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始まりの呪い
第17話:呪いの眼差し
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「二人だけで先に行かせちゃって申し訳ないね。時折阿呆な冒険者が流れ込んでくる時があるんだ。勘弁してやってくれ」
ミランダの背中を追いながら、俺とサヤはギルドの奥へ続く廊下を歩く。
「さっきのやつらむかついたわ~。久々にピキっちゃったよ」
「俺は平気だけどな。ああいうのに絡まれるのは慣れてるし」
「あぁ、レイン不幸体質だもんね。なんか簡単に想像できちゃうのが可哀そう」
「……」
ミランダが小さく肩をすくめ、苦笑いを落とす。サヤはふてくされたように頬をふくらませ、俺はただ視線を前に戻した。少しだけ、歩幅を広げる。空気を入れ替えるみたいに。
静かな廊下には、ときおり訓練音みたいな衝撃が遠くから響いてきた。
「……あー、俺の幸せ異世界ファンタジーライフ、どこ行ったんだ……うぅっ」
項垂れたまま、つい愚痴が口から漏れる。
「なんだよ《運命歪術師》って……魔法も使えないし、武器で戦うタイプでもないし……不運を操るって、前の俺と変わんねーじゃねーかよ……」
「はいはい、ぶーぶー言ってないで、元気出しなよレインー」
サヤは両手を後ろで組み、いつもの軽い口調だ。
「ほら、ミランダお姉ちゃんも言ってたじゃん? 成長していけば新しい能力も習得できるって。まだ始まったばっかだし、頑張ろう?」
「……お前は良いよなぁ~、《幽魂転生者》で《幽終の王冠》? アクティブスキルが3つにパッシブスキルが2つ? はぁ~……恵まれてるよな……」
「いやまぁそれはそうなんだけどさ。伸びしろがあるって考えばいいじゃん? てか、さすがにへこみすぎっしょ!」
「はぁ~あ、結局俺の人生……日本でも不幸、異世界でも不幸……やってらんないよ……」
悲劇のヒロインみたいに空を仰いでみせる俺に、前を歩くミランダが振り返らずに言った。
「……見てる限り、二人の能力は“過去の生き方”を色濃く反映してるみたいね。サヤは“最強の幽霊”……だっけ? そしてレインは“不幸な人生”。その魂に刻まれた記憶がそのまま職業として現れてる。特にサヤの睨んだだけで殺せる眼……うん、実に恐ろしい」
「真の英雄は眼で殺すってね~♪」
「恐らく並みの冒険者じゃ手も足も出ないわね」
そんなやり取りののち、俺たちは訓練所の大きなスライド扉の前に辿り着いた。
内側から、ズゥン……と重低音の振動が伝わってくる。
「……何か音がするな」
俺が眉をひそめると、ミランダが短く告げる。
「開けて」
サヤが不安げに俺を見る。
「……一緒に開けるか」
俺とサヤは同時に扉へ手を掛け、力を込めた――その直後。
「言い忘れてたけど、中にはあんたたちの“仲間”になる子がいるわ」
「え?」
「えっ?」
ズドオォォンッ!!
