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第10章「旧勢力の抵抗」
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王都への旅は、五日間かかった。
リーゼロッテの護衛兵と、建吾の職人チーム——ゴルド、シルヴァ、マルコ、そして数人の職人——を合わせた一行は、馬車三台で移動した。
道中、建吾は王都の情報を集めた。
王都ケーニヒスブルクは、この王国の中心地。人口は約十万人。城壁に囲まれた巨大な都市で、中央に王宮がそびえ立っている。
そして、建築ギルドの本部がある場所でもあった。
「建築ギルドは、王都の建設工事をほぼ独占している」
リーゼロッテが説明した。
「彼らの許可なく、王都で工事を行うことはできません」
「今回の王宮工事は、どうなっている」
「国王陛下の直接発注です。ギルドを通さず、ケンゴ様に直接依頼が来ました」
「それは……ギルドは面白くないだろうな」
「はい。既に、抗議が来ています」
建吾は、ため息をついた。
予想通りの展開だ。新参者が、既存の利権構造に割り込む。反発が来ないわけがない。
「ギルドのトップは誰だ」
「ヴェルナー宰相です」
「宰相? 政治家がギルドの長なのか」
「はい。建築ギルドは、この国で最も影響力のある組織の一つです。その長を、宰相が兼任しています」
建吾は、眉をひそめた。
政治と利権の癒着。それは、元の世界でも珍しくない構図だ。しかし、相手が宰相となると、厄介だ。
「気をつけた方がいい」
ゴルドが、低い声で言った。
「王都のドワーフから聞いた話だが、ヴェルナーは狡猾な男らしい。正面から戦っても、勝ち目はない」
「どうすればいい」
「……わからん。だが、少なくとも、仕事はきっちりやれ。結果を出せば、誰も文句は言えない」
「それは、そのつもりだ」
◇ ◇ ◇
王都に到着したのは、夕方だった。
城門をくぐると、石畳の広い通りが続いていた。両側には、三階建て、四階建ての建物が立ち並んでいる。人の往来も多く、活気に満ちている。
建吾は、建物を観察しながら歩いた。
石造りが主流だ。壁は厚く、窓は小さい。中世ヨーロッパの都市に近い雰囲気がある。
しかし、建物の状態は良くなかった。
壁には亀裂が目立つ。雨樋は錆びて、水漏れを起こしている箇所がいくつもある。建物と建物の間の路地は、ゴミと汚水で溢れている。
「……整備が行き届いていないな」
建吾は呟いた。
「王都なのに」
「ギルドが、工事を独占しているからです」
リーゼロッテが、小声で答えた。
「競争がないから、質が落ちている。しかも、工事費用は高騰するばかりで、一般の人々には手が届かない」
「ギルドの連中は、それでいいと思っているのか」
「自分たちが儲かれば、それでいいのでしょう」
建吾は、無言で頷いた。
利権を守ることに汲々として、本来の仕事を疎かにする。それは、どの世界でも同じらしい。
一行は、王宮に隣接する宿舎に案内された。
工事関係者用の建物だという。質素だが、清潔で、必要なものは揃っていた。
翌日から、王宮の調査が始まった。
◇ ◇ ◇
王宮は、予想以上に巨大だった。
中央に本殿があり、その周囲に東西南北の翼棟が広がっている。さらに、離れの別棟がいくつか。全体で、グライフェンベルク城の十倍以上の規模があった。
建吾は、許可された範囲——国王の執務室と謁見の間——を調査した。
表面上は、豪華絢爛だった。金箔を貼った天井、大理石の床、繊細な彫刻が施された壁面。
しかし、建吾の目は、その裏側を見抜いていた。
天井の金箔の下には、染みがある。雨漏りの跡だ。
大理石の床の一部は、明らかにずれている。地盤沈下の兆候。
そして、壁——
「これは、まずいな」
