何故か正妻になった男の僕。

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#28

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「エリカちゃん、眠りましたよ。」
「そうか。」
彼女を寝かし付けた僕は寝室を出てリビングに居るルイスの元へ向かった。
ルイスは僕に暖かいレモンティーをいれてくれていた。
この肌寒い季節にはよくあたたまる。
一口それを飲んでから、ふう、と息を吐いて机にもたれ掛かるように寝そべった。
「……明日、エリカちゃんのご両親を探さないといけませんね……。」
いつも通りああ、とかそうだな、なんていう返答を待っていたけれど、いくら待ってもルイスは何も言わなかった。
僕は不思議に思って顔を上げた。
「ウィル、エリカの両親はきっともうこの世には居ない。」
「…… ……え?」
ルイスも僕と同じようにバツが悪そうにティーカップに口を付けた。
「世界的に感染症が流行ったのを覚えているか?」
覚えているも何も、忘れるはずがない。
その病は僕の母を殺したものだから。
「はい……覚えてます。」
「ここ北の島国、ライモンダ共和国では空気が比較的感染しているという条件に加え、島国が故に情報共有と適切な処置が遅れを取った。私が国王であったとき、それは大きな国際問題となった為、少し調べたんだが、
ライモンダでは、国民の3分の2が命を落としたそうだ。」
「3分の……2……。」
僕はその漠然とした数字に身を震わせた。
ルイスは話を続ける。
「大人ばかりが感染していく病の中、比例するように孤児が増え続けた。感染症の流行が収束した今、孤児たちを保護する教会が増えているが、対応は未だ間に合っていないようだ。」
この地では、そんな悲惨な事があったのか、と僕の気分は冷たい深海に沈んだような感覚に陥った。
「それを裏付けるのは、エリカが着ていたあの麻のような生地で織られたワンピースだ。あれはここの国教会のものだそうだ。」
残酷だけど、理解出来た。
国教会のワンピース。それは間違いなく孤児を表す。
あんなに小さな身体で、世界の残酷さを受け入れなければならないなんて、それは酷すぎると思った。
あの幼さにして、天涯孤独。
母は死んだけど、僕には親父もセレンも居た。それがどんなに幸せな事だったか、今になって痛いくらい身にしみた。
「…… ……エリカちゃんを僕達の家族にしませんか?」
反対されるかもしれない。
でも僕はエリカちゃんを見捨てることは出来ない。
「……お願い、ルイス。」
何故か僕の目には涙が浮かんできた。
「あの子をまた街に放り出すなんて……そんなこと……!!」
ポロポロとそれが零れ、木製のテーブルにシミを作る。
「ウィル。」
こっちへ来い、という仕草をしながら優しい声で僕を呼ぶ。
ガタン、と音を立てて僕は立ち上がりルイスに抱きついた。
広げられた両手の中に飛び込む。
「私は何も反対しようなどと考えてはいない。お前の意見と同じだ。」
「それって……?」
「エリカを家族に迎え入れる。」

・・・

それから何度か、3人で朝と夜を迎えた。
エリカちゃんの足の怪我も自分で家の中を歩き回れるくらいには回復した。あまり傷も残らないようで、僕とルイスら心の底から安心した。
朝になり、エリカちゃんは僕らよりもあとに目覚めた。
エリカちゃんの席となった僕の隣にも食事を並べる。
「おはよう、エリカちゃん。」
「おはよう、ウィル。今日の朝ごはんもいい香り。」
レタスとスライストマトを付け合せにしたベーコンエッグと、パン。それに、机に並べられたマーガリンとジャム。(僕はマーガリン派だけどルイスはジャム派なんだ)
ルイスの食卓に置かれたコーヒーの香りが漂う。
新聞を広げながらルイスは、「おはよう」と無難に挨拶をした。
最初は、「ルイスって怖い人?」なんて僕に質問してきたエリカちゃんも、今はもう緊張せずに、ルイスにおはよう、と自然に返して見せた。
まだなれない様子で椅子に腰をかけたエリカちゃんは、いただきます、と丁寧に手を合わせそう挨拶をした。
「食べ物っておいしいね……!」
そういって改まるように僕達2人に向けられた笑顔は、不純なものを一切感じられない、無垢なものだ。
この子の心と体だけは、絶対に守りたいと思った瞬間だった。
ぱくぱくとご飯を頬張り続け、エリカちゃんの食卓に置いてあった皿の中は綺麗に空になったのを見切り、僕はルイスに目で合図をした。
僕達は少しだけ見つめ合い、覚悟を決めるようにしてエリカちゃん、聞いて欲しいな。と話を切り出す。
彼女は手にしていたスプーンとフォークを静かにテーブルに置いた。
また住み始めて間もないこの家の中に、冬の香りと穏やかな沈黙が流れた。

「僕達とここで暮らさない?」

窓から差し込む朝日に照らされたローズピンク色の瞳が僕らを正面から捉える。
エリカちゃんは俯く。
「…… …… …… …… ……いい、です。」
「…… ……え?」
セミロングの金髪で顔が隠れて表情が読み取れない。
「何故だ。理由を言え。」
彼は無意識だろうけど、また少し昔のルイスのよう高圧的な口調がちらつく。
「……だ、だって、ルイスもウィルもわたしに優しくしてくれたから、迷惑かけたくないんだもん!わたしなんかが一緒に住んじゃったら、迷惑だもん!!」
ローズピンク色の両目は潤み、小さかった声は荒がった。
口を結んで、ふるふると体を小刻みに震わせついにはその目から涙が零れた。
こんなにも小さいのに、そんなこと……!!
幼い子にこんな事を言わせる世界が、酷いくらい恐ろしく感じた。
少なくとも、エリカちゃんよりは幸せで、人間らしくて真っ当な暮らしをてきた僕なんかに何が言える……?
…… …… …… …… …… …… ……何も、言えない。
「そんな事ないよ。」そう言ってあげればいいのに、僕の口も体も全く言う事を聞かなかった。
僕はそんなことをするには、存在が軽すぎると思った。
「エリカ、よく聞け。」
低くて、厚みのある声。
ルイスの声だ。
「……!」
僕とエリカちゃんの視線がルイスに注がれる。
さっきまでの威圧的な雰囲気は一切無く、心做しか表情は柔らかくて、声色も落ち着いていた。
「私もウィルも、お前のことを迷惑だなんて少しも思っていない。」
「……でも……。」
そう言うと、ルイスは立ち上がりエリカちゃんの側まで行ってしゃがむようにしてエリカちゃんと視線の高さを同じにした。
「それに、お前は幼い。」
ルイスの大きくてゴツゴツした手が、エリカちゃんの薄い金髪を優しく撫でた。
「エリカはまだ子供だ。存分に甘えるべき歳だ。幼いお前を、もう一度街へ戻すなんでことは出来ん。お前が大人になり、自分の進むべき道を自分の力で進めるようになればでて行くといい。」
ルイスは僕の腕を引いた。
僕もルイスと同じようにしゃがむような姿勢を取って、3人で一緒になった。

「私達は家族だ。」







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