある。点線で描かれており、現在は使われていないことを示している。
「ああ、これか。昔の排水坑道だ。鉱山の底に溜まる水を、山の反対側に流すために掘られた」
「今は使われていないのか」
「五十年以上前に廃止された。途中で崩落して、通れなくなったと聞いている」
建吾は、図面を見つめながら計算した。
排水坑道の入り口は、山の反対側。主坑道からは見えない位置だ。岩蜥蜴が棲んでいるのは主坑道の奥だから、排水坑道側からアプローチすれば、魔獣と遭遇せずに済むかもしれない。
問題は、崩落箇所だ。
「その崩落箇所を、確認しに行きたい」
「本気か? 危険だぞ」
「危険は承知だ。だが、見てみないとわからない」
◇ ◇ ◇
翌日、建吾は数人の職人と共に、山の反対側へ向かった。
排水坑道の入り口は、崖の下にあった。草木に覆われ、長年放置されていたことがわかる。
入り口を塞いでいた木の板を取り除き、中に入る。
松明の光が、湿った坑道を照らし出した。
壁面は、岩盤を直接掘り抜いた構造だ。支保工(トンネルを支える木組み)は腐りかけており、所々で崩落している。
百メートルほど進んだところで、大規模な崩落に行き当たった。
天井と壁が崩れ、瓦礫が坑道を完全に塞いでいる。
「これは……」
同行していた職人の一人が、呟いた。
「どれくらいの長さだ?」
建吾は、瓦礫の山を見つめながら計算した。
崩落の規模。瓦礫の量。坑道の断面積。
「十メートルから十五メートルくらいだろう。……掘り抜けないことはない」
「掘り抜く?」
「そうだ。ここを掘り抜けば、主坑道の奥——ミスリル鉱脈のすぐ近く——に出られる」
職人たちは、顔を見合わせた。
「だが、そんな工事をしたら、莫大な費用がかかるぞ」
「費用は、ミスリルを採掘すれば回収できる」
「そうは言っても……」
職人たちは、乗り気ではなさそうだった。
建吾は、彼らの心理を理解していた。これは、彼らにとって未知の領域だ。坑道の修復は、彼らの専門外。しかも、危険を伴う。
「俺がやる」
建吾は言った。
「俺が設計し、俺が指揮を取る。お前たちは、俺の指示に従ってくれればいい」
職人たちは、まだ迷っているようだった。
その時、後ろから声が聞こえた。
「面白そうじゃないか」
振り返ると、一人の男が立っていた。
低い身長。がっしりとした体格。豊かな髭。そして、鍛冶師特有の、火傷の跡が残る腕。
ドワーフだ。
「誰だ」
「ゴルドだ。王都から来た。ミスリルの加工技術を学びに来たんだが……こっちの方が面白そうだな」
ゴルドは、崩落した瓦礫を見つめ、にやりと笑った。
「坑道を掘り抜く? いいじゃないか。久しぶりに、腕が鳴る仕事だ」
◇ ◇ ◇
ゴルドは、王都の鍛冶ギルドに所属するドワーフの石工だった。
ドワーフは、この世界では山岳地帯に住む種族で、採掘と鍛冶の技術に長けている。ゴルドは、その中でも特に腕の立つ職人として知られていた。
「噂を聞いてな」
グライフェンベルク城に戻る道すがら、ゴルドは建吾に話しかけてきた。
「辺境で、変わった技術を持つ人間がいると。ミスリルを薄く加工して、壁の骨組みに使っているとか」
「ああ。軽量鉄骨工法と呼んでいる」
「軽量……鉄骨? ケッタイな名前だな」
「元いた世界では、一般的な工法だった」
ゴルドは、鋭い目で建吾を見た。
「お前、ただ者じゃないな。どこから来た」
「遠い場所からだ」
「ふん。まあいい。技術は本物のようだしな」
ゴルドは、ぶっきらぼうに言った。
「俺も、その技術を学びたい。代わりに、坑道掘りを手伝ってやる」
「取引か」
「ああ。悪くない取引だろう?」
建吾は、ゴルドの申し出を受け入れた。
坑道の修復には、専門的な技術が必要だ。ドワーフの協力は、願ってもないことだった。
◇ ◇ ◇
坑道修復工事は、翌週から始まった。
まず、崩落箇所の調査。瓦礫の量と、崩落の原因を特定する。
原因は、支保工の腐食だった。長年の湿気で木材が腐り、天井を支えきれなくなって崩落した。
「支保工を、ミスリル合金で作り直す」
建吾は、工事計画を説明した。
「ミスリルは腐らない。一度設置すれば、百年以上持つ」
「だが、ミスリルは高価だぞ」
グスタフが、懸念を示した。
「支保工に使うほどの量を、どうやって調達する」
「入り口付近の採掘で得たミスリルを使う。足りなければ、途中で追加で採掘する」
「自転車操業みたいなもんだな」
ゴルドが、面白そうに言った。
「掘りながら、材料を作り、材料で坑道を補強しながら、また掘る。なかなか度胸のある計画だ」
「問題があるか?」
「いいや。俺は好きだぜ、こういうやり方」
工事は、一歩ずつ進んだ。
まず、崩落箇所の手前に、頑丈な支保工を設置する。これが、作業中の安全を確保する。
次に、瓦礫を少しずつ取り除きながら、前進する。取り除いた瓦礫は、後方に運び出す。
そして、空いたスペースに、ミスリル合金製の支保工を設置する。
一日に進める距離は、わずか一メートル。だが、確実に前進していった。
◇ ◇ ◇
工事が始まって二週間。
問題が発生した。
「鍛冶ギルドの連中が来ている」
リーゼロッテが、険しい顔で報告してきた。
「採掘権について、話があるそうです」
建吾は、嫌な予感がした。
鍛冶ギルド——この世界の金属加工業者の組合だ。ミスリルの採掘と加工は、本来、彼らの独占事業とされていた。
