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1年目春 商会令嬢対決編
幕間6:黄金感覚の答え合わせ ~商会令嬢の誤算~
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-アリスSide-
『君がアリス? 初めまして――俺はモブ・アイカータ。会えてうれしいよ。……どうした?』
彼――モブ・アイカータと出会ったのは、一年前。
うちの商会主催の次世代交流会でのこと。
才能の目で計測できなかったのを不思議に思って、私は女子に囲まれる彼に声をかけた。
出会ったときから、彼は他の男子と違ってふてぶてしかった。
『私はマーケッタ商会の次女。あなたは地方の商会の長男。立場、わかってる? ずいぶん気安いじゃない』
『知ってるよ。でも、君はこっちのほうが好みだろ?』
『違うわ。勝手に人の価値を決めつけないで』
『君が言うかね』
『……何よ?』
『何も。それじゃあ、そろそろ行くよ。声かけてくれてありがとう。おかげで人払いできて助かった。――それじゃ』
マーケッタ商会の令嬢を放って場を離れた――その衝撃たるや。
私はかける言葉がとっさに出なかった。
逃げるモブと入れ替わりで、他の令息たちが私に近寄り、耳障りのいい言葉を並び立てる。
けれど彼らの言葉は私の心に響かない。
そのときにはもう、私はモブに狙いをつけていた。
所詮、男。レベルは低く、か弱い存在。
高スペック女子の私にナメた態度をとるだなんて、許されるはずがない。
私のほうが上なの。わかる?
男のくせにお高くとまった彼をあっと言わせたい――いつしか私の中に、そんな劣情が芽生えていた。
◆□◆
時は過ぎ、異界ダンジョン〈試しの山〉出発前。
私は眼前の光景を見て、初めて伝説級素材を前にした時と同じ高揚感を得ていた。
「――絶対勝つぞっ!!」
「「「おーっ!」」」
土と青葉のにおいが漂う広場に、大きな掛け声が響く。
千金。
私の才能〈黄金感覚〉が、伝説級素材に匹敵する数字を宙に映した。
モブ班が輪を組んで勝利を誓う――その様子を間近に眺め、思わず胸を押さえた。
あの輪に加わりたい。
そんな感情がよぎったのは私だけなのだろうか?
周囲を見回して、私はそうでないことを確信する。
世にも珍しい『男リーダー』が仲間を鼓舞する姿は劇毒だったようだ。
馴染みのないまぶしさに、あちこちで戸惑いのざわめきが起こる。
それは、私たちの班でも同じだった。
いざ出発の刻印(薄紫の紋)の前に並ぶと、皆の視線が私に集まった。
「どうした? 我らはやらぬのか?」
カナメが目を爛々と輝かせる。
彼女は薄い霧の中で両腕を開いた。指をわきわきさせている。
可愛い。その可愛さ、万金。朝の光を跳ね返す銀髪が、霧粒を受けて虹色を帯びた。
でも、と私は思い留まる。
すでにモブ班が出発した以上、もたもたするわけにはいかない。
時は金なり。
私は断ろうとする。
「そうね、その――」
「ええ、もちろん♪ 私はやり方はわかりませんが、聡明なアリス様ならご存じでしょう」
「感情値、期待」
マリーとルールルーが同調する。
それだけではない。
三人の後ろに控えた他の三班も、心なしか私に期待の視線を寄せている気がする。
(わ、私に倣おうとしている!?)
「早くしろ、第二班!」
担任メイリーナの声が私の背後から飛ぶ。
山風が私の着る深紅の外套をふわり翻し、広場の霧を帯のように動かした。
「や、やりましょうか」
なぜ〈黄金感覚〉があの振る舞いに、高額な価値を導き出したか確認したい気持ちもあった。
私は覚悟を決め、三人へ近寄った。
その間も三人は、先ほどのモブが起こした衝撃について語っていた。
「和国では勝利を祈願し舞を踊ることもあるが――。モブも人が悪い。水の王国でかような文化があると教えてくれぬとは。我もあやつとやってみたかったぞ」
「うふふっ。私もそう思います。機会があれば、ぜひ♡」
「楽しみ」
――こうだったかしら?