建吾は、壁を叩きながら呟いた。
空洞の音がする。壁の裏側に、何らかの問題がある。
「ケンゴ様、どうかされましたか」
案内役の宮廷官が、不審そうに尋ねた。
「この壁、中が空洞になっている。内部の支持材が腐食しているか、あるいは最初から不十分だった可能性がある」
「空洞……ですか?」
「ああ。このまま放置すると、壁が崩落する危険がある」
宮廷官の顔色が変わった。
「そ、そんな……この壁は、十年前に大改修を行ったばかりです」
「十年でこの状態は、施工不良だな。誰が工事を担当した」
「建築ギルドです」
建吾は、深いため息をついた。
予想通りだ。ギルドの独占体制が、杜撰な工事を生み出している。
「報告書を作成する。すぐに対策が必要だ」
◇ ◇ ◇
建吾の報告書は、詳細かつ厳密なものだった。
王宮の構造的問題点を洗い出し、危険度をランク分けし、必要な対策を列挙した。
その中には、「過去の工事における施工不良」という項目が含まれていた。
報告書は、国王に提出された。
そして——
「虚言を弄する詐欺師だと?」
建吾は、怒りを抑えながら言った。
目の前には、宰相ヴェルナーが立っていた。
五十代後半の、痩せた男。灰色の髪を後ろに撫でつけ、冷たい目で建吾を見下ろしている。
「王宮の建築は、我がギルドが責任を持って管理している。それを、どこの馬の骨とも知れぬ者が、欠陥があるなどと……」
「事実を述べただけだ」
「事実? 証拠はあるのか」
「ある。報告書に、すべて記載した。現場を確認すれば、誰でもわかる」
ヴェルナーの目が、細くなった。
「現場を確認するには、工事を行う必要がある。しかし、王宮の工事は、ギルドの許可なく行うことはできない」
「国王陛下の直接発注だ」
「それでも、ギルドの監督なしには、工事はできない」
建吾は、ヴェルナーの狙いを理解した。
要するに、工事を妨害して、建吾の報告を立証させないつもりだ。証拠を示せなければ、建吾は嘘つきとして追放される。
「……卑怯なやり方だな」
「何を言う。正当な手続きだ」
ヴェルナーは、冷たく笑った。
「この国のルールに従えないなら、とっとと田舎に帰ることだ」
◇ ◇ ◇
その夜。
建吾は、宿舎の部屋で仲間たちと対策を協議した。
「まずいな」
ゴルドが、腕を組んで言った。
「ギルドが工事を妨害するなら、何もできない」
「国王に直訴するのは?」
マルコが提案した。
「宰相の横やりだと訴えれば……」
「証拠がない」
シルヴァが、冷静に指摘した。
「今の状況では、ケンゴの言葉と、宰相の言葉が対立しているだけ。国王は、どちらかを信じなければならない。そして、宰相の方が、政治的な力を持っている」
「じゃあ、どうすればいい」
マルコは、焦った様子で言った。
建吾は、沈黙していた。
考えている。
現場代理人として、何度も直面してきた問題だ。工事を妨害する者。利権を守ろうとする者。そういった連中との戦い方は、知っている。
「……証拠を作るしかない」
建吾は、ゆっくりと言った。
「工事を行わなくても、証拠を示す方法があるはずだ」
「どうやって」
「壁を壊さなくても、内部の状態を知る方法がある。音だ」
建吾は、壁を叩く動作をした。
「壁を叩いて、その音を聞けばわかる。空洞があるか、構造材が劣化しているか。熟練した職人なら、音だけで判断できる」
「だが、それを国王に信じさせるのは……」
「だから、公開でやる」
建吾は、決意を込めて言った。
「貴族や役人を集めて、公開の場で壁を叩く。その場で、何がわかるかを説明する。そして、最後に、一箇所だけ壁を開けて、実際に中を見せる」
「一箇所だけ?」
「そうだ。全面的な工事ではなく、検証のための最小限の開口。それなら、ギルドの許可がなくても、国王の命令だけで実行できるはずだ」