グライフェンベルク領の鉱山は、十年前から放棄されていたため、ギルドの管理下にはなかった。だが、採掘が再開されたとなれば、話は別だ。
「会おう」
建吾は、リーゼロッテと共に、ギルドの使者と面会した。
使者は、三人の男たちだった。いずれも、高級そうな服を身につけている。
先頭の男が、横柄な態度で口を開いた。
「私は、鍛冶ギルド王都支部の代表、ハインリヒだ。この地のミスリル採掘について、話がある」
「聞こう」
「単刀直入に言う。ミスリルの採掘権は、鍛冶ギルドに属する。貴殿らの採掘は、違法行為だ」
リーゼロッテの顔色が変わった。
「違法……ですか? しかし、この鉱山は我が領地内にあり、十年以上放棄されていました」
「放棄されていたのは事実だ。だが、採掘権自体は消滅していない。鉱山の採掘権は、王国法により、鍛冶ギルドに永久に帰属する」
建吾は、内心で舌打ちした。
予想していた展開だ。利権が絡めば、必ずこういう連中が現れる。
「何が望みだ」
「採掘の即時停止。そして、既に採掘されたミスリルの引き渡し」
無茶な要求だった。ここまでの作業に費やした時間と労力を、すべて無駄にしろというのだ。
「断る」
建吾は、はっきりと言った。
「我々は、正当な手続きを経て採掘を行っている。グライフェンベルク辺境伯家の許可も得ている」
「辺境伯家の許可など、ギルドの権利には及ばない」
「そうか。では、王に直接訴えればいい。我々は、王の裁定が出るまで、採掘を続ける」
ハインリヒの顔が、怒りで赤くなった。
「……後悔することになるぞ」
「脅しか」
「警告だ」
ハインリヒたちは、捨て台詞を残して去っていった。
◇ ◇ ◇
その夜。
建吾は、リーゼロッテと対策を協議した。
「ギルドは、本気で妨害してくるだろう」
「はい。彼らの政治力は侮れません。王に働きかけて、採掘停止命令を出させる可能性があります」
「その前に、既成事実を作る必要がある」
「既成事実?」
「坑道を掘り抜き、大量のミスリルを採掘する。そして、その技術的価値を証明する。そうすれば、ギルドも簡単には手を出せなくなる」
リーゼロッテは、考え込んだ。
「ケンゴ様。一つ、提案があります」
「何だ」
「ギルドとの対立を避ける方法が、あるかもしれません」
「……聞こう」
「ケンゴ様の技術を、ギルドと共有するのです」
建吾は、眉をひそめた。
「技術を渡せと?」
「いいえ。共有です。ギルドに技術を教える代わりに、採掘権を認めてもらう。お互いに利益のある取引にするのです」
建吾は、しばらく黙って考えた。
技術の独占にこだわるのは、ビジネスとしては正しいかもしれない。だが、この世界での建吾の目的は、金儲けではない。
建築技術を広め、人々の生活を良くする。それが、建吾がこの世界でやりたいことだ。
そのためには、ギルドを敵に回すより、味方にした方がいい。
「……わかった。交渉してみよう」
リーゼロッテの顔が、ほっとしたように緩んだ。
「ありがとうございます、ケンゴ様」
「ただし、条件がある」
「条件……ですか?」
「技術を教えるのは、実際に現場で働く職人だけだ。ギルドの幹部連中には、教えない」
「なぜですか?」
「技術は、手を動かす人間のものだ。机の上で金勘定をしている連中には、教えても意味がない」
リーゼロッテは、建吾の言葉をじっと聞いていた。
それから、小さく笑った。
「ケンゴ様は、本当に職人なのですね」
「ああ。俺は、ただの内装工だ」
◇ ◇ ◇
一週間後。
再び、鍛冶ギルドとの交渉が行われた。
今度は、建吾の方から条件を提示した。
ミスリル加工の新技術を、ギルド所属の職人に教える。その代わり、グライフェンベルク領でのミスリル採掘権を認める。さらに、採掘されたミスリルの三割を、ギルドに納める。
ハインリヒは、最初は渋い顔をしていた。
しかし、建吾がミスリル製LGS材の実物を見せ、その加工方法を説明すると、彼の表情が変わった。
「これは……」
「ミスリルを、従来の十分の一の厚さで加工する技術だ。重量あたりの価値が、飛躍的に上がる」
ハインリヒは、LGS材を手に取り、しげしげと眺めた。
「確かに……これは画期的だ」
「この技術を、ギルドの職人に教える。ただし、条件がある」
「条件?」
「俺が直接教える。俺の現場で、俺のやり方で。机の上で教えるつもりはない」
ハインリヒは、しばらく考え込んだ。
それから、ゆっくりと頷いた。
「……いいだろう。その条件を、受け入れる」
交渉は、成立した。
ギルドからは、十人の職人がグライフェンベルク領に派遣されることになった。彼らは、坑道の修復工事に参加しながら、ミスリル加工の技術を学ぶ。
建吾の技術が、少しずつ広がっていく。
それは、この世界を変える第一歩だった。
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これは、感情に流されない徹底した合理主義者が、己の知的好奇心のために世界の理を再構築していく、痛快な魔導ファンタジー。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
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