私は記憶を必死に手繰り寄せる。ためらいながらもカナメとルールルーの肩に腕を回した。
結局、うまく倣うことができたという自負はあったものの、出発時刻は当然遅れた。
遅延は五分。投資機会を逃した時のような焦燥が、歯を噛ませる。
ただ、私が『負けないわ』と言って、三人がそれに同調した瞬間。
私の胸に、心地よい興奮が宿った。
〈黄金感覚〉の導き出した価値はやはり正しかったのだ。
測り知れない感情に、私は少しばかり戸惑う。
これもモブの策略かと、勘繰らずにはいられなかった――。
□
異界ダンジョン〈試しの山〉内部。
蒸気のような湿気が渦巻く森林帯を私たちは駆ける。
私はルールルーにもらった木盾の大きさほどの魔力紙を広げる。
魔導インクで描かれた地図に視線を落とした。
地図情報によると――。
「真っすぐ向かうと、コボルトの集落、でしたか?」
「うむ。走り書きにはそう記されておったな」
カナメが銀髪を肩後ろへ払いつつ、赤鞘で足元の木の根を軽く叩く。
地図の情報が正しければ、山側へ直進するとコボルトの集落へぶつかる――強い犬臭と煤の煙が漂う場だと聞く。
「我が先行して確かめるか?」
「いえ、ここから確認してみるわ」
私は瞳を閉じた。体全体に静かに魔力を行き渡らせる。
〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。
十余秒ののち、目を見開く――金のオーラが視界の端へ薄膜のように現れる。
右か左か、どちらの進路が投資効率に優れるかを私は肌感覚で察知する。
「おお……。気のようなものが立ち昇っておる」
カナメが興味津々に身を乗り出す。
彼女の上目遣いに私は思わず頬を赤らめ、咳払いで誤魔化した。
感覚に従い、左の獣道へ私は指を伸ばした。そこは絡み枝が弓なりに重なり、巨木の根が地表をうねっている。
「こっちよ。行きましょう」
集中を解くと、金のオーラが霞のように溶け、体から一気に力が抜ける。
指が震え、汗が額を伝う――再発動には五分要る。
かつて使いすぎて意識を失ったことを私は思い起こした。
「アリス、お前もなかなかやるな」
カナメが歩き出しながら言う。
私は微笑んで返した。
「まだまだこれからよ。後援契約、結ぶ気になった?」
「む……。まあ、この調子なら考えてやらんでもない」
カナメは少しだけ頬を膨らませ、蔦を払いつつ前を見る。
「ふふっ、ならはりきらないとね」
そう言って私はカナメにウインクを送る。
魔力紙を素早く畳み、腰の革ホルダーに滑り込ませた。
(どう、カナメ? 私ならあの子よりも上手く、あなたのことを導けるわ)
私は先頭に出る。
パーティを誘導しながら、蔦の垂れ下がる道へ駆けだした。
□
異界ダンジョン〈試しの山〉九合目過ぎ――。
山頂まで残り僅かとなった地点で、私たちは立ち尽くしていた。
「嘘、でしょ……」
眼前の行き止まり――切り立つ岩壁は五メートルほど。高みへ続く足場は影も形もない。
可能な限り戦闘を回避した。
地図ではわからないような道も、上手く選択できた自負はあった。
〈黄金感覚〉は、私を正しく導いてくれたはずだった。
私は両膝に手を突き、肩で荒く息をつく。
「行き止まりの、よう、だな」
カナメの息切れした声がまるで遠くから聞こえる。
私は力なく腰を落とす。外套の裾が乾いた小石で汚れた。
〈黄金感覚〉の反動で、足が震えている。
少し前まで湿潤だった黒のチュニックが、今は乾いた塩の跡でざらついた。
稜線の上で閃光が走った。白い光条が溶岩色の空を裂く。
人為の魔光。誰かが正規のルートを進んでいる証だと悟り、胸がひどく冷えた。
(まだ、追いつける? ……休みなく移動し続けた私たちよりどうやって早く? ――最初のあの遅れがなかったら?)
