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第11章「職人たちとの絆」
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襲撃事件から三日後。
建吾たちは、王宮の宿舎を離れ、王都の下町にある宿屋に移っていた。
宰相の息がかかった場所にいては、いつまた襲われるかわからない。リーゼロッテの伝手で、信頼できる宿を紹介してもらったのだ。
「怪我の具合はどうだ」
ゴルドが、建吾の包帯を見ながら尋ねた。
襲撃の際、逃げる途中で転んで膝を擦りむいていた。大した傷ではないが、ゴルドは心配そうな顔をしている。
「大丈夫だ。もう痛みもない」
「そうか。……あの夜のこと、すまなかった」
「何がだ」
「俺がついていれば、あんなことにはならなかった」
ゴルドは、悔しそうに拳を握りしめた。
「宿に戻るまでの道くらい、一人で大丈夫だと思っていた。俺の油断だ」
「お前のせいじゃない」
建吾は、首を振った。
「襲ってきたのは宰相の連中だ。お前がいたところで、相手は手を変えてきただろう」
「それでも……」
「くよくよするな。生きてるんだから、それでいい」
建吾は、窓の外を見た。
王都の下町は、雑然としていた。石畳の道は汚れ、建物は古びている。だが、人々の活気はあった。商人が声を張り上げ、子供たちが走り回り、職人が仕事をしている。
ここには、王宮のような華やかさはない。
だが、生活がある。
「ケンゴ様」
シルヴァが、部屋に入ってきた。
「外に、誰か来ています。あなたに会いたいと」
「誰だ」
「若い人間です。名前は……マルコ、と言っていました」
◇ ◇ ◇
マルコは、十六歳の少年だった。
痩せた体に、ぼろぼろの服。日に焼けた肌と、まっすぐな目。
「俺を、弟子にしてください」
開口一番、彼はそう言った。
建吾は、少し困惑した。
「弟子?」
「はい。あなたの技術を、学びたいんです」
「なぜ俺を」
「王宮での検証を、見ていました」
マルコの目が、熱を帯びた。
「壁を叩いて、中の状態がわかる。あんなこと、今まで見たことがありません。俺は……俺は、ああいう技術を身につけたいんです」
「お前は、何をしている人間だ」
「左官の見習いです。でも、ギルドに入れてもらえなくて……今は、日雇いの仕事をしています」
「ギルドに入れない?」
「親がいないので。ギルドに入るには、保証人が必要なんです」
建吾は、マルコをじっと見た。
孤児。ギルドに入れない。日雇い労働者。この世界でも、そういった人間がいるのだ。
「技術を学ぶのは、簡単じゃないぞ」
「わかっています」
「俺の指示には、絶対に従ってもらう。危険な作業もある。怪我をするかもしれない」
「覚悟はできています」
「給料は、当分出せない」
「構いません。飯を食わせてもらえれば、それでいいです」
建吾は、ため息をついた。
元の世界でも、似たような若者を何人も見てきた。技術を学びたいという純粋な情熱を持った者。彼らの中から、優れた職人が育っていった。
「……いいだろう。ただし、試用期間だ。一ヶ月、様子を見る。その間に適性がないと判断したら、辞めてもらう」
マルコの顔が、ぱっと輝いた。
「ありがとうございます! 絶対に、期待に応えます!」
「その言葉、忘れるなよ」
◇ ◇ ◇
マルコが加わったことで、建吾のチームは五人になった。
建吾。ゴルド。シルヴァ。マルコ。そして、火の魔法使いマルタ。
王宮の工事は中断されたままだったが、建吾は時間を無駄にしなかった。
宿屋の一室を借り切り、即席の工房を作った。そこで、職人たちに技術の指導を行う。
「墨出しの基本は、基準線を正確に引くことだ」
建吾は、床に道具を並べながら説明した。
「基準線がずれれば、その上に作るものは全部ずれる。だから、最初の一本を引くときは、細心の注意を払う」
マルコは、真剣な顔でメモを取っていた。
彼には、メモを取る習慣があった。建吾が教えることを、全て書き留めている。文字は下手だが、内容は的確だ。
「次に、水平を確認する方法だ」
建吾は、水準器を取り出した。
「この道具は、水の性質を利用している。水は、常に水平になろうとする。だから、この管の中の気泡が中央にあれば、その面は水平だ」