扉が開いた瞬間、訓練所の奥で巨大な火炎球が炸裂した。
爆発とともに赤熱の魔力が吹き荒れ、視界が一瞬で炎色に染まる。火柱は天井まで噴き上がり、衝撃波が床を震わせ、熱波が肌を刺した。
「アッツ!!」
「なっ……なに、今の!?」
サヤが思わず俺の肩にしがみつき、俺も呆然と口を開ける。
訓練所全体が煙に包まれ、視界がゼロになった。
「……風よ、舞え」
ミランダの風魔法が煙を吹き飛ばす。現れたのは、蒼銀の髪をなびかせた気品ある少女だった。
夜空を映したみたいな青と銀のグラデーションのロングヘア、澄んだ水色の瞳。立ち姿に迷いはなく、静かな自信が滲む。
濃紺のローブは月の紋章の留め具で留められ、裾から星屑みたいな柄のミニスカートが覗く。黒いブーツ、手には魔力の鼓動を宿す細身の杖。
俺とサヤは、その凛とした幻想的な雰囲気に思わず見惚れ、拍手も歓声も忘れて口をぽかんと開けた。
「ちょ、何あの子……すっごい可愛いんですけど……」
「うん……なんかすげぇ魔法だったよな……」
少女は静かにこちらへ向き直り、柔らかく微笑む。
「あら、ミランダ先生。思ったより早かったですね」
「ちょっとやり過ぎじゃない? 訓練所ごと燃やさないようにね、ルナベール」
ミランダがやや呆れた声を出すと、少女は歩み寄ってきた。
「紹介するわ。たった今から、あんたたちの仲間になる“ルナベール”よ。仲良くやりなさい」
彼女――ルナベールは、背筋を伸ばして丁寧にお辞儀する。
「ルナベール・アイリーンです。職業はウィザード。よろしくお願いします」
「わぉ……なんて礼儀正しい子なのかしら」
「ど、どうも……こちらこそ、よろしくお願いします……」
思わず俺も妙に姿勢を正してしまった。
「何緊張しちゃってるのよレイン」
「し、してねぇよ!」
そんな中、ルナベールが一歩出て、不意に言った。
「あの……お二人が、異世界から来たって本当ですか?」
「えっ、な、なんでそれを……」
ルナベールは小さく息を吐き、懐から手のひらほどの蒼い結晶を取り出した。
「昨晩、ギルドマスターからこの《幻記結晶》を通じて周知がありました」
起動とともに、淡い光が空間に浮かぶ。
ギルドマスター・フレアの立体映像が再生され、真剣な口調で語り始めた。
俺とサヤは顔を見合わせ、同時に苦笑いする。
「……まぁ、一応そう……かな?」
「なんか一緒にこの世界に飛ばされちゃってさー、あはは……」
サヤが困ったように笑うと、ルナベールの表情がすっと引き締まる。
「証拠はありますか?」
一瞬、空気が止まった。
「え?」
「……えっ?」
「異世界から来た証拠を、見せてください。でなければ、私はあなたたちを“仲間”だとは認められません」
訓練所の空気が一気に凍る。
ルナベールの真っ直ぐな瞳が、俺とサヤを貫く。疑っている、というより――信じるために“確かな何か”を求めている目だ。
彼女の後ろで、ミランダが小さく頭を抱えた。
「え、証拠って言われても……」
俺は困って視線を宙に泳がせる。
「スマホとか持ってくればよかったねぇ……」
サヤがぼそっと言うが、もちろんそんな現代の物は一緒に来ていない。
「二人は今までに存在しない、特別な職業を持っているわ。そして、これからその能力を確かめるところだ。それでどうだ?」
ミランダが静かに言い、ルナベールはしばし黙考してから頷いた。
「ではその能力を見せてください。それが“真実”なら、わたしは納得します」
「よし……サヤ」
ミランダが視線で合図する。
「見せてやれ。《幽魂転生者》の力を」
「え~いきなりぃ? 心の準備ってものがぁ……」
頬を膨らませるサヤは、すぐに表情を切り替え、拳を握って気合を入れた。
「まぁいいか! ウチ、こういうの得意だし。よーし! じゃあそれ見て、ちゃんと仲間になってよね、ルナたん!」
「ル、ルナたん!?」
ルナベールの眉がぴくりと動いたが、サヤはお構いなし。
ミランダが指先で空中をなぞると、訓練所の中央に魔法陣が描かれ、霧が凝集していく。
「召喚魔法:《猪龍王バルグ》」
ミランダの低い詠唱とともに霧が爆ぜた。
ズンッ……!
