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「あ、ねぇねぇ葉桜さん」
ぼんやりしていたら、牧さんに声をかけられた。
「あ、なに?」
顔を上げると、うっかり牧さんと目が合い、慌てて目を逸らした。再び歩き出す。
牧さんは動揺する私にかまわず話しかけてくる。
「葉桜さんは、ビビデビって知ってる?」
「ビビデビ……あぁ。あのアイドルの」
「そうそうっ! 私ね、ビビデビの大ファンなんだっ! センターの西野くん、かっこよくない?」
「あ……うん。そうだね」
「だよねっ!」
とりあえず同調してみるけれど、私はビビデビについて名前を知っているくらいで、メンバーなんてひとりも知らない。
これ以上ツッコまれたら、ボロが出る。どうかこれ以上話を広げないでと祈りながら歩く。
「…………あー……なんかごめん。もしかして、そんなに好きじゃなかった……かな?」
少し声が遠くで聞こえて振り向くと、少し離れたところに牧さんが立っていた。
「……あ……いや、あの……そういうわけじゃなくて」
焦るあまり、早歩きで牧さんを置いてけぼりにしてしまっていたようだ。
牧さんは困ったような、ぎこちない笑みを浮かべて、頬をかいた。
「あの……ごめんね。私ばっかりしゃべっちゃって。その……葉桜さん、なにが好きなのか分かんなくて……好きでもない話ばかりでつまんなかったよね、ごめんね」
ハッとした。
「あ、あの……」
――そうじゃない。そうじゃないのに。
言葉が浮かばない。
「あ、じゃあ私、こっちだから。また明日ね!」
牧さんは、逃げるように私と反対方向の道を駆けていってしまった。
「あ……うん、また……」
牧さんの背中がずいぶん遠くなってから、私はようやく口を開く。
――傷付けてしまっただろうか。そんなつもりはなかったのに。
私はただ、人気者の彼女となにを話せばいいのか分からなくて、ただこれ以上きらわれたくなかっただけなのに。
ひとと接するのって、難しい。
気落ちしたまま、とぼとぼとバス停まで歩いた。
胃の辺りがむかむかとする。
別れ際の牧さんの顔が頭から離れない。
牧さんはきっと、前髪の件で気まずくなってしまったから、気を遣ってくれていたのだ。それを私は、さらに気まずい状況にしてしまった。
――どうしたら良かったんだろう、私は。
ため息を漏らしつつ、バス停に着く。
ベンチに座りぐーっと足を伸ばしていると、だれかがとなりに座った。
「やあ」
その声にハッとする。
「あ……」
そこにいたのは、絵画から抜け出てきたような美しいあのひとだった。
どうも、と小さく頭を下げる。
ぽつぽつ、とトタンの屋根を叩く音がする。灰色の空からは、同じ色の水玉が降ってくる。
「そういえばあんた、友だちいたんだね」
「友だち……?」
「背が高くて、きれいな子。さっき一緒に話してたでしょ」
牧さんのことだろう。
「……べつに、友だちじゃないです。あのひとは、球技大会で同じチームなだけのクラスメイトで……」
「そうなの? あの子はすごく仲良くなりたそうにしてたけどね」
――牧さんが?
「……そんなわけないです。彼女はただ、私がひとりだったから声をかけてくれただけで。どうせ本当の私を知ったら、離れていくだろうし」
「そー? まぁ、べつに、どーでもいいけどさ」
どーでもいい。……なら、わざわざ言わなくたってよかったのに。
彼女はつまらなそうにバス停の屋根の先を見ていた。
期待はしない。
それでいつも裏切られてきたのだから。
その横顔にほんの少しムッとしながら、私はじぶんの足元に視線を落とした。
相変わらず、不思議なひとだと思った。
ぼんやりしていたら、牧さんに声をかけられた。
「あ、なに?」
顔を上げると、うっかり牧さんと目が合い、慌てて目を逸らした。再び歩き出す。
牧さんは動揺する私にかまわず話しかけてくる。
「葉桜さんは、ビビデビって知ってる?」
「ビビデビ……あぁ。あのアイドルの」
「そうそうっ! 私ね、ビビデビの大ファンなんだっ! センターの西野くん、かっこよくない?」
「あ……うん。そうだね」
「だよねっ!」
とりあえず同調してみるけれど、私はビビデビについて名前を知っているくらいで、メンバーなんてひとりも知らない。
これ以上ツッコまれたら、ボロが出る。どうかこれ以上話を広げないでと祈りながら歩く。
「…………あー……なんかごめん。もしかして、そんなに好きじゃなかった……かな?」
少し声が遠くで聞こえて振り向くと、少し離れたところに牧さんが立っていた。
「……あ……いや、あの……そういうわけじゃなくて」
焦るあまり、早歩きで牧さんを置いてけぼりにしてしまっていたようだ。
牧さんは困ったような、ぎこちない笑みを浮かべて、頬をかいた。
「あの……ごめんね。私ばっかりしゃべっちゃって。その……葉桜さん、なにが好きなのか分かんなくて……好きでもない話ばかりでつまんなかったよね、ごめんね」
ハッとした。
「あ、あの……」
――そうじゃない。そうじゃないのに。
言葉が浮かばない。
「あ、じゃあ私、こっちだから。また明日ね!」
牧さんは、逃げるように私と反対方向の道を駆けていってしまった。
「あ……うん、また……」
牧さんの背中がずいぶん遠くなってから、私はようやく口を開く。
――傷付けてしまっただろうか。そんなつもりはなかったのに。
私はただ、人気者の彼女となにを話せばいいのか分からなくて、ただこれ以上きらわれたくなかっただけなのに。
ひとと接するのって、難しい。
気落ちしたまま、とぼとぼとバス停まで歩いた。
胃の辺りがむかむかとする。
別れ際の牧さんの顔が頭から離れない。
牧さんはきっと、前髪の件で気まずくなってしまったから、気を遣ってくれていたのだ。それを私は、さらに気まずい状況にしてしまった。
――どうしたら良かったんだろう、私は。
ため息を漏らしつつ、バス停に着く。
ベンチに座りぐーっと足を伸ばしていると、だれかがとなりに座った。
「やあ」
その声にハッとする。
「あ……」
そこにいたのは、絵画から抜け出てきたような美しいあのひとだった。
どうも、と小さく頭を下げる。
ぽつぽつ、とトタンの屋根を叩く音がする。灰色の空からは、同じ色の水玉が降ってくる。
「そういえばあんた、友だちいたんだね」
「友だち……?」
「背が高くて、きれいな子。さっき一緒に話してたでしょ」
牧さんのことだろう。
「……べつに、友だちじゃないです。あのひとは、球技大会で同じチームなだけのクラスメイトで……」
「そうなの? あの子はすごく仲良くなりたそうにしてたけどね」
――牧さんが?
「……そんなわけないです。彼女はただ、私がひとりだったから声をかけてくれただけで。どうせ本当の私を知ったら、離れていくだろうし」
「そー? まぁ、べつに、どーでもいいけどさ」
どーでもいい。……なら、わざわざ言わなくたってよかったのに。
彼女はつまらなそうにバス停の屋根の先を見ていた。
期待はしない。
それでいつも裏切られてきたのだから。
その横顔にほんの少しムッとしながら、私はじぶんの足元に視線を落とした。
相変わらず、不思議なひとだと思った。
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