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しおりを挟む翌日から、球技大会の練習が始まった。
牧さんとバドミントンに出場することになった私は放課後、毎日練習に駆り出されていた。
運動はもともときらいではないけれど、リレーと違ってバドミントンなどの球技は苦手だ。
前髪が長い私の視界は、あまりいいものじゃない。
バドミントンの小さくすばしっこく移動する羽根を目で追いかけるのは難しかった。
練習中、私と牧さんは「すみません」と「ドンマイ!」を繰り返した。
二週間目の放課後練習が終わったあと、牧さんが「葉桜さん」と声をかけてきた。
「今日、一緒に帰ってもいい?」
「あ……ハイ」
断れず、頷く。
帰り道、牧さんは相変わらずにこにこ笑顔で私に話しかけてくる。
「ねぇ、葉桜さんって、家どっちのほう?」
「今やってるドラマ、見てる?」
「葉桜さんってきれいな髪してるよね。トリートメントはなに使ってるの?」
次から次へと、忙しなく質問が飛んでくる。
せっせとその質問に答えながら、私は必死に足を前に踏み出す。
彼女はとなりでがちがちに緊張して、萎縮している私を見てどう思っているのだろう。私の顔が引きつっていることに気付いてないなんてことはあるまい。
彼女の視線と質問を交わしつつ、やっと校門の前まで出る。
絶望する。
まだ、ここ。
彼女との分かれ道まで、まだ先は長い。
「ねえねえ葉桜さん!」
牧さんが相変わらずの笑顔で私に絡んでくる。
牧さんのその笑顔が、私はやっぱり苦手だと思った。
それから、さらに一週間。
相変わらずワンテンポ遅れて羽根に反応する私に、とうとう業を煮やしたらしい牧さんが言った。
「ねぇ、ずっと思ってたんだけどさ。葉桜さん、その前髪邪魔じゃない? 私ピン持ってるから貸そうか?」
やっぱり、言うと思った。
途中でいやになるなら、最初から偽善者になんかならなければいいのに。
言いたい気持ちをぐっとこらえて、私は片手で前髪を押さえ「大丈夫」と返す。
球技大会ごときのために前髪をいじるなんて、有り得ない。
「えーでもさぁ、視界不良そうだよ? 危ないし、きっと上げたほうが羽根もよく見えると思うよ! それに、葉桜さんの瞳ってすっごく……」
「大丈夫」
言われなくたって、そんなこと分かってる。分かっててもできないし、したくないのだ。
「……大丈夫。ミスばかりでごめん。練習、頑張るから」
「あーうん、そっか……」
「…………」
私と牧さんの間に沈黙が横たわる。
「……そろそろ終わろっか」
牧さんが体育館の時計を見て言った。私は頷き、片付けを始める。お互い言葉はなく、黙々と作業をした。
その帰り道、私たちは肩を並べて帰りながらも、なかなか会話は弾まない。そもそも弾んだことなどないが。
微妙に気まずい空気が居心地悪く、私は気を紛らわすように空を見上げた。
私たちがいる渡り廊下からは、灰色の曇り空が見える。
ふと、視界の端に校舎が目に入った。窓ガラスには、空が反射して映っていた。そのうちひとつだけ、開け放たれた窓がある。
窓には人影があった。バス停であったことがある、あのひとだ。
窓の縁にもたれかかるようにして、どこか遠くを眺めている。
バス停で出会ったあの日から、私の目はよく彼女を映すようになっていた。
名前も、先輩なのか同級生なのかも知らない彼女。
梅雨の季節なのに、その場所だけ色彩鮮やかに見える不思議。
放課後。昇降口を出て、校門前で立ち止まって、学校のほうを振り返る。
いつも彼女は決まった空き教室の窓際にいる。なにをするわけでもなく、ただぼんやりとどこか遠くを眺めている。
――なにを、見てるんだろう。
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