ざまぁ中毒の悪役令嬢。なかなか婚約破棄されなくて焦ってます!

フーツラ

文字の大きさ
5 / 5

アメリアとジルベール

しおりを挟む
「……エレノア、少しよいか?」

 宮廷学院の寄宿舎内にある、特別豪奢な部屋に二人の男女がいる。その二人とは隣国の王子と王女。ジルベールとエレノアだった。

 兄の真剣な表情にエレノアは何事かと身構える。

「どうされたのです? お兄様。突然いらして」

「……俺は、アメリアに婚約を破棄されるかもしれない」

「えっ! そんな、まさか!! 何があったのです?」

 エレノアは周りを気にすることもなく大声を上げて驚く。ジルベールの言葉はそれほどまでに意外な内容だった。二人の関係は順調だと思っていた。エレノアが二人の婚姻の儀に着るドレスを作らせ始めるぐらいに……。

「……最近、アメリアの様子がおかしいのだ。何か感情の読めない瞳をして、会話も上の空だ」

「体調を崩されているのかしら?」

「……それは大丈夫みたいだ。……俺は嫌われてしまったのだろうか?」

「そんなことは無いと思いますけど……」

 ジルベールの困った様子に釣られてエレノアは腕を組む。

「アメリア嬢は過去に二回、婚約破棄をされています。そのことが関係しているのかもしれません……」

「……しかし、俺から婚約破棄をするなんて有り得ないことだ」

「勿論、そうでしょう。でも、アメリア嬢にとっては違うのかもしれません」

「……一体、どうすれば?」

「少し、作戦を考えましょう」

 この時、小柄で華奢なエレノアが随分と大きく見えたことを、ジルベールは覚えている。


#


 その日は空の雲が厚く、中庭に差し込む陽の光もなかった。肌寒さを感じながらも、アメリアはいつものようにベンチに座って本を読んでいた。いや、ただ眺めていた。

 本を読むフリをして、ジルベールが現れるのを待っていたのだ。今日こそ、ジルベールは私に婚約破棄を宣告するに違いない。妄執とも言える思いがアメリアを支配する。

 ──早く。早く。早く。

 しかし、いつまで待ってもジルベールは現れない。おかしい。何かあった? 心配になったアメリアは学院の中を探し回るが、彼の姿はない。

 その日は結局、ジルベールに会うことが出来なかった。

 翌日もまた、ジルベールは中庭に現れなかった。これはいよいよ変だ。今までにこんなことはなかった。一体、ジルベールに何が?

 居ても立っても居られなくなったアメリアは学院寄宿舎のエレノアの部屋の扉を叩いていた。

 少し間があってから、扉が半開きになる。中からはエレノアが上目遣いで覗いていた。

「……アメリア嬢」

 何かを察したような表情だ。

「エレノア様。突然の無礼、お許し下さい。しかしどうしても気になることが御座いまして……」

「……兄の件ですね? お入り下さい」

 この部屋は隣国の王族向けということだろう。部屋の造りも調度品もなるほど豪華なものだった。しかし、そこにぽつんと立っているエレノアの様子は不釣り合いなほどに頼りない。一体、何があったのか……?

「……兄は昨日、この手紙を私に託して、何処かへ消えてしまったのです」

「ジルベール様が?」

「ごめんなさい。本当は昨日の内にこの手紙をアメリア嬢に渡すべきだったのですが、突然のことに気が動転してしまって……」

「いえ、大丈夫です。しかし、一体……」

 アメリアの中のジルベールは手紙等を託すような人物ではなかった。それだけに、エレノアから受け取った手紙がとても重いものに思える。

 封蝋のついた封筒を借りたペーパーナイフで開けると、二つ折りの便箋が出てきた。アメリアはゆっくりと開く。

『アメリア。突然手紙なんて驚いただろ? 俺も驚いている。でもそれぐらい、思い詰めているんだ。アメリア。俺は君のことを愛している。でも、君の心が俺から離れているような不安を感じているのも事実だ。いつ、婚約破棄を言い出されるのではないかと、怯える日々。こんな気弱なところを見せてしまうのは恥ずかしいが……。今晩、学院の旧寄宿舎で待つ。もし、俺と永遠に連れ添ってくれるなら、来て欲しい。そうでなければ、すっかり俺のことは忘れてくれ。俺も二度と君の前には現れない。アメリア、待っている』

「……違う。……違うの。ジルベール様」

 アメリアは手紙を取り落とし、瞳に絶望を宿す。

「私だって、愛していたの。ただ、不安だっただけ。どうしたらいいの、ジルベール様……」

 力なく泣き崩れ、絨毯に倒れる。しかしそこへ、不粋な闖入者が現れた。

「おい、エレノア。本当にこんな花を贈るだけでアメリアの愛が永遠に……」

 現れたのはジルベールだった。その手には氷のように透き通った花弁を持つ花の束が握られている。

「ジルベール様!」
「アメリア!」

 アメリアは立ち上がり、倒れ込むようにジルベールにしがみついた。ジルベールはそれをゆっくりと抱き締める。

「一体、どうしたのだ。アメリア。そんなに泣きじゃくって」

「ジルベール様こそ! あの手紙はなんですか!」

「……手紙? なんのことだ?」

「えっ、手紙をエレノア様に託されたのでは?」

「まさか。俺は手紙なんて柄じゃない。俺は昨日からこの花を採りに王都の東にある湿原に行っていたんだ。この花はアメリア、君の大好きな花だろ?」

「とても綺麗な花ですね。初めて見ましたけど……」

 アメリアは気付く。二人してエレノアにかつがれたのだと。ジルベールも眉間に皺が寄っている。

 視界の端に、こっそり部屋から抜け出そうとする人影──。

「エレノア!!」
「エレノア様!!」

「ひっ! ごめんなさい!!」

 そう叫びながら、エレノアは寄宿舎の廊下を駆けていった。

 部屋に残された二人はいまだ抱き合い、離れる気配はない。

「ところでジルベール様。エレノア様から何と言われてその花を採りに行かれたんですか?」

「……この花を贈れば、君からの愛を永遠のものにすることが出来るって。なんで信じてしまったんだろうなぁ。俺は正気ではなかったのかもしれない。後でエレノアには説教をしないと……」

「あら、それは不要ですわ。エレノア様は嘘をおっしゃっていませんもの。私の愛は──」

 ジルベールに唇を塞がれ、アメリアの言葉が最後まで紡がれることはなかった。ただ、言葉よりも情熱的なものが、しっかりとジルベールには伝えられたのだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?

3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。 相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。 あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。 それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。 だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。 その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。 その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。 だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

処理中です...