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第6章・桜の正体
第38話
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クローンの研究はまだまだ課題だらけで、特にいちばんの大きな問題が短命であることだという。
理由は、短期間で大人と同じ大きさにまで成長させなければならないため、臓器の機能は大人と同じ大きさになっても子ども以下で、移植したとしても長くは持たないらしい。
蝶々さんの話は、僕には現実味がなさすぎて、ほとんど理解が追いつかない。
そんな僕に追い打ちをかけるように、蝶々さんはさらに言った。
――クローンは、ふつうの食事ができないのだと。だから桜はこれまで基本的に点滴で栄養補給をしていたのだと。
『……それって、どういうこと? もし、桜が食事をしたらどうなるの』
『臓器はすぐに劣化して、短命な命をさらに儚いものにするだろうね』
銃の引き金を引かれたような心地だった。
だって。
僕はこれまで彼女と、何度も食事をしている。
サイダーをあげた。お弁当のおかずもあげた。それだけじゃない。お弁当交換をして、デートのとき、オムライスを食べたりもした。
つまり、僕は。
これまでの僕の行動は、桜の命を……。
突き付けられた現実に、僕は愕然とする。
『桜は……僕のせいで死ぬの?』
じぶんの声なのに、やけに遠くに聞こえる。
頭を抱えた。なにから考えたらいいのか、もはやなにを考えていいのかすら、分からなくなる。とりあえず分かっていることは、僕が桜の命を奪っていたという事実。
『桜は……桜は』
声が震え出す。
『落ち着いて、しおちゃん』
『だって、だって……桜にお弁当をあげたのは僕だ。オムライスだって、ケーキだって……僕のせいで……桜は』
『しおちゃん、落ち着いて』
『僕が桜を殺すんだ!』
取り乱す僕を、蝶々さんが何度も呼ぶ。
『桜ちゃんはね、施設外での飲食が禁じられていること、その理由、ぜんぶちゃんと知ってた。分かったうえで破ったの。それがどういうことだか、しおちゃんは分かる?』
『僕が、なにも知らずに一緒に食べようって言ったから』
込み上げてくる涙をこらえながら言うと、蝶々さんははっきりとした声で『違うよ』と否定した。
蝶々さんが僕の話を否定するのは、これで二度目だ。
『きっと、桜ちゃんは知りたかったんだと思う。しおちゃんと同じものを見て、食べて、感情を共有したかったのよ』
『共有……?』
僕は涙を拭うこともできぬまま、呆然と蝶々さんを見る。
『桜ちゃん、お姉さんを亡くしてからずっと塞ぎ込んでたから……。でも、ある日突然、とても性格が明るくなって、いろんなことに興味を持つようになったの。夢ちゃんが亡くなって、少しした頃。ちょうど、しおちゃんがこの街に来た頃よ』
『……でも僕と出会わなかったら、桜はもっと生きられた』
蝶々さんは、
『たしかにそうかもしれない』
と言いつつ、けどね、と続ける。
『桜ちゃんはしおちゃんに出会って、初めてじぶんの人生を生きたんだと思う。生きるってね、ただ毎日を淡々と過ごすことじゃないよ。じぶんで考えて、じぶんの意思で選択する。好きなひとと好きなことをして、好きなものを食べて……そうやっていろんなことを学んで、いろんな可能性をじぶんで選択していくこと』
『でも』
膝の上に置いた手をぎゅっと握り込む。その手を、蝶々さんが優しく握った。
『しおちゃん。ひとはみんな、いつかは死ぬよ。私も、しおちゃんも。生まれてすぐ亡くなる子だっているし、死ぬことは特別なことなんかじゃない』
分かってはいても、僕の頭はどうしたって、もし、を考えてしまう。もし、僕が余計なことをしなければ。僕とさえ出会っていなければ。
黙り込んでいると、蝶々さんは続けた。
『しおちゃん。私にはもう、ふたりに時間を作ってあげることしかできない。だから、後悔しない選択をして。……ただ、しおちゃんがどんな選択をしたとしても、これだけは忘れないで。しおちゃんとの時間を選んだのは、桜ちゃん自身。彼女の意志だよ。だから、責めないで』
頭のなかは、真っ白だった。
僕は、どうするべきなのだろう……。
蝶々さんは椅子から立ち上がり、窓際へ向かう。
『お別れの選択肢があるっていうのは、贅沢なことだよ』
そうかもしれない。だけど、いきなりそんなこと言われて、受け入れられるわけがない。
虚しさが胸いっぱいに広がって、僕は唇を噛み締める。
『……蝶々さんは、しょせん他人だ』
窓に目を向け、街の景色を眺めていた蝶々さんが振り返る。
僕が言い返すとは思わなかったのだろう。少し驚いたような顔をしている。
『だってそうだろ。蝶々さんは、当事者じゃないからそんなこと言えるんだ。蝶々さんがもし僕の立場だったら、もし僕と同じ年齢で、同じ状況で当事者になってたら、冷静にお別れしようなんて思える!? 彼女は僕のせいで死ぬかもしれないのに!』
蝶々さんは苦しげに目を伏せる。
こんなの、八つ当たりだ。蝶々さんはかつての後悔を踏まえて、僕に助言してくれているのに。
……でも、だからって。大切なひとの死を受け入れるなんて……そんな選択、僕にはできない。僕はまだ、そんなに大人にはなれない。