様々な思考が脳裏をよぎった。
ざり、と乾いた音。
横合いからカナメが前に出た。
崖際に横たえられたモノへ彼女は視線を落とす。
「……これは、モブの」
カナメは慎重に土を払い、靴を持ち上げた。
白いファーで覆われた跳躍用ハーフブーツ――前回実習の終わりで、彼が誇らしげに披露していた品だ。
短いあいだに酷使されたのか、毛足に赤土がこびりついていた。
カナメが首を傾ける。何かを見つけたのか、彼女はブーツの筒へ指を入れた。
隠れていた薄紫の封筒をすっと抜き取った。
封筒の外側を一読し終えたカナメは、それを私へ差し出す。
封筒を受け取って改めて見ると、兎の意匠の封蝋が押されていた。
崖に寄りかかって息を整えていたルールルーと、その傍で彼女に飲み物を差し出していたマリーが近寄ってくる。
全員の視線が、封筒へと集中した。
「……モブからだ。アリス、カナメ、マリー、ルールルーへとある」
私は封筒を『視る』。
〈黄金感覚〉を刹那だけ走らせた――価値は千金。
素材としては凡庸、だが“情報”の重みは伝説級の素材と同等の価値を示している。
私は〈黄金感覚〉が惑わされた理由を知り、歯噛みする。
分かれ道で私は〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。
ヌシよりも投資効率が高いと選ばれたのはこちら。
モブの誘導だとわからずに、私は道を踏み外したのだ。
私は息を整え、封蝋を割る。
乾いた音とともに甘い蝋の香が立ちのぼり、山風に紛れて消えた。
背後で衣擦れ。ちらと見ると、三人が私の背後から覗き込んでいる。
三つの影が私の肩越しに重なった。
私は喉を鳴らし、手紙へ視線を落とした。
『親愛なるアリス、カナメ、マリー、ルールルーへ。
この手紙に、俺の才能の情報を記す。
家族以外で明かすのは、君らで四~七人目だ。大事にしてくれ。
俺の才能は〈第四の目〉という、目で視たモノの情報を知る才能だ。
赤い目で視た際に、知りたい情報を知ることができる。
――それこそ、カナメとアリスの才能、マリーとルールルーの出自。
俺はこの目で〈視て〉知った。』
手が震える。
いまこの時だけ、私は寒気を感じていた。
希少な才能の開示という、あまりにばかげた告白に、私の心胆は縮みあがった。
『アリス、俺は君の才能を逆手にとって、跳躍靴とこの手紙を行き止まりに置く作戦を思いついた。
無事に作戦が機能したようで安心している。
今度から〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を使う時は、アイモード(視覚数値化)と併用することをおすすめするよ。
数値と併せて確認することで精度は上がるはずだ。
アリス、カナメ、マリー、ルールルー。
一方的に秘密を見られるというのは、気持ち悪いことだと思う。
だから、俺のことを気味悪く思ったなら、容赦なく断罪してくれて構わない。
この情報を売るも、脅迫するもみんなの自由だ。
――願わくば、みんなの胸の内に収めてくれることを、祈っている。
モブ・アイカータより、愛を込めて。』
(イカれている――)
指が手紙の端を歪めた。
私を罠にハメて、時間を稼ぐ。
そのためだけに。
彼は命の次に大事であろう、自身の秘密を書き残した。
「ふふっ……はぁーはっはっはっ!」
背で乾いた笑いが弾ける。
振り返ると、カナメが肩を震わせて大笑いしていた。
銀髪が陽炎のように揺れ、きらめきを散らす。
「痛快。ここまでして我らをあざむくとは。……大したやつだ、あやつは」
「私とルーの秘密を知ったうえでなんて……。ますます、惹かれてしまいますわ♡」
「ん」
マリーは頬に片手を当てる。水色の瞳をとろんと細め、なにやら感じ入っていた。
ルールルーはとんがり帽子を軽く押さえ、短く相槌を打つ。
「――あやつは、知っておったのだな。我の才能を」
「カ、カナメ?」
遠い目を山頂へ投げるカナメに、思わず呼びかけた。
私の声にやっと気が付いた彼女は、首を振ってから、私に向き合った。
