召喚聖女の返礼

柴犬

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「聖女様は毎夜うなされていらっしゃいます」

 陰口騎士が鬱陶しくなってゲルに戻ろうとしたときに聞こえたのは侍女の声。

「毎夜?」

 こちらは実行犯の声。姿を見ないと思ったらこんなとこにいたのか。
 わかっていたけどね、侍女っていったって要は監視である。城で部屋で一人でいられたのは、一歩出ればすぐに複数の目があったからだ。夜闇に紛れられるこの状況では常に私が逃げ出さないように見張っていなければならないが、男が同じテントで寝るわけにもいかずに常に目を離さずにいられるよう侍女をつけた。
 監視ならば、そりゃ報告もするだろう。
 うん、そうするだろうって知ってた。

 信用されていないことに傷ついたりしない。それはお互い様……どころか、私はこの国のお偉いさんは敵だと思っている。表面上は当り障りなく接しているつもりだけど、内情は互いに抜身の白刃を持って様子を見ている状態だ。

「はい、リョークに会いたい、帰りたいとうわごとを漏らされて目覚められた時には汗と涙で夜着やシーツが濡れていることもございます」

 リョークじゃないよ!亮君だよ!――ってか、毎朝汗みどろだってことバレてたんだ。でもってうわごとまで……。
 確かに、こちらにきてからぐっすりと眠った記憶はない。毎晩ベッドに横になるたびに日本のこと、亮君のことを考えずにはいられない。
 日中は勉強もあるし、こっそりと魔法の勉強もしていたからあまり考えないようにすることができて強気でいられたけど、しんとした部屋で一人体を休めようとすると、どうしても考えすことをやめられない。

 そんな生活を送っているのに体を壊さずにいられるのは、これもやはり聖女の力とかなんだろうか。すごいね、聖女。

「城に来た当初はそのような報告も受けていたがそれも無くなり、時間が経って落ち着いたと思っていたのだが」
「ご自身で洗浄の魔法をお使いになり、濡れた夜着などの始末をなさっています」
「そうか……。落ち着いたのではなく、隠していただけか」

 折に触れ帰還方法探しの進捗について聞いていたが、返答は捗々しくないものばかりなのでいつしか尋ねることもしなくなった。それで、私が帰ることを諦めたと誤解していたのかもしれない。

 諦めてなんかない。私は絶対に帰る。

 もう、結婚式の日はとうに過ぎ去ってしまったけれど。

 時間がかかればかかるだけ、亮君の中に私の居場所がなくなるのではという恐怖と闘いながら、それでも絶対に諦めない。諦めたら……亮君を諦めてしまったら、心が壊れてしまうような気がして……。

「あれだけの力を持っているというのに過去にこだわるとは、愚かな女だ」

 愚かだと、くそったれ!過去じゃない、私の現実は日本で亮君のそばにいることだ。

「俺が聖女にしてやったのだから、感謝されこそすれ恨まれる筋合いはない。なぜ、あの女はそれを理解しないのか。平々凡々であったという、ただ一人の男に愛されているだけだったという人生がこちらに来て一変したことを理解しない、視野の狭い女だ。度し難いにもほどがある」

          ――!?

 きつく閉じた目の裏が真っ赤になった。
 誰が頼んだ?誰が聖女になりたいなんて言った?私は嫌だと、元の場所に返してほしいとあれだけ言ったにもかかわらず、聖女にしてやったんだからありがたがれというのか。人生が一変したと言うが、それまでの人生を無理やり切り離されたほうの気持ちは分からないのか。

 今にも怒鳴り込んでぶっ飛ばしたい気持ちが溢れてきそうな気がする。
 ――いや、我慢する必要ある?城にいたときは実行犯に魔術のことを教わっていたけれど、今現在は私独自の、実行犯が目を見張るような魔法を構築できている。ならば。

 ぶっ飛ばしてもいいんじゃないかな?

 握り拳に力が入ったとき、背後から声をかけられた。

「聖女様……」

 陰口騎士Dだった。

「あの、俺、口悪いし頭も悪いし、余計なことを聖女様に言って怒らせちまったから謝りに来たんす。あいつらにも説教食らいました。聖女様、ごめんなさい」

 ああ、馬鹿な質問だからとスルーしたあと、ボコられているところは見たけどさらに怒られたのか。

「謝罪を受け入れます。いいよ、気にしないで。というか、別に怒ってないからさ」

 どうでもいいからね。
 謝罪を受け入れるのも正直面倒くさいが、放っておくのも面倒くさい。謝罪を受け入れないと「それほどにお怒りですか」攻撃が来るというこのルール自体が面倒だ。

「あの、聖女様、どうしたんすか」
「どう……と言われても」

 実行犯に対して怒髪天だなんて言ってもしょうがない。騎士は国側の人間で、命令系統なんかは違うだろうけど、魔導士長なんてお偉いさんに聖女がブチギレなんて話を聞かされても困るだろう。

「でも、あの、泣いてるから」

 泣いてる?誰が?後ろを振り返ってもそこにはゲルがあるだけで誰もいない。

「聖女様をいじめるヤツがいたんすか?俺、口も頭も悪いけど剣は得意っす。ぶった切ってきましょうか?」

 そこではじめて気づいた。私、泣いてるじゃん。

 腹が立って腹が立って腹が立って。感情が爆ぜてしまった。

 怒ると涙が出てきてしまうのは、昔からのこと。どうにかしてコントロールしたかったけれど、涙は勝手に出てきてしまう。大人になってからは爆発するほどの怒りを持て余したことはなかったので、久々に怒り泣きしてしまった。

 なんだか子供のようで恥ずかしいな、これ。

「大丈夫、ぶった切るなら自分でヤるから」
「え?聖女様、剣も仕えるっすか?」
「ああ、剣は使えないけど、使えるものはいろいろあるから」

 魔法だけど。いや、魔法と言えば向こうの土俵だ。

 実行犯は魔導士長というくらいなんだから魔法に長けているだろうし、そもそも魔法を勉強した期間も実践経験も天と地ほどに違う。

 あいつをぶっ飛ばすのは、私がもっと強くなってからだ。

「ああ、うん、落ち着いた。ありがとう」

 陰口騎士Dにそういうと、彼はとんでないっすと両手を振りながらも嬉しそうにしている。

 割といい奴かも……と考えたところで気を引き締めなおす。

 いい人だろうが悪い人だろうが必要以上に関わらない。慣れあわない。いや、むしろいい人こそ関わってはいけない。私が帰るときに足をからめとる蔓になってしまうから。



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