仲間たちは、顔を見合わせた。
リスクのある作戦だ。もし、建吾の判断が間違っていたら、すべてが終わる。
「俺の目は、間違わない」
建吾は、静かに言った。
「十五年、現場を見てきた。壁の音で、何が起きているかを判断することくらいは、できる」
ゴルドが、にやりと笑った。
「よし。やってみようじゃないか」
「私も、賛成です」
シルヴァが頷いた。
「ケンゴの技術は、信頼できる」
「俺も……やります」
マルコが、緊張した顔で言った。
建吾は、仲間たちを見回した。
ドワーフ、エルフ、人間。異なる種族が、一つのチームとして動いている。
それは、この世界では珍しいことかもしれない。
だが、建吾にとっては、当たり前のことだった。現場は、チームで動く。一人では、何もできない。
「よし。準備を始めよう」
◇ ◇ ◇
三日後。
王宮の大広間で、公開検証が行われた。
国王、宰相、貴族、役人——百人以上の人々が見守る中、建吾は謁見の間の壁の前に立った。
「これから、この壁の状態を検証します」
建吾は、落ち着いた声で宣言した。
「壁を叩き、その音で内部の状態を判断します」
ヴェルナーが、嘲笑するように鼻を鳴らした。
「音で判断? 子供騙しもいいところだ」
「では、実際にやってみましょう」
建吾は、壁に近づいた。
コンコン。
壁を、一定のリズムで叩いていく。
位置を変えながら、何度も叩く。
その音を、じっと聞く。
ここは、正常。
ここも、正常。
そして——
ここ。
「この部分」
建吾は、壁の一点を指差した。
「この部分の内部は、空洞になっています。支持材が欠損しているか、腐食している可能性が高い」
ざわめきが広がった。
ヴェルナーの顔が、わずかに強張った。
「証明できるのか」
「できます」
建吾は、国王に向き直った。
「陛下、この部分の壁を、一箇所だけ開けることを許可していただけますか。最小限の開口で、内部を確認します」
国王は、しばらく考え込んだ。
それから、頷いた。
「許可する。やってみよ」
建吾は、ゴルドに目配せした。
ゴルドが、工具を持って近づく。
慎重に、壁の一部を削り取っていく。
表面の漆喰が剥がれる。
その下の石が見える。
さらに削る。
そして——
「これは……」
国王が、驚きの声を上げた。
壁の内部は、空洞だった。
本来あるべき支持材は、ほとんど残っていなかった。一部は腐食し、一部は最初から入っていなかったようだ。
「これが、十年前の工事の実態です」
建吾は、静かに言った。
「表面だけを綺麗にして、内部は手抜き工事。これでは、いずれ壁が崩落します」
大広間が、静まり返った。
ヴェルナーの顔は、青ざめていた。
「この……これは……」
「宰相殿」
国王の声が、冷たく響いた。
「説明を聞こうか」
◇ ◇ ◇
その夜。
建吾は、宿舎に戻る途中で襲撃を受けた。
暗い路地から、黒装束の男たちが現れた。五人。全員が、剣を持っている。
「ケンゴとかいう男だな」
リーダーらしき男が、低い声で言った。
「宰相殿の顔に泥を塗った報いを受けてもらう」
建吾は、後退しながら周囲を見た。
逃げ道はない。前後を塞がれている。
武器は持っていない。戦う手段がない。
だが——
建吾の頭の中で、空間の情報が組み上がっていった。
路地の幅は約三メートル。両側は石壁。高さは約五メートル。頭上には、向かい合う建物の間に渡された物干しロープがある。
そして、左手の壁に、亀裂が走っている。
建吾は、その亀裂を見つめた。
古い亀裂だ。雨水が染み込み、内部の石が脆くなっている。
もし、あの部分に強い衝撃を与えれば——
「おとなしくしろ」
男たちが、じりじりと近づいてくる。
建吾は、一か八かの賭けに出た。
路地の端に積まれていた木箱を、全力で蹴った。
木箱が、亀裂のある壁にぶつかる。
ガラガラガラ……!
