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アメリアとジルベール
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「……エレノア、少しよいか?」
宮廷学院の寄宿舎内にある、特別豪奢な部屋に二人の男女がいる。その二人とは隣国の王子と王女。ジルベールとエレノアだった。
兄の真剣な表情にエレノアは何事かと身構える。
「どうされたのです? お兄様。突然いらして」
「……俺は、アメリアに婚約を破棄されるかもしれない」
「えっ! そんな、まさか!! 何があったのです?」
エレノアは周りを気にすることもなく大声を上げて驚く。ジルベールの言葉はそれほどまでに意外な内容だった。二人の関係は順調だと思っていた。エレノアが二人の婚姻の儀に着るドレスを作らせ始めるぐらいに……。
「……最近、アメリアの様子がおかしいのだ。何か感情の読めない瞳をして、会話も上の空だ」
「体調を崩されているのかしら?」
「……それは大丈夫みたいだ。……俺は嫌われてしまったのだろうか?」
「そんなことは無いと思いますけど……」
ジルベールの困った様子に釣られてエレノアは腕を組む。
「アメリア嬢は過去に二回、婚約破棄をされています。そのことが関係しているのかもしれません……」
「……しかし、俺から婚約破棄をするなんて有り得ないことだ」
「勿論、そうでしょう。でも、アメリア嬢にとっては違うのかもしれません」
「……一体、どうすれば?」
「少し、作戦を考えましょう」
この時、小柄で華奢なエレノアが随分と大きく見えたことを、ジルベールは覚えている。
#
その日は空の雲が厚く、中庭に差し込む陽の光もなかった。肌寒さを感じながらも、アメリアはいつものようにベンチに座って本を読んでいた。いや、ただ眺めていた。
本を読むフリをして、ジルベールが現れるのを待っていたのだ。今日こそ、ジルベールは私に婚約破棄を宣告するに違いない。妄執とも言える思いがアメリアを支配する。
──早く。早く。早く。
しかし、いつまで待ってもジルベールは現れない。おかしい。何かあった? 心配になったアメリアは学院の中を探し回るが、彼の姿はない。
その日は結局、ジルベールに会うことが出来なかった。
翌日もまた、ジルベールは中庭に現れなかった。これはいよいよ変だ。今までにこんなことはなかった。一体、ジルベールに何が?
居ても立っても居られなくなったアメリアは学院寄宿舎のエレノアの部屋の扉を叩いていた。
少し間があってから、扉が半開きになる。中からはエレノアが上目遣いで覗いていた。
「……アメリア嬢」
何かを察したような表情だ。
「エレノア様。突然の無礼、お許し下さい。しかしどうしても気になることが御座いまして……」
「……兄の件ですね? お入り下さい」
この部屋は隣国の王族向けということだろう。部屋の造りも調度品もなるほど豪華なものだった。しかし、そこにぽつんと立っているエレノアの様子は不釣り合いなほどに頼りない。一体、何があったのか……?
「……兄は昨日、この手紙を私に託して、何処かへ消えてしまったのです」
「ジルベール様が?」
「ごめんなさい。本当は昨日の内にこの手紙をアメリア嬢に渡すべきだったのですが、突然のことに気が動転してしまって……」
「いえ、大丈夫です。しかし、一体……」
アメリアの中のジルベールは手紙等を託すような人物ではなかった。それだけに、エレノアから受け取った手紙がとても重いものに思える。
封蝋のついた封筒を借りたペーパーナイフで開けると、二つ折りの便箋が出てきた。アメリアはゆっくりと開く。
『アメリア。突然手紙なんて驚いただろ? 俺も驚いている。でもそれぐらい、思い詰めているんだ。アメリア。俺は君のことを愛している。でも、君の心が俺から離れているような不安を感じているのも事実だ。いつ、婚約破棄を言い出されるのではないかと、怯える日々。こんな気弱なところを見せてしまうのは恥ずかしいが……。今晩、学院の旧寄宿舎で待つ。もし、俺と永遠に連れ添ってくれるなら、来て欲しい。そうでなければ、すっかり俺のことは忘れてくれ。俺も二度と君の前には現れない。アメリア、待っている』
「……違う。……違うの。ジルベール様」