「なるほど……」
マルコは、水準器をじっと見つめた。
「でも、この道具がなかったら、どうすればいいんですか」
「いい質問だ」
建吾は、頷いた。
「道具がなくても、水平を確認する方法はある。水を張った容器を使えばいい。水面は常に水平だから、それを基準にできる」
「水を……」
「道具に頼りすぎるな。原理を理解していれば、道具がなくても何とかなる。それが、職人の強みだ」
ゴルドが、感心したように頷いた。
「いい教え方だな。俺の師匠は、ただ『見て覚えろ』としか言わなかった」
「それも一つの方法だ。だが、原理を言葉で説明した方が、理解は早い」
「確かに……」
シルヴァも、興味深そうに聞いていた。
「あなたの世界では、こうやって技術を伝えるのですか」
「ああ。マニュアルを作り、研修を行い、実地で訓練する。個人の勘や経験だけに頼らない」
「効率的ですね」
「効率だけじゃない。技術を『見える化』することで、誰でも同じ品質の仕事ができるようになる。それが、標準化だ」
シルヴァは、しばらく考え込んでいた。
「三百年、木工をしてきましたが、そのような考え方はありませんでした。技術は、個人のものだと思っていた」
「個人の技術も大事だ。だが、それだけでは、次の世代に伝わらない」
「……そうかもしれません」
シルヴァの目に、何か新しい光が宿ったように見えた。
◇ ◇ ◇
指導の合間に、建吾は宰相への対抗策を考えていた。
公開検証で、王宮の施工不良は明らかになった。だが、宰相はまだ権力を握っている。国王に直接訴えることも難しい。
「証拠が必要だ」
建吾は、仲間たちに言った。
「王宮の施工不良だけじゃ、宰相を追い詰めるには弱い。もっと決定的な証拠がいる」
「どんな証拠だ」
ゴルドが尋ねた。
「宰相が、意図的に工事を妨害していた証拠。あるいは、ギルドの金を不正に使っていた証拠。そういうものがあれば、国王も動かざるを得ない」
「それを、どうやって手に入れる」
「……わからない」
建吾は、正直に答えた。
「だが、考える時間はある。王宮の工事が中断している間、俺たちは自由に動ける」
その時、宿屋の扉を叩く音がした。
リーゼロッテだった。
「ケンゴ様。緊急のお話があります」
◇ ◇ ◇
リーゼロッテが持ってきた情報は、衝撃的だった。
「宰相が、魔王軍と密通している?」
建吾は、思わず声を上げた。
「はい。私の家臣が、独自に調査を進めていました。その結果、宰相が魔王軍の使者と秘密裏に会っていたことが判明したのです」
「どういうことだ。なぜ、人間の宰相が魔王軍と……」
「わかりません。ただ、一つ言えることがあります」
リーゼロッテの表情が、険しくなった。
「宰相が、王城の改修工事を妨害していたのは、単に利権を守るためではなかった。王城の防御力を、意図的に低下させようとしていたのです」
建吾は、その言葉の意味を理解した。
王城の施工不良。壁の内部が空洞になっている。支持材が欠損している。
それは、事故ではなく、意図的なものだった。
魔王軍が攻めてきたとき、王城が簡単に落ちるように——
「宰相は、裏切り者なのか」
「そう考えるしかありません」
リーゼロッテは、深刻な顔で言った。
「問題は、この情報をどう活かすかです。証拠なしに告発すれば、私たちが返り討ちにあいます」
「証拠……」
建吾は、考え込んだ。
宰相が魔王軍と密通している。その証拠を、どうやって手に入れるか。
「王城の内部を、もう一度調査できないか」
「それは……難しいでしょう。今、王城は宰相の息がかかった兵士で固められています」
「表から入れないなら、裏から入る」
建吾の目が、鋭くなった。
「あの城には、配管用のスペースがある。『隠蔽部』だ。人目につかない場所を通れば、内部に潜入できるかもしれない」
「危険です」
「承知の上だ」
建吾は、立ち上がった。
「だが、このまま何もしなければ、状況は悪くなる一方だ。宰相が魔王軍と繋がっているなら、いずれこの国は攻撃される。その前に、何とかしないといけない」
ゴルドが、ゆっくりと口を開いた。
「俺も行く」
「ゴルド……」
「一人で行かせるわけにはいかない。俺の体は小さいから、狭いところも通れる」
シルヴァも、頷いた。
「私も行きます。暗視の魔法が使えます。暗い場所でも、道を見失いません」