「アリス、どう動く? おめおめと負けを認めるか?」
その問いに応える前に、赤い空へ新たな閃光が走った。
遠く山頂で火柱が咆哮し、硫黄を孕んだ熱風が手紙を一枚の旗のように揺らした。
私は紙を胸に当て、静かに目を閉じる。
再び〈黄金感覚〉を呼び起こす覚悟とともに、熱い息を吐いた。
『君がアリス? 初めまして――俺はモブ・アイカータ。会えてうれしいよ。……どうした?』
彼――モブ・アイカータと出会ったのは、一年前。
うちの商会主催の次世代交流会でのこと。
才能の目で計測できなかったのを不思議に思って、私は女子に囲まれる彼に声をかけた。
出会ったときから、彼は他の男子と違ってふてぶてしかった。
『私はマーケッタ商会の次女。あなたは地方の商会の長男。立場、わかってる? ずいぶん気安いじゃない』
『知ってるよ。でも、君はこっちのほうが好みだろ?』
『違うわ。勝手に人の価値を決めつけないで』
『君が言うかね』
『……何よ?』
『何も。それじゃあ、そろそろ行くよ。声かけてくれてありがとう。おかげで人払いできて助かった。――それじゃ』
マーケッタ商会の令嬢を放って場を離れた――その衝撃たるや。
私はかける言葉がとっさに出なかった。
逃げるモブと入れ替わりで、他の令息たちが私に近寄り、耳障りのいい言葉を並び立てる。
けれど彼らの言葉は私の心に響かない。
そのときにはもう、私はモブに狙いをつけていた。
所詮、男。レベルは低く、か弱い存在。
高スペック女子の私にナメた態度をとるだなんて、許されるはずがない。
私のほうが上なの。わかる?
男のくせにお高くとまった彼をあっと言わせたい――いつしか私の中に、そんな劣情が芽生えていた。
◆□◆
時は過ぎ、異界ダンジョン〈試しの山〉出発前。
私は眼前の光景を見て、初めて伝説級素材を前にした時と同じ高揚感を得ていた。
「――絶対勝つぞっ!!」
「「「おーっ!」」」
土と青葉のにおいが漂う広場に、大きな掛け声が響く。
千金。
私の才能〈黄金感覚〉が、伝説級素材に匹敵する数字を宙に映した。
モブ班が輪を組んで勝利を誓う――その様子を間近に眺め、思わず胸を押さえた。
あの輪に加わりたい。
そんな感情がよぎったのは私だけなのだろうか?
周囲を見回して、私はそうでないことを確信する。
世にも珍しい『男リーダー』が仲間を鼓舞する姿は劇毒だったようだ。
馴染みのないまぶしさに、あちこちで戸惑いのざわめきが起こる。
それは、私たちの班でも同じだった。
いざ出発の刻印(薄紫の紋)の前に並ぶと、皆の視線が私に集まった。
「どうした? 我らはやらぬのか?」
カナメが目を爛々と輝かせる。
彼女は薄い霧の中で両腕を開いた。指をわきわきさせている。
可愛い。その可愛さ、万金。朝の光を跳ね返す銀髪が、霧粒を受けて虹色を帯びた。
でも、と私は思い留まる。
すでにモブ班が出発した以上、もたもたするわけにはいかない。
時は金なり。
私は断ろうとする。
「そうね、その――」
「ええ、もちろん♪ 私はやり方はわかりませんが、聡明なアリス様ならご存じでしょう」
「感情値、期待」
マリーとルールルーが同調する。
それだけではない。
三人の後ろに控えた他の三班も、心なしか私に期待の視線を寄せている気がする。
(わ、私に倣おうとしている!?)
「早くしろ、第二班!」
担任メイリーナの声が私の背後から飛ぶ。
山風が私の着る深紅の外套をふわり翻し、広場の霧を帯のように動かした。
「や、やりましょうか」
なぜ〈黄金感覚〉があの振る舞いに、高額な価値を導き出したか確認したい気持ちもあった。
私は覚悟を決め、三人へ近寄った。
その間も三人は、先ほどのモブが起こした衝撃について語っていた。
「和国では勝利を祈願し舞を踊ることもあるが――。モブも人が悪い。水の王国でかような文化があると教えてくれぬとは。我もあやつとやってみたかったぞ」
「うふふっ。私もそう思います。機会があれば、ぜひ♡」
「楽しみ」
――こうだったかしら?
