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第4章
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しおりを挟む家に帰ると、お母さんが夕食を作っていた。玄関の扉を開けるなり、カレーの匂いがふわりと香る。カレーは私の好物だ。
リビングに顔を出すと、キッチンにいたお母さんが振り向いた。
「あら、おかえり水波」
「ただいま。カレー作ってるの?」
「そうよ。水波好きでしょ?」
「うん! 着替えてくるね」
「手洗いうがいも」
「分かってる」
一度洗面所に行き、楽な部屋着に着替えると、私はもう一度リビングに降りた。
「……ねぇ、お母さん」
「んー? どうしたの?」
お母さんは今度は炒め物をしているらしく、カレーの匂いの中にバターの甘い匂いがした。
「……あれ、なに作ってるの?」
「キノコバターよ」
「わっ、やった!」
キノコも、バターソテーもどちらも私の好物だ。
「たくさん作ったから、いっぱい食べてね」
お母さんが微笑む。私は笑顔で頷いた。
「……お母さん。今日ね、先生に呼び出されたんだ」
お母さんが火を止め、こちらを向く。
「……あら、どうして?」
心配そうな眼差しが向けられる。
「修学旅行、今年も沖縄に決まったんだって」
静かに言うと、お母さんの手がぴたりと動きを止める。
「……そうなの」
私はお母さんに訊ねた。
「……あのさ、沖縄じゃない場所にしてほしいって言ってくれたの、お母さんでしょ?」
私の問いに、お母さんは眉を下げてかすかに笑う。
「……ごめんなさい。でも、そのほうが水波も心置きなく楽しめるかなって思って……」
私は首を振る。
「うん、分かってる。……ありがとう。今日ね、先生に辛いなら行かなくていいって言われたんだ。もちろん、その期間は欠席扱いにはしないって」
「そう……」
お母さんは私の正面に座り、まっすぐに私を見た。
「水波はどうしたい?」
少し考える。
「……分かんない。お母さんとお父さんは、私が沖縄に行くって言ったら、やっぱり心配?」
「……そうねぇ」
思い切って聞くと、お母さんは困ったように微笑み、私を見た。
「本音を言えば、そうよ。心配」
「そうだよね……」
それなら、やっぱり私は行かないほうが……。
「でもね、お母さんたちは水波の気持ちを一番に優先したい。だから、水波がどうしたいかを尊重するわ。もちろん、親としてはどうしたってあんなことがあった場所には近づいてほしくないと思ってしまう。……でも、事故を理由に、あなたの自由を奪うことも正しいとは思ってないから」
ふっと息が漏れた。
目を伏せる。
「……ありがとう。私も、沖縄に行くのはちょっと怖い。でも、朝香たちと楽しみたい、思い出を作りたいっていうのも思ってて……まだ悩んでる。……少し、考えてみてもいいかな?」
「もちろんよ」
お母さんは柔らかく微笑み、腰を上げた。
「さて、お父さんもそろそろ帰ってくるでしょうし、晩御飯の続きしなくちゃね。水波、手伝ってくれる?」
「うん!」
お母さんのそばで手伝いをしながら、私はどうするべきなのか一生懸命考えた。
でも、いざじぶんで決めるとなるとどうしても事故のことが脳裏を過ぎってしまって、答えは一向に見えなかった。
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