地が揺れ、霧の中から――真紅の体毛、全長三メートル超の巨大な猪が姿を現す。蹄が地を踏むたび震動、牙は小さな剣みたいに鋭い。
「うわ……でっっか……!」
思わず身を引く俺。サヤのほうを見る。
「さ、サヤ、大丈夫か……!? 無理するなよ!」
「大丈夫大丈夫、任せといて。ウチがただのギャルじゃないってところ見せてあげる♪」
サヤの瞳がスッと細められた。
「……いっくぞー!」
俺は息を呑み、ルナベールも身を固くする。ミランダは腕を組み、真剣な眼差しでサヤを見据えた。訓練所の空気がピリッと張る。
「必殺! デス……ゲイザー☆彡」
サヤは叫び、腰をくねらせてピースサインを目の横で構え、ウィンク。ギャル全開のポージングでニッと笑う。
……何も起きない。
沈黙。
「……あれ?」
「なんですかそれ。真面目にやってますか?」
ルナベールの呆れ声。
「真面目にやれー!」
俺も思わずツッコむ。
「えぇ~やってるよぉー? おっかしいなぁ~~~、ウチ的にはそれっぽい雰囲気出してるんだけどな~~」
サヤは頭をかき、苦笑い。
「力は内にある。感じなさい、自分の奥に流れる魔の波。そして、それがどんな形を望んでいるのかを――描くのよ」
ミランダの助言。
「描くって言っても、こう、目からビームで、ビー!って感じでやってるんだけどさー」
サヤは何度も猪を睨むが、やはり何も起きない。決めポーズも煽りウィンクも空回りだ。
「……あれぇ~?」
肩をすくめるサヤ。訓練所の空気が拍子抜けの方へ転がりかけたその時――
ルナベールがふっと瞳を伏せ、深く小さく息を吐いた。
「はぁ……やはり証拠は見せられないようですね」
その声は冷たいが、怒りじゃない。はっきりと“失望”だった。
「私……てっきり、特別な力があるからこそギルドマスター直々に迎えられたのだと思っていました。けれど……今の姿は、ただふざけているだけにしか見えません」
彼女は足音も立てずに背を向ける。
「これ以上ここにいても、時間の無駄です。失礼しま」
「サヤ!」
俺は床を強く踏んで一歩前へ。自分の声が訓練所の空気を震わせるのが分かった。
「俺を……呪い殺した時のことを思い出してみろ!」
空気がピリリと張り詰める。
ルナベールもミランダも、わずかに目を見開いた。
「お前はもっと……いや、とんでもなく怖かった! 人を闇に引きずり込むような、ゾッとする空気を纏ってた! あまり細かくは覚えてないが、目を合わせた瞬間、心臓が凍るような――あの時の、“幽霊”だったお前を思い出せ!!」
俺の言葉に、サヤがゆっくりと瞳を閉じる。
静寂。
冗談めいた気配がすうっと剥がれ落ち、彼女の表情から軽さが消えた。
空気が変わる。ひやりとした“死”の気配が、肌に触れた。
「……あの時のアタシ……サヤ子……。世界を震撼させ、恐怖に陥れた最恐の幽霊――」
ズンッ!!