壁の一部が崩れた。
石が、男たちの上に降り注ぐ。
「うわあああっ!」
悲鳴が上がる。
建吾は、その隙に駆け出した。
後ろから、怒号が追いかけてくる。
「待て! 逃がすな!」
しかし、建吾は止まらなかった。
狭い路地を駆け抜け、人通りのある大通りに出る。
追手は、そこで足を止めた。人目がある場所では、手を出せないのだろう。
建吾は、息を切らせながら、宿舎に向かった。
心臓が、激しく脈打っていた。
今夜のことは、はっきりと示していた。
宰相は、建吾を排除するために、手段を選ばないつもりだ。
これは、単なる仕事の話ではなくなった。
命がかかった戦いが、始まっていた。
リーゼロッテの護衛兵と、建吾の職人チーム——ゴルド、シルヴァ、マルコ、そして数人の職人——を合わせた一行は、馬車三台で移動した。
道中、建吾は王都の情報を集めた。
王都ケーニヒスブルクは、この王国の中心地。人口は約十万人。城壁に囲まれた巨大な都市で、中央に王宮がそびえ立っている。
そして、建築ギルドの本部がある場所でもあった。
「建築ギルドは、王都の建設工事をほぼ独占している」
リーゼロッテが説明した。
「彼らの許可なく、王都で工事を行うことはできません」
「今回の王宮工事は、どうなっている」
「国王陛下の直接発注です。ギルドを通さず、ケンゴ様に直接依頼が来ました」
「それは……ギルドは面白くないだろうな」
「はい。既に、抗議が来ています」
建吾は、ため息をついた。
予想通りの展開だ。新参者が、既存の利権構造に割り込む。反発が来ないわけがない。
「ギルドのトップは誰だ」
「ヴェルナー宰相です」
「宰相? 政治家がギルドの長なのか」
「はい。建築ギルドは、この国で最も影響力のある組織の一つです。その長を、宰相が兼任しています」
建吾は、眉をひそめた。
政治と利権の癒着。それは、元の世界でも珍しくない構図だ。しかし、相手が宰相となると、厄介だ。
「気をつけた方がいい」
ゴルドが、低い声で言った。
「王都のドワーフから聞いた話だが、ヴェルナーは狡猾な男らしい。正面から戦っても、勝ち目はない」
「どうすればいい」
「……わからん。だが、少なくとも、仕事はきっちりやれ。結果を出せば、誰も文句は言えない」
「それは、そのつもりだ」
◇ ◇ ◇
王都に到着したのは、夕方だった。
城門をくぐると、石畳の広い通りが続いていた。両側には、三階建て、四階建ての建物が立ち並んでいる。人の往来も多く、活気に満ちている。
建吾は、建物を観察しながら歩いた。
石造りが主流だ。壁は厚く、窓は小さい。中世ヨーロッパの都市に近い雰囲気がある。
しかし、建物の状態は良くなかった。
壁には亀裂が目立つ。雨樋は錆びて、水漏れを起こしている箇所がいくつもある。建物と建物の間の路地は、ゴミと汚水で溢れている。
「……整備が行き届いていないな」
建吾は呟いた。
「王都なのに」
「ギルドが、工事を独占しているからです」
リーゼロッテが、小声で答えた。
「競争がないから、質が落ちている。しかも、工事費用は高騰するばかりで、一般の人々には手が届かない」
「ギルドの連中は、それでいいと思っているのか」
「自分たちが儲かれば、それでいいのでしょう」
建吾は、無言で頷いた。
利権を守ることに汲々として、本来の仕事を疎かにする。それは、どの世界でも同じらしい。
一行は、王宮に隣接する宿舎に案内された。
工事関係者用の建物だという。質素だが、清潔で、必要なものは揃っていた。
翌日から、王宮の調査が始まった。
◇ ◇ ◇
王宮は、予想以上に巨大だった。
中央に本殿があり、その周囲に東西南北の翼棟が広がっている。さらに、離れの別棟がいくつか。全体で、グライフェンベルク城の十倍以上の規模があった。
建吾は、許可された範囲——国王の執務室と謁見の間——を調査した。
表面上は、豪華絢爛だった。金箔を貼った天井、大理石の床、繊細な彫刻が施された壁面。
しかし、建吾の目は、その裏側を見抜いていた。
天井の金箔の下には、染みがある。雨漏りの跡だ。
大理石の床の一部は、明らかにずれている。地盤沈下の兆候。
そして、壁——
「これは、まずいな」
建吾は、壁を叩きながら呟いた。
空洞の音がする。壁の裏側に、何らかの問題がある。
