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第1章
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しおりを挟む「……なんなの」
ひとり取り残された私はベンチに座ったまま、ぼんやりと夕暮れの街並みを眺めた。
赤紫色に滲んだ空には、まるで絵に描いたような入道雲。家屋もビルも学校も、街全体が燃えるような赤に染まっている。
あまりの眩しさに目を細める。
蝉の声がジリジリと暑さを誇張する。髪が頬に張り付いて煩わしい。
……暑い。肌が焼かれるようだ。
カラスの鳴き声や人々の生活音がする。ついさっきまで、まるで耳に入ってこなかった雑音たちが、今さらになって迫ってくるようだった。
急に現実に引き戻されたような心地になる。
……まったく、なんだったのだろう。
まるで台風のような男の子だった。
初対面なのに、土足で私の心に踏み込んできて。あっという間に私を死の淵から連れ戻してしまった。
一瞬のできごとだったように思う。
柵を越えたことも、腕を掴まれたことも、あの、男の子のぬくもりも……。
蝉の声が聞こえてくる。
もしかして、暑さが見せた白昼夢だったのではと思い始めた頃、例の男の子が戻ってきた。
男の子は手に、りんご飴とかき氷を持っていた。かき氷の山のてっぺんには可愛らしいピンク色が乗っている。イチゴ味だろう。
「はい!」
男の子は私に両方差し出してくる。
「……え? 私に?」
私は目を瞬かせた。
戸惑いがちに、男の子と食べ物を交互に見る私を見て、
「ほかにだれがいるの?」
と、男の子は笑う。
「……いらない。私、今お金持ってないし」
なにせ死ぬ気だったから食欲だってない。
「いらないよ、そんなの。ほら、食べな」
と、ぐいっと手を突き出してくる男の子。
目の前に差し出されたふたつを見て、迷いながらも「ありがとう」と言ってりんご飴を受け取った。
男の子は私の左どなりに座って、私が受け取らなかったほうのかき氷を、プラスチックのスプーンでしゃくしゃくと突き刺して食べ始めた。
そんな彼の様子を見て、なんというか、やっぱり不思議な人だな、と思った。
りんご飴の舌に絡む独特の甘さに、こんなに甘かったっけと思う。
表面に歯を立てると、飴がパキッと割れた。砕けた飴をかじりながら、そういえば、幼い頃はりんご飴をかじった瞬間が好きだったな、なんてしょうもないことを思い出した。
りんご飴の味自体は特に好きでもなんでもなかったのだけれど、透き通った硝子にひびが入っていくような感じがなんとなく好きだったのだ。
……なんて、一度死を覚悟したからだろうか。
とりわけ好きでもなかったはずのりんご飴なのに、「おいしい」と思うだなんて。
なにかをおいしいと思うのは、どれくらいぶりだろう。そういえば、事故後、味を感じたことがあっただろうか。たぶん、ない。そんな余裕はなかった。
甘くてぬるくて、重い味が舌に絡まる。しばらく無心で舐め続けた。
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