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第1章
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しおりを挟む「……ねぇ、なんで死のうとしてたのか、聞いてもいい?」
りんご飴を食べ終わって、ぼんやり街の景色を眺めていると、不意に静かな声で、男の子が訊ねてきた。
言いたくないわけじゃないけれど、すんなり答えるのもどうかと思い、私は咄嗟に「名前、教えてくれたらね」と返す。
すると、
「俺は綺瀬」
男の子が名乗った。
「アヤセ? それって苗字? 名前?」
「名前。苗字は紫咲。紫咲綺瀬だよ」
「ふぅん……」
珍しい、きれいな名前だと思った。
男の子改め、綺瀬くんが、私を「君は?」という視線で見つめる。
「……私は榛名水波。ねぇ、紫咲くんはなんで私の名前知ってたの?」
「えー、そこは綺瀬って呼んでよ。だから苗字言わなかったのに」
……ため息を漏らす。
と同時に、この人案外めんどくさい性格だな、と思った。
「……ハイハイ、じゃあ綺瀬くん。綺瀬くんは、なんで私の名前を知ってたんですか」
「図書館で何度か見かけたことがあったんだ。君のこと。それで、君と同じ南高の人がキミの噂話をしてて、名前を知ったの。南高の水波ちゃんって覚えやすくない?」
「え……綺瀬くんってもしかして」
思わずげんなりして綺瀬くんを見る。
「いや、冗談だよ!? 冗談だからね!?」
「ここ、地元の人でもなかなか知らない穴場だよね。私も初めて来たし。そんな場所で偶然会うとかふつうじゃ……」
「いや、待って待って! 俺、べつに君のストーカーとかそういうわけじゃないから! 断じて!」
冗談のつもりでまだ怪しむ視線を送ると、綺瀬くんはさらに慌てた様子で否定した。
「だから違うって! たまたま名前が耳に入ったから覚えてただけで……。それでなくたって君、いつもひとりで図書室にいるんだもん。目立つ容姿してるし、だれだって気になるでしょ!」
綺瀬くんはわざとらしく『ひとり』の部分を強調した。
「…………」
ムッとする。
「悪かったですね、変わり者で。いつもひとりで」
「……あ、もしかして怒った? ごめんごめん。ほら、このかき氷あげるから機嫌直してよ。ね?」
「もう溶けてるじゃん!」
「ジュースだと思って!」
ため息をつく。
「……いらない。それから、べつに怒ってないし」
「怒ってるじゃん。ほら、もう。可愛い顔が台無しだよ? スマイルスマイル!」
さらりとドン引くようなことを言う綺瀬くんに、げんなりする。
「水波は笑ってたほうが可愛いよ」
綺瀬くんは膝に頬杖をつき、私を見上げている。
目が合う。逸らしたら負けな気がするけれど、無理。逸らした。
……ふつう、初対面の異性にこういうこと言う?
もしやこの人、タラシなのだろうか。……うん、きっとそうに違いない。となると、私としてはあんまり関わりたくないタイプかもしれない。
黙り込んでいると、綺瀬くんは私が照れていると思ったのか、
「え、これも冗談だよ?」
と、ケロリとした声で言った。
「はぁ!? 冗談!?」
「うん ……あれ? なんか水波、顔赤い?」
自分でも顔が熱くなるのが分かった。
伸びてきた綺瀬くんの手を振り払う。
「最低! 信じらんない! ふつうこういうこと冗談で言わないから!!」
「ごめんよ、そんな本気にすると思わなくて」
「ほ、本気になんてしてないってば!」
「ははっ! そっかそっか」
「もう帰る!」
勢いよく立ち上がると、綺瀬くんが慌てて私の手をとった。
「ごめん、謝るから行かないでよ」
「…………じゃあ、離して」
パッと綺瀬くんの手が離れる。
服の皺を伸ばしてから座り直すと、綺瀬くんはホッとしたように表情をゆるめた。
再び沈黙が落ちた。
葉と葉が擦れる音が耳を支配する。
「……どうしてこんなことしたの?」
もう一度、綺瀬くんが訊いた。
心臓が、どくんと跳ねる。
「どうしてって……」
それは。
言葉に詰まり、ぎゅっと拳を握る。
「……言ったでしょ。私は人殺しだって」
「うん。だからそれ、どういうこと? 当たり前だけどさ、直接殺したとかそういうんじゃないんだろ?」
「…………」
目を逸らし、不機嫌さを隠さずに告げる。
「……綺瀬くんは、なんでそんなこと知りたいの? べつに私のことなんて関係ない。どうだっていいじゃない」
「まぁ、たしかにさっきまではそうだったかもしれないけど。でも、今は君の恩人なんだから、聞く権利があると思わない?」
にこやかに言われてしまった。
「……ちっ」
……めんどくさい人だ、やっぱり。
「……君って、舌打ちするのクセなの? それやめたほうがいいよ。キレイな顔で舌打ちって結構効くから」
いや、ふだんはしないし。綺瀬くん限定だし。
「……まぁいいや。とにかくね、俺が君にかまうのは、君のことが気になるからだよ。とはいってももちろん興味本位じゃない。ただ理由が分かれば、君をちゃんと助けられるかもしれないから。だから聞きたい」
「助ける……? どうして?」
私には、助けられる資格なんてない。
私には、助けを求める権利なんてない。
それだけじゃない。
だって私たちは、ついさっき会ったばかりなのだ。
それなのに、綺瀬くんがここまでしてくれる理由はいったい……。
「……理由なんてないよ。あるとすれば、君ともっと仲良くなりたいから、今ここに繋ぎ止めておきたい。それだけだよ」
綺瀬くんの言葉は、乾き切った私の胸に深く染み込んでいった。
「だからお願い。話して」
あまりにもまっすぐな眼差しが、私を射抜いた。
「私は……」
小さく息を吸ってから、口を開いた。
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