「シルヴァ……」
「それに、三百年の経験が、何かの役に立つかもしれません」
マルコが、緊張した顔で言った。
「俺も……俺も、何かできますか」
「お前は、ここに残れ」
建吾は、首を振った。
「まだ訓練が足りない。危険な任務には、連れていけない」
「でも……」
「残って、マルタと一緒に待機してくれ。俺たちが戻らなかったら、リーゼロッテ様に知らせるんだ」
マルコは、悔しそうな顔をした。だが、最終的には頷いた。
「わかりました。……必ず、戻ってきてください」
「ああ。約束する」
◇ ◇ ◇
深夜。
建吾、ゴルド、シルヴァの三人は、王城の裏手にいた。
城壁の下に、小さな排水口がある。そこから、城内の配管スペースに侵入できるはずだ。
「狭いな」
ゴルドが、排水口を覗き込んで言った。
「俺でも、ギリギリだ」
「行けるか」
「行ける。お前は?」
「何とかなる」
建吾は、排水口に身を滑り込ませた。
暗い。狭い。そして、臭い。
下水の臭気が、鼻を突く。だが、我慢するしかない。
シルヴァが、小さく呪文を唱えた。
彼女の目が、淡く光る。暗視の魔法だ。
「道を案内します。ついてきてください」
三人は、暗い配管スペースを進んでいった。
建吾は、頭の中で王城の構造を思い描いていた。
公開検証の際に、城内を歩き回った。その時の記憶を頼りに、現在地を推測する。
ここは、城の北東部。厨房の下あたりだ。
宰相の執務室は、南西部の塔にある。そこまで、配管スペースを辿っていければいい。
問題は、途中で見つかることだ。
配管スペースは、普段は人が入らない。だが、もし誰かに発見されれば、言い逃れはできない。
慎重に、慎重に進む。
一時間ほど経った頃、シルヴァが足を止めた。
「上に、人の気配がします」
「何人だ」
「二人。……話し声が聞こえます」
建吾は、耳を澄ませた。
かすかに、声が聞こえる。
配管スペースの天井には、所々に通気口がある。そこから、上の部屋の音が漏れてくるのだ。
「聞き取れるか」
「……試してみます」
シルヴァが、通気口に耳を近づけた。
彼女の耳は、人間より遥かに敏感だ。
しばらく聞いていた彼女の顔が、険しくなった。
「宰相です。誰かと話しています」
「内容は」
「……『三日後に、門を開ける』と言っています」
建吾の背筋が、凍りついた。
三日後に、門を開ける。
それは——
「魔王軍を、王都に引き入れるつもりか」
シルヴァは、さらに聞き耳を立てた。
「『城内の防御は、既に骨抜きにしてある』と……『国王を殺し、新しい体制を作る』……」
クーデターだ。
宰相は、魔王軍と手を組んで、王国を乗っ取ろうとしている。
「証拠を押さえないと」
建吾は、周囲を見回した。
「この会話を、誰かに聞かせる方法はないか」
「難しいですね。この場にいるのは、私たちだけです」
「くそ……」
建吾は、歯を噛みしめた。
会話を聞いても、それだけでは証拠にならない。宰相は、「そんなことは言っていない」と否定すればいい。
だが——
「待ってくれ」
建吾は、天井を見上げた。
通気口の向こうに、宰相の執務室がある。
そこには、何かの記録——文書や、手紙——があるはずだ。魔王軍との密約を示すものが。
「上に、上がれないか」
「上?」
「宰相の執務室だ。今、宰相は誰かと話している。その間に、部屋を調べられないか」
ゴルドが、渋い顔をした。
「無茶だ。見つかったら、即座に殺される」
「だが、このまま引き下がっても、何も変わらない」
「それは……」
「三日後には、クーデターが起きる。それまでに、証拠を押さえないといけないんだ」
ゴルドとシルヴァは、顔を見合わせた。
そして、二人とも頷いた。
「わかった。やってみよう」
「ありがとう」
建吾は、通気口を見上げた。
小さい。人が通れるサイズではない。
だが——
「ゴルド。お前なら、通れるか」
「……やってみる」
ゴルドは、通気口の格子を外した。
狭いが、ドワーフの小柄な体なら、何とか通れそうだ。
彼は、音を立てないように、慎重に体を持ち上げた。
そして、通気口の中に消えていった。
◇ ◇ ◇
待つこと、十分。
通気口から、ゴルドの手が現れた。
その手には、数枚の紙が握られていた。
「見つけた」
ゴルドが、低い声で言った。
「魔王軍との書簡だ。宰相の署名入りだ」
