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第3章
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体育館前に戻ると、バスケ部の集団はいたものの、琴音ちゃんの姿はなかった。
「あれ、いないね。どこに行ったのかな」
「やっぱり目が合ったのに無視して行っちゃったこと、怒ってるのかも……」
歩果ちゃんのテンションがするすると下がっていく。
そんな歩果ちゃんの頬を、ちょんとつついた。歩果ちゃんが顔を上げて私を見る。
「違うよ。きっと歩果ちゃんのこと探してるんだよ」
「そ、そうかな? そうだよねっ」
よしっ、と、歩果ちゃんがガッツポーズをする。
表情が天気のようにころころと変わる歩果ちゃんに、
「ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
「えっ? なになに、水波ちゃん、今なんで笑ったの?」
歩果ちゃんは不思議そうに、大きな瞳をまるまるとさせて私に顔を寄せた。
「いや、ごめんね。可愛いなって」
「えぇ、なにそれ! 私より可愛い人に言われても嬉しくないよ」
歩果ちゃんは今度はぷんすかと怒ったふりをした。
「そんなことないよ。このほっぺとかめちゃくちゃ可愛いよ、ほら」
ふくれた頬をつんとすると、ひゅっと空気が抜ける。その顔がおかしくて、私はさらに笑う。
「私の顔で遊ばないでよっ」
と、歩果ちゃんが私の腕に抱きついてきた。
「ごめんごめん」
それでも笑いをこらえ切れないでいると、
「もう、今度はなに?」
歩果ちゃんは、ずいっと私に顔を寄せて追求してきた。
私はようやく笑うことをやめて、言った。
「……ううん。なんかね、嬉しいの」
「嬉しい?」
「ふたりが喧嘩しちゃったことはあまりいいことじゃないのかもしれないけど、ふたりが喧嘩したことで私が歩果ちゃんと話すきっかけができたのかなって思ったら、ちょっとラッキーだったかもって思っちゃって」
なにより、歩果ちゃんがこんなに可愛くて面白い子だなんて思わなかった。話してみなければ分からないこともあるものだとつくづく実感した。
歩果ちゃんはしばらく私の顔を眺めると、ぷはっと笑った。
「そっかぁ。じゃあ私が琴ちゃんと喧嘩したのは、水波ちゃんと仲良くなるためだったんだね!」
「……うん。そうかも」
ふたりの喧嘩が私のための喧嘩だったなら、私もふたりがちゃんと仲直りできるように協力しなきゃ。
そう、素直に思った。
「……水波ちゃんってなんか不思議。私ね、実を言うと、最初は水波ちゃんのことちょっとだけ苦手だったんだ」
「え? そうなの?」
「うん。水波ちゃん、大人っぽくてきれいだし、だれとも仲良くしようとしないから、私たちのこと子供っぽいとか思ってるのかなって勝手に思ってた。だけど、本当はすっごく優しくて前向きなんだね! 私、ぜんぜん知らなかった。誤解してて本当にごめんね」
きょとんとするのは、今度はこちらの番だった。目を丸くして、歩果ちゃんを見つめる。
「前向き? 私が?」
「うん。すっごく前向き! 水波ちゃんに大切に思われてるその親友が羨ましくなっちゃったよ」
「……そうかな」
曖昧に笑う。今さらいくら思ったところで、と思っていたけれど……。
「そうだよ。思いは人を変えるってよく聞くけど、本当だったんだね! それから、じぶん自身も」
「じぶん自身も?」
「そうだよ。私ね、昔から人見知りで、琴ちゃん以外友達いなかったんだ。ぶっちゃけほしいとも思ってなかった」
でも、と歩果ちゃんが私を見上げる。
「私、水波ちゃんのことすごく好きかも。友達になりたい。大切なクラスメイトじゃなくて」
私がさっき言った言葉を引用して、歩果ちゃんは私へ思いをまっすぐに伝えてくれる。
うわ……。
心の中に小さく点っていた灯火が、ふわふわと全身に流れていくようだった。
思わず黙り込む。そのあたたかさに放心した。
……すごい。
心があたたまったときって、人は言葉を失くすんだ。
しばらく感動に浸っていると、
「……水波ちゃん?」
大丈夫? と歩果ちゃんに顔を覗き込まれ、ハッと我に返る。
「あ、だ、大丈夫」
「そっか、よかった」
歩果ちゃんは安心したように微笑んだ。
