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第1章
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しおりを挟む掴まれていたところがじんじんとして、私は思わず、男の子をキッと睨んだ。
「ちょっと、なにするのよ!」
「なにじゃない! 危ないだろ!」
容赦のない怒鳴り声が私の耳を貫き、無性に涙が込み上げてくる。けれど、知らない人の前で泣くのが嫌で、私は懸命に唇を噛み締めてこらえた。
「あなたには関係ないでしょ!」
震える声を誤魔化すように強く言い返すと、
「じぶんがなにしようとしたか分かってるの!? 落ちてたら、死んでたんだよ!」と、さらに怒鳴りつけられた。
耳がきぃんとして、思わず耳を押さえた。
なにも知らないくせに。
下腹のほうから、苛立ちがふつふつと湧き上がってきた。
「あなたこそ、いきなりなんなのよ!? 分かってるよ! 見れば分かるでしょ! 死のうとしてたの! 死にたいからここにいたの! 放っておいてよ!」
強い口調で言い返しながら、なんで他人にこんなことを言わなきゃならないのだと、余計に腹が立ってくる。
その意思を込めてぎゅっと唇を引き結んだままでいると、男の子が呆れたようなため息をついた。
「放っておけるわけないだろ。目の前で死のうとしてる奴がいたら、だれだって助けるよ」
当たり前のように言われ、じぶんの顔がこわばるのが分かった。
「……助けるってなによ。もしかして、自殺を止めることが私を助けることだとか思ってるの? だったら間違い。そんなの、あなたの勝手な自己満足でしかない。私を助けたいなら、素直に死なせて」
「……いやだ」
男の子は、迷いのない瞳で私を見下ろしている。
……違う。
彼の言うとおりだ。目の前でだれかが苦しんでいたら、助けるのが当たり前。
その当たり前ができないのは、私だ。私は、来未を……。
青白い手を見下ろす。手首には、男の子に掴まれた跡がくっきりと残っていた。こんなに跡が残るなんて、ずいぶん強く握られていたらしい。
……助けるなら私じゃなくて、あの子を助けてほしかった。あのときだって、あの子は必死に助けてって叫んでいたのに。
助けるだなんて簡単に言ってしまえるこの人が羨ましい。私を柵の内側へあっさり引き戻してしまうその手が羨ましい。
ぎゅっと拳を握り、男の子の大きな手を見つめる。
大きくて、骨張った、男らしい手。なんでも守れそうな力強い手だった。この手があれば、私にもあの子を助けることができたのだろうか。
「……あなたは、いいなぁ」
「え?」
あの子はもういないのだから、今さら後悔したって遅いのだ。それでも思わずにはいられない。
「……とにかく、あなたには悪いけど、私には救われる資格なんてないの。だからもう、どこかへ行って。お願いだから、ひとりにして」
そう呟いて、私は男の子を拒むように顔を背けた。
「……よく分かんないけどさ、そばにいるよ」
その場で座り込んだまま項垂れる私に、男の子がしっとりとした声で言った。
「……なんで?」
「……だって、俺がいなくなったら君、また自殺しようとするでしょ」
「だったらなによ。私の命なんだから、どうしようが私の勝手でしょ」
それこそ、赤の他人のあなたには関係のないことだ。
「うわ、なにその言い草、可愛くない。それに、それこそ無責任だと思うけど」
「あぁ、もううるさいな……なにも知らないくせに」
力なく言い返すと、男の子は静かに、でも強い口調で続けた。
「知らないよ。けど、それでもいやなんだよ」
……変わった人。
いなくなる気配のない男の子に、私は諦めのため息を漏らす。完全に死ぬタイミングを逃してしまった気がするけれど、私の正体を知れば、さすがに消えてくれるだろうか。
「……じゃあ、私が人殺しだって言っても助けてくれるの?」
「……は? 人、殺し……?」
男の子があからさまに動揺する。
「そうよ。私が人殺しだって知っても、あなたはまた助けてくれるの?」
男の子は私を見つめたまま、黙り込んだ。
当たり前の反応だ。私に、悲しむ資格なんてない。
その反応に、ほんの少しだけショックを受けているじぶんがいることに気付いて、呆れた。
こんな状況でも、私はまだ救われようとしているのか、と。
ダメだよ、現実を、目の前の表情を見て。
私の正体を知った人はみんな、こういう顔をするんだ。
こういう目で、私を見るんだから。
やっぱり私は、存在するべきじゃないんだ。
男の子の表情に、私は再び覚悟を決めた。
……ただ。
ただ、ひとつだけ言いたいことがあるとすれば、後悔するなら最初から関わらなければいいのにとだけ思った。
勝手に助けて、勝手に後悔して、バカみたい。
「……もう迷惑だから、あっち行って」
目を伏せる。
次に目を開けたときには、きっと男の子はいなくなっているだろう。
それでいい。
そうしたら、またあの柵を乗り越えてしまおう。今度こそそれで、すべてが終わるのだ――。
2
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