「よくやった」
建吾は、紙を受け取った。
暗くて読めないが、これが証拠になる。
「撤退しよう。見つかる前に」
三人は、来た道を引き返した。
心臓が、激しく脈打っていた。
だが、表情には出さない。
今は、無事に脱出することだけを考える。
排水口から外に出たとき、夜明けが近づいていた。
東の空が、わずかに白み始めている。
「やったな」
ゴルドが、疲れた顔で言った。
「これで、宰相を追い詰められる」
「ああ。だが、まだ終わりじゃない」
建吾は、手の中の紙を見つめた。
「この証拠を、国王に届けないといけない。そして、クーデターを阻止しないといけない」
「三日しかないぞ」
「わかっている」
建吾は、空を見上げた。
朝日が、王都の街並みを照らし始めていた。
三日。
それだけの時間で、国を救う。
普通なら、不可能だ。
だが、建吾には仲間がいる。
ゴルド。シルヴァ。マルコ。マルタ。そして、リーゼロッテ。
彼らと一緒なら、何とかなるかもしれない。
「戻ろう。皆に、報告しないと」
建吾は、宿屋に向かって歩き始めた。
戦いは、これからだ。
建吾たちは、王宮の宿舎を離れ、王都の下町にある宿屋に移っていた。
宰相の息がかかった場所にいては、いつまた襲われるかわからない。リーゼロッテの伝手で、信頼できる宿を紹介してもらったのだ。
「怪我の具合はどうだ」
ゴルドが、建吾の包帯を見ながら尋ねた。
襲撃の際、逃げる途中で転んで膝を擦りむいていた。大した傷ではないが、ゴルドは心配そうな顔をしている。
「大丈夫だ。もう痛みもない」
「そうか。……あの夜のこと、すまなかった」
「何がだ」
「俺がついていれば、あんなことにはならなかった」
ゴルドは、悔しそうに拳を握りしめた。
「宿に戻るまでの道くらい、一人で大丈夫だと思っていた。俺の油断だ」
「お前のせいじゃない」
建吾は、首を振った。
「襲ってきたのは宰相の連中だ。お前がいたところで、相手は手を変えてきただろう」
「それでも……」
「くよくよするな。生きてるんだから、それでいい」
建吾は、窓の外を見た。
王都の下町は、雑然としていた。石畳の道は汚れ、建物は古びている。だが、人々の活気はあった。商人が声を張り上げ、子供たちが走り回り、職人が仕事をしている。
ここには、王宮のような華やかさはない。
だが、生活がある。
「ケンゴ様」
シルヴァが、部屋に入ってきた。
「外に、誰か来ています。あなたに会いたいと」
「誰だ」
「若い人間です。名前は……マルコ、と言っていました」
◇ ◇ ◇
マルコは、十六歳の少年だった。
痩せた体に、ぼろぼろの服。日に焼けた肌と、まっすぐな目。
「俺を、弟子にしてください」
開口一番、彼はそう言った。
建吾は、少し困惑した。
「弟子?」
「はい。あなたの技術を、学びたいんです」
「なぜ俺を」
「王宮での検証を、見ていました」
マルコの目が、熱を帯びた。
「壁を叩いて、中の状態がわかる。あんなこと、今まで見たことがありません。俺は……俺は、ああいう技術を身につけたいんです」
「お前は、何をしている人間だ」
「左官の見習いです。でも、ギルドに入れてもらえなくて……今は、日雇いの仕事をしています」
「ギルドに入れない?」
「親がいないので。ギルドに入るには、保証人が必要なんです」
建吾は、マルコをじっと見た。
孤児。ギルドに入れない。日雇い労働者。この世界でも、そういった人間がいるのだ。
「技術を学ぶのは、簡単じゃないぞ」
「わかっています」
「俺の指示には、絶対に従ってもらう。危険な作業もある。怪我をするかもしれない」
「覚悟はできています」
「給料は、当分出せない」
「構いません。飯を食わせてもらえれば、それでいいです」
建吾は、ため息をついた。
元の世界でも、似たような若者を何人も見てきた。技術を学びたいという純粋な情熱を持った者。彼らの中から、優れた職人が育っていった。
「……いいだろう。ただし、試用期間だ。一ヶ月、様子を見る。その間に適性がないと判断したら、辞めてもらう」
マルコの顔が、ぱっと輝いた。
「ありがとうございます! 絶対に、期待に応えます!」
「その言葉、忘れるなよ」
◇ ◇ ◇
マルコが加わったことで、建吾のチームは五人になった。