重い気圧が場を包み込む。
空気がねじれ、訓練所全体に圧倒的な“死”が満ちていく。
ルナベールが息を呑み、一歩後ずさった。
「な、なに……これ……っ……!?」
ミランダですら顔をこわばらせる。
「とてつもない……魔力……。違う、これは魔力だけじゃない……!」
青黒いオーラがサヤの全身から吹き上がる。風が逆巻き、空間が彼女を中心に反転し始めたかのようだ。
――キイィィィィィィンッ
金髪が漆黒に染まり、褐色の肌は青白く変わる。装いは白装束、額に白い三角巾――“日本の幽霊”そのものの姿へ。
「まさか……これが真の姿だというの!?」
ルナベールは恐怖に顔を強張らせ、
「こいつが……幽霊というやつか……!」
ミランダも驚愕を隠せない。
俺は目の前の光景に身震いしながら――笑っていた。
「そうだこれだ……俺が死の間際に見たサヤ子の姿……! お前の力を見せてやれ!」
俺の叫びに応えるように、サヤはぱちりと目を開き、猪をまっすぐ視界に捉える。
「……《呪いの眼差し》」
瞬間、猪の体がびくんと痙攣した。
目を白黒させ、白目を剥き、泡を吹き、悪夢に飲まれたみたいに震え――
ズドォン。
仰向けに、巨体が倒れ込む。
静寂。
倒れた巨躯を前に、誰も言葉を発せない。
幽霊へと変貌したサヤが、首をこてりと傾げる。
「あぇ? なんか出来ちゃった♪」
無邪気な声が、重苦しい空気をさらに異質に変えた。
ルナベールは凍りついたみたいに動けない。
視界の端で、猪は完全に息絶えている。幻影とはいえ、その“死”は場に確かに刻まれていた。
明らかに、こいつはこの世界の常識外だ――と、俺にも分かった。
一方でミランダも言葉を失っていた。ギルドで修羅場を見てきた彼女ですら、いまの“死”には底知れぬ恐怖を覚えたらしい。
けれど、その場でただ一人、サヤの姿を見て笑っているのは俺だった。
頬にうっすらと笑みが浮かび、彼女の異形を見つめる目は、どこか誇らしかった。
(これだ……これが俺を殺したときの、あの眼だ)
同じ恐怖を見ているはずなのに、胸の奥に広がるのは不思議な安心感だった。
(このとんでもないのが俺の相棒ってのは……悪くないかもな)
誇張でも誤魔化しでもない“本物”を見せつけられて、胸が熱くなる。
幽霊のまま、サヤがふぅと息をついた。
「びっくりしたでしょ? これがアタシの本気の《呪いの眼差し》ってやつよ。怖すぎ注意ねー♪」
口調は軽いのに、空気はまだ解けきらない。
この場に生きる俺たちですら、肌で“死”の冷たさを感じていた。
ミランダとルナベールは、まだ言葉を見つけられないまま、ただ異様な少女――いや、俺の相棒を見つめ続けていた。
ミランダの背中を追いながら、俺とサヤはギルドの奥へ続く廊下を歩く。
「さっきのやつらむかついたわ~。久々にピキっちゃったよ」
「俺は平気だけどな。ああいうのに絡まれるのは慣れてるし」
「あぁ、レイン不幸体質だもんね。なんか簡単に想像できちゃうのが可哀そう」
「……」
ミランダが小さく肩をすくめ、苦笑いを落とす。サヤはふてくされたように頬をふくらませ、俺はただ視線を前に戻した。少しだけ、歩幅を広げる。空気を入れ替えるみたいに。
静かな廊下には、ときおり訓練音みたいな衝撃が遠くから響いてきた。
「……あー、俺の幸せ異世界ファンタジーライフ、どこ行ったんだ……うぅっ」
項垂れたまま、つい愚痴が口から漏れる。
「なんだよ《運命歪術師》って……魔法も使えないし、武器で戦うタイプでもないし……不運を操るって、前の俺と変わんねーじゃねーかよ……」
「はいはい、ぶーぶー言ってないで、元気出しなよレインー」
サヤは両手を後ろで組み、いつもの軽い口調だ。
「ほら、ミランダお姉ちゃんも言ってたじゃん? 成長していけば新しい能力も習得できるって。まだ始まったばっかだし、頑張ろう?」
「……お前は良いよなぁ~、《幽魂転生者》で《幽終の王冠》? アクティブスキルが3つにパッシブスキルが2つ? はぁ~……恵まれてるよな……」
「いやまぁそれはそうなんだけどさ。伸びしろがあるって考えばいいじゃん? てか、さすがにへこみすぎっしょ!」
「はぁ~あ、結局俺の人生……日本でも不幸、異世界でも不幸……やってらんないよ……」
悲劇のヒロインみたいに空を仰いでみせる俺に、前を歩くミランダが振り返らずに言った。
「……見てる限り、二人の能力は“過去の生き方”を色濃く反映してるみたいね。サヤは“最強の幽霊”……だっけ? そしてレインは“不幸な人生”。その魂に刻まれた記憶がそのまま職業として現れてる。特にサヤの睨んだだけで殺せる眼……うん、実に恐ろしい」
「真の英雄は眼で殺すってね~♪」
「恐らく並みの冒険者じゃ手も足も出ないわね」
そんなやり取りののち、俺たちは訓練所の大きなスライド扉の前に辿り着いた。
内側から、ズゥン……と重低音の振動が伝わってくる。
「……何か音がするな」
俺が眉をひそめると、ミランダが短く告げる。
「開けて」
サヤが不安げに俺を見る。
「……一緒に開けるか」
俺とサヤは同時に扉へ手を掛け、力を込めた――その直後。
「言い忘れてたけど、中にはあんたたちの“仲間”になる子がいるわ」
「え?」
「えっ?」
ズドオォォンッ!!