私は記憶を必死に手繰り寄せる。ためらいながらもカナメとルールルーの肩に腕を回した。
結局、うまく倣うことができたという自負はあったものの、出発時刻は当然遅れた。
遅延は五分。投資機会を逃した時のような焦燥が、歯を噛ませる。
ただ、私が『負けないわ』と言って、三人がそれに同調した瞬間。
私の胸に、心地よい興奮が宿った。
〈黄金感覚〉の導き出した価値はやはり正しかったのだ。
測り知れない感情に、私は少しばかり戸惑う。
これもモブの策略かと、勘繰らずにはいられなかった――。
□
異界ダンジョン〈試しの山〉内部。
蒸気のような湿気が渦巻く森林帯を私たちは駆ける。
私はルールルーにもらった木盾の大きさほどの魔力紙を広げる。
魔導インクで描かれた地図に視線を落とした。
地図情報によると――。
「真っすぐ向かうと、コボルトの集落、でしたか?」
「うむ。走り書きにはそう記されておったな」
カナメが銀髪を肩後ろへ払いつつ、赤鞘で足元の木の根を軽く叩く。
地図の情報が正しければ、山側へ直進するとコボルトの集落へぶつかる――強い犬臭と煤の煙が漂う場だと聞く。
「我が先行して確かめるか?」
「いえ、ここから確認してみるわ」
私は瞳を閉じた。体全体に静かに魔力を行き渡らせる。
〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。
十余秒ののち、目を見開く――金のオーラが視界の端へ薄膜のように現れる。
右か左か、どちらの進路が投資効率に優れるかを私は肌感覚で察知する。
「おお……。気のようなものが立ち昇っておる」
カナメが興味津々に身を乗り出す。
彼女の上目遣いに私は思わず頬を赤らめ、咳払いで誤魔化した。
感覚に従い、左の獣道へ私は指を伸ばした。そこは絡み枝が弓なりに重なり、巨木の根が地表をうねっている。
「こっちよ。行きましょう」
集中を解くと、金のオーラが霞のように溶け、体から一気に力が抜ける。
指が震え、汗が額を伝う――再発動には五分要る。
かつて使いすぎて意識を失ったことを私は思い起こした。
「アリス、お前もなかなかやるな」
カナメが歩き出しながら言う。
私は微笑んで返した。
「まだまだこれからよ。後援契約、結ぶ気になった?」
「む……。まあ、この調子なら考えてやらんでもない」
カナメは少しだけ頬を膨らませ、蔦を払いつつ前を見る。
「ふふっ、ならはりきらないとね」
そう言って私はカナメにウインクを送る。
魔力紙を素早く畳み、腰の革ホルダーに滑り込ませた。
(どう、カナメ? 私ならあの子よりも上手く、あなたのことを導けるわ)
私は先頭に出る。
パーティを誘導しながら、蔦の垂れ下がる道へ駆けだした。
□
異界ダンジョン〈試しの山〉九合目過ぎ――。
山頂まで残り僅かとなった地点で、私たちは立ち尽くしていた。
「嘘、でしょ……」
眼前の行き止まり――切り立つ岩壁は五メートルほど。高みへ続く足場は影も形もない。
可能な限り戦闘を回避した。
地図ではわからないような道も、上手く選択できた自負はあった。
〈黄金感覚〉は、私を正しく導いてくれたはずだった。
私は両膝に手を突き、肩で荒く息をつく。
「行き止まりの、よう、だな」
カナメの息切れした声がまるで遠くから聞こえる。
私は力なく腰を落とす。外套の裾が乾いた小石で汚れた。
〈黄金感覚〉の反動で、足が震えている。
少し前まで湿潤だった黒のチュニックが、今は乾いた塩の跡でざらついた。
稜線の上で閃光が走った。白い光条が溶岩色の空を裂く。
人為の魔光。誰かが正規のルートを進んでいる証だと悟り、胸がひどく冷えた。
(まだ、追いつける? ……休みなく移動し続けた私たちよりどうやって早く? ――最初のあの遅れがなかったら?)
