レプリカは、まだ見ぬ春に恋を知る。

朱宮あめ

文字の大きさ
52 / 52
終章・桜と夢

最終話

しおりを挟む

 千鳥桜は、夢を見ていた。
 最後の夢の舞台は、やはりあの神社だった。
 桜の蒼ざめた瞳には、まるでカメラのシャッターを切ったときのようなフラッシュとともに映像が弾ける。
 大きな注連縄に、紫陽花の花が浮かんだ手水舎。大銀杏に、能舞台。
 それから――大きな桜の木。
 神社の入り口にある鳥居には、紫之宮神社という文字がある。
 鳥居をくぐり、参道を抜けた桜はまっすぐ桜の木へ向かう。そこには、人影があった。高校生くらいの少年だ。
 桜の、大好きなひとだった。
『汐風くん!』
 桜がそのひとの名前を呼ぶと、汐風の影が太陽の下に浮かび上がる。鮮明になった汐風の顔に、みるみる笑顔が広がっていく。
『桜!』
 名前を呼ばれ、桜は彼の元へ駆け出す。
 駆け寄った桜に、汐風は遅いよ、と文句を垂れる。桜はごめんと笑いながら、周囲を見た。
『ねぇ、ネコ太郎は?』
 桜が訊ねると汐風は、背後の能舞台を振り返った。
『あそこだよ』
 汐風が指を指した先には、小さな黒猫がいた。ネコ太郎である。
 桜は元気よく駆け寄り、ネコ太郎をひょいと抱き上げる。仔猫の抱きかたも、すっかり慣れたものだ。
『可愛い~!』
 桜は悶絶しながらネコ太郎のお腹に顔を埋めた。
『それより、みんなはまだ?』
 汐風が言ったそのときだった。
『おまたせー』
 境内に、桜によく似た声が響いた。
『お姉ちゃん!』
 桜はネコ太郎を抱きかかえたまま、今度はやってきた少女に駆け寄った。桜によく似た女の子。可愛らしい、花のような可憐な女の子だ。
 桜の姉、夢である。夢は鮮やかなオレンジ色のワンピースを着ていた。桜の白いワンピースと形が似ている。以前、蝶々と三人で買い物に行ったときにおそろいで買ったものだった。
『遅いよ!』
『ごめんって』
 桜は汐風とした似たような会話を夢と繰り返しながらも、嬉しさを堪えられずに笑った。さらに夢の背後には、すらりとした女性がふたり立っていた。
『先生!』
 ひとりは、蝶々だった。桜と汐風は、蝶々のとなりに佇むもうひとりの女性に目を向ける。
 ボブヘアの女性だ。蝶々と比べると目元の皺が少し目立つが、きれいなひとだ。
『あれっ? 風花ふうかさん!』
 今度は夢のほうが懐っこい笑みを浮かべて、風花と呼んだ女性に駆け寄った。
 風花は蝶々の親友だ。蝶々の中学時代からの親友で、現在は彼女と同じ研究施設で働いている。といっても彼女は事務なので、桜は会ったことがなかったが。だが、蝶々の話によく出てくる人物なので名前は知っていた。
『もしかして、今日はお仕事お休みなんですか?』
 夢が訊く。
『そうなの。さっき神社の入り口でたまたま居合わせてね――もしかして、あなたが桜ちゃん?』
 夢の背後に隠れていた桜に、風花が優しく声をかける。桜は少し恥ずかしそうにしながらも、こくりと頷いた。
『はじめまして、桜ちゃん』
『……こんにちは』
 すると、桜の様子を見た夢が笑った。
『なーに。桜ったら、緊張してるの?』
『しっ……してないよ!』
 夢に笑われ、桜はムッとした顔をした。その顔を見た夢がさらに笑う。
『そうだ! お休みなら風花さんもいっしょに行きましょ!』
『えっ、でも、いいの?』
 風花は申し訳なさそうに微笑みながら、蝶々と目を合わせる。
『いいね、それ! どうせ風花、ひまでしょ?』
『ひどいな。ひまじゃないってば!』
『あら、そう?』
『……でも、そういうことならお邪魔しようかな』
 蝶々と風花が楽しげに話している姿を見ながら、夢が言った。
『先生、楽しそうだね』
 桜は蝶々と風花を見つめたまま、うん、と頷いた。
 風花と会話をする蝶々は、まるで少女のように無邪気だった。
 そのあとすぐに、涼太と彩もやってきた。続けて、凪もやってくる。
 普段は静謐せいひつな神社があっという間に騒がしく、カラフルに色付く。
『さて、そろったね!』と、汐風が言う。となりで桜も頷いた。
『うん、そろった』
『今日はどこ行く?』
『はい! 俺、遊園地がいい!』と、すかさず涼太が言う。
『私はショッピング!』
『前に汐風くんと行ったカフェにもまた行きたいなぁ』
 続けて彩と桜が負けじと提案する。
 栃木に来るのが初めてである凪は、『なんだよ、それー! そんなこと言われたら、俺はどれもぜんぶ行きてーよ!』と騒ぎ出す。
 収集がつかなくなってきた。女子陣は困ったように笑っている。
『じゃあ分かった。順番にぜんぶ行こう』
 汐風はそう言って、桜の手を取る。もう片方の桜の手を、夢が握った。
『うん、そうしよう』
『どこからがいい? 桜』
 夢は、笑顔で妹に問いかける。
『うーんと、じゃあ……』
 遠くで波の音がする。汐風に包まれた夜の静寂しじまの片隅。
 桜は、大好きなひとたちと笑い合う夢の途中で、安らかに旅立った。


しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

葉方萌生
2025.07.23 葉方萌生
ネタバレ含む
2025.07.23 朱宮あめ

萌生さん、すてきな感想ありがとうございます。
読んでもらった上に感想までいただけるなんて……本当にいつもすっごく元気づけられます。
ひとの心の奥底に眠ってる感情を揺さぶる力……泣
なんて嬉しい言葉!
嬉しすぎてこの言葉をもらえただけで、ほこじんに出した甲斐がありました……!
お読みいただき、ありがとうございました!

解除
じゅ〜ん
2025.07.09 じゅ〜ん

お久しぶりです。元・純ちゃんです。

この作品も凄いなと思ってありがたく読ませてもらってたら朱宮さん、有名な作家さんだったんですね。納得です。

アルファポリスの数多くの作家さんの作品読ませてもらっていますが、俺の中ではあなたが一番の天才ですよ!

2025.07.09 朱宮あめ

じゅ〜んさん、ありがとうございます〜!
読んでいただいて嬉しいです〜!
とんでもないです、いつも読んでくださって感謝しかありません!
ありがとうございます✨️

解除

あなたにおすすめの小説

神楽囃子の夜

紫音みけ🐾書籍発売中
ライト文芸
※第6回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。  年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。  四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。  

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇  

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。