扉が開いた瞬間、訓練所の奥で巨大な火炎球が炸裂した。
爆発とともに赤熱の魔力が吹き荒れ、視界が一瞬で炎色に染まる。火柱は天井まで噴き上がり、衝撃波が床を震わせ、熱波が肌を刺した。
「アッツ!!」
「なっ……なに、今の!?」
サヤが思わず俺の肩にしがみつき、俺も呆然と口を開ける。
訓練所全体が煙に包まれ、視界がゼロになった。
「……風よ、舞え」
ミランダの風魔法が煙を吹き飛ばす。現れたのは、蒼銀の髪をなびかせた気品ある少女だった。
夜空を映したみたいな青と銀のグラデーションのロングヘア、澄んだ水色の瞳。立ち姿に迷いはなく、静かな自信が滲む。
濃紺のローブは月の紋章の留め具で留められ、裾から星屑みたいな柄のミニスカートが覗く。黒いブーツ、手には魔力の鼓動を宿す細身の杖。
俺とサヤは、その凛とした幻想的な雰囲気に思わず見惚れ、拍手も歓声も忘れて口をぽかんと開けた。
「ちょ、何あの子……すっごい可愛いんですけど……」
「うん……なんかすげぇ魔法だったよな……」
少女は静かにこちらへ向き直り、柔らかく微笑む。
「あら、ミランダ先生。思ったより早かったですね」
「ちょっとやり過ぎじゃない? 訓練所ごと燃やさないようにね、ルナベール」
ミランダがやや呆れた声を出すと、少女は歩み寄ってきた。
「紹介するわ。たった今から、あんたたちの仲間になる“ルナベール”よ。仲良くやりなさい」
彼女――ルナベールは、背筋を伸ばして丁寧にお辞儀する。
「ルナベール・アイリーンです。職業はウィザード。よろしくお願いします」
「わぉ……なんて礼儀正しい子なのかしら」
「ど、どうも……こちらこそ、よろしくお願いします……」
思わず俺も妙に姿勢を正してしまった。
「何緊張しちゃってるのよレイン」
「し、してねぇよ!」
そんな中、ルナベールが一歩出て、不意に言った。
「あの……お二人が、異世界から来たって本当ですか?」
「えっ、な、なんでそれを……」
ルナベールは小さく息を吐き、懐から手のひらほどの蒼い結晶を取り出した。
「昨晩、ギルドマスターからこの《幻記結晶》を通じて周知がありました」
起動とともに、淡い光が空間に浮かぶ。
ギルドマスター・フレアの立体映像が再生され、真剣な口調で語り始めた。
俺とサヤは顔を見合わせ、同時に苦笑いする。
「……まぁ、一応そう……かな?」
「なんか一緒にこの世界に飛ばされちゃってさー、あはは……」
サヤが困ったように笑うと、ルナベールの表情がすっと引き締まる。
「証拠はありますか?」
一瞬、空気が止まった。
「え?」
「……えっ?」
「異世界から来た証拠を、見せてください。でなければ、私はあなたたちを“仲間”だとは認められません」
訓練所の空気が一気に凍る。
ルナベールの真っ直ぐな瞳が、俺とサヤを貫く。疑っている、というより――信じるために“確かな何か”を求めている目だ。
彼女の後ろで、ミランダが小さく頭を抱えた。
「え、証拠って言われても……」
俺は困って視線を宙に泳がせる。
「スマホとか持ってくればよかったねぇ……」
サヤがぼそっと言うが、もちろんそんな現代の物は一緒に来ていない。
「二人は今までに存在しない、特別な職業を持っているわ。そして、これからその能力を確かめるところだ。それでどうだ?」
ミランダが静かに言い、ルナベールはしばし黙考してから頷いた。
「ではその能力を見せてください。それが“真実”なら、わたしは納得します」
「よし……サヤ」