建吾。ゴルド。シルヴァ。マルコ。そして、火の魔法使いマルタ。
王宮の工事は中断されたままだったが、建吾は時間を無駄にしなかった。
宿屋の一室を借り切り、即席の工房を作った。そこで、職人たちに技術の指導を行う。
「墨出しの基本は、基準線を正確に引くことだ」
建吾は、床に道具を並べながら説明した。
「基準線がずれれば、その上に作るものは全部ずれる。だから、最初の一本を引くときは、細心の注意を払う」
マルコは、真剣な顔でメモを取っていた。
彼には、メモを取る習慣があった。建吾が教えることを、全て書き留めている。文字は下手だが、内容は的確だ。
「次に、水平を確認する方法だ」
建吾は、水準器を取り出した。
「この道具は、水の性質を利用している。水は、常に水平になろうとする。だから、この管の中の気泡が中央にあれば、その面は水平だ」
「なるほど……」
マルコは、水準器をじっと見つめた。
「でも、この道具がなかったら、どうすればいいんですか」
「いい質問だ」
建吾は、頷いた。
「道具がなくても、水平を確認する方法はある。水を張った容器を使えばいい。水面は常に水平だから、それを基準にできる」
「水を……」
「道具に頼りすぎるな。原理を理解していれば、道具がなくても何とかなる。それが、職人の強みだ」
ゴルドが、感心したように頷いた。
「いい教え方だな。俺の師匠は、ただ『見て覚えろ』としか言わなかった」
「それも一つの方法だ。だが、原理を言葉で説明した方が、理解は早い」
「確かに……」
シルヴァも、興味深そうに聞いていた。
「あなたの世界では、こうやって技術を伝えるのですか」
「ああ。マニュアルを作り、研修を行い、実地で訓練する。個人の勘や経験だけに頼らない」
「効率的ですね」
「効率だけじゃない。技術を『見える化』することで、誰でも同じ品質の仕事ができるようになる。それが、標準化だ」
シルヴァは、しばらく考え込んでいた。
「三百年、木工をしてきましたが、そのような考え方はありませんでした。技術は、個人のものだと思っていた」
「個人の技術も大事だ。だが、それだけでは、次の世代に伝わらない」
「……そうかもしれません」
シルヴァの目に、何か新しい光が宿ったように見えた。
◇ ◇ ◇
指導の合間に、建吾は宰相への対抗策を考えていた。
公開検証で、王宮の施工不良は明らかになった。だが、宰相はまだ権力を握っている。国王に直接訴えることも難しい。
「証拠が必要だ」
建吾は、仲間たちに言った。
「王宮の施工不良だけじゃ、宰相を追い詰めるには弱い。もっと決定的な証拠がいる」
「どんな証拠だ」
ゴルドが尋ねた。
「宰相が、意図的に工事を妨害していた証拠。あるいは、ギルドの金を不正に使っていた証拠。そういうものがあれば、国王も動かざるを得ない」
「それを、どうやって手に入れる」
「……わからない」
建吾は、正直に答えた。
「だが、考える時間はある。王宮の工事が中断している間、俺たちは自由に動ける」
その時、宿屋の扉を叩く音がした。
リーゼロッテだった。
「ケンゴ様。緊急のお話があります」
◇ ◇ ◇
リーゼロッテが持ってきた情報は、衝撃的だった。
「宰相が、魔王軍と密通している?」
建吾は、思わず声を上げた。
「はい。私の家臣が、独自に調査を進めていました。その結果、宰相が魔王軍の使者と秘密裏に会っていたことが判明したのです」
「どういうことだ。なぜ、人間の宰相が魔王軍と……」
「わかりません。ただ、一つ言えることがあります」
リーゼロッテの表情が、険しくなった。
「宰相が、王城の改修工事を妨害していたのは、単に利権を守るためではなかった。王城の防御力を、意図的に低下させようとしていたのです」
建吾は、その言葉の意味を理解した。
王城の施工不良。壁の内部が空洞になっている。支持材が欠損している。
それは、事故ではなく、意図的なものだった。
魔王軍が攻めてきたとき、王城が簡単に落ちるように——
「宰相は、裏切り者なのか」
「そう考えるしかありません」
リーゼロッテは、深刻な顔で言った。
「問題は、この情報をどう活かすかです。証拠なしに告発すれば、私たちが返り討ちにあいます」
「証拠……」
建吾は、考え込んだ。
宰相が魔王軍と密通している。その証拠を、どうやって手に入れるか。
「王城の内部を、もう一度調査できないか」
