召喚聖女の返礼

柴犬

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「次からは王子と二人を希望」

 部屋を出る間際に、誘拐した相手に「国のために働け」という主犯と、「聖女にしてやった」と言っていた実行犯への当てこすりという置き土産を残していったのはちょっとした憂さ晴らしだ。腹の中はどうあれ丁重に「お願い」してくる王子のほうが話していて楽だもん。裏側の気持ちまで推測するつもりもないし。
 無理だろうなと思いつつ、本当に希望が叶えばいいなとは思っている。

「聖女様は……なんというか……自由な方ですね」

 神殿騎士の、裏にいろいろな意味が込められていそうな言葉には肩をすくめるだけで済ます。だって、もっと物申したいであろう人が目の前にいるからね。

「聖女様、ごきげんよう」

 うん、ごきげんようはいいけどご機嫌麗しくは全くないね。それはあなたも一緒でしょ?王子の婚約者の……えーと、名前なんて言ったっけ?
 召喚された当日に散々嫌味を言われたことは憶えているのに、名前が抜け落ちちゃっているあたりが彼女への関心のなさを表しているなぁ、と思う。

 聖女なんだからキリキリ働けや!ということを、いかにもお貴族様な言い回しで言われたことは忘れない。後ろにいる人らも大半があの時一緒にいた人たちだ。彼女らの顔も覚えている。
 ああ、我ながら執念深い。名前は忘れちゃったのにムカついたことは記憶にとどまっている。

 それにしても、なぜこんなところに。

 その1 たまたま通りかかった
 その2 王子の出待ち
 その3 私を待ち構えていた

 さあ、どれだ。

「今、殿下に対して不穏な発言があったようですけれど、どういうおつもりですの。殿下と二人きりになりたいなどと……。下賤な身でよもやはしたなくも殿下に言い寄るおつもりなのかしら。ご存じかと思いますけれど、殿下には私という婚約者がおりますのよ」

 あ、青筋立ってる。うひゃー。やっぱ、このお嬢さんは王子のことが好きなんだね?結婚式一週間前に誘拐されても助力を求められれば鋭意努力するようなことを言ってたのにね?

 それと、二人でとは言ったけれど、私は王子と二人きりになりたいわけではない。
 主犯を実行犯を除いてくれるなら、あと何人いたってかまわない。
 
「何か仰ることはないのかしら」

 青筋が増えたお嬢さんが言う。何を言えばいいんだろうね?

 否定するのと肯定するのとスルーするのと、どれが一番面白いだろう。――って、いやいやいや、こんなとこに面白みを求めてどうする、私。心がささくれ立っているようだ、気をつけよう。

「えーと、誤解があるようなんで説明しますと、私は王子に毛一筋ほども興味はないよ?さっきのセリフは、王弟と魔導士長が余計な口たたいて邪魔なんで、あの二人を外してほしいっていう意味。二人きりになりたいわけじゃないから、あの二人を外して他の人間入れるのは問題なし」

 主犯と実行犯という名称は通じないだろうから、王弟・魔導士長と呼んだよ。もちろん敬称は無しだ。これっぽっちも敬ってないから。

「キャスリーン様!何なのです、この無礼な女は!」

 私を指さす女は前回には見なかった顔だ。ドレスを着ているところを見ると、メイドだとか侍女だとかじゃなくて、お貴族様のお嬢様だろう。
 そうそう、そういえば王子の婚約者はキャスリーンね。また忘れるかもしれないけど、一応覚えた。

「お兄様のお力を持って聖女にしてもらったというのに、それに感謝もせずに悪し様に言うなどと……この厚顔で非礼な女が本当に聖女だというのですか!?聖女ならば王城でうろうろせずに民を救うべく奔走し然るべきですっ」

 ぷるぷるしているけどお兄様ってだれ?もしかしなくても実行犯の妹さん?

「そうですわっ。叔父様のことを敬称もつけずに王弟などと……不敬にもほどがありますわ。弱きものを救うべき立場と義務があるというのに、聖女としての立ち居振る舞いもできず矜持もないと見えますわ。このような不遜な下民が王城を歩き回ることは許されざることですわ」

 こちらもドレスのお嬢様。主犯を叔父様と呼ぶということはこちらは王族だろうか?主犯の奥さん方の身内ということもあるか。主犯が結婚しているかどうかは過分にして知らないし興味もないけど。

 言っていることは半年前のキャスリーンと被る感じで目新しさもないから詰まらない。もっとひねりを加えた独創的なご意見を持ってきてくれないと、相手にしてあげないよー?

 と、言うことでスルー……しようとしたら、実行犯の妹らしき人に腕を掴まれた。

「何とか仰ったらどうなの!?」

「なんとか」

 あ、私のほうがひねりも何もない。けど、ダメージは与えられたようで、実行犯妹っぽい人が真っ赤になって怒ってる。

「私は聖女になりたいと言ったことも思ったこともないし、そもそも誘拐犯相手に敬称をつける気はさらさらない。なんとかして元の世界に戻るためにあがいている最中だったいうのに、全く関係がないどころか私に対する加害者がいる国の浄化をしてやってんだから、そっちこそ弁えて地べたに頭こすりつけて感謝してくれてもいいんだけど?」

 足元はふかふか絨毯であって地べたじゃないけども。

「なっ……なっ……なんてっ」

 真っ赤な顔が赤黒くなってきている実行犯妹は言葉も出ないようだ。この若さで脳の血管がぷっつんいきそうなほどにお怒りのご様子だけど、血管が切れても治療しないよ、私。
 罵倒してくる相手を治してあげる義理はないし、腐っても王族の住まう場所なんだから治療士なり医者なりいるだろう。

「誘拐されただの元の世界に戻りたいだのと繰り言をいつまで続けるおつもり?あなたはもうこの国の聖女なのだから、過去は振り切りなさい」

 主犯姪がこちらを見下しながら言う。キャスリーンもそうだけど、こいつら本気でそう思っているからたちが悪い。私に酷いことをしたとか申し訳ないとか欠片も思ってない。

「ご冗談。そんなたわ言は自分が結婚式一週間前に誘拐されて、誘拐犯に元の世界に戻れないんだから俺たちの言うこと聞いて働けって言われて、素直に働いてから言ってみなよ。そうしたら私も素直にうんって言うかもしれないよ?」

 いや、言わないな。誰かが理不尽な目にあったからと言って、私に対する理不尽が正当化されるわけもなし。
 ただ、お綺麗な立場のまんまで上からお為ごかしに言われたら、さらに聞く価値はないって思う。

「現状、私に頼ることしかできないくせに、どっちが不遜?でかい態度取るんなら、自分で民を救って見せなよ。できもしない癖に大口ばっかりたたいてるアンタらのほうが、よっぽど矜持の欠片もないってやつなんじゃないの?」

「わっ私にできるのなら最初から行動していますわっ。ですが……」

「出来ないんでしょ?ねぇ……できねーくせに上からモノ言ってんじゃねーよ」

 真っ赤な顔でぷるぷる令嬢×2とキャスリーン&そのお取り巻き?はもう私にかける言葉はないようなので、さっさと立ち去ることにする。私は日本でアウトローな生活をしていたわけではなく、元ヤンだった過去があるわけでもない。この世界に来てからめちゃくちゃ口が悪くなってしまったのだ。

 ちくしょう、みんな纏めて靴擦れで苦しむ呪いをかけてやる!

 背後の神殿騎士が「自由というか……」と呟いているのは聞かなかったことにする。

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