異世界ゴーストレイヴン ~不幸すぎる俺は幽霊に呪い殺され異世界転生!なぜかその幽霊まで憑いてきたので一緒に異世界で無双します!~

バルト

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始まりの呪い

第17話:呪いの眼差し

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「二人だけで先に行かせちゃって申し訳ないね。時折阿呆な冒険者が流れ込んでくる時があるんだ。勘弁してやってくれ」

 ミランダの背中を追いながら、俺とサヤはギルドの奥へ続く廊下を歩く。

「さっきのやつらむかついたわ~。久々にピキっちゃったよ」
「俺は平気だけどな。ああいうのに絡まれるのは慣れてるし」
「あぁ、レイン不幸体質だもんね。なんか簡単に想像できちゃうのが可哀そう」
「……」

 ミランダが小さく肩をすくめ、苦笑いを落とす。サヤはふてくされたように頬をふくらませ、俺はただ視線を前に戻した。少しだけ、歩幅を広げる。空気を入れ替えるみたいに。

 静かな廊下には、ときおり訓練音みたいな衝撃が遠くから響いてきた。

「……あー、俺の幸せ異世界ファンタジーライフ、どこ行ったんだ……うぅっ」

 項垂れたまま、つい愚痴が口から漏れる。

「なんだよ《運命歪術師イレギュリスト》って……魔法も使えないし、武器で戦うタイプでもないし……不運を操るって、前の俺と変わんねーじゃねーかよ……」
「はいはい、ぶーぶー言ってないで、元気出しなよレインー」

 サヤは両手を後ろで組み、いつもの軽い口調だ。

「ほら、ミランダお姉ちゃんも言ってたじゃん? 成長していけば新しい能力も習得できるって。まだ始まったばっかだし、頑張ろう?」
「……お前は良いよなぁ~、《幽魂転生者レヴナント》で《幽終の王冠ファントム・クラウン》? アクティブスキルが3つにパッシブスキルが2つ? はぁ~……恵まれてるよな……」
「いやまぁそれはそうなんだけどさ。伸びしろがあるって考えばいいじゃん? てか、さすがにへこみすぎっしょ!」
「はぁ~あ、結局俺の人生……日本でも不幸、異世界でも不幸……やってらんないよ……」

 悲劇のヒロインみたいに空を仰いでみせる俺に、前を歩くミランダが振り返らずに言った。

「……見てる限り、二人の能力は“過去の生き方”を色濃く反映してるみたいね。サヤは“最強の幽霊”……だっけ? そしてレインは“不幸な人生”。その魂に刻まれた記憶がそのまま職業として現れてる。特にサヤの睨んだだけで殺せる眼……うん、実に恐ろしい」
「真の英雄は眼で殺すってね~♪」
「恐らく並みの冒険者じゃ手も足も出ないわね」

 そんなやり取りののち、俺たちは訓練所の大きなスライド扉の前に辿り着いた。
 内側から、ズゥン……と重低音の振動が伝わってくる。

「……何か音がするな」

 俺が眉をひそめると、ミランダが短く告げる。

「開けて」

 サヤが不安げに俺を見る。

「……一緒に開けるか」

 俺とサヤは同時に扉へ手を掛け、力を込めた――その直後。

「言い忘れてたけど、中にはあんたたちの“仲間”になる子がいるわ」
「え?」
「えっ?」

 ズドオォォンッ!!

 扉が開いた瞬間、訓練所の奥で巨大な火炎球が炸裂した。
 爆発とともに赤熱の魔力が吹き荒れ、視界が一瞬で炎色に染まる。火柱は天井まで噴き上がり、衝撃波が床を震わせ、熱波が肌を刺した。

「アッツ!!」
「なっ……なに、今の!?」

 サヤが思わず俺の肩にしがみつき、俺も呆然と口を開ける。
 訓練所全体が煙に包まれ、視界がゼロになった。

「……風よ、舞え」

 ミランダの風魔法が煙を吹き飛ばす。現れたのは、蒼銀の髪をなびかせた気品ある少女だった。
 夜空を映したみたいな青と銀のグラデーションのロングヘア、澄んだ水色の瞳。立ち姿に迷いはなく、静かな自信が滲む。
 濃紺のローブは月の紋章の留め具で留められ、裾から星屑みたいな柄のミニスカートが覗く。黒いブーツ、手には魔力の鼓動を宿す細身の杖。