ミランダが視線で合図する。
「見せてやれ。《幽魂転生者》の力を」
「え~いきなりぃ? 心の準備ってものがぁ……」
頬を膨らませるサヤは、すぐに表情を切り替え、拳を握って気合を入れた。
「まぁいいか! ウチ、こういうの得意だし。よーし! じゃあそれ見て、ちゃんと仲間になってよね、ルナたん!」
「ル、ルナたん!?」
ルナベールの眉がぴくりと動いたが、サヤはお構いなし。
ミランダが指先で空中をなぞると、訓練所の中央に魔法陣が描かれ、霧が凝集していく。
「召喚魔法:《猪龍王バルグ》」
ミランダの低い詠唱とともに霧が爆ぜた。
ズンッ……!
地が揺れ、霧の中から――真紅の体毛、全長三メートル超の巨大な猪が姿を現す。蹄が地を踏むたび震動、牙は小さな剣みたいに鋭い。
「うわ……でっっか……!」
思わず身を引く俺。サヤのほうを見る。
「さ、サヤ、大丈夫か……!? 無理するなよ!」
「大丈夫大丈夫、任せといて。ウチがただのギャルじゃないってところ見せてあげる♪」
サヤの瞳がスッと細められた。
「……いっくぞー!」
俺は息を呑み、ルナベールも身を固くする。ミランダは腕を組み、真剣な眼差しでサヤを見据えた。訓練所の空気がピリッと張る。
「必殺! デス……ゲイザー☆彡」
サヤは叫び、腰をくねらせてピースサインを目の横で構え、ウィンク。ギャル全開のポージングでニッと笑う。
……何も起きない。
沈黙。
「……あれ?」
「なんですかそれ。真面目にやってますか?」
ルナベールの呆れ声。
「真面目にやれー!」
俺も思わずツッコむ。
「えぇ~やってるよぉー? おっかしいなぁ~~~、ウチ的にはそれっぽい雰囲気出してるんだけどな~~」
サヤは頭をかき、苦笑い。
「力は内にある。感じなさい、自分の奥に流れる魔の波。そして、それがどんな形を望んでいるのかを――描くのよ」
ミランダの助言。
「描くって言っても、こう、目からビームで、ビー!って感じでやってるんだけどさー」
サヤは何度も猪を睨むが、やはり何も起きない。決めポーズも煽りウィンクも空回りだ。
「……あれぇ~?」
肩をすくめるサヤ。訓練所の空気が拍子抜けの方へ転がりかけたその時――
ルナベールがふっと瞳を伏せ、深く小さく息を吐いた。
「はぁ……やはり証拠は見せられないようですね」
その声は冷たいが、怒りじゃない。はっきりと“失望”だった。
「私……てっきり、特別な力があるからこそギルドマスター直々に迎えられたのだと思っていました。けれど……今の姿は、ただふざけているだけにしか見えません」
彼女は足音も立てずに背を向ける。
「これ以上ここにいても、時間の無駄です。失礼しま」
「サヤ!」
俺は床を強く踏んで一歩前へ。自分の声が訓練所の空気を震わせるのが分かった。
「俺を……呪い殺した時のことを思い出してみろ!」
空気がピリリと張り詰める。
ルナベールもミランダも、わずかに目を見開いた。
「お前はもっと……いや、とんでもなく怖かった! 人を闇に引きずり込むような、ゾッとする空気を纏ってた! あまり細かくは覚えてないが、目を合わせた瞬間、心臓が凍るような――あの時の、“幽霊”だったお前を思い出せ!!」
俺の言葉に、サヤがゆっくりと瞳を閉じる。
静寂。
冗談めいた気配がすうっと剥がれ落ち、彼女の表情から軽さが消えた。
空気が変わる。ひやりとした“死”の気配が、肌に触れた。
「……あの時のアタシ……サヤ子……。世界を震撼させ、恐怖に陥れた最恐の幽霊――」
ズンッ!!