アメリアは手紙を取り落とし、瞳に絶望を宿す。
「私だって、愛していたの。ただ、不安だっただけ。どうしたらいいの、ジルベール様……」
力なく泣き崩れ、絨毯に倒れる。しかしそこへ、不粋な闖入者が現れた。
「おい、エレノア。本当にこんな花を贈るだけでアメリアの愛が永遠に……」
現れたのはジルベールだった。その手には氷のように透き通った花弁を持つ花の束が握られている。
「ジルベール様!」
「アメリア!」
アメリアは立ち上がり、倒れ込むようにジルベールにしがみついた。ジルベールはそれをゆっくりと抱き締める。
「一体、どうしたのだ。アメリア。そんなに泣きじゃくって」
「ジルベール様こそ! あの手紙はなんですか!」
「……手紙? なんのことだ?」
「えっ、手紙をエレノア様に託されたのでは?」
「まさか。俺は手紙なんて柄じゃない。俺は昨日からこの花を採りに王都の東にある湿原に行っていたんだ。この花はアメリア、君の大好きな花だろ?」
「とても綺麗な花ですね。初めて見ましたけど……」
アメリアは気付く。二人してエレノアにかつがれたのだと。ジルベールも眉間に皺が寄っている。
視界の端に、こっそり部屋から抜け出そうとする人影──。
「エレノア!!」
「エレノア様!!」
「ひっ! ごめんなさい!!」
そう叫びながら、エレノアは寄宿舎の廊下を駆けていった。
部屋に残された二人はいまだ抱き合い、離れる気配はない。
「ところでジルベール様。エレノア様から何と言われてその花を採りに行かれたんですか?」
「……この花を贈れば、君からの愛を永遠のものにすることが出来るって。なんで信じてしまったんだろうなぁ。俺は正気ではなかったのかもしれない。後でエレノアには説教をしないと……」
「あら、それは不要ですわ。エレノア様は嘘をおっしゃっていませんもの。私の愛は──」
ジルベールに唇を塞がれ、アメリアの言葉が最後まで紡がれることはなかった。ただ、言葉よりも情熱的なものが、しっかりとジルベールには伝えられたのだった。
宮廷学院の寄宿舎内にある、特別豪奢な部屋に二人の男女がいる。その二人とは隣国の王子と王女。ジルベールとエレノアだった。
兄の真剣な表情にエレノアは何事かと身構える。
「どうされたのです? お兄様。突然いらして」
「……俺は、アメリアに婚約を破棄されるかもしれない」
「えっ! そんな、まさか!! 何があったのです?」
エレノアは周りを気にすることもなく大声を上げて驚く。ジルベールの言葉はそれほどまでに意外な内容だった。二人の関係は順調だと思っていた。エレノアが二人の婚姻の儀に着るドレスを作らせ始めるぐらいに……。
「……最近、アメリアの様子がおかしいのだ。何か感情の読めない瞳をして、会話も上の空だ」
「体調を崩されているのかしら?」
「……それは大丈夫みたいだ。……俺は嫌われてしまったのだろうか?」
「そんなことは無いと思いますけど……」
ジルベールの困った様子に釣られてエレノアは腕を組む。
「アメリア嬢は過去に二回、婚約破棄をされています。そのことが関係しているのかもしれません……」
「……しかし、俺から婚約破棄をするなんて有り得ないことだ」
「勿論、そうでしょう。でも、アメリア嬢にとっては違うのかもしれません」
「……一体、どうすれば?」
「少し、作戦を考えましょう」
この時、小柄で華奢なエレノアが随分と大きく見えたことを、ジルベールは覚えている。
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その日は空の雲が厚く、中庭に差し込む陽の光もなかった。肌寒さを感じながらも、アメリアはいつものようにベンチに座って本を読んでいた。いや、ただ眺めていた。
本を読むフリをして、ジルベールが現れるのを待っていたのだ。今日こそ、ジルベールは私に婚約破棄を宣告するに違いない。妄執とも言える思いがアメリアを支配する。
──早く。早く。早く。
しかし、いつまで待ってもジルベールは現れない。おかしい。何かあった? 心配になったアメリアは学院の中を探し回るが、彼の姿はない。
その日は結局、ジルベールに会うことが出来なかった。
翌日もまた、ジルベールは中庭に現れなかった。これはいよいよ変だ。今までにこんなことはなかった。一体、ジルベールに何が?
