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第3章
第4話
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ゆっくりと顔を上げると、音無くんの澄んだ瞳が私を捕らえる。
「ぜんぜん、変じゃない。……だって俺、一年のときから清水があのファミレスで勉強してること知ってたし。いつもひとりで遅くまで勉強して疲れてるはずなのに、学校ではいつもにこにこしてて、大変そうな顔とかぜんぜん見せないし。……そういうの見て、いいなって思ってたから」
「え……」
音無くんの優しい声が、私の胸にどこまでも深く沁みていく。
「じゃあ、音無くんは……私があそこで勉強してるの知って、好きになってくれたの? 私の外キャラを見て好きになったんじゃなくて?」
「……って、恥ずいからそーゆうこと、今さら言わせんなよ」
じわじわと涙が込み上げてくる。
「……ごめんっ、そうだよね」
ごしごしと制服の袖で涙を拭う。
ずっと、努力しているところを見られるのが怖かった。どう思われるかと気にして、だれにもこの思いを打ち明けることができなかった。
――でも。
頑張ってることを知っててくれるひとがいるって、こんなにも嬉しいことなんだ……。
「……でも、俺、やっぱり声をかけるべきじゃなかったよな。清水の気持ちも考えずに、軽々しく声かけてごめん」
「え……なんで、音無くんが謝るの?」
謝られる意味が分からず、首を傾げる。
「だって、俺に知られるのもいやだっただろ」
申し訳なさそうな顔をする音無くんに、私はぶんぶんと首を振った。
「……そんなことない」
最初はたしかにどうしようと焦った。
でもそれは、幻滅されると思ったからだ。
音無くんの本音を聞けた今、むしろ話してよかったと思っている。
「今はちょっとほっとしてる」
本心を告げると、音無くんは「そっか」と微笑んだ。
「たぶん私、このことをずっとだれかに話したかったんだと思う」
だれかに聞いてほしくて、でもだれにも言えないままひとりで抱え込んでいた。
苦しさに目を伏せたところで、その苦しみが軽くなるわけもないのに。
その証拠に、だれかのちょっとした言葉で大袈裟に傷ついてしまうじぶんがいた。
でも、音無くんと話して気付いた。
私は今まで、悪意でもなんでもない言葉で傷付いていたのかもしれない。
「こんなにすっきりするなら、もっと早く話してればよかった!」
「……そんなにすっきりする?」
「うん! したした! なんなら、鞄振り回せるくらい!」
「それは危ないからやめな」
音無くんがくすっと笑う。
「はは、だね!」
私は目尻に溜まった涙をさっと拭って、笑い返す。本当に身体が軽い。こんなに気持ちが昂っているのはいつぶりだろう。
さまざまな店が立ち並ぶ通りを抜け、閑静な住宅街に出る。
坂道を下りながら空を見上げると、深い灰色の雲の隙間に、すっと亀裂が入っている。
「あっ、星だ」
さっきは気付かなかった、曇っていると思っていた夜空に晴れ間がのぞいていた。
「……本当だ」
いつの間に。
「雲しか見えないと思ってたけど、ちゃんとあったんだね、星」
もしかしたら、曇っていたのは私の視界のほうだったのかもしれない。
その場に立ち止まって、僅かな晴れ間を見上げる。
しばらくお互い無言のまま空を見上げていると、おもむろに音無くんが呟いた。
「……駅の近くに、星カフェってあるだろ?」
唐突に、音無くんが言う。今日美里と行ってきたところだ。私は夜空から音無くんへ視線を移した。
「? ……うん」
「あれさ、実は兄貴がやってる店なんだよね」
「えっ!」
驚きが声に出た。
店主の美しい顔を思い出す。音無くんとはあまり似ていないように思えた。
「そ、そうなんだ……」
戸惑いが声に現れてしまって、しまった、と思って音無くんを見る。
「……俺と兄貴、ぜんぜん似てないだろ」
音無くんが自嘲気味に笑う。きっと、私の反応を察してしまった。
「いや……」
私はなんと言えばいいのか分からなくて、俯いた。
「……ごめん」
「大丈夫大丈夫。じぶんでも分かってるし。兄貴、すごいんだ。十五のときに海外留学に行って、色んな国で珈琲とかお菓子の勉強してさ。俺にはこれしかないって感じで無我夢中で勉強して、店を開いて。あっという間にこの街の人気店だよ」
「……そっか」
すごいね、と言いそうになって、口を噤む。
私なら、その言葉は嬉しくない。
お姉ちゃんのことを聞かれたとき、みんなが口を揃えて言う「すごいね」が私はずっと苦手だった。
だって、私はすごくない。
それなのにみんな、私にすごいねと言う。なんで?