「ケンゴ様、どうかされましたか」
案内役の宮廷官が、不審そうに尋ねた。
「この壁、中が空洞になっている。内部の支持材が腐食しているか、あるいは最初から不十分だった可能性がある」
「空洞……ですか?」
「ああ。このまま放置すると、壁が崩落する危険がある」
宮廷官の顔色が変わった。
「そ、そんな……この壁は、十年前に大改修を行ったばかりです」
「十年でこの状態は、施工不良だな。誰が工事を担当した」
「建築ギルドです」
建吾は、深いため息をついた。
予想通りだ。ギルドの独占体制が、杜撰な工事を生み出している。
「報告書を作成する。すぐに対策が必要だ」
◇ ◇ ◇
建吾の報告書は、詳細かつ厳密なものだった。
王宮の構造的問題点を洗い出し、危険度をランク分けし、必要な対策を列挙した。
その中には、「過去の工事における施工不良」という項目が含まれていた。
報告書は、国王に提出された。
そして——
「虚言を弄する詐欺師だと?」
建吾は、怒りを抑えながら言った。
目の前には、宰相ヴェルナーが立っていた。
五十代後半の、痩せた男。灰色の髪を後ろに撫でつけ、冷たい目で建吾を見下ろしている。
「王宮の建築は、我がギルドが責任を持って管理している。それを、どこの馬の骨とも知れぬ者が、欠陥があるなどと……」
「事実を述べただけだ」
「事実? 証拠はあるのか」
「ある。報告書に、すべて記載した。現場を確認すれば、誰でもわかる」
ヴェルナーの目が、細くなった。
「現場を確認するには、工事を行う必要がある。しかし、王宮の工事は、ギルドの許可なく行うことはできない」
「国王陛下の直接発注だ」
「それでも、ギルドの監督なしには、工事はできない」
建吾は、ヴェルナーの狙いを理解した。
要するに、工事を妨害して、建吾の報告を立証させないつもりだ。証拠を示せなければ、建吾は嘘つきとして追放される。
「……卑怯なやり方だな」
「何を言う。正当な手続きだ」
ヴェルナーは、冷たく笑った。
「この国のルールに従えないなら、とっとと田舎に帰ることだ」
◇ ◇ ◇
その夜。
建吾は、宿舎の部屋で仲間たちと対策を協議した。
「まずいな」
ゴルドが、腕を組んで言った。
「ギルドが工事を妨害するなら、何もできない」
「国王に直訴するのは?」
マルコが提案した。
「宰相の横やりだと訴えれば……」
「証拠がない」
シルヴァが、冷静に指摘した。
「今の状況では、ケンゴの言葉と、宰相の言葉が対立しているだけ。国王は、どちらかを信じなければならない。そして、宰相の方が、政治的な力を持っている」
「じゃあ、どうすればいい」
マルコは、焦った様子で言った。
建吾は、沈黙していた。
考えている。
現場代理人として、何度も直面してきた問題だ。工事を妨害する者。利権を守ろうとする者。そういった連中との戦い方は、知っている。
「……証拠を作るしかない」
建吾は、ゆっくりと言った。
「工事を行わなくても、証拠を示す方法があるはずだ」
「どうやって」
「壁を壊さなくても、内部の状態を知る方法がある。音だ」
建吾は、壁を叩く動作をした。
「壁を叩いて、その音を聞けばわかる。空洞があるか、構造材が劣化しているか。熟練した職人なら、音だけで判断できる」
「だが、それを国王に信じさせるのは……」
「だから、公開でやる」
建吾は、決意を込めて言った。
「貴族や役人を集めて、公開の場で壁を叩く。その場で、何がわかるかを説明する。そして、最後に、一箇所だけ壁を開けて、実際に中を見せる」
「一箇所だけ?」
「そうだ。全面的な工事ではなく、検証のための最小限の開口。それなら、ギルドの許可がなくても、国王の命令だけで実行できるはずだ」
仲間たちは、顔を見合わせた。
リスクのある作戦だ。もし、建吾の判断が間違っていたら、すべてが終わる。
「俺の目は、間違わない」
建吾は、静かに言った。
「十五年、現場を見てきた。壁の音で、何が起きているかを判断することくらいは、できる」
ゴルドが、にやりと笑った。
「よし。やってみようじゃないか」
「私も、賛成です」
シルヴァが頷いた。
「ケンゴの技術は、信頼できる」
「俺も……やります」
マルコが、緊張した顔で言った。
建吾は、仲間たちを見回した。
ドワーフ、エルフ、人間。異なる種族が、一つのチームとして動いている。