 俺とサヤは、その凛とした幻想的な雰囲気に思わず見惚れ、拍手も歓声も忘れて口をぽかんと開けた。

「ちょ、何あの子……すっごい可愛いんですけど……」
「うん……なんかすげぇ魔法だったよな……」

 少女は静かにこちらへ向き直り、柔らかく微笑む。

「あら、ミランダ先生。思ったより早かったですね」
「ちょっとやり過ぎじゃない? 訓練所ごと燃やさないようにね、ルナベール」

 ミランダがやや呆れた声を出すと、少女は歩み寄ってきた。

「紹介するわ。たった今から、あんたたちの仲間になる“ルナベール”よ。仲良くやりなさい」

 彼女――ルナベールは、背筋を伸ばして丁寧にお辞儀する。

「ルナベール・アイリーンです。職業はウィザード。よろしくお願いします」
「わぉ……なんて礼儀正しい子なのかしら」
「ど、どうも……こちらこそ、よろしくお願いします……」

 思わず俺も妙に姿勢を正してしまった。

「何緊張しちゃってるのよレイン」
「し、してねぇよ!」

 そんな中、ルナベールが一歩出て、不意に言った。

「あの……お二人が、異世界から来たって本当ですか?」
「えっ、な、なんでそれを……」

 ルナベールは小さく息を吐き、懐から手のひらほどの蒼い結晶を取り出した。

「昨晩、ギルドマスターからこの《幻記結晶ファントムレコード》を通じて周知がありました」

 起動とともに、淡い光が空間に浮かぶ。
 ギルドマスター・フレアの立体映像が再生され、真剣な口調で語り始めた。

 俺とサヤは顔を見合わせ、同時に苦笑いする。

「……まぁ、一応そう……かな?」
「なんか一緒にこの世界に飛ばされちゃってさー、あはは……」

 サヤが困ったように笑うと、ルナベールの表情がすっと引き締まる。

「証拠はありますか?」

 一瞬、空気が止まった。

「え?」
「……えっ?」
「異世界から来た証拠を、見せてください。でなければ、私はあなたたちを“仲間”だとは認められません」

 訓練所の空気が一気に凍る。
 ルナベールの真っ直ぐな瞳が、俺とサヤを貫く。疑っている、というより――信じるために“確かな何か”を求めている目だ。

 彼女の後ろで、ミランダが小さく頭を抱えた。

「え、証拠って言われても……」

 俺は困って視線を宙に泳がせる。

「スマホとか持ってくればよかったねぇ……」

 サヤがぼそっと言うが、もちろんそんな現代の物は一緒に来ていない。

「二人は今までに存在しない、特別な職業を持っているわ。そして、これからその能力を確かめるところだ。それでどうだ?」

 ミランダが静かに言い、ルナベールはしばし黙考してから頷いた。

「ではその能力を見せてください。それが“真実”なら、わたしは納得します」
「よし……サヤ」

 ミランダが視線で合図する。

「見せてやれ。《幽魂転生者レヴナント》の力を」
「え~いきなりぃ? 心の準備ってものがぁ……」

 頬を膨らませるサヤは、すぐに表情を切り替え、拳を握って気合を入れた。

「まぁいいか! ウチ、こういうの得意だし。よーし! じゃあそれ見て、ちゃんと仲間になってよね、ルナたん!」
「ル、ルナたん!?」

 ルナベールの眉がぴくりと動いたが、サヤはお構いなし。
 ミランダが指先で空中をなぞると、訓練所の中央に魔法陣が描かれ、霧が凝集していく。

「召喚魔法:《猪龍王いりゅうおうバルグ》」

 ミランダの低い詠唱とともに霧が爆ぜた。

 ズンッ……!