重い気圧が場を包み込む。
空気がねじれ、訓練所全体に圧倒的な“死”が満ちていく。
ルナベールが息を呑み、一歩後ずさった。
「な、なに……これ……っ……!?」
ミランダですら顔をこわばらせる。
「とてつもない……魔力……。違う、これは魔力だけじゃない……!」
青黒いオーラがサヤの全身から吹き上がる。風が逆巻き、空間が彼女を中心に反転し始めたかのようだ。
――キイィィィィィィンッ
金髪が漆黒に染まり、褐色の肌は青白く変わる。装いは白装束、額に白い三角巾――“日本の幽霊”そのものの姿へ。
「まさか……これが真の姿だというの!?」
ルナベールは恐怖に顔を強張らせ、
「こいつが……幽霊というやつか……!」
ミランダも驚愕を隠せない。
俺は目の前の光景に身震いしながら――笑っていた。
「そうだこれだ……俺が死の間際に見たサヤ子の姿……! お前の力を見せてやれ!」
俺の叫びに応えるように、サヤはぱちりと目を開き、猪をまっすぐ視界に捉える。
「……《呪いの眼差し》」
瞬間、猪の体がびくんと痙攣した。
目を白黒させ、白目を剥き、泡を吹き、悪夢に飲まれたみたいに震え――
ズドォン。
仰向けに、巨体が倒れ込む。
静寂。
倒れた巨躯を前に、誰も言葉を発せない。
幽霊へと変貌したサヤが、首をこてりと傾げる。
「あぇ? なんか出来ちゃった♪」
無邪気な声が、重苦しい空気をさらに異質に変えた。
ルナベールは凍りついたみたいに動けない。
視界の端で、猪は完全に息絶えている。幻影とはいえ、その“死”は場に確かに刻まれていた。
明らかに、こいつはこの世界の常識外だ――と、俺にも分かった。
一方でミランダも言葉を失っていた。ギルドで修羅場を見てきた彼女ですら、いまの“死”には底知れぬ恐怖を覚えたらしい。
けれど、その場でただ一人、サヤの姿を見て笑っているのは俺だった。
頬にうっすらと笑みが浮かび、彼女の異形を見つめる目は、どこか誇らしかった。
(これだ……これが俺を殺したときの、あの眼だ)
同じ恐怖を見ているはずなのに、胸の奥に広がるのは不思議な安心感だった。
(このとんでもないのが俺の相棒ってのは……悪くないかもな)
誇張でも誤魔化しでもない“本物”を見せつけられて、胸が熱くなる。
幽霊のまま、サヤがふぅと息をついた。
「びっくりしたでしょ? これがアタシの本気の《呪いの眼差し》ってやつよ。怖すぎ注意ねー♪」
口調は軽いのに、空気はまだ解けきらない。
この場に生きる俺たちですら、肌で“死”の冷たさを感じていた。
ミランダとルナベールは、まだ言葉を見つけられないまま、ただ異様な少女――いや、俺の相棒を見つめ続けていた。
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その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。
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日本人の常識で突き進む。
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異世界複利! 【単行本1巻発売中】 ~日利1%で始める追放生活~
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高校2年の夏。
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