それは、この世界では珍しいことかもしれない。
だが、建吾にとっては、当たり前のことだった。現場は、チームで動く。一人では、何もできない。
「よし。準備を始めよう」
◇ ◇ ◇
三日後。
王宮の大広間で、公開検証が行われた。
国王、宰相、貴族、役人——百人以上の人々が見守る中、建吾は謁見の間の壁の前に立った。
「これから、この壁の状態を検証します」
建吾は、落ち着いた声で宣言した。
「壁を叩き、その音で内部の状態を判断します」
ヴェルナーが、嘲笑するように鼻を鳴らした。
「音で判断? 子供騙しもいいところだ」
「では、実際にやってみましょう」
建吾は、壁に近づいた。
コンコン。
壁を、一定のリズムで叩いていく。
位置を変えながら、何度も叩く。
その音を、じっと聞く。
ここは、正常。
ここも、正常。
そして——
ここ。
「この部分」
建吾は、壁の一点を指差した。
「この部分の内部は、空洞になっています。支持材が欠損しているか、腐食している可能性が高い」
ざわめきが広がった。
ヴェルナーの顔が、わずかに強張った。
「証明できるのか」
「できます」
建吾は、国王に向き直った。
「陛下、この部分の壁を、一箇所だけ開けることを許可していただけますか。最小限の開口で、内部を確認します」
国王は、しばらく考え込んだ。
それから、頷いた。
「許可する。やってみよ」
建吾は、ゴルドに目配せした。
ゴルドが、工具を持って近づく。
慎重に、壁の一部を削り取っていく。
表面の漆喰が剥がれる。
その下の石が見える。
さらに削る。
そして——
「これは……」
国王が、驚きの声を上げた。
壁の内部は、空洞だった。
本来あるべき支持材は、ほとんど残っていなかった。一部は腐食し、一部は最初から入っていなかったようだ。
「これが、十年前の工事の実態です」
建吾は、静かに言った。
「表面だけを綺麗にして、内部は手抜き工事。これでは、いずれ壁が崩落します」
大広間が、静まり返った。
ヴェルナーの顔は、青ざめていた。
「この……これは……」
「宰相殿」
国王の声が、冷たく響いた。
「説明を聞こうか」
◇ ◇ ◇
その夜。
建吾は、宿舎に戻る途中で襲撃を受けた。
暗い路地から、黒装束の男たちが現れた。五人。全員が、剣を持っている。
「ケンゴとかいう男だな」
リーダーらしき男が、低い声で言った。
「宰相殿の顔に泥を塗った報いを受けてもらう」
建吾は、後退しながら周囲を見た。
逃げ道はない。前後を塞がれている。
武器は持っていない。戦う手段がない。
だが——
建吾の頭の中で、空間の情報が組み上がっていった。
路地の幅は約三メートル。両側は石壁。高さは約五メートル。頭上には、向かい合う建物の間に渡された物干しロープがある。
そして、左手の壁に、亀裂が走っている。
建吾は、その亀裂を見つめた。
古い亀裂だ。雨水が染み込み、内部の石が脆くなっている。
もし、あの部分に強い衝撃を与えれば——
「おとなしくしろ」
男たちが、じりじりと近づいてくる。
建吾は、一か八かの賭けに出た。
路地の端に積まれていた木箱を、全力で蹴った。
木箱が、亀裂のある壁にぶつかる。
ガラガラガラ……!
壁の一部が崩れた。
石が、男たちの上に降り注ぐ。
「うわあああっ!」
悲鳴が上がる。
建吾は、その隙に駆け出した。
後ろから、怒号が追いかけてくる。
「待て! 逃がすな!」
しかし、建吾は止まらなかった。
狭い路地を駆け抜け、人通りのある大通りに出る。
追手は、そこで足を止めた。人目がある場所では、手を出せないのだろう。
建吾は、息を切らせながら、宿舎に向かった。
心臓が、激しく脈打っていた。
今夜のことは、はっきりと示していた。
宰相は、建吾を排除するために、手段を選ばないつもりだ。
これは、単なる仕事の話ではなくなった。
命がかかった戦いが、始まっていた。
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神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
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