召喚聖女の返礼

柴犬

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「聖女様、差し支えなければ私がお抱きしてお連れさせてもらっても?」
「いや、要らない」

 掛けられた声に反射で返事をする。差し支えありまくりだから。――って誰だ?

「失礼ですが、お顔の色がすぐれずにおられるし足元も覚束ないご様子。……ああ、名乗り遅れました。私は第一騎士団において中隊副隊長を拝命しております、ヨーナス・ランゲと申します」

 いや、名乗られても覚えるつもりないし。私がしんどいことが分かってるなら、早く馬車に戻るためにも放っておいてほしい。私が首を振って足を進めると、諦めてくれたようで追いかけてはこなかった。

 重い足を叱咤しつつ進んでいくと、周囲から聞えよがしの陰口が聞こえてきた。

「聖女って言ったって何もしてねぇじゃねぇか」

 そうだね、瘴気も魔脈も見えなければ、私はただ突っ立っているだけで体調不良になる虚弱くんでしかないだろう。

「ちっせぇな、まだ子供なんじゃないのか?」

 失礼な。こっちの世界の人間がでかいんだよ。私は日本の成人女性として平均的な158㎝だ。

 あとは本当に聖女なのかとか、王家のパフォーマンスで実際には何も出来ないのに格好だけつけて派遣したんだろうとか、役に立っていないとか、馬車から飛び出すようなじゃじゃ馬だとか……。
 別にこの世界の人間に評価してほしいわけじゃないからいいけど。

 私が浄化を請け負っているのはあくまで日本に帰るための方便。有象無象に評価されるためではないし、いずれ結果は目に見えるようになる。
 ただ、王子たちが送還手段を見つけられるとは思っていない。自力で見つけて見せると思っている。
 私の力があれば市井に降りても生きていけるだろうけれど、高度な魔法の教育や一般には開かれていない文献を求めるのなら、泥に漬かるような気持ちになっても城にいたほうがいい。

 けど、まぁ、悪し様に言われるこの環境は心地いいものではない、な。城の中で最初に嫌味を言われた時は、言ったやつの顔を絶対忘れてやらないと思ったものだけど、一々覚えていたらきりがないことにはすぐに気づいた。というか、気づかされた。

 傷つくなと自分に言い聞かせる。傷つけば相手が喜び自分がすり減っていくだけだ。

 悪意にかかずらっている時間なんてない。いっそのこと笑い飛ばせ。第一と名がつく騎士団なんだからエリートかと思いきやレベルひっく。私が魔獣に向かっていこうと、植物を成長促進させて避難民に与えようと何一つ手伝いすらしなかったくらいなんだから、お察しレベルだよ、うん。

 ああ……ひょっとして逆か?

 エリートなのに得体のしれぬエセ聖女に随行しなきゃならないことに不満があって、でも王子や実行犯のようなお偉い人には物申せないから、私に当たってるとか。なんで自分たちがこんな茶番に付き合わされてるんだって怒りがあるとか。

 だとしたら、馬車を飛び出した私の前に出て魔獣退治をしなかったことも頷ける。いっそのことエセ聖女が馬脚を現して遠征中止になったら、却ってラッキー、みたいな。うん、私が舐められているから彼らにやる気がないんだ。笑える。あんたらが信じてなくても私は聖女の力を持ってるからさ。私が結果を出してから吠え面かけや。

 まあ、いくら聖女様っぽい恰好をしていても清らかさも威厳もない私を聖女として認めることは難しいと、それは認めよう、うん。

「魔素も瘴気も見えない輩は気楽でいいな」

 私がスルーしようとしたのに、実行犯が厭味ったらしく口を出してきた。いいよ、放っておけ。いずれ結果は目に見えるようになるんだからさ。

「そうですね、魔導士長。ですが、地から溢れる瘴気が半減したことも、魔脈の正常化が進んでいることも見えない者たちに何を言っても無駄というものですよ」

 実行犯を援護するように騎士たちに言ったのは……誰だ?実行犯と同じくらいの年頃で、騎士たちと鎧の色が違う銀髪の男性。

「確かにな、見えぬ輩もいずれ聖女殿の力に疑いを持つことはなくなる。直に結果は誰の目にも明らかとなる」

 実行犯がチラリと私を期待するように見た。なんだ?庇ってやったんだから感謝しろとでもいうのか?ウザ。大きなお世話だってこと、わかんないんだろうしスルーする。

「聖女様、お疲れ様でございました。聖魔力が枯渇寸前とお見受けいたします。回復薬をお飲みになりますか?ああ、いえ、すぐに回復して続きをとせかすわけではございません。我々が3年かけても手も足も出なかった魔脈の正常化を、こんな短時間にここまで成し遂げてくださったこと誠にありがたく思っております」

 この人も見える人だというわけだ。見えることと対処できることとは別かぁ。
 おや、この人も偉いんだろうか。陰口たたいてた騎士たちが気まずそうに目を逸らしている。

「ご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。私は神殿騎士の――」

 名乗ろうとした銀髪男性に、右手のひらを向けて止める。挨拶してないのは私がしたくないからだし、名乗られても覚えるつもりも慣れあうつもりもない。騎士団ではなく神殿の人らしいけど、私には関係性が分からない。

「失礼して休ませてもらいます」

 お伺いを立てるのではなく、休むと宣言して私は踵を返す。放っておいてよ、頼むから。

 あ……、神殿騎士と実行犯は瘴気が見えるなら、これを任せてもいいかも。

「これ、瘴気の濃いところに撒いてもらえる?」
「……これは?」

 実行犯が私の出したものを疑いの目で見ているが、神殿騎士が両手で恭しく受け取った。いや、そこまで有難がるもんでもないと思うけど。

「私の聖魔力の結晶。これが瘴気に効果があるかどうかを確認してもらえないかな?」

 握りこぶし大の石を5個、サラサラの砂状のものを小さな巾着ひとつぶんを渡すと神殿騎士は恭しく両手で受け取り、検証を約束してくれた。

「聖女殿、これはなんだ」

 さっき、言ったじゃんか。聞いてないのか実行犯。

「こんなもの……見たことも聞いたこともない。当然、俺が教えたわけでもない。聖女殿はいったいどうしてこのような物を作れたのだ」

 ああ、そういう意味か。

 魔力を使いつくして空になった魔石に充填するやり方は習ったけど、私個人で空魔石を手に入れる術なんてなかったから、魔石を一から自分で作ろうと思って、で、やったら出来た。それだけ。石じゃなくて水晶みたいな見た目だけど。
 魔脈が乱れている場所がどれだけあるのかわからない状況で、一人で国中を瘴気を浄化して回るなんてどれだけ時間がかかるかわからないんだ。私の聖魔力を溜めた何かで浄化の代用が出来たら進捗速度が上がって、期間を短縮できるかもしれない。

 というか短縮できる方法を模索して、聖魔力の結晶化を思いついたんだけどね。

「効くかどうかわからないけど」

 いい結果が出ることを祈る。

「いや、しかし」と、なおも言い募る実行犯に「本当にもう限界だから休む」と言えば、それ以上食い下がることもなく、頭を下げたのでもう行く。

 実行犯が騎士たちにつっかかったせいで時間を食っちゃったじゃないか。私はスルーしようと思ってたのに。


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