「それは……難しいでしょう。今、王城は宰相の息がかかった兵士で固められています」
「表から入れないなら、裏から入る」
建吾の目が、鋭くなった。
「あの城には、配管用のスペースがある。『隠蔽部』だ。人目につかない場所を通れば、内部に潜入できるかもしれない」
「危険です」
「承知の上だ」
建吾は、立ち上がった。
「だが、このまま何もしなければ、状況は悪くなる一方だ。宰相が魔王軍と繋がっているなら、いずれこの国は攻撃される。その前に、何とかしないといけない」
ゴルドが、ゆっくりと口を開いた。
「俺も行く」
「ゴルド……」
「一人で行かせるわけにはいかない。俺の体は小さいから、狭いところも通れる」
シルヴァも、頷いた。
「私も行きます。暗視の魔法が使えます。暗い場所でも、道を見失いません」
「シルヴァ……」
「それに、三百年の経験が、何かの役に立つかもしれません」
マルコが、緊張した顔で言った。
「俺も……俺も、何かできますか」
「お前は、ここに残れ」
建吾は、首を振った。
「まだ訓練が足りない。危険な任務には、連れていけない」
「でも……」
「残って、マルタと一緒に待機してくれ。俺たちが戻らなかったら、リーゼロッテ様に知らせるんだ」
マルコは、悔しそうな顔をした。だが、最終的には頷いた。
「わかりました。……必ず、戻ってきてください」
「ああ。約束する」
◇ ◇ ◇
深夜。
建吾、ゴルド、シルヴァの三人は、王城の裏手にいた。
城壁の下に、小さな排水口がある。そこから、城内の配管スペースに侵入できるはずだ。
「狭いな」
ゴルドが、排水口を覗き込んで言った。
「俺でも、ギリギリだ」
「行けるか」
「行ける。お前は?」
「何とかなる」
建吾は、排水口に身を滑り込ませた。
暗い。狭い。そして、臭い。
下水の臭気が、鼻を突く。だが、我慢するしかない。
シルヴァが、小さく呪文を唱えた。
彼女の目が、淡く光る。暗視の魔法だ。
「道を案内します。ついてきてください」
三人は、暗い配管スペースを進んでいった。
建吾は、頭の中で王城の構造を思い描いていた。
公開検証の際に、城内を歩き回った。その時の記憶を頼りに、現在地を推測する。
ここは、城の北東部。厨房の下あたりだ。
宰相の執務室は、南西部の塔にある。そこまで、配管スペースを辿っていければいい。
問題は、途中で見つかることだ。
配管スペースは、普段は人が入らない。だが、もし誰かに発見されれば、言い逃れはできない。
慎重に、慎重に進む。
一時間ほど経った頃、シルヴァが足を止めた。
「上に、人の気配がします」
「何人だ」
「二人。……話し声が聞こえます」
建吾は、耳を澄ませた。
かすかに、声が聞こえる。
配管スペースの天井には、所々に通気口がある。そこから、上の部屋の音が漏れてくるのだ。
「聞き取れるか」
「……試してみます」
シルヴァが、通気口に耳を近づけた。
彼女の耳は、人間より遥かに敏感だ。
しばらく聞いていた彼女の顔が、険しくなった。
「宰相です。誰かと話しています」
「内容は」
「……『三日後に、門を開ける』と言っています」
建吾の背筋が、凍りついた。
三日後に、門を開ける。
それは——
「魔王軍を、王都に引き入れるつもりか」
シルヴァは、さらに聞き耳を立てた。
「『城内の防御は、既に骨抜きにしてある』と……『国王を殺し、新しい体制を作る』……」
クーデターだ。
宰相は、魔王軍と手を組んで、王国を乗っ取ろうとしている。
「証拠を押さえないと」
建吾は、周囲を見回した。
「この会話を、誰かに聞かせる方法はないか」
「難しいですね。この場にいるのは、私たちだけです」
「くそ……」
建吾は、歯を噛みしめた。
会話を聞いても、それだけでは証拠にならない。宰相は、「そんなことは言っていない」と否定すればいい。
だが——
「待ってくれ」
建吾は、天井を見上げた。
通気口の向こうに、宰相の執務室がある。
そこには、何かの記録——文書や、手紙——があるはずだ。魔王軍との密約を示すものが。
「上に、上がれないか」
「上?」
「宰相の執務室だ。今、宰相は誰かと話している。その間に、部屋を調べられないか」
ゴルドが、渋い顔をした。
「無茶だ。見つかったら、即座に殺される」
「だが、このまま引き下がっても、何も変わらない」