『……そうだね。ごめんね』
蝶々さんはそれだけ言って、部屋から出ていった。
理由は、短期間で大人と同じ大きさにまで成長させなければならないため、臓器の機能は大人と同じ大きさになっても子ども以下で、移植したとしても長くは持たないらしい。
蝶々さんの話は、僕には現実味がなさすぎて、ほとんど理解が追いつかない。
そんな僕に追い打ちをかけるように、蝶々さんはさらに言った。
――クローンは、ふつうの食事ができないのだと。だから桜はこれまで基本的に点滴で栄養補給をしていたのだと。
『……それって、どういうこと? もし、桜が食事をしたらどうなるの』
『臓器はすぐに劣化して、短命な命をさらに儚いものにするだろうね』
銃の引き金を引かれたような心地だった。
だって。
僕はこれまで彼女と、何度も食事をしている。
サイダーをあげた。お弁当のおかずもあげた。それだけじゃない。お弁当交換をして、デートのとき、オムライスを食べたりもした。
つまり、僕は。
これまでの僕の行動は、桜の命を……。
突き付けられた現実に、僕は愕然とする。
『桜は……僕のせいで死ぬの?』
じぶんの声なのに、やけに遠くに聞こえる。
頭を抱えた。なにから考えたらいいのか、もはやなにを考えていいのかすら、分からなくなる。とりあえず分かっていることは、僕が桜の命を奪っていたという事実。
『桜は……桜は』
声が震え出す。
『落ち着いて、しおちゃん』
『だって、だって……桜にお弁当をあげたのは僕だ。オムライスだって、ケーキだって……僕のせいで……桜は』
『しおちゃん、落ち着いて』
『僕が桜を殺すんだ!』
取り乱す僕を、蝶々さんが何度も呼ぶ。
『桜ちゃんはね、施設外での飲食が禁じられていること、その理由、ぜんぶちゃんと知ってた。分かったうえで破ったの。それがどういうことだか、しおちゃんは分かる?』
『僕が、なにも知らずに一緒に食べようって言ったから』
込み上げてくる涙をこらえながら言うと、蝶々さんははっきりとした声で『違うよ』と否定した。
蝶々さんが僕の話を否定するのは、これで二度目だ。
『きっと、桜ちゃんは知りたかったんだと思う。しおちゃんと同じものを見て、食べて、感情を共有したかったのよ』
『共有……?』
僕は涙を拭うこともできぬまま、呆然と蝶々さんを見る。
『桜ちゃん、お姉さんを亡くしてからずっと塞ぎ込んでたから……。でも、ある日突然、とても性格が明るくなって、いろんなことに興味を持つようになったの。夢ちゃんが亡くなって、少しした頃。ちょうど、しおちゃんがこの街に来た頃よ』
『……でも僕と出会わなかったら、桜はもっと生きられた』
蝶々さんは、
『たしかにそうかもしれない』
と言いつつ、けどね、と続ける。
『桜ちゃんはしおちゃんに出会って、初めてじぶんの人生を生きたんだと思う。生きるってね、ただ毎日を淡々と過ごすことじゃないよ。じぶんで考えて、じぶんの意思で選択する。好きなひとと好きなことをして、好きなものを食べて……そうやっていろんなことを学んで、いろんな可能性をじぶんで選択していくこと』
『でも』
膝の上に置いた手をぎゅっと握り込む。その手を、蝶々さんが優しく握った。
『しおちゃん。ひとはみんな、いつかは死ぬよ。私も、しおちゃんも。生まれてすぐ亡くなる子だっているし、死ぬことは特別なことなんかじゃない』
分かってはいても、僕の頭はどうしたって、もし、を考えてしまう。もし、僕が余計なことをしなければ。僕とさえ出会っていなければ。
黙り込んでいると、蝶々さんは続けた。
『しおちゃん。私にはもう、ふたりに時間を作ってあげることしかできない。だから、後悔しない選択をして。……ただ、しおちゃんがどんな選択をしたとしても、これだけは忘れないで。しおちゃんとの時間を選んだのは、桜ちゃん自身。彼女の意志だよ。だから、責めないで』
頭のなかは、真っ白だった。
僕は、どうするべきなのだろう……。
蝶々さんは椅子から立ち上がり、窓際へ向かう。
『お別れの選択肢があるっていうのは、贅沢なことだよ』
そうかもしれない。だけど、いきなりそんなこと言われて、受け入れられるわけがない。
虚しさが胸いっぱいに広がって、僕は唇を噛み締める。
『……蝶々さんは、しょせん他人だ』
窓に目を向け、街の景色を眺めていた蝶々さんが振り返る。
僕が言い返すとは思わなかったのだろう。少し驚いたような顔をしている。
『だってそうだろ。蝶々さんは、当事者じゃないからそんなこと言えるんだ。蝶々さんがもし僕の立場だったら、もし僕と同じ年齢で、同じ状況で当事者になってたら、冷静にお別れしようなんて思える!? 彼女は僕のせいで死ぬかもしれないのに!』
蝶々さんは苦しげに目を伏せる。
こんなの、八つ当たりだ。蝶々さんはかつての後悔を踏まえて、僕に助言してくれているのに。
……でも、だからって。大切なひとの死を受け入れるなんて……そんな選択、僕にはできない。僕はまだ、そんなに大人にはなれない。
『……そうだね。ごめんね』
蝶々さんはそれだけ言って、部屋から出ていった。
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