 地が揺れ、霧の中から――真紅の体毛、全長三メートル超の巨大な猪が姿を現す。蹄が地を踏むたび震動、牙は小さな剣みたいに鋭い。

「うわ……でっっか……!」

 思わず身を引く俺。サヤのほうを見る。

「さ、サヤ、大丈夫か……!? 無理するなよ!」
「大丈夫大丈夫、任せといて。ウチがただのギャルじゃないってところ見せてあげる♪」

 サヤの瞳がスッと細められた。

「……いっくぞー!」

 俺は息を呑み、ルナベールも身を固くする。ミランダは腕を組み、真剣な眼差しでサヤを見据えた。訓練所の空気がピリッと張る。

「必殺! デス……ゲイザー☆彡」

 サヤは叫び、腰をくねらせてピースサインを目の横で構え、ウィンク。ギャル全開のポージングでニッと笑う。

 ……何も起きない。

 沈黙。

「……あれ?」
「なんですかそれ。真面目にやってますか?」

 ルナベールの呆れ声。

「真面目にやれー!」

 俺も思わずツッコむ。

「えぇ~やってるよぉー? おっかしいなぁ~~~、ウチ的にはそれっぽい雰囲気出してるんだけどな~~」

 サヤは頭をかき、苦笑い。

「力は内にある。感じなさい、自分の奥に流れる魔の波。そして、それがどんな形を望んでいるのかを――描くのよ」

 ミランダの助言。

「描くって言っても、こう、目からビームで、ビー!って感じでやってるんだけどさー」

 サヤは何度も猪を睨むが、やはり何も起きない。決めポーズも煽りウィンクも空回りだ。

「……あれぇ~?」

 肩をすくめるサヤ。訓練所の空気が拍子抜けの方へ転がりかけたその時――

 ルナベールがふっと瞳を伏せ、深く小さく息を吐いた。

「はぁ……やはり証拠は見せられないようですね」

 その声は冷たいが、怒りじゃない。はっきりと“失望”だった。

「私……てっきり、特別な力があるからこそギルドマスター直々に迎えられたのだと思っていました。けれど……今の姿は、ただふざけているだけにしか見えません」

 彼女は足音も立てずに背を向ける。

「これ以上ここにいても、時間の無駄です。失礼しま」
「サヤ!」

 俺は床を強く踏んで一歩前へ。自分の声が訓練所の空気を震わせるのが分かった。

「俺を……呪い殺した時のことを思い出してみろ!」

 空気がピリリと張り詰める。
 ルナベールもミランダも、わずかに目を見開いた。

「お前はもっと……いや、とんでもなく怖かった! 人を闇に引きずり込むような、ゾッとする空気を纏ってた! あまり細かくは覚えてないが、目を合わせた瞬間、心臓が凍るような――あの時の、“幽霊”だったお前を思い出せ!!」

 俺の言葉に、サヤがゆっくりと瞳を閉じる。

 静寂。
 冗談めいた気配がすうっと剥がれ落ち、彼女の表情から軽さが消えた。

 空気が変わる。ひやりとした“死”の気配が、肌に触れた。

「……あの時のアタシ……サヤ子……。世界を震撼させ、恐怖に陥れた最恐の幽霊――」

 ズンッ!!

 重い気圧が場を包み込む。
 空気がねじれ、訓練所全体に圧倒的な“死”が満ちていく。

 ルナベールが息を呑み、一歩後ずさった。

「な、なに……これ……っ……!?」

 ミランダですら顔をこわばらせる。

「とてつもない……魔力……。違う、これは魔力だけじゃない……!」

 青黒いオーラがサヤの全身から吹き上がる。風が逆巻き、空間が彼女を中心に反転し始めたかのようだ。

 ――キイィィィィィィンッ

 金髪が漆黒に染まり、褐色の肌は青白く変わる。装いは白装束、額に白い三角巾――“日本の幽霊”そのものの姿へ。

「まさか……これが真の姿だというの!?」

 ルナベールは恐怖に顔を強張らせ、

「こいつが……幽霊というやつか……!」

 ミランダも驚愕を隠せない。

 俺は目の前の光景に身震いしながら――笑っていた。

「そうだこれだ……俺が死の間際に見たサヤ子の姿……! お前の力を見せてやれ!」

 俺の叫びに応えるように、サヤはぱちりと目を開き、猪をまっすぐ視界に捉える。

「……《呪いの眼差しデスゲイザー》」

 瞬間、猪の体がびくんと痙攣した。
 目を白黒させ、白目を剥き、泡を吹き、悪夢に飲まれたみたいに震え――

 ズドォン。

 仰向けに、巨体が倒れ込む。

 静寂。
 倒れた巨躯を前に、誰も言葉を発せない。

 幽霊へと変貌したサヤが、首をこてりと傾げる。

「あぇ? なんか出来ちゃった♪」

 無邪気な声が、重苦しい空気をさらに異質に変えた。

 ルナベールは凍りついたみたいに動けない。
 視界の端で、猪は完全に息絶えている。幻影とはいえ、その“死”は場に確かに刻まれていた。

 明らかに、こいつはこの世界の常識外だ――と、俺にも分かった。

 一方でミランダも言葉を失っていた。ギルドで修羅場を見てきた彼女ですら、いまの“死”には底知れぬ恐怖を覚えたらしい。

 けれど、その場でただ一人、サヤの姿を見て笑っているのは俺だった。
 頬にうっすらと笑みが浮かび、彼女の異形を見つめる目は、どこか誇らしかった。

(これだ……これが俺を殺したときの、あの眼だ)

 同じ恐怖を見ているはずなのに、胸の奥に広がるのは不思議な安心感だった。

(このとんでもないのが俺の相棒ってのは……悪くないかもな)

 誇張でも誤魔化しでもない“本物”を見せつけられて、胸が熱くなる。

 幽霊のまま、サヤがふぅと息をついた。

「びっくりしたでしょ? これがアタシの本気の《呪いの眼差しデスゲイザー》ってやつよ。怖すぎ注意ねー♪」

 口調は軽いのに、空気はまだ解けきらない。
 この場に生きる俺たちですら、肌で“死”の冷たさを感じていた。

 ミランダとルナベールは、まだ言葉を見つけられないまま、ただ異様な少女――いや、俺の相棒を見つめ続けていた。
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