「それは……」
「三日後には、クーデターが起きる。それまでに、証拠を押さえないといけないんだ」
ゴルドとシルヴァは、顔を見合わせた。
そして、二人とも頷いた。
「わかった。やってみよう」
「ありがとう」
建吾は、通気口を見上げた。
小さい。人が通れるサイズではない。
だが——
「ゴルド。お前なら、通れるか」
「……やってみる」
ゴルドは、通気口の格子を外した。
狭いが、ドワーフの小柄な体なら、何とか通れそうだ。
彼は、音を立てないように、慎重に体を持ち上げた。
そして、通気口の中に消えていった。
◇ ◇ ◇
待つこと、十分。
通気口から、ゴルドの手が現れた。
その手には、数枚の紙が握られていた。
「見つけた」
ゴルドが、低い声で言った。
「魔王軍との書簡だ。宰相の署名入りだ」
「よくやった」
建吾は、紙を受け取った。
暗くて読めないが、これが証拠になる。
「撤退しよう。見つかる前に」
三人は、来た道を引き返した。
心臓が、激しく脈打っていた。
だが、表情には出さない。
今は、無事に脱出することだけを考える。
排水口から外に出たとき、夜明けが近づいていた。
東の空が、わずかに白み始めている。
「やったな」
ゴルドが、疲れた顔で言った。
「これで、宰相を追い詰められる」
「ああ。だが、まだ終わりじゃない」
建吾は、手の中の紙を見つめた。
「この証拠を、国王に届けないといけない。そして、クーデターを阻止しないといけない」
「三日しかないぞ」
「わかっている」
建吾は、空を見上げた。
朝日が、王都の街並みを照らし始めていた。
三日。
それだけの時間で、国を救う。
普通なら、不可能だ。
だが、建吾には仲間がいる。
ゴルド。シルヴァ。マルコ。マルタ。そして、リーゼロッテ。
彼らと一緒なら、何とかなるかもしれない。
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建吾は、宿屋に向かって歩き始めた。
戦いは、これからだ。
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彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
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ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
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三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
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落ちこぼれの【無属性】魔術師、実は属性そのものを定義する「概念魔法」の創始者だった
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「魔法とは才能(血筋)ではなく、記述されるべき論理(ロジック)である」
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これは、感情に流されない徹底した合理主義者が、己の知的好奇心のために世界の理を再構築していく、痛快な魔導ファンタジー。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
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神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
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転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
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