様々な思考が脳裏をよぎった。
ざり、と乾いた音。
横合いからカナメが前に出た。
崖際に横たえられたモノへ彼女は視線を落とす。
「……これは、モブの」
カナメは慎重に土を払い、靴を持ち上げた。
白いファーで覆われた跳躍用ハーフブーツ――前回実習の終わりで、彼が誇らしげに披露していた品だ。
短いあいだに酷使されたのか、毛足に赤土がこびりついていた。
カナメが首を傾ける。何かを見つけたのか、彼女はブーツの筒へ指を入れた。
隠れていた薄紫の封筒をすっと抜き取った。
封筒の外側を一読し終えたカナメは、それを私へ差し出す。
封筒を受け取って改めて見ると、兎の意匠の封蝋が押されていた。
崖に寄りかかって息を整えていたルールルーと、その傍で彼女に飲み物を差し出していたマリーが近寄ってくる。
全員の視線が、封筒へと集中した。
「……モブからだ。アリス、カナメ、マリー、ルールルーへとある」
私は封筒を『視る』。
〈黄金感覚〉を刹那だけ走らせた――価値は千金。
素材としては凡庸、だが“情報”の重みは伝説級の素材と同等の価値を示している。
私は〈黄金感覚〉が惑わされた理由を知り、歯噛みする。
分かれ道で私は〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を発動した。
ヌシよりも投資効率が高いと選ばれたのはこちら。
モブの誘導だとわからずに、私は道を踏み外したのだ。
私は息を整え、封蝋を割る。
乾いた音とともに甘い蝋の香が立ちのぼり、山風に紛れて消えた。
背後で衣擦れ。ちらと見ると、三人が私の背後から覗き込んでいる。
三つの影が私の肩越しに重なった。
私は喉を鳴らし、手紙へ視線を落とした。
『親愛なるアリス、カナメ、マリー、ルールルーへ。
この手紙に、俺の才能の情報を記す。
家族以外で明かすのは、君らで四~七人目だ。大事にしてくれ。
俺の才能は〈第四の目〉という、目で視たモノの情報を知る才能だ。
赤い目で視た際に、知りたい情報を知ることができる。
――それこそ、カナメとアリスの才能、マリーとルールルーの出自。
俺はこの目で〈視て〉知った。』
手が震える。
いまこの時だけ、私は寒気を感じていた。
希少な才能の開示という、あまりにばかげた告白に、私の心胆は縮みあがった。
『アリス、俺は君の才能を逆手にとって、跳躍靴とこの手紙を行き止まりに置く作戦を思いついた。
無事に作戦が機能したようで安心している。
今度から〈黄金感覚〉のスキンモード(肌感覚検知)を使う時は、アイモード(視覚数値化)と併用することをおすすめするよ。
数値と併せて確認することで精度は上がるはずだ。
アリス、カナメ、マリー、ルールルー。
一方的に秘密を見られるというのは、気持ち悪いことだと思う。
だから、俺のことを気味悪く思ったなら、容赦なく断罪してくれて構わない。
この情報を売るも、脅迫するもみんなの自由だ。
――願わくば、みんなの胸の内に収めてくれることを、祈っている。
モブ・アイカータより、愛を込めて。』
(イカれている――)
指が手紙の端を歪めた。
私を罠にハメて、時間を稼ぐ。
そのためだけに。
彼は命の次に大事であろう、自身の秘密を書き残した。
「ふふっ……はぁーはっはっはっ!」
背で乾いた笑いが弾ける。
振り返ると、カナメが肩を震わせて大笑いしていた。
銀髪が陽炎のように揺れ、きらめきを散らす。
「痛快。ここまでして我らをあざむくとは。……大したやつだ、あやつは」
「私とルーの秘密を知ったうえでなんて……。ますます、惹かれてしまいますわ♡」
「ん」
マリーは頬に片手を当てる。水色の瞳をとろんと細め、なにやら感じ入っていた。
ルールルーはとんがり帽子を軽く押さえ、短く相槌を打つ。
「――あやつは、知っておったのだな。我の才能を」
「カ、カナメ?」
遠い目を山頂へ投げるカナメに、思わず呼びかけた。
私の声にやっと気が付いた彼女は、首を振ってから、私に向き合った。
「アリス、どう動く? おめおめと負けを認めるか?」
その問いに応える前に、赤い空へ新たな閃光が走った。
遠く山頂で火柱が咆哮し、硫黄を孕んだ熱風が手紙を一枚の旗のように揺らした。
私は紙を胸に当て、静かに目を閉じる。
再び〈黄金感覚〉を呼び起こす覚悟とともに、熱い息を吐いた。
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