居ても立っても居られなくなったアメリアは学院寄宿舎のエレノアの部屋の扉を叩いていた。
少し間があってから、扉が半開きになる。中からはエレノアが上目遣いで覗いていた。
「……アメリア嬢」
何かを察したような表情だ。
「エレノア様。突然の無礼、お許し下さい。しかしどうしても気になることが御座いまして……」
「……兄の件ですね? お入り下さい」
この部屋は隣国の王族向けということだろう。部屋の造りも調度品もなるほど豪華なものだった。しかし、そこにぽつんと立っているエレノアの様子は不釣り合いなほどに頼りない。一体、何があったのか……?
「……兄は昨日、この手紙を私に託して、何処かへ消えてしまったのです」
「ジルベール様が?」
「ごめんなさい。本当は昨日の内にこの手紙をアメリア嬢に渡すべきだったのですが、突然のことに気が動転してしまって……」
「いえ、大丈夫です。しかし、一体……」
アメリアの中のジルベールは手紙等を託すような人物ではなかった。それだけに、エレノアから受け取った手紙がとても重いものに思える。
封蝋のついた封筒を借りたペーパーナイフで開けると、二つ折りの便箋が出てきた。アメリアはゆっくりと開く。
『アメリア。突然手紙なんて驚いただろ? 俺も驚いている。でもそれぐらい、思い詰めているんだ。アメリア。俺は君のことを愛している。でも、君の心が俺から離れているような不安を感じているのも事実だ。いつ、婚約破棄を言い出されるのではないかと、怯える日々。こんな気弱なところを見せてしまうのは恥ずかしいが……。今晩、学院の旧寄宿舎で待つ。もし、俺と永遠に連れ添ってくれるなら、来て欲しい。そうでなければ、すっかり俺のことは忘れてくれ。俺も二度と君の前には現れない。アメリア、待っている』
「……違う。……違うの。ジルベール様」
アメリアは手紙を取り落とし、瞳に絶望を宿す。
「私だって、愛していたの。ただ、不安だっただけ。どうしたらいいの、ジルベール様……」
力なく泣き崩れ、絨毯に倒れる。しかしそこへ、不粋な闖入者が現れた。
「おい、エレノア。本当にこんな花を贈るだけでアメリアの愛が永遠に……」
現れたのはジルベールだった。その手には氷のように透き通った花弁を持つ花の束が握られている。
「ジルベール様!」
「アメリア!」
アメリアは立ち上がり、倒れ込むようにジルベールにしがみついた。ジルベールはそれをゆっくりと抱き締める。
「一体、どうしたのだ。アメリア。そんなに泣きじゃくって」
「ジルベール様こそ! あの手紙はなんですか!」
「……手紙? なんのことだ?」
「えっ、手紙をエレノア様に託されたのでは?」
「まさか。俺は手紙なんて柄じゃない。俺は昨日からこの花を採りに王都の東にある湿原に行っていたんだ。この花はアメリア、君の大好きな花だろ?」
「とても綺麗な花ですね。初めて見ましたけど……」
アメリアは気付く。二人してエレノアにかつがれたのだと。ジルベールも眉間に皺が寄っている。
視界の端に、こっそり部屋から抜け出そうとする人影──。
「エレノア!!」
「エレノア様!!」
「ひっ! ごめんなさい!!」
そう叫びながら、エレノアは寄宿舎の廊下を駆けていった。
部屋に残された二人はいまだ抱き合い、離れる気配はない。
「ところでジルベール様。エレノア様から何と言われてその花を採りに行かれたんですか?」
「……この花を贈れば、君からの愛を永遠のものにすることが出来るって。なんで信じてしまったんだろうなぁ。俺は正気ではなかったのかもしれない。後でエレノアには説教をしないと……」
「あら、それは不要ですわ。エレノア様は嘘をおっしゃっていませんもの。私の愛は──」
ジルベールに唇を塞がれ、アメリアの言葉が最後まで紡がれることはなかった。ただ、言葉よりも情熱的なものが、しっかりとジルベールには伝えられたのだった。
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