まるであなたとは違うのねと、責められているような気がする。
そのとき、私がほしかった言葉はすごいねじゃなくて、
「……辛かったね」
音無くんが、顔を上げて私を見た。
「清水の話を聞いたからかな。なんか、清水も同じように悩みとかあるんだって安心したっていうか……聞いてほしくなっちゃった」
音無くんは泣き笑いのような顔をしていた。
「……本当、一緒だね」
どんなに努力しても敵わないひとが近くにいるというのは、辛い。
圧倒的な差を見せつけられて、心を折られる。
だけど大好きだから憎めなくて、でももやもやを吐き出す場所もなくて、だれもこの気持ちを分かってくれないんだと、悲しくなる。
「ぜんぜん、変じゃない。……だって俺、一年のときから清水があのファミレスで勉強してること知ってたし。いつもひとりで遅くまで勉強して疲れてるはずなのに、学校ではいつもにこにこしてて、大変そうな顔とかぜんぜん見せないし。……そういうの見て、いいなって思ってたから」
「え……」
音無くんの優しい声が、私の胸にどこまでも深く沁みていく。
「じゃあ、音無くんは……私があそこで勉強してるの知って、好きになってくれたの? 私の外キャラを見て好きになったんじゃなくて?」
「……って、恥ずいからそーゆうこと、今さら言わせんなよ」
じわじわと涙が込み上げてくる。
「……ごめんっ、そうだよね」
ごしごしと制服の袖で涙を拭う。
ずっと、努力しているところを見られるのが怖かった。どう思われるかと気にして、だれにもこの思いを打ち明けることができなかった。
――でも。
頑張ってることを知っててくれるひとがいるって、こんなにも嬉しいことなんだ……。
「……でも、俺、やっぱり声をかけるべきじゃなかったよな。清水の気持ちも考えずに、軽々しく声かけてごめん」
「え……なんで、音無くんが謝るの?」
謝られる意味が分からず、首を傾げる。
「だって、俺に知られるのもいやだっただろ」
申し訳なさそうな顔をする音無くんに、私はぶんぶんと首を振った。
「……そんなことない」
最初はたしかにどうしようと焦った。
でもそれは、幻滅されると思ったからだ。
音無くんの本音を聞けた今、むしろ話してよかったと思っている。
「今はちょっとほっとしてる」
本心を告げると、音無くんは「そっか」と微笑んだ。
「たぶん私、このことをずっとだれかに話したかったんだと思う」
だれかに聞いてほしくて、でもだれにも言えないままひとりで抱え込んでいた。
苦しさに目を伏せたところで、その苦しみが軽くなるわけもないのに。
その証拠に、だれかのちょっとした言葉で大袈裟に傷ついてしまうじぶんがいた。
でも、音無くんと話して気付いた。
私は今まで、悪意でもなんでもない言葉で傷付いていたのかもしれない。
「こんなにすっきりするなら、もっと早く話してればよかった!」
「……そんなにすっきりする?」
「うん! したした! なんなら、鞄振り回せるくらい!」
「それは危ないからやめな」
音無くんがくすっと笑う。
「はは、だね!」
私は目尻に溜まった涙をさっと拭って、笑い返す。本当に身体が軽い。こんなに気持ちが昂っているのはいつぶりだろう。
さまざまな店が立ち並ぶ通りを抜け、閑静な住宅街に出る。
坂道を下りながら空を見上げると、深い灰色の雲の隙間に、すっと亀裂が入っている。
「あっ、星だ」
さっきは気付かなかった、曇っていると思っていた夜空に晴れ間がのぞいていた。
「……本当だ」
いつの間に。
「雲しか見えないと思ってたけど、ちゃんとあったんだね、星」
もしかしたら、曇っていたのは私の視界のほうだったのかもしれない。
その場に立ち止まって、僅かな晴れ間を見上げる。
しばらくお互い無言のまま空を見上げていると、おもむろに音無くんが呟いた。
「……駅の近くに、星カフェってあるだろ?」
唐突に、音無くんが言う。今日美里と行ってきたところだ。私は夜空から音無くんへ視線を移した。
「? ……うん」
「あれさ、実は兄貴がやってる店なんだよね」
「えっ!」
驚きが声に出た。
店主の美しい顔を思い出す。音無くんとはあまり似ていないように思えた。
「そ、そうなんだ……」
戸惑いが声に現れてしまって、しまった、と思って音無くんを見る。
「……俺と兄貴、ぜんぜん似てないだろ」
音無くんが自嘲気味に笑う。きっと、私の反応を察してしまった。
「いや……」
私はなんと言えばいいのか分からなくて、俯いた。
「……ごめん」
「大丈夫大丈夫。じぶんでも分かってるし。兄貴、すごいんだ。十五のときに海外留学に行って、色んな国で珈琲とかお菓子の勉強してさ。俺にはこれしかないって感じで無我夢中で勉強して、店を開いて。あっという間にこの街の人気店だよ」
「……そっか」
すごいね、と言いそうになって、口を噤む。
私なら、その言葉は嬉しくない。
お姉ちゃんのことを聞かれたとき、みんなが口を揃えて言う「すごいね」が私はずっと苦手だった。
だって、私はすごくない。
それなのにみんな、私にすごいねと言う。なんで?
まるであなたとは違うのねと、責められているような気がする。
そのとき、私がほしかった言葉はすごいねじゃなくて、
「……辛かったね」
音無くんが、顔を上げて私を見た。
「清水の話を聞いたからかな。なんか、清水も同じように悩みとかあるんだって安心したっていうか……聞いてほしくなっちゃった」
音無くんは泣き笑いのような顔をしていた。
「……本当、一緒だね」
どんなに努力しても敵わないひとが近くにいるというのは、辛い。
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