召喚聖女の返礼

柴犬

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人死にとグロい場面があります。

苦手な方はブラウザバックをお願いします。

次話であらすじを入れます。




 ■■■



 被害者を送還したあとにこんなに切ない気持ちになったのは初めてだ。
 彼が無事に日本についたことを確認したいが、兄王子の前で界覗きをするわけにもいかない。

「聖女殿、どうした?」
「どうもしてない」
「どうもしないってことはないだろう。そんな真っ青な顔で。――今回召喚された青年は聖女殿の知己か?」

 私を労わる様に慰めるように宥めるように兄王子が言う。
 私は首を振って否定するが、誤魔化せるような状況ではないだろう。それでも兄王子はそれ以上追及してくることはなかった。
 ただ、視線がやけに痛ましげで気に障る。

「私で君の役に立つことがあるなら言ってくれ。君のその肩に重い荷を乗せたのは我々だから、今度は君の助けになりたい。心優しく繊細な心を持つ君に寄り添えることができればうれしい」
「いえ、結構」

 なに?兄王子はいったいどうした?

 もしかして、ここはきゅんと来ないといけない場面なんだろうか。強がっているけど私は本当は弱い女なの的な展開必須?
 申し訳ないが、私は亮君以外の男に寄り掛かる気はないんで、ご遠慮申し上げる。

 逡巡すらせずに断った私を見て兄王子が鼻白んだ。やはりよろめく展開がご希望だったんだろうか。
「あー、送還も無事に終わったし、私はそろそろ……」

『もう一度だ!』
 これで解散と思ったところに主犯の怒号が響いた。
『叔父上、今はもう……』
『何を言っている!』
 いや、何を言っているはこっちのセリフだ。
『これで終われるものか。お前が引くならそれでもいい。召喚を成し遂げた功績で次の王になるのは私だ!』

 ………えーと?いつからそんな話になった?召喚を成功させたものが次の王とか初耳なんだけど。
 私の召喚に成功したのに王になるって話が出ていないんだから、召喚成功=王って話はあり得ないと思うんだけど、もしかして私はノーカンなのか。

「叔父上はまだ王になることを諦めていなかったのか。弟に自分を投影して次男が王位を継ぐことで満足するのかと思っていたんだが」

 兄王子が言うには、主犯は現王である兄より自称優秀で自称もっとも国王に相応しい男なのだそうだ。子どものころに「本当なら私が王になったのだ」と聞かされた兄王子は周囲にそれとなく真偽を確かめたそうなんだけど、誰も主犯を王位を継ぐ者として認識していなかったとか。

 主犯の脳内はどうなってる。

 王の器たる自分がなんらかの策略で王位を奪われた。次代の王は長子である兄王子ではなく弟王子が継ぐことで自己投射し昇華するつもりだったが、弟王子も王の器ではないから自分が次代の王になるべきだと、そう考えたんじゃないだろうか。

 それがどうして召喚を結びつくのかはさっぱり分からないけど。思い込みの激しい男なんだな。

『やれるな!?』
 主犯が実行犯に迫る。
 実行犯も失敗続きでやけになっているのか、従順に頷く。

「召喚ってそんな連続で出来るもんなの?」
「いや、どうだろう。魔導士長は確かに魔力量は膨大だが今まで召喚と召喚の間を三日空けていたのは、その必要があるからだと思うんだが」

『叔父上、魔導士長が万全な状態で行っても不首尾に終わっているというのに、疲弊したこの状態で上手くいくとは思えません。召喚はもうあきらめましょう』
『なんだと!お前も私が王位につくを邪魔するのか』
『どうしたんですか、叔父上。落ち着いてください。次の王位は私でしょう!?』

 主犯と王子が意味不明の言い争いをしているうちに実行犯が詠唱を始めてしまった。

「殿下は王位を求めてるの?」
「うん?だって私しかいないからねぇ」

 なるほど。三人とも自分が王になる気満々なんだ。
 順当に行けば兄王子なんだから兄王子が言うのは分かる。時点で弟王子なんだろう。けど主犯、お前の出番は王子二人が儚くならない限りないじゃないんだろうか?

 ああ……血で血を拭う王位争いを思い浮かべてしまった。
 そこまでお馬鹿じゃありませんように。

「魔導士長の様子がおかしい」
「え?」

 見ると、実行犯は青い顔で脂汗を流している。やはり、二度続けての召喚術は無理があるようだ。それでもやめる気はなさそうだし、主犯と王子も止める気配がない。あの様子を見ても続行させるなんて、やはり二人とも実行犯より召喚の成功のほうが大事なんだ。

「拙いんじゃない?」
「おそらく。中断してくれればいいんだが」

 いっそのこと、召喚の間に乗り込んでいって私が引導を渡してやろうか。

 だが、召喚の間は遠い。駆けつける間に召喚されてしまうことを考えるとここで送還準備をしていたほうがいいだろう。

『ぐ……ぐぐぐ……ひぃっ』

 本格的に実行犯の様子がおかしい。目がうつろになって体が小刻みに震えているうえにゆらゆらと左右に振り子のように揺れている。

『お……叔父上』
『う、うむ。さすがにこれは』

 主犯と王子も拙いと思ったんだろう、実行犯を止めるためにか彼の体に触れると同時に異変は起きた。

『ぎゃぁぁぁあああ………!!!』

「召喚失敗だ」

 兄王子が私の目を手でふさいで小声でぽつりと言った。
 誘拐犯たちは、いままでの召喚が失敗だと思っているが私が即時送還しているだけで実際は成功している。兄王子にが言う「失敗」は、本物の彼らの失敗。

「殿下、放して」
「いや、見ないほうがいい」

 ここまで来てそれはない。見たくないものを見ずに済ますくらいなら最初からこっそり送還なんかせずに全く関わらずにいたほうが楽に決まっている。失敗が何を指すにしても、呼び出された誰かを還せるのは私だけなのだ。

 兄王子の手を振り払うと、私の目を覆った理由が分かる見るに堪えない光景。

 倒れている実行犯、腰を抜かしている主犯と王子。

 確かめるまでもなく命が消えているとわかる女性。体が捻じれ、普通ではあり得ない角度に曲がっている手足。眼球は飛び出し、押しつぶされたような鼻と限界以上に開かれた口。

 目と言わず鼻と言わず口と言わず流れ出ている血糊。捻じれて避けた皮膚からもが血が噴き出している。

 彼らのいる召喚の間は血塗れになっていた。一人の人間から出たとは思えないほどに大量の血液で。

「これが……召喚の失敗」

 確かに界覗きでも失敗を見たことはある。だが、それは私に無関係の場所で行われた、いわばニュースで戦争を知るくらいの遠さがあった。

 だが、これは。

 私が助けると送り返すと決めていた人。私が関わった命。

 ああ……召喚された被害者を送り返すなんて悠長なやり方を選んだからこうなったのか。
 最初からあいつらをぶっ飛ばしておけば、あの命が奪われることはなかったのに。

「ふっふふふっ……あははは。あはははははは」
「せ……聖女、殿?」
「あははははははははは」

 私が驕っていたせいで失われた命。

「あははははははははは」

 兄王子が必死に私に呼び掛けているけれど。

 もう、すべてを壊してしまいたい。

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