「あのね、歩果ちゃん。私も……」
私も歩果ちゃんと友達になりたい、と言おうとしたときだった。
「――歩果っ!」
渡り廊下に、凛とした声が響いた。
「あれ、いないね。どこに行ったのかな」
「やっぱり目が合ったのに無視して行っちゃったこと、怒ってるのかも……」
歩果ちゃんのテンションがするすると下がっていく。
そんな歩果ちゃんの頬を、ちょんとつついた。歩果ちゃんが顔を上げて私を見る。
「違うよ。きっと歩果ちゃんのこと探してるんだよ」
「そ、そうかな? そうだよねっ」
よしっ、と、歩果ちゃんがガッツポーズをする。
表情が天気のようにころころと変わる歩果ちゃんに、
「ふふっ」
私は思わず笑ってしまった。
「えっ? なになに、水波ちゃん、今なんで笑ったの?」
歩果ちゃんは不思議そうに、大きな瞳をまるまるとさせて私に顔を寄せた。
「いや、ごめんね。可愛いなって」
「えぇ、なにそれ! 私より可愛い人に言われても嬉しくないよ」
歩果ちゃんは今度はぷんすかと怒ったふりをした。
「そんなことないよ。このほっぺとかめちゃくちゃ可愛いよ、ほら」
ふくれた頬をつんとすると、ひゅっと空気が抜ける。その顔がおかしくて、私はさらに笑う。
「私の顔で遊ばないでよっ」
と、歩果ちゃんが私の腕に抱きついてきた。
「ごめんごめん」
それでも笑いをこらえ切れないでいると、
「もう、今度はなに?」
歩果ちゃんは、ずいっと私に顔を寄せて追求してきた。
私はようやく笑うことをやめて、言った。
「……ううん。なんかね、嬉しいの」
「嬉しい?」
「ふたりが喧嘩しちゃったことはあまりいいことじゃないのかもしれないけど、ふたりが喧嘩したことで私が歩果ちゃんと話すきっかけができたのかなって思ったら、ちょっとラッキーだったかもって思っちゃって」
なにより、歩果ちゃんがこんなに可愛くて面白い子だなんて思わなかった。話してみなければ分からないこともあるものだとつくづく実感した。
歩果ちゃんはしばらく私の顔を眺めると、ぷはっと笑った。
「そっかぁ。じゃあ私が琴ちゃんと喧嘩したのは、水波ちゃんと仲良くなるためだったんだね!」
「……うん。そうかも」
ふたりの喧嘩が私のための喧嘩だったなら、私もふたりがちゃんと仲直りできるように協力しなきゃ。
そう、素直に思った。
「……水波ちゃんってなんか不思議。私ね、実を言うと、最初は水波ちゃんのことちょっとだけ苦手だったんだ」
「え? そうなの?」
「うん。水波ちゃん、大人っぽくてきれいだし、だれとも仲良くしようとしないから、私たちのこと子供っぽいとか思ってるのかなって勝手に思ってた。だけど、本当はすっごく優しくて前向きなんだね! 私、ぜんぜん知らなかった。誤解してて本当にごめんね」
きょとんとするのは、今度はこちらの番だった。目を丸くして、歩果ちゃんを見つめる。
「前向き? 私が?」
「うん。すっごく前向き! 水波ちゃんに大切に思われてるその親友が羨ましくなっちゃったよ」
「……そうかな」
曖昧に笑う。今さらいくら思ったところで、と思っていたけれど……。
「そうだよ。思いは人を変えるってよく聞くけど、本当だったんだね! それから、じぶん自身も」
「じぶん自身も?」
「そうだよ。私ね、昔から人見知りで、琴ちゃん以外友達いなかったんだ。ぶっちゃけほしいとも思ってなかった」
でも、と歩果ちゃんが私を見上げる。
「私、水波ちゃんのことすごく好きかも。友達になりたい。大切なクラスメイトじゃなくて」
私がさっき言った言葉を引用して、歩果ちゃんは私へ思いをまっすぐに伝えてくれる。
うわ……。
心の中に小さく点っていた灯火が、ふわふわと全身に流れていくようだった。
思わず黙り込む。そのあたたかさに放心した。
……すごい。
心があたたまったときって、人は言葉を失くすんだ。
しばらく感動に浸っていると、
「……水波ちゃん?」
大丈夫? と歩果ちゃんに顔を覗き込まれ、ハッと我に返る。
「あ、だ、大丈夫」
「そっか、よかった」
歩果ちゃんは安心したように微笑んだ。
「あのね、歩果ちゃん。私も……」
私も歩果ちゃんと友達になりたい、と言おうとしたときだった。
「――歩果っ!」
渡り廊下に、凛とした声が響いた。
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