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第6話
しおりを挟む私は、重い足取りで家に帰った。お母さんはまだ入院しているため、今はひとり暮らし状態だ。
鍵を開け、電気を付ける。ひとりきりの家には音も温度も色もない。
初めて、孤独を感じた。
心臓に釘を打ち込まれたみたいに、胸がズキズキする。
私はこの家で、これまで一度も寂しいと感じたことはなかった。お母さんが家にいるときは、いつも調理の音や笑い声なんかが耐えることなく響いていたし、絵で結果が出せなくて辛いときも、だれかと比べて落ち込んでいるときも、お母さんが慰め励ましてくれたから頑張れた。
お母さんが家にいないときだって、スマホでメッセージのやりとりをしたりして、常にその存在をすぐ近くに感じていた。
……でも。
お母さんが京都に帰ってしまったら、私はひとりきりだ。
家のことも自分のことも、すべて自分でやらなくちゃいけない。学校の愚痴だってだれにも言えなくなる。耐えられるだろうか。私に……。
――それなら、と思う。
お母さんがこうなったのはぜんぶ私のせいなのだから、今度は私がお母さんを支えてあげなくちゃいけない。
***
二月の初め。
自由登校になった今も、私はひとりぼっちの生活をしている。まだ慣れない家事にあくせくしていたら、一月はあっという間に終わっていた。
スマホを開くと、美奈子からたくさんの写真やメッセージが届いていた。彼女は今クラスの仲良しメンバーと卒業旅行で沖縄に行っている。
美奈子たちと予定を立てていた卒業旅行。私はキャンセルをした。とても旅行なんて気分じゃなかったし、お金だってかかる。今は無駄遣いする余裕はうちにはない。
美奈子が送ってきた写真をスクロールして見ていると、壁掛けの時計が軽やかなメロディを鳴らした。十一時だ。
今日はお母さんが退院する日。手続きもあるだろうし、そろそろ行かなくてはと腰を上げる。
病院まで迎えに行くと、お母さんは既に帰り支度を終え車椅子に座り、私を待っていた。
「ことり。お迎えありがとうね」
「ううん」
お母さんはまだ自力で歩くことはできない。車椅子に乗ったお母さんはやっぱり小さくて、胸がぎゅっとする。
帰り道、お母さんは私に、公園に寄ろうと言った。そこでお母さんは、おばあちゃんがいる京都に帰ることを告げた。
「ごめんね。でも、ここにいてもことりの負担になっちゃうだけだから」
車椅子の取っ手に力が篭もる。
「……ねぇ、お母さん」
私は車椅子の前に回り、お母さんを見つめる。
「私も、一緒に行く」
「え?」
お母さんが驚いた顔をする。
「私も京都、一緒に帰る」
「なに言ってるの? あなたには大学があるでしょ」
「大学行くの、やめる」
お母さんが目を瞠る。
「私ね、お母さんが倒れてから、ずっと考えてたんだ。これまでお母さんは、私のためにずっと頑張ってくれてた。それなのに私、いつも自分のことばかりでぜんぜんお母さんの手伝いもしてなかったし、苦労も理解してなかった。……だから、これからはお母さんのために頑張りたいの」
「待って、ことり」
お母さんがしんとした声で私を呼ぶ。
「絵は?」
「絵は……もちろん大好きだけど、大学に行かなくても描けるし……。そもそも絵なんて描かなくてもだれも困らないし、私くらい上手い人はいっぱいいるし。だから……」
「ことり」
お母さんは静かに私の話を遮った。私は口を噤み、お母さんを見る。
「いい加減、大人になりなさい」
「え……?」
ひとこと、お母さんはそれだけを言って、それ以上はなにも言わなかった。
私は困惑して、なにも